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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
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陰謀と発見と。

お久しぶりでございます。


 サンライズでも一際目を引く市長邸宅の一室、アルドが主に執務室として使っている部屋は朝日が昇り明るくなり始める時間から動き始める。

 それなりに大きな部屋であり5、6人ならば机を並べ作業できるほどの広さだが使っているのは主に二人。部屋の主であるアルド、エスタリア商会から助手としてついてきているシアンが中心となり必要に応じて人を呼ぶ。実質的に情報の処理、判断を行うのが二人という他の商人では邪魔にしかならないが故の少数精鋭がサンライズを牛耳るダミス商会の心臓部だった。


「まさかこんな方法でやってくるとはな。面白れぇ」


 アルドは手に持つ新聞を眺めながら面白そうに笑っていた。紙面に写るのは「魔法学大家レイフ=グリント、エバンス商会の食品における安全性を保証」の大文字。続いてエバンス商会の珍しい食品が魔法によって創造されたものであること、またどのような過程のもとで安全という判断が行われたかなどが分かりやすく書かれており、読めばなるほどと納得できる記事に仕上がっていた。


「記事から推測できるだけでも凄まじいまでの魔法です。とても面白いですむようなことではありませんよ……」


 新聞に魔法で創造された食品として載っているものだけでも数十種類におよび、ほかにも出せるであろうことを考えればエスタリア商会の記録庫に確認するまでもなく当代一の大魔法であることは言うまでもない。記載されていないデメリットも無論あるだろうが、結果として比較的手ごろな価格で商品を販売しているところをみるとそこまで致命的なものではないのだろう。

 いったいどこまでのことを出来るのか想像もつかない魔法を前にシアンは頭を抱えていた。


「いや、これは面白すぎて笑っちまうようなことだぞ?」


 しかしシアンとは対照的にアルドは面白くて仕方がないというように笑い続けていた。

 アルドであるれば対応策の一つや二つ考えてついていてもおかしくないとシアンは考えるが、どうしてもリスクは存在してしまうはずだ。にも関わらず不安を一切感じさせないアルドにシアンは湧き上がる疑問を抑え切れなかった。


「……アルド様の考えを教えていただけないでしょうか」


「考えっていうほども大したもんじゃねぇよ。そもそも魔法のほうは情報が少なすぎてできることなんてほとんどねぇんだ。万全の準備をして調査をするしか手はないだろ」


 キーが分かっていればミラのように流通をコントロールすることで魔法をある程度抑制することは出来るが、キーが分かっていない現状では無理な話だ。その上そもそも自力調達できる可能性も高くよほどの幸運がない限り魔法を発動させないという対策が実ることはない。結果として珍しい商品を独占できるに等しい相手として認識するしかほぼ手はないのだ。


「ではなぜっ」


「考えてもみろ。もしこの状況をどうにかできる魔法ならすでにどうにかなってなきゃおかしいだろ」


 アルドの何気ない一言にシアンは言葉を止めた。魔法の存在が明らかになったのが今だとしても、エバンス商会では相当に前から魔法は使用されていたはずだ。

 性能だけで考えれば何をしてくるか分からない恐ろしい魔法だが、総合的に判断すれば脅威ではあるものの現状を打破するまでの力はない要素ということになる。


「理屈ではそうかもしれませんが……」


「まぁな。もしかしたらまだ何か隠してるかもしれんし新しい発想で魔法を遣ってくるかもしれん。安心は出来んがそこまでは対策できるもんでもねぇよ。だから少し先のことを考えてみるんだ」


「先のことですか?」


「ああ、エバンス商会を潰した後のことだ」


 このタイミングで先のことを考える必要性がシアンには理解できなかったがアルドの言うことである。エバンス商会をいかにして潰すかということのみを考えていたシアンは口を手で覆うようにして考えた。


