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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
57/62

ながーい戦い。

 フィオナが出て行って数分、俺とアスは二人してどんな人が連れてこられるんだろうと雑談にふけっていた。

 研究者然とした老人だろうか、知的な雰囲気の壮年だろうか、はたまた天才肌の青年だろうか。いきなり来てくれるのだからそれほど重要な人物が来てくれるとも思えないけど想像するだけなら自由だ。話が弾み「やっぱり知的なイメージにはメガネは外せないよね」と意気投合してメガネの存在を思いもよらず確認したころ、アスの耳がピクリと反応を示した。


「あれ、もう来たの?」


「うむ、声も聞こえるしこの足音はフィオナに間違いないだろう。ただ……」


 微妙な言葉の切れ方が気になり目を向けるとアスは視線をそらし気まずそうにつぶやいた。


「連れてこられているものがな、今にも倒れそうなほどよろけているのだ」


「……俺たちに出来ることは冷たいお茶を用意してあげることぐらいかな」


「たっぷりと用意してやろうではないか」


 この店から飛び出していったフィオナに引っ張ってこられたのならそれはそれは大変な苦労だっただろう。せめてしっかり歓迎してあげないと。連れてこられている人とおそらく面識はないのだろうけど、なんだか少し仲良くなれるような気がしてきた。


 

「お待たせしました、鑑定士を連れてきましたよ!」


 ばたんと勢いよく扉が開き、フィオナと息も絶え絶え今にも死んでしまいそうな若い男性が店に入ってきた。さらさらとした銀の長髪に知的な雰囲気をかもし出すメガネを装備し、いかにも学者が似合いそうな容貌。冷静な表情で本でも持っていれば頼もしく見えるのだろうが、余裕のない表情で酸素を貪る姿では残念ながら同情心しかわいてこない。


「ん」


 さっそく話し始めようとするフィオナを止め、アスが男に冷えたお茶を差し出した。男はかすれる声で礼を言うとほぼ上を向くような角度で一気にお茶を流し込んだ。こちらにも音が聞こえてくるほどのどを鳴らして飲み、ぐいと袖で口を拭う。


「いや、助かった。危うくフィオナに殺されるかと思ったよ」


「わ、私は殺したりなんかしませんよ!」


 俺もそう思うが微妙に目をそらすアスを見ると一抹の不安が残る。アスよ、君はその耳でいったい何を聞いていたんだい?

 胡乱な空気が室内に流れ、フィオナが雰囲気を変えるように派手な咳払いをした。


「とにかく、この人が鑑定士のレイフさんです」


「始めまして。魔法鑑定士兼研究家のレイフ=グリントだ。さっきはお茶をありがとね」


「俺はサイトウといいます。一応エバンス商会でこの店を任せてもらっています」


「我はエバンス商会で働いておる獣人、アスフェルという」


「君が噂の! 確かに耳もついてるし、なるほどそれで僕が呼ばれたんだね」


 納得したという表情を作るレイフさんに俺はそこはかとなく疑問を覚えた。サンライズの人は獣人ということを知れば少なからず負の感情を示す人が多かった。しかしレイフさんはむしろ喜色満面で握手まで求めている。この違いはいったい何なのだろうか。


「レイフさんは獣人が怖くはないんですか?」


「怖くないといえば嘘になる。でも僕にとっては些細な問題だね」


「どんな障害も目的のためなら何のその。この人馬鹿がついても足りないほどの魔法オタクなんですよ」


 何かをあきらめたようなフィオナの様子に比べ、レイフさんは頭をかきながら朗らかに笑っている。それだけならちょっと度が過ぎた人なんだろうと思うところだけど、フィオナの澱んだ目がいやに気になる。


「いや僕なんて少し好奇心が強いだけだよ。獣人の魔法について調べるためなら多少の怖さなんて平気ってことさ」


「こんな感じなのでこの人を呼ばしてもらいました。腕がよくて獣人も恐れないとなると妥協するしかなくって……」


「これはこれは。妥協とは毒舌だね」


「自分の行いを客観的に思い出して毒舌かどうか判断して見てくださいよ」


 レイフさんは目をつぶり胸に手を当てる。即答、


「毒舌だと思うよ」


 とたんにフィオナの目の光が二百ルクスぐらい小さくなった気がした。ため息とともにこれまでの愚痴のようなものが聞こえてくる。アスが目の前で手を振っても反応しないところを見るとしばらく休息が必要なのかもしれない。


