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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
55/62

なんとかうまくいきますように。

 新聞の記事になって数日というもの、初日と大して変わりのないお客さんしか来ないような日が続いた。

 ただお客さん以外の来店は非常に多い。石を投げ込んでくるようなひとも来店と数えるべきなのかは分からないけど、それを除いてもいわゆる野次馬の多さが想像以上のものになっていた。


「サイトウよ、また見られておるのだが何とかならんのか?」


「俺に言われても……。なんともならんのだよ、としか言えないよ」


 初日からいた野次馬は現在では無視できない数にまで膨れ上がっている。一日数人なら仕方ないと受け入れる気持ちに慣れるのだけど、何十人もいては話が変わってくる。いくら仕方のないこととは言え、ちらちら見られるのは精神的に好ましくないのだ。アスが辟易とするのも無理はない。


「おお、また一人増えたぞ」


「記録更新じゃない?」


「うむ、このペースだと十人は記録を伸ばしそうだ」


 アスは乾いた笑いを浮かべながらつぶやいた。最近では少しでも精神的疲労を減らそうとふざけて野次馬カウントをしていたのだけど、現実にどれだけ来ているかを知ることになるから失敗だったかもしれない。アスに謝るべきだろうか。


 アスと並んで乾いた笑いを浮かべているとこちらにお客さん候補が近づいてくるのが見えた。二人して乾いた笑いを作った笑いに変える。なんとも業の深いことである。


「いらっしゃいませ、お客様。何がご入用でしょうか?」


「お客様、よくきてくれたな」


 願望があふれて挨拶も変わるが仕方がない。むしろ揉み手しなかっただけ上出来だ。

 お客さんは俺たちの内心に気がついたのか苦笑した。


「だいぶお疲れみたいですね」


「はは、皆さんお客様ならぜんぜん疲れないんですけどね」


「そのうち買ってくれるようになりますよ。えっと、ショウユをください」


 このところ店に来る人は大きく三種類に分かれている。

 一つは野次馬や文句を言ってきて何も買っていかない人。もう一つは買っていくけど獣人については触れない人。そして最後に獣人のことに触れた上で買っていく人だ。

 このお客さんは新聞で知っているだろうに以前と変わらずに買ってくれるタイプのようだ。獣人のことをそこまで恐れていないのかこれまでしっかり働いてきたアスだから恐れていないのかは分からないけれど、とてもありがたいお客さんをいうことは間違いない。


「はい……確かに。それじゃあがんばってくださいね」


「ありがとうございましたー」


 アスが獣人ということが広まってからも普通に営業できているのは間違いなく今のようなお客さんのおかげだ。正直味方とは思えない人が多い中で普通に接してくれることがどれだけ助けになることか。もしそうした人がいなければ数日で電池切れになってしまっていただろう。本来とは違う意味かも知れないけれどまさに『お客様は神様です』といった感じだ。

 とそんなことを考えていると隣のアスに袖を引っ張られた。


「サイトウよ、今来てくれた者が絡まれておるようだが大丈夫だろうか?」


「え?」


 アスが指差すほうを見てみると、先ほど醤油を買ってくれたお客さんが商人風の男に話しかけられていた。まさかうちで買い物をしたから因縁をつけられているのかと血の気が引く。しかしよく見てみるとお互い険悪な雰囲気はなく醤油のことについて話しているように見えた。それでもなんとなく不安にかられて見つめていると話が終わったようでお客さんは醤油を持って男たちと別れていった。


「なんだったのだ?」


「わかんないや。でもあんまり険悪な感じに見えなかったからお客さんに迷惑がかかったとかはないと思う」


 その点についてはアスも同感だったのかこくりと頷いた。俺だけの判断じゃあ不安だったけどアスも感じたならおそらく間違いないだろう。とりあえず胸をなでおろす。

 しかしそうなるとさっきの人はなんだったんだろうか。因縁をつけるのなら分かりやすいのだけど、そうじゃないとすると原因がいまいち思い浮かばない。アスにも聞いてみるが、分からないようで首を振っている。


