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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
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魔具店の底なし沼


 どうも寝てしまっていたようだ。

 レイフは枕にして痺れてしまっていた腕を振り寝ぼけた眼であたりを見回した。

 目に映る部屋は自分が意識を失うまでと変わりない、雑然とした魔具製作工房だった。


「さて、どこまでやったのだったか」


 レイフは眠気を覚ますために机においておいた水を口に含む。机の上におかれた書類には魔物の森で採取した素材のより詳しい分析結果が記されている。

 一人でやったものとは思えないほど深い考察と多角的な視点で分析された内容だった。


 肩や首を回し固まった筋肉をほぐしミラの机まで歩いていく。

 案の定レイフが想像した通りミラは机に向かい作業を続けていた。


「まだやっていたのか。先は長いんだ、一度寝たほうがいい」


「ん、この回路だけ……」


 机の上に置かれた部品を触りながら顔も上げずにミラは答えた。

 何度も繰り返された問答にレイフはため息をつく。

 その間にもミラの手は止まらず、恐ろしいほどの集中力で部品をあわせ回路を確認していく。単純な作業のようであるがどうすべきか考え、効率化していく発想なくしては時間の短縮も、場合によっては完成すらおぼつかない作業だった。


 しばらくは終わりそうにないと判断し、レイフはキッチンまで行きコーヒーの準備を始めた。

 くつくつと湯が沸く音、ふわりと漂うコーヒーの香り。寝たほうがいいという問答の後いつも用意されるコーヒーだ。


「いつもミルクあり、砂糖三つだったね」


「ありがと」


「どういたしまして」


 ちらとレイフを見ながら礼をし、ミラはコーヒーに口をつけた。

 ダイレクトに伝わる苦味に容赦ない後味。間違いなくブラックだった。


「ごめんごめん。大丈夫だったかい?」


 ぶるりと背を震わせ維持で飲み込もうとしているミラを見ながらレイフはくつくつと笑った。眉間にしわを寄せコーヒーを飲み込みミラは作業台にあった砂糖菓子を口に放り込んだ。


「ひどい」


「まぁまぁ、ミルクも砂糖もここにあるから気を静めたまえ」


 あらかじめキッチンから持ってきてあったミルクと砂糖をレイフはミラに差し出した。ミラは無言で受け取り八つ当たりのようにミルクと砂糖をぶち込む。


「と、まぁミルクが入っているかも分からないほど疲れてるんだ。これ以上は逆効果だよ」


「……」


 じゃりじゃりと音のしそうなコーヒーにミラは口をつける。脳のために糖分補給の素直すぎる形である。

 

「それにしてもその糖分の取り方は、なんというか美しくないね」


「平気」


 頭脳労働者であるレイフも糖分補給のために甘いものは良く取るが、基本的には果物が多く味を楽しむためにさまざまなものに手を出している。

 そのためミラの必要だから取るとでも言わんばかりのスタイルには一言物申したくなった。

 

「サイトウ君のところで果物でも買ってくるといい。あそこのは非常に美味だ。それに魔法で出されたものだというんだから余計にたまらないよ」


 創造魔法という希少な手段で創られた果物がいかに珍しいか、創造された果物を食すことで魔法の力を体内に云々。熱くしゃべり続けるレイフを無視しミラはゆっくりとしたペースでコーヒーを飲み終わった。

 相変わらず話続けている尻目に作業に取り掛かる。


「――であるからして……っと、人の話を聞かないなんてひどいものだね」


「その発言は三分前にすべき」


 ミラの様子にまったく気づいていなかったレイフは何も言えずぐっと詰まる。

 レイフがなんと言い返そうか考えているとなにやら店の入り口から扉の開いた音が聞こえた。


「だれか来たのかな?」


「おそらくジル。ここに来るはず」


 扉が開いてから数秒、最短距離で迷いなくこなければなしえない速さで作業室の扉が叩かれ袋を持ったジルが部屋に入ってきた。

 