「そ、それで今日は俺の魔法を証明してもらいたくて来ていただいたんです」


「あれ、そうなのかい? てっきり獣人の魔法についての話かと。じゃあ早速調べさせてもらおうかな」


 レイフさんが魔法を発動させようとしたのか神経を集中させ始めた。しかしまだ重要なことを確認していないのだ。このまま調べられるわけにはいかない。


「一つお聞きしたいんですけど、ここで調べてもらった俺の魔法って秘密にしていただけるんでしょうか?」


「もちろんさ。お客の秘密(研究対象)は必ず守るよ」


「それに関しては信用できますよ。安心してください」


 元気はないがいつの間にかフィオナが回復していた。なんだか純粋な信頼とはちょっと違うような気がしないでもないけれど、フィオナが大丈夫といっているのなら十中八九大丈夫だろう。中断させてしまったことを謝りレイフさんに改めて魔法の鑑定をお願いする。


「そのあたりは不安だろうからね、気にしてないよ。それじゃあまず概要を把握させてもらおうかな」


 レイフさんが再び目をつぶり神経を集中させ始めた。そしておそらく魔法が発動したのだろう。なんとなく魔法がかかっているんだろうなという違和感のようなものを感じた。以前ミリアに調べてもらったときはじっと見られているよな感じだったけど、レイフさんの場合はスキャンされている感じだろうか。それでも不快感があるわけではないので黙って結果を待つ。

 目をつぶり集中していたレイフさんが息をつき目を開けた。


「さて、結果を伝える前に聞いておきたいんだけどこの後は時間あるよね?」


「一応それ質問なんですよね?」


「ここに来るときフィオナに言われた、お時間ありますよねと同じく質問だよ」


 つまり確定事項の通達というわけか。多分逃げられないんだろうなという諦観の念が湧き出てくる。つかつかと近寄ってきたレイフさんにがしりと肩を掴まれた。


「でもこれは仕方ないんだよ。いいかい、君の魔法はまさに神から授けられたとしかいえないほどの素晴らしいものだ。僕はこれまで神なんてものを信じていなかったけど君の魔法を見てしまったら信じざるを得ない。それほど君の魔法はすごいものなんだよ。古今東西過去現在、これを越える魔法を僕は知らない。そんな魔法が存在して僕が出会った。もうこれは徹底的に、余すところなく研究するしかないじゃないか。まさに運命なんだよ、分かるかい!?」


 激しく肩を揺さぶられがくがく頭を揺らされながらふと思う。これって一番危険な人に知られちゃったんじゃないのと。

 アスが目を覆っている。フィオナが九十度腰を折って頭を下げている。レイフさんはますます興奮して肩を握る力が強くなっていく。ああ、これは終わったかも。


「ちょっとレイフさん落ち着いてください。そのままだとサイトウさんが再起不能になっちゃいますよ!」


「おっとそれはいけない。サイトウ君、大丈夫かい」


「フィオナさんに連れてこられたレイフさんぐらいに大丈夫です」


「事態は深刻なようだっ……」


 自分でやったんだから真剣に「これはまずい」って顔をしないでほしい。アスにお茶を頼んでるみたいだけどそれ飲んだぐらいじゃすぐには回復しませんからね。まぁ飲みますけども。


「もういいですから、とりあえず分かったこと聞いてもいいですか?」


「それは構わないけど、二人は聞いていていいのかい?」


 レイフさんが言ったのはアスとフィオナのことだろう。もはや一蓮托生になっているアスはもちろん問題ないのだけどフィオナさんについてはどうだろうか。別に信頼していないとかいうわけではない。知ったことを伝える記者に対して絶対伝えないでくれという前提で情報を渡すのがどうかと思うのだ。


「私はやめときますね。多分新聞にしちゃいけないこともあると思うので、後から伝えていいことだけを聞いたほうがいいです」


「……すいません」


「その代わり話せるところは余すとこなく話してもらっちゃいますからね?」


 言われずともそのつもりです。フィオナはその言葉を聞くと満足したように笑う。

 すぐに教えるにはレイフさんの話を聞き終わるまで待っててもらうのが一番なのだけど、そこまで待たせるのも申し訳なさ過ぎるし俺も伝えていいことを考える時間がほしい。明日朝一番に伝えにいくことを約束してフィオナには帰ってもらうことにした。