「噂に尾びれ背びれが付くぐらいならいいけど、お客さんに迷惑がかかるようなら何とかしたいな」


「ならば直接聞いてみたらどうだ? ちょうど向こうもこちら用があるみたいだぞ」


 確かに先ほどの商人風の男がこちらに向かって歩いてきていた。こちらを見ていること考えても何か用があるのは間違いないだろう。

 もともとこんな状況になってしまったのは自業自得の面が強いと思っている。直接的な迷惑をかけていないとはいえアスが獣人ということを隠していたことは事実で、そのことに関する批判なら甘んじて受けるつもりだ。でも直接文句を言ってくるのではなく、俺たち以外の人にまで迷惑をかけるという人がいるなら話は別。どうしたって引ける場面ではない。


「いらっしゃいませ、何かご入用でしょうか?」


「悪いが何か買う予定はないんだ。ちょっと聞きたいことがあってな」


「はい、何でしょうか?」


 万一にも言質をとられてしまわないように、曲解すらされてしまわないように慎重に言葉を選ぶ。

 こんなことはガラではないのだけど、アスが向いていない以上俺がやるしかないのだ。


「そこの子が獣人だってのは本当なのか?」


「アスが獣人というのは間違ってないです。でもそれは乱暴だとか、そういう意味は含みませんけどね」


「ああ、それは分かってる。だからといってすぐ仲良くなれるというわけじゃないがな」


 構えていたのを盛大にすかされた気がして、「あれ?」と思わず首を傾げた。

 てっきり獣人は危険だから出ていけとでも言われると思っていたのに、あっさり違うといわれてしまった。何も買わないと宣言しといてアスが危険じゃないと分かってるならこの人はいったい何をしに来たのだろうか。


「俺が聞きたいのはお前たちが扱ってる商品のことだ。見たこともないような食い物の数々、どこで手に入れた?」


 ――そっちか。

 男の言葉を聞いてそんな言葉が頭に浮かんだ。

 商品の出所は以前アルドさんにも聞かれたことで、獣人騒ぎが起こっていなかったら聞きたいことといわれて真っ先に浮かんでくるようなもの。思い浮かばなかったのは俺の落ち度だが答えは決まっているのだ、まぁ問題ないだろう。


「申し訳なんですが商売上の都合でお教えすることが出来ないんですよ」


「その気持ちは分かるがな、今は困るぞ。ほんとに俺たちが食べられるものなんだよな?」


「……それはどういうことですか?」


「獣人の食い物が俺らでも食えるのかってことだ」


 はじめは何を言われているのか分からなかった。しかし時間が経つにつれて理解が進む。

 ――この人はうちの商品が獣人たちのところから手に入れたと思っているのだ。


 一度思いついてしまえば至極当然の意見だと分かる。うちで扱っている商品は俺が魔法で出したもので、ほかのところでは手に入らないものがほとんどだ。アスが獣人と分かる前なら「どこから手に入れてるのだろう?」という疑問ですんだかもしれない。しかしアスが獣人と分かった以上、見たことのない商品は魔物の森の奥で手に入るものなのではないかと思うのも無理はない。


「仮に獣人の食べ物だったとして、人間が食べられぬようなものを食す獣人は少ないぞ」


「だがはっきり害がないとは言えんはずだ。たとえば獣人なら無害化してしまうような弱い毒をもったものとかな。魔物の森ならそんなものがあっても不思議じゃない」


 男のいう可能性は俺としても否定できるものではない。ベイビーバードにいたときも毒のあるようなものを食べる獣人がいるとは聞いていたし、多様な獣人を見れば人間より異物に対する耐性が強かったとしても驚きはないのだ。


「うちで扱っている商品は人間の俺も食べています。安全性に問題はないと思いますが」


「どれぐらいの期間、どれぐらいの量を食った? 気づかず体を悪くしている可能性がないと言い切れんだろう」


 それを言われてしまえばこちらから返せる言葉はない。実際には俺が知っている食材を魔法で出したのだからほぼ安全といえるのだが、ジルさんとの約束で魔法のことを話せない今では反論できない。ただこのまま黙っていていいかといえばそういうわけでもない。このままではうちで扱う食べ物は魔物の森のもので、人体に害があるものかもしれないと認めてしまうことになるのだ。前者はともかく後者は認められるものではない。