「ダミスとの契約終了までは影響力を伸ばし、報酬を得た後にサンライズ攻略にかかるといったところでしょうか」


 いくら部屋に二人しかいないとはいえ契約終了後は雇い主を敵に回すと堂々と宣言するシアンにアルドは声を出して笑った。

 魔具の製作に欠かせない鉱物を産出する鉱山に、未知の素材の宝庫である魔物の森を持つサンライズは開発する資金さえあれば商人垂涎の土地だ。わざわざエスタリア商会の中でも一目おかれているアルドが来た理由はそこにある。


 自らの発言を反芻し赤くなって下を向いたシアンに対しアルドは語りかけるように話を続けた。


「俺も初めはそれだけのつもりだったんだがな。あの魔法の遣い手のサイトウってやつ、生真面目で人がよさそうだっただろ。エバンス商会が潰れ職を失ったジル=エバンス。俺たちが雇ってあいつも誘ったら面白いことになると思わねぇか?」

 

「……それは」


 敵としてしか考えていなかったが味方になった場合を考えれば、サイトウの有用性は計り知れない。制約こそはっきりしないが目新しい商品を出せることは間違いなく、出せる量に制限がなければ来るべき魔物の森への調査の際に補給役として重要な役割を果たすだろう。


「そこでアスって獣人もついてきたら最高なんだがな。獣人との交流が出来りゃまた莫大な利益が出る」


「確かにおっしゃるとおりです」


 リスクはあるもののうまくいった場合のリターンを考え、シアンもアルドと同じく笑い始める。二人は楽しそうにエバンス商会への対策を洗いなおし始めた。





「ところであの獣人とサイトウはどういった関係なんでしょうか?」


「俺が知るか。ただまぁ、趣味は人それぞれだろ」








「なんか今すっごい濡れ衣着せられた気がする」


「急にどうしたのだ?」


 新聞効果のおかげで客入りが良くなっている昼下がり。俺たちは会議もかねてジルさんと一緒に食事をとっていた。

 最悪の状況は抜けたといっても一時期の売り上げ悪化の影響は大きいし、窮地に立たされていることに変わりはない。

 だからこそせっかく勢いのついた今こそもう一押しと話し合いをしているわけだ。


「なかなかいい考えは出てこないねぇ。あたしの方でも新しい商品やいいお客さんを探しているんだけどうまくいかないよ」


 もうそろそろ話し始めて一時間にもなるだろうか。少し話しつかれたのか、ジルさんが大きく息を吐き椅子にもたれて伸びをする。

 俺もつかれ始めてきてなんだか甘いものでも食べたい気分だった。


「いっそのこと商売はこのまま現状維持をして俺たちもミラの手伝いをするってのはどうなんでしょう?」


 あまりにも何も思いつかないのでいっその事と思い切った意見を投げかけて見た。

 もともと期限内に借金を返済するためにはミラの転移装置の完成が不可欠なのだ。ならば通常の営業に注いでいる力をもう少しミラの手助けに向けたほうがうまくいく可能性は高いのではないだろうか。

 完全にミラだよりという点は情けないがそこまで悪い考えではないのではと思う。


「私は賛成できないね。今でも研究資金に余裕があるわけじゃないし、今回はどうにかなったけどアルド=ヴェルニスが何か仕掛けてきたときに気づくのが遅れて取り返しがつかなくなってしまいました、じゃまったく笑えないよ」