 

 フィオナを送り改めてレイフさんと向かい合って椅子に座る。にこやかに笑っているレイフさんなのだけど、なんとなく不安だ。


「さぁ、それじゃあ君の魔法の話をしようか!」


 別に殺気を放っているとかそういう話じゃない。話が始まる前から振り切ったようなテンションが不安なんだよ。そういえばストッパー役のフィオナは帰ってしまったのか。最悪アスに守ってもらう羽目に……。


「サイトウよ、安心するがよい。我が必ず守ってやるぞ」


「もしかして誰に狙われているのかい? それもそうか、それだけの魔法を持っているなら不思議はない。サイトウくん(研究対象)を守るために出来ることがあったら遠慮なくいってくれ!」


 ではまず手錠をつけていただいて……。そう言えたらどれだけ楽だろうか。思わずため息が出てしまう。

 ただ情けないけれどアスがいるのだから直近の危険はないだろう。このままではレイフさんに来てもらった意味がなくなってしまうので話を聞いてみようか。


「どうしてものときはお願いします。それで魔法のほうはどうだったんでしょうか?」


「そうだね、その話が重要だ。まず君の魔法名は生活創造。現金をキーとして食料品と生活用品を創造する魔法だ。制約は自分の所有する土地から出られないこと。ここまでは魔法の所有者だからたぶん分かってると思うんだけど」


 レイフさんの質問に黙って頷く。問題はそこから先、もっと細かな部分についてなのだ。


「この魔法の恐ろしいところは創造できる物の圧倒的な種類だ。これで制約こそなかったら大規模輸送なんてものはまったく必要なくなるんだろうね」


「でも値段もその土地に影響されるから安くというわけにはいかないんですけどね」


「へぇ、そこまで分かってるなんてもしかして誰かに調べてもらったことがあるのかな? でもそうなると僕に依頼してきたのは何が知りたかったんだい?」


「俺の創造できる『食料品』っていうのが具体的には何を指しているのか、です」


 俺の答えでいったい何を目的に調べてもらっているのかを把握したのだろう。レイフさんはふむと顎に手をやった。

 

「なるほどね、それなら安心するといい。この魔法でいう『食料品』は人間が食料として食べられるものという意味だ。魔法鑑定士として太鼓判を押させてもらうよ」


 あっさりと返された答えにワンテンポ送れて喜びがあふれ出してきた。

 魔法を鑑定してもらうことで食料品の安全を確保しようとしていた目的からすれば、レイフさんの回答は文句なしに百点満点だ。あとはこの結果を証明してもらい、新聞に載せてもらうだけでエバンス商会を取り巻く環境が大きく変わることは間違いない。

 ばしんと背中を強打するアスに笑みを返す。人間的には強すぎる祝福も今回はスルーだ。


「そこまで喜んでもらえて嬉しい限りだ。食料品についての証明書は明日にでも届けさせてもらうよ」


 ぜひともそうしていただきたい。よかった、これで大きな問題が一つ解決したのだ。


「これで僕は役目を果たせたのかな?」


「もちろんです! 本当にありがとうございました」


「それはよかった。じゃあ次は僕の用事に付き合ってもらおうかな」


 ふと思い出す。あまりの喜びに忘れていたけどこの後に時間があるかどうか聞かれていたのだった。

 動きが止まった。冷や汗が流れる。


「もちろんお付き合いすることは吝かではないんですけど、お時間のほうはどのぐらいかかるのかなと聞いてみたり……」


「僕の用事とはまったく関係のない話になるんだけど、今回の鑑定の請求書を渡してもいいかな」


 さらさらと書き上げ渡された請求書を見て目をこする。書かれていた金額は決して払えないことはないけれど覚悟もなく見たら固まるには十分な金額だった。請求書を覗き見たアスも案の定そのままの体勢で固まってしまった。