「相変わらずやってるね」


「当然」


 何も意識することなく本当に自分の部屋のように工房に入ってきたジルをミラ体を向け当然のように出迎えた。

 椅子に座ったままではあるが先ほどまでレイフの話を受け流していた様子を考えれば貴族を迎えんばかりの歓迎振りである。


「サイトウから話は聞いた。レイフにも手伝ってもらえて嬉しいよ」


「礼には及ばないさ。報酬はもちろんいただくつもりだし、なにより彼女のやっていることに興味が湧いてね」


 これまで何人もの魔具士が挑戦して敗れてきた転移の魔具。レイフですら研究の対象から外していたテーマに本気で取り組んでいたのだ。

 面白半分に中途半端な魔具士が取り組んでいたのなら面白くもなんともないが、ミラという才能が魔物の森の材料を使っている。

 限りなくゼロに近い可能性が一パーセントに近くなる程度の差かもしれないが、レイフにはとても興味深く写っていた。


 ジルはレイフの笑みをしばらく見ていたが少し笑って視線を外した。


「じゃあ悪いんだけどあんたも食事の支度を手伝ってくれないかい? どうせろくなもん食べてないんだし」


「なぜ食べていないと決め付けられるのやら。まぁ当たってはいるけどね」


 重い腰を上げてレイフは食材の入った袋を持つジルについていく。ミラは相変わらず工房で机の前だった。

 台所に着いたレイフはジルに話しかける。


「ミラ君はよかったのか?」


「あの子はなんていうか料理が……向いてなくてね。適材適所ってヤツさ」


「確かに料理が得意とか言われたほうが違和感があるね」


 基本的に工房に篭り素材や回路をいじくっているのがミラのイメージだ。合間合間に菓子を摘んで空腹をごまかしているような様子は料理が上手であろうという推測を粉々に砕いていた。


 レイフとジルは二人並んで食材に向かっている。比較的簡単に出来て腹持ちのよさそうな食材が並んでいた。


「ところで研究のほうはうまくいってるのかい?」


「うまくいってるのかは分からないけど、確実に前進はしているよ」


 台所に向かい芋の皮をむくジルがそのままレイフに話しかけた。レイフもレイフでジルのほうを見もしないで言葉を返す。


「どういう意味なんだい?」


「転移の魔具に適応しそうな素材が見つかっていないからうまくいっているかどうかは分からない。それでも素材の解析は進んでいるから前進しているということだね」


「また回りくどい言い方だねぇ」


 熱した鉄板の上に切った食材を乗せていく。ぱちぱちと油のはねる景気のよい音が響き食欲をそそる匂いが漂ってきた。


「悪いね。普通なら進んでいないといいたいところなんだけど、素材の解析があまりに早く進んでいるんだ。そこを省きたくなくてね」


 レイフも多き目に切った肉を鉄板にのせ押さえつけるように焼き始めいっそう大きな音が耳を刺激する。


「研究に入ってまだ数日。僕が解析を手伝っているとはいえ彼女の研究は早すぎる。――もう三つの素材を調べ終わったよ」


「やっぱりそのスピードはすごいことなんだよね」


「もちろんさ。中規模の研究チームに匹敵するといえば分かりやすいかな」


 転移の魔具に使えるのかという一点だけを調べているとはいえ、その速度はあまりに速い。これまで何人もの魔具士を見てきたレイフからしても初めは目を疑ってしまったほどだ。


