Episode13 寝たふり
その日は朝から体調があまり良くなかった。
こちらの世界に来てからずっとハンバーガーだけで生活していたが、やはりそれだけでは良くなかったようだ。
だが血を拝借出来るような相手はいない。墓場も近くにはない。
「あんた、顔色悪いけどどうしたの?」
そして運が悪いことに師匠に体調不良がばれた。
「きっと食あたりだろう」
だから大丈夫だと笑って店の掃除に戻ろうとしていたとき、唐突に体が傾いだ。気がついたときには頭からテーブルに突っ込んでいた。
その後数時間の記憶が私にはない。ただ気がつけば白い布で囲まれた寝台の上に横になっていた。
「原因がわからないってどういう事ですか!」
聞こえてきたのは師匠の怒声だった。
「ですから異常は見あたらないのです。ただ血圧と脈が低下していて」
「あんた医者でしょ!いいから、こいつを直してよ!」
師匠の声がまるで泣いているように震えていた。だから私は寝たふりをしている事も出来ず、側のカーテンを開けた。
起きあがった私に医者は信じられないという顔をし、師匠は涙で潤んだ目で私を見ていた。
「元気になった。だから、帰ろう」
本当は元気ではなかった。でも、ここいいても何も解決しないことは明かで、多分師匠もそれに気付いたのだ。
泣きながら抱きついてきた師匠を抱え、私は医者に礼を言って病院を出た。
師匠の運転する車が町を出ると、既に日は傾きかけている。
本当は家に帰るはずだったが、夕日に染まる荒野が見たいという私の言葉に、師匠が車を走らせてくれたのだ。
「窓を、開けても良いか?」
私が尋ねると、師匠は頷いた。
窓を開け、そこから私は頭と肩を出す。
私はこの、荒野の乾いた風と土の香りが好きだ。
私がもといた世界に比べるとここは緑も少なく、生物の影もあまりない過酷な地だ。
だが地平線の向こうから太陽が登る朝や。鮮やかな赤い世界が闇に包まれてゆく黄昏時。そして宝石をちりばめたような荒野の夜空。
時間によって移り変わるこの世界の輝きは、私を虜にしてやまない。
「魔王…」
ガラにもなくセンチメンタルとやらに浸っていた所為だろう。師匠が心配そうな顔で私を見つめていた。
「ん?」
「死んだりしないよね」
風にかき消えてしまいそうなほどか細い声で、師匠は言う。
だから私は笑った。
「安心しろ。だから窓を開けたのだ」
そういうと、私は病院から拝借してきた物をポケットから取り出す。
直後、師匠が思い切りブレーキを踏んだ。危ないとは思ったが、どうせロクに車も来ないので問題はないだろう。
「あんた、それ!!」
「魔法で盗んだのだ。沢山置いてあったから」
「だからって、取って来ちゃ駄目だろう!」
そう言って師匠が指さすのは、私が持っているパックに入った血液だ。
「安心しろ、師匠から頂いたお小遣いを置いてきた」
「いくら」
「10ドル」
師匠が、力無くハンドルに体をもたれた。
「ああそうだ、後ろの窓も開けた方が良いぞ。血のにおいがついてしまう」
「そんなことより、そんな少なくて良いわけ?」
「これでも多すぎる位だ。ワイングラス半分で、十分だからな」
私がいうと、師匠はようやく車を走らせた。
「それだけで良いなら、欲しくなったら私にいなさいよ」
「買ってきてくれるのか?」
ちがうわよ馬鹿!と私を殴った後、師匠は苛立ちを抑えた声で続けた。
「私、血の気が多いからけっこう献血とかするし。別にあんたになら、多少くれてやっても良いかなって」
「よいのか?」
「し、死んだりはしないわよね!」
「安心しろ、吸血行為で人を殺したことはない」
「あんた、本当に魔王?」
「人が死ぬほどの血液だぞ、こちらの腹がはち切れてしまう」
私がいうと、師匠はおかしそうに笑った。
※1/24誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)