「確かにそれは笑えませんね……」


「やはり我らは我らの仕事を全力でまっとうしたほうがよさそうだな」


 門外漢の俺たちがミラを手伝ってどうにかなる可能性なんて微々たるものだ。そのために商会の危機を呼び、生命線であるミラの研究を邪魔するなんて問題外だ。

 アルドさんの策に嵌まって研究費を出せなくなる俺たち。謝る俺たちにミラが無理をしながら「こんなこともある、仕方ない」と声をかける。うーん、考えただけで胃が痛い。


「それでまたはじめの問題に戻ってくるんだけど、どうしようね?」


「どうしましょうね」


 また停滞し始めた空気を変えるためかアスが椅子から飛び降りフリーズボックスに向かった。なにやら中身を物色し夕食用に切り分けてあった果物を持ってくる。


「このまま考えてもいい意見も出ないであろう。これでも食べて一息つこうではないか」


「それもそうだね。よく冷えてておいしそうじゃないか」


 果物を手に取り口の中に放りこむと良く冷えた果汁が口の中いっぱいに広がりつかれた頭を癒してくれる。二人もお気に召しているようですでにふた切れ目に突入しているようだ。


「でもこれ夕食用に準備しておいたヤツなのによく出す気になったね」


「我はサイトウが夕食にはまた準備してくれると信じておるぞ」


「やっぱりこんな話をしてるぐらいだし贅沢はいけないと思うんだ」


「なに、必要経費というやつだな」


 一生懸命手伝ってくれ、いろいろな言葉を覚えるのはいいのだがどうも使うタイミングに問題がある気がして仕方がない。

 必要経費はジルさんが商会の話をしているときに出てきたんだった気がする。よく使いこなしてると褒めるべきか悲しむべきか判断が難しい。


「分かったよ。でもアスは今けっこう食べてるからちょっと少なめだからね」


「ひ、ひどいぞサイトウよ。しょっ……しょっけんらんよう? だぞ!」


「残念。その使い方は違う」


「相変わらずあんたたちは仲がいいねぇ」


 落ち込みながらも果物を口に運び続けるアスを見ながらジルさんが笑い出した。

 別に悪い意味で言っているわけじゃないのは分かるのだが、なんとも気まずいものを見られてしまったような気がして気恥ずかしい。


「そ、そういえばミラは最近研究うまくいってるんですか?」


「少しずつ進んできてるみたいだよ。できるときは一気にできるようなものらしいから当てにならないっていったけどね」


 露骨過ぎる俺の言葉にもうひと笑いしたものの、ジルさんは話題転換に乗ってくれたみたいだ。心の中で感謝。


「ただ手に入りやすいような素材は一通り試したのか希少価値の高い素材を少しづつ注文することが増えてきてるんだよ。私たちに気を遣って少しづつ頼んでると思うんだけど、そんなの気にしなくていいって言えない台所事情が情けなくてね」


「魔具の研究とはそんなにお金がかかるものなのか?」


「いろんな道具の維持管理や運用だって馬鹿にならないし、材料なんか小指の爪先ぐらいで普通の人の月収を優に超えるものだって少なくないからね。あまりの費用に魔具の開発をあきらめた商会の話なんて星の数ほどあるよ」


「むむ、恐ろしい話だな」


 本当に恐ろしい話だ。……すいません俺も今知りました。

 魔法とかの話だから油断してたけど、何かを研究してるんだからそりゃお金かかってしかるべきだよね。


「じゃあさっき言ってた研究資金に余裕がないっていうのもけっこう切実な話なんですね」


「いままでぐらいの費用だったら何とかなるんだけど、大きく増えるようだと厳しいね。だからこそ何か考えなきゃいけないんだよ」


 商会の運営にはさまざまな経費だってかかるし、商品を仕入れるためや万一のときのためにある程度の資金だって残しておかなければいけない。これまでだって余裕のある経営でなかったエバンス商会がそれらの費用を考えつつ、さらにミラの研究費用も捻出してこれまでやってきたのだ。これ以上研究費用が増えるとなればいくら俺でも危ないということは想像がつく。


「俺の魔法で役に立てればよかったんですけど……」


「あんたの魔法はもう十分貢献してくれてるよ。ここから先はあたしの頑張りどころさ」


 どんなにすごい創造魔法と周りから言われたって、俺の魔法はあくまで食料と生活用品専用で魔具の素材なんか創造できない。もし仮に生活用品でありながら魔具の素材となるような何かがあったとしても、普通に調達してくるより安くなることは魔法の性質上ありえないのだ。