「うちの魔具士はやるじゃないか」


「彼女をスカウトした目は誇っていいと思うよ」


 二人が話をしている間にも料理は次々と完成していく。

 出来たばかりの料理を大皿に盛り付け食器を準備する。ザックが作ったものにこそ遠く及ばないが一般的に見れば十分な昼食が出来上がった。


「いい匂い」


「憎らしいぐらい良いタイミングだ」


 のそのそと聞こえてきそうなぐらいゆっくりとした歩みで作業場からミラがあらわれる。

 作業場から一番近い椅子に座ったミラにジルが笑って水を渡した。


 三人は揃って座り食事を始める。

 大して空腹だった意識はなかったがやはり身体は食事を求めていたらしい。

 一口食べると手が止まらなくなりミラとレイフは話をする間もなく料理を平らげていった。


「あんたたちは……」


 ジルが呆れているようだがこればかりは仕方がない。

 しばらくして腹が満ちてくるとミラが思い出したように口を開いた。


「研究は進んでるからジルは心配しなくていい」


「ずいぶんと唐突だね……」


「この子はいつもこんなもんさ」


 レイフからしてみれば唐突過ぎる会話だが二人の間には独特の間のようなものがあるらしく問題なく会話が続いていく。

 始めのうちはなれないレイフだったが、ジルの返事を聞いているうちにミラとの会話にも慣れていった。


「ところであんたたち今足りないものとかあるかい?」


 研究についての話もあらかた終わりミラとレイフのことをお互いに知らせるような話をしている最中にジルがポツリと呟いた。

 レイフからしてみればやりたいことが山済みで必要なものも揃っているこの環境は文句のつけようがないもので、このほかに欲しいものなどなかった。

 しかし裏切るようにミラが手を上げる。


「森の素材がもっと欲しい」


 レイフは耳の調子を確かめミラに問いかける。


「今森の素材が欲しいって言ったかい?」


「言った」


 どうやらレイフの耳に問題はなかったらしい。ただミラとレイフの意志疎通に問題があったが。

 レイフは頭を抱えてぽつぽつ話し始める。


「確かに今君はすごいスピードで素材の解析を進めているし、それは確かに素晴らしいことだ。でも考えてみてほしい。今ですら君は睡眠不足気味で素材もまだまだあるじゃないか。これ以上調べるものを増やしてどうする気だい?」


「調べる」


 レイフが順を追って説明したというのにミラの答えはいたってシンプルなものだった。いっそレイフが哀れに思えるほどに。

 ジルはあえてミラではなくレイフに問いかける。


「ミラはこう言ってるわけなんだけど本当に素材が増えてもこれ以上は意味がないのかい?」


 可能性が少しでもあるならしがみついてやる、そしてどこか覚悟を決めたような目だった。

 二対の瞳にじっと睨まれレイフはため息をつきながら答える。


「まったく無駄ということはないよ。もし体調を考えず今のまま解析していくならもう少し素材を集めてきても対応は出来る。それに一目見て何か感じるようなものがもしとするなら一気に研究は進むかもしれない」


 このままのスピードで続けていくなんて明らかに無茶苦茶で、一目見て何か感じるものなんてレイフが研究を続けてきた中でもほとんどお目にかかったことがない。

 つまり素材を集めても無駄ではないが、有益になる可能性はかなり低いということだった。


「でもつまりは意味がないわけじゃないんだろう?」


 すぐ反応を返してきたのは意外にもジルだった。


「私は商人だから確率と成果を秤にかけて期待できることをする。確率がゼロじゃないなら選択肢の一つに入れるには十分さ」


「レイフは進歩を計算に入れていない。森の素材になれてこれば解析はもっと早くなる」


「君たちね……」


 二人の言っていることは無謀もいいところだ。

 いくら当たれば大金持ちだからといって全財産で宝くじを買うことを選択肢に入れるやつなんていないし、当てのない成長を見越して計画を立てるやつもいない。

 どうやらこの二人には説得は無駄だとレイフは悟る。


「分かった。どうせ僕は助手だ、君たちの言うことに従うさ」


「何か引っかかる言い方だねぇ」


 ジルは不承不承で、ミラは黙って頷いた。



 

「じゃあ目的だった食事もさせたしあたしはそろそろ帰るよ。二人ともよろしく頼んだよ」


「任せて」


 片づけまで終わった後ジルは食材を持ってきた袋を持って自分の商会に帰っていった。

 そして残った二人は当然のように作業場へ向かう。


「よろしく」


「こちらはあんまりよろしくされたくないけどね」


 魔法にかかわることだからこそ足を突っ込んだが、どうやらその先は一度入ったら出られない底なし沼だったらしい。

 自分がどんなものに足を突っ込んだか分かり微妙に肩が落ちるレイフだったが同時にこうも考え始めていた。

 底なし沼の底には何があるのか見てみるのも悪くないな、と。


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