「少しお時間をいただいてよろしいでしょうか。商品の情報公開については一度上役と相談したいと思います」


「それならそれで構わんが、安全とはいえないものを売らんようにしてくれよ」


 商人風の男はそれだけ言い残し去っていく。俺たちがただ黙ってその後姿を見送るしかなかった。






 営業が終わり食事も食べ終わったころ、ジルさんが俺たちの店にやってきた。商人風の男が帰った後、アスに頼んで夜に来てほしいと伝言しておいたのを聞いてきてくれたようだ。とりあえず椅子を勧めてお茶を出す。


「もう夕食は食べられましたか?」


「アスちゃんの伝言だと結構重たい話になりそうだったからね。さっきザックのところで食べてきたよ」


「それならもう話に入っちゃっていいですかね。実は今日お客さんにうちの商品のことを聞かれまして……」


 俺はジルさんに今日あったことをなるべく分かりやすいように話した。うちの商品が獣人の食べ物と勘違いされていること、商品の安全性について疑問をもたれていること、そして魔法のことを話してはいけない以上お客さんの話に反論できないこと。ジルさんは時々相槌をうち最後まで黙ったまま俺の話を聞いていた。


「たしかにそれを言われちまうと反論は難しいね。タイミング的に獣人の食べ物と思っちまうのも無理ない話しだし言ってることも間違ってない」


「そうなんですよ。こうなったら魔法のことを公開するしかないと思って相談をお願いしました」


 もうここまで来てしまっては魔法のことを公開する以外の選択肢はないはずだ。少なくとも俺の中では確定事項になっていてジルさんには確認をしたいというぐらいの気持ちだった。だからこそジルさんが俺の話を聞いた後も何か悩んだような顔をしているのに驚いた。


「ジルよ、何を迷っておるのだ?」


「そうですよ。俺もなんで迷っているのか全然分かりません」


 ジルさんは俺たちの言葉を聞いてもしばらくは反応しなかった。そして数秒後つぶっていた目を開きまっすぐに俺を見つめてきた。

 

「サイトウは創造魔法の遣い手が今どのぐらいいるか知っているかい?」


「珍しいってことは聞いていますけど人数は……」

 

 この世界にどれぐらいの人がいるか知らないけれど、サンライズに俺とダミスで二人いるのだから数百人といったところだろうか。アスに目を向けるが知らないと首を振っている。


「サイトウのことを知ってから私も調べてみたんだけどね。答えは……四人なんだよ。一人はダミス、一人は帝国領の商人、一人は教会の大司教、そして最後にあんただ。もちろん知られていない遣い手もいるだろうからもう少し増えるんだろうけど有名なのはこれぐらいだね」


「……思ったより少ないのだな」


「そうだね。しかも創造魔法は役に立たない場合も多いんだ。たとえば大司教なんか花を創造できるんだけどなんの変哲もないの一種類だし、ダミスもマナを創造できるとはいえコストが高すぎてサンライズにくるまではほとんど使わなかったって話だ。歴史的に見てもはっきりと役に立つのなんてずいぶん少ない」


 その後もジルさんはいくつか過去の創造魔法の話をしてくれ、話が終わるころには俺は自分の魔法の異常さをはっきりと感じられるようになっていた。

 たいていの創造魔法は出せるものが一種類。まれに複数出せる場合があっても対価が寿命だとか物騒なものばかりでとても使えたものではない。そうなってこれば俺の魔法が珍しいなんて言葉じゃ片付けられないのは嫌でも分かる。