「我も魔具についてはまるで分からんからな……。ジルよ我らにも出来そうなことはないのか?」


「そんなこと言われたってあたしだって専門じゃないから分からないさ。出来ることは商人としてミラが必要とする素材を調達してくることぐらいだよ」


「調達か……。ジルさん、魔具の素材になるのってどんなものなんですか?」


「何でも魔力的な格の高いものほど良質な素材になるらしいよ。それでも素材として使えるって意味だけならけっこう当てはまって、霊草とか魔法鉱物、幻獣種なんていわれる生き物の爪や牙、ほかにも聖地とか秘境なんていわれている場所にあるものでも出来ることがあるみたいだね」


 もしかしたら俺の世界にしかないような食材で素材になるようなものはないかと思い聞いてみたけど、どうやら望みは薄そうだ。食材として品種改良が施されたものならたくさんあるけど、魔法的な格が高い食材なんて想像もつかないし、霊験あらたかな土地で作られた食材なんてものもありそうにない。


「ジルよ、すこしその素材とやらを見せてもらってもいいか」

 

「そうだね、せっかくだしこの機会にちょっと見といてもらってもいいかもね。じゃあちょうどミラに渡す予定のものがあるから持ってくるよ」


 ジルさんはすぐに立ち上がり相変わらずの行動力で店のほうに走っていった。待つこと数分、何してようかと話す悠長な俺たちを笑い飛ばすかのような速さで戻ってくると手に持っていたケースをアスに渡した。

 

「ほう、これが魔具の素材か」


「水神の力が宿るなんていわれてるマキュリアスって鉱物さ。小指の爪先ってほどじゃないけどそれもけっこう値が張るんだよ」


 アスがゆっくりケースを開けると綿のようなものに埋まる様にして空豆ぐらいの大きさの青い物が入っていた。素材というからどんなものかと思っていたけど、滑らかな表面に深い青色、アスが光にかざして見るとうっすらと虹色に光って見える。どちらかというと魔具の素材というより宝石といったほうがしっくりくるようなものだった。

  

「確かにこれは高そうですね」


「実際宝飾品として使われることもあるようなものだから素材としても観賞用としても上物さ。もっともミラは観賞用って方にはまったく価値を見出してくれないんだろうけどねぇ」


 俺たちが苦笑し合っている間もアスは手に持ったマキュリアスをじっと見つめてた。ちょっと宝石は早いと思うけど、女の子だからああいったものはやっぱり好きなんだろうか。

 なんとなくほのぼのとしている見ている俺の前でマキュリアスを持つ手が顔に近づいて、口に近づいて、口から覗く八重歯みたいなのって犬歯なのかなぁ……って。


「だ、だめだって! それ食べ物じゃないから!」


「さすがにそれは食べないでおくれ!」


 二人でシンクロして必死にアスの手を掴んでとめる。鉱物を食べるなんて体調を崩すかもしれないし、平気だとしても多分弁償するとき値段的に俺が体調崩す。


「おぬしら我を何だと思っておるのだ。さすがにこれは食べんぞ……」


「そ、そうだよね。ただ何しようとしてるのかなと思ってさ」


「なんというかこれの匂いというか、雰囲気というか、何か引っかかるものがあってな。軽くかじって見ようかとしただけだぞ」


 かじるってだけでもけっこう違和感はあるけど、職人が土を口に入れてこれはいい土だとか判断するようなものなのだろうか。なにはともあれ食べようとしてるんじゃなくて良かった。


「引っかかるっていうのはどういうことなんだい?」


「我にもよくわからんが……ちょっと待っておれ」


 アスは改めてマキュリアスを口に持っていき軽くかじった。そして口から離すと上を向いて何か考えるようなしぐさをとった。そして……


「うむ、思い出した。我は森でこんな様なものを見たことがあるぞ」





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