Episode15 タイミング
「いい?肉をひっくり返すタイミングは香りと音で計るの」
鉄板の前でパテをひっくり返しながら、師匠は額の汗を拭う。
「目で肉の焼き加減を見るのもちろん大事、だけど中までは見えないでしょう」
師匠の言葉に、私も自分の前のパテをひっくり返す。
「今は、なにを基準にひっくり返した?」
「香りだ。肉の焼ける香りがこちらまで香ってきたので返した。少し早い気もしたが、師匠はいつもはやめだから」
「何でだと思う?」
「焼きすぎるよりは生焼けの方が後で調整がきくかと」
師匠が笑顔で頷いた。
「私だって毎回完璧じゃない。だから最後まで気を抜かないで、失敗したと思っても慌てないのが大事」
慌てない事は得意だ。昔から、良い意味でも悪い意味でも動揺しない魔王だと言われてきた。
「でもホント、あんた随分上手くなった」
「師匠に褒められると、なんだかむず痒いな」
「これは、私もそろそろお役ご免かな」
師匠の言葉に、何故だか突然喉のあたりがくっと詰まった。
剣の師匠に免許皆伝を貰ったときは何の感動もなかったが、ハンバーガーを前にすると私は涙もろくなるらしい。
「ちょっと、早いわよ泣くの!」
「自分でも驚いている。私は涙という物に縁がないと思っていたのだが」
「っていうか、無表情のまま泣くのやめて。なんか怖い」
「一応、多分これは感動の涙だと思う」
「ならそう言う顔しなさい」
「そう言う顔とはどういう顔だ」
「そういえば、感動したときの顔って説明しづらいわね」
それから彼女は私の顔を見上げて少し考え込む。
「とりあえず笑っておけば?」
言われるがまま笑った。
「だめだ、泣いたままだと今度は気持ち悪い」
そう言うと師匠は焼いていたパテを持ち上げ、それから置いてあったバンズにそれを挟んだ。
「とりあえず、これ食べて」
言われるがまま、今度はハンバーガーにかぶりついた。
「うん、あんたはハンバーガー食べてるときが一番いい顔してる」
師匠はそう言うと、私の涙と口に付いたケチャップをぬぐい取った。




