Episode01 はじめて
すべてが終わる。
それを望んでいたはずなのに、なぜか私はこんな所にいる。
ハンバーガーダイナー『ROUTE66』。
見覚えのない文字だが、なぜだか私は目の前に建つその店の名前をはっきりと読むことができた。
その店の周りに、他の建物は何もない。
どこまでも広がる荒野と岩山、店の側を走る灰色の道だけが地平線の彼方と伸びている。
「いつまでそんなトコいんの?入るなら入りなよ」
店の前に立ちつくしていた私に声をかけたのは、1人の少女だった。年は10代後半くらいで、長い髪をひとつに結わえている。
「ほら、早く」
屈託のない笑顔につられ、私は少女とともに店の中に入った。店には少女の他に人影はなかった。
「何にする? つってもハンバーガーしかないんだけど」
「じゃあ、それで」
「飲み物は?」
「ワインを」
「そんなしゃれた物ないよ。あるのは炭酸、コーラかスプライト。炭酸抜きならオレンジジュースかコーヒー」
「コーヒーならわかる」
「ホット? アイス?」
「ホットで」
「ポテトは?」
「いや、コーヒーに芋は入れない」
「ちがう、サイドオーダーきいてんの」
「よくわからないが、それはどのような芋なのだ?」
「…細く切ってあげてある芋。ケチャップにつける」
「ケチャップとは?」
「あんた本当にアメリカ人?」
「いや、メルトキオ人だ」
「トキオ? ってことは、日本人観光客か。でも日本人ってそんな赤い目だっけ?」
「いや、私の瞳は特別らしい。人が殺せるからな」
「もうアメリカンジョーク体得してんの? 笑えないけどまあいいや、観光客ならサービスしてあげる」
少女はそう言って笑うと店の奥へと引っ込んでしまった。
1人窓際の席に座り、私はこの状況について考える。
つい先ほどまで、私は自分の城にいたはずだった。そこで待ちこがれた勇者と対峙し、己の運命と命の終わりをようやく迎えたはずだった。
なのに……。
「はーい、特製ハンバーガーとポテトとコーヒーお待ちー」
目の前に置かれたのは、香ばしいにおいの牛肉が挟まったサンドイッチであった。サンドイッチにしては見てくれがよくないが。
「これがケチャップ。ハンバーガーにもつけるといいよ」
言うなり、少女は無骨なサンドイッチの上部のパンをはがし、そこに瓶詰めにされた真っ赤な血液をぶちまけた。
この少女、見かけによらず、豪傑である。
「よし、食べな!」
はがしたパンを最初よりも3センチほど傾いた状態で上にのせ、少女は笑う。
「では……」
言いながら、私はナプキンとナイフとフォークを探す。
しかし、ない。
「もしかして、箸とかさがしてる? ハンバーガーはね手で食べるの、手で」
「ではナプキンは?」
「汚れたらトイレで洗えばいいよ」
いいのだろうか、それで。
「いいからたべてよ、マジでおいしいから」
言いながら、少女は私の向かいの席に腰を下ろす。許可無く魔王と相席とは、この少女、やはり豪傑である。
少女の視線が気になりつつも、私は無骨なサンドイッチを手でつかみ、口にした。
「……」
「どう?」
美味である。
非常に、美味であった。
「ね、おいしいでしょ?」
否定しようがない。美味だ、生きていてよかったと涙が出るほど美味であった。
「泣くほどおいしいか、そうかそうかー。さっすが私」
肉を包むパンはほどよい加減にトーストされ、間にはさまった肉厚な牛肉からは肉汁が絶えずしたたる。
そしてなにより、このケチャップという血液!
今まで飲んだ人や妖魔の物とも違う、芳醇な香りと甘美なる舌触りである。
そしてこれが、パンと肉に非常に合うのだ。
「こんなに美味な食べ物は、はじめてだ」
「そ、そんなに褒めなくても……」
「私は嘘はつかぬ」
気がつけば、私は手元のハンバーガーとやらをすべて食べてしまっていた。付け合わせの芋とピクルスと呼ばれる酢の物も平らげていた。
もちろん、コーヒーもおいしく頂いた。ただし、コーヒーの味だけは最悪だったがハンバーガーのおいしさの前ではそれも気にならない。
「$4.79でそこまで満足してもらえるとは、我ながらいい仕事をしたもんだ」
「うむ、誇ってよいぞ」
それより……、
「よんどるななじゅうきゅうせんと、とはいったい何のことだ?」
私がそう訪ねたとたん、なぜだか少女の顔から血の気が引いた。