「鑑定は言ってみれば完全に魔法頼りの仕事でね。特に詳細まで調べようと思った場合には高度な魔法を使える鑑定士じゃないとまるでお話にならない。フィオナに確認してもらってもいいけど、そこに書いてある金額は誓って正当なものだよ」


 鑑定の結果を告げるときより確実に朗らかな笑顔のレイフさんを直視できない。理屈は分かるしこんなところで嘘をつくはずもないから間違ってもいないだろう。たぶん、おそらく、ここで俺は重大な決断を下さなくてはならない。


「ところでレイフさん。感謝の気持ちをこめて、できる限り用事に協力したいなーと思うんですけど何か俺に出来ることってありますか?」


「もちろんだよ。それは嬉しいなぁ」


「そんなに喜んでいただけるなんて俺も嬉しいです」


「サイトウっ……!」


 大切な何かのためにならば俺は喜んでこの身を差し出そう。 

 泣かないでよアス、これは必要な犠牲なんだ。俺は君が笑ってくれていたほうが嬉しいよ。


「ちょっと君たち妙な雰囲気になってるとこ悪いんだけど、一体僕がなにをすると思ってるんだい?」


 レイフさんが違和感を感じるほど妙な雰囲気でも出していたのだろうか。戦地に向かう人間を送り出すには違和感のない空気だったはずだし、アスも首をかしげているから俺だけの疑問というわけでもないはずなんだけれど。


「えっと、怪しい器具に繋げられてごにょごにょされるのかと」


「我は限界を超える感じで何かするものかと思っているが」


「君たちはいったい僕のことを何だと思っているんだい」


 マッドサイエンティストの魔法バージョン。

 喉まで出掛かっていたセリフをぐっと飲み込んだ。

 考えてみればレイフさんについての情報なんて、フィオナに伝えられたものと今日あって感じたものぐらいしか俺たちは知らないのだ。正直なところ今日の印象だけで十分な気もするけど、それだけで決め付けるのはいささか不公平だったかもしれない。


「すいません。ちょっと言いすぎでした」


「魔法のことになると熱くなるのは認めるけどね。これでも常識人のつもりなんだよ?」


 よく知りもしないのに「どうせこうだろう」と決められてしまうことの辛さはとてもよく分かる。にもかかわらずレイフさんを同じ目に合わせてしまったことを理解してかっと顔に血が上るのを感じた。


「レイフ許してくれ。我も言いすぎであった」


「そんなに気にしてないからもういいよ。それよりも話はここまでにしてそろそろ手伝ってもらっていいかな」


「もちろんです」

 

 はじめは資金面での問題だったけれど、今は純粋にレイフさんの研究に協力したいと思い始めてきた。きっと魔法の研究に熱中しすぎてしまって人に誤解されることも多かったんだろう。それでも諦めず、挫けず続けてきたことはとてもすごいことだ。もし俺が手伝うことで少しでも研究が進むというなら、ちょっと手伝ってあげることぐらいなんてことないじゃないか。


「それで具体的には何をするのだ?」


「まずはサイトウくんにいろいろな器具をつけてもらって魔法発動時の魔力を調べようかな」


 あれ、なんか耳の調子が悪いみたいだ。変な言葉が聞こえた気がする。


「もちろん安心してくれていい。どの器具も信頼できる筋から手に入れたものだよ、性能も折り紙つきさ」


 違う、そういうことが言いたいんじゃないんです。


「その後は魔法を連続で使い続けた際の変化、キーがなくなった時の状態も調べさせてもらいたいね。こっちも限界までしかやってもらうつもりはないから安心して」


 そう、俺は気づくべきだったんだ。実際にそれなりの付き合いがあるであろうフィオナがため息をついていた理由を。一般的に言われている常識人という生き物は肩を揺さぶって脳にダメージを与えてこないということを。

 子供みたいに目をきらめかせて、わくわくしているのがこちらにまで簡単に伝わってくる。きっと本人はさっきの説明で俺が安心できると本気で思っているんだろうなぁ。

 肩に手が置かれる。どうやら執行猶予はここまでみたいだ。

 アス、明日一人でもしっかり営業するんだよ。ジルさん、今度から自分の身の安全についてもっと真剣に考えるようにします。フィオナ、今度一緒に酒でも飲もう。

 

 そうして俺は朝まで戦い続けたのでした。



 


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