「つまり魔法を広めると俺の身が危ないかもしれない、ということですか?」


「端的に言えばそうなるね。ダミスだったら命を狙ってくることだって考えられるよ」


「それなら我がサイトウを守るぞ! どんなものでも追い払って見せようではないか」


「ずっと守っているのは現実的じゃないし、そもそも王族がそんな護衛みたいなこと言っててどうするんだい。それに――」


「俺は逃げられないですもんね」


 俺が狙われる可能性があると気づいてからすぐ自分の置かれている状況に思考が持っていかれた。

 たとえば大人数に襲われたとして、自分の土地からでられない俺は隅のほうで震えていることしか出来はしない。制約のおかげで誘拐の心配はないかもしれないけれど、命を狙われるような場合には絶望的な足かせとなる。

 つまり俺が魔法を宣言する危険性は呆れるほどに――高い。


「魔法のことを広めちまうともう私の力だけじゃ責任が取りきれないんだよ」


 ジルさんは力なく下を向いて首を振った。

 もし魔法のことを広めてしまえばもうそれは存続の危機に立たされているエバンス商会ではどうにかできる問題ではなくなってしまうのだろう。軽く考えるだけでも恐ろしいほどの問題が山積みでジルさんが責任を取りきれないというのも無理はない。

 しかしだからといって魔法は秘密にしておこうと簡単に決めるわけにもいかない。


「ちなみに俺の魔法を隠すとして、ジルさんは現状を打破するいいアイデアはありますか?」


「……すぐには浮かばないね。今思いつくのはどうしても時間がかかりすぎちまうよ」


 困り果ててどうしようもない。そんな顔で笑うジルさんをまともに見ることが出来ない。俺もお客さんに言われてからずっと考えていたのだけど魔法を隠したままの解決策は浮かばなかった。たまに浮かんでもエバンス商会の命運が決まってしまった後にしか効果が出ないようなものばかり。それでは解決策になりえないのだ。


「やっぱり魔法のことを広めましょう」


 ポツリとこぼした言葉にジルさんとアスが激しく反応する。


「しかしそれではサイトウが狙われてしまうではないか」


「そのとおりだ。あんたがお人よしなのは十分わかってるけどそこまではやりすぎだよ」


「でも広めないとミラの完成を待つ前にエバンス商会がつぶれちゃうじゃないですか」


「短期の金なら商会の資産を売り払えば……」


「たぶん無理だってジルさん分かってますよね?」


 エバンス商会の資産といえば商品のほかにはサンライズにある土地や建物などが当てはまる。手放せば一時的な資金になるかも知れないがそれはあくまで売れればの話。サンライズの権力者であるダミスに敵対してまでこのタイミングで資産を買うメリットはないといってもいい。もちろん潰す気でいるダミスが買うはずもない。

 つまりミラの完成を待つためには普段の商売繁盛が必要であり、魔法を隠したままでは成し遂げることが出来ないのだ。

 だからこそ俺はこのタイミングで賭けに出なくてはならない。


「それでもあんたのリスクが高すぎる」


「もちろん相当に高いと思います。だから報酬をいただきたいです」


 一度言葉を切りジルさんをじっと見つめる。ジルさんもごくりと生唾を飲み込んだ。


「それほどの危険を冒してまでどんな報酬がほしいって言うんだい」


「転移の魔具を出来るだけたくさんください。後払いの分割でいいですから」


 俺の言葉をきいたジルさんは目を開いたまま固まってしまった。目の前で手を振っても反応がない。俺はそこまで変なことを言ったのだろうか、もしかして吹っかけすぎたとか。

 しばらくしてフリーズが解けたジルさんが口を開いた。


「言うまでもなく分かってると思うけど、転移の魔具はまだ完成すらしてないんだよ?」


「でも完成するんでしょう?」


「そりゃミラなら完成させてくれると信じてはいるけど、それとは話が別さ」


 話を聞くにどうやら報酬としては大きすぎるために驚かれたのではないらしい。それでいいのかと訴えてくるジルさんに笑顔で応じる。


「転移の魔具が材料に何を使うか知らないですけど、販売価格は結構なものになりますよね。それなら安くはない報酬だと思うんですけど」


「それはそうかもしれないけど、だからって……」


 報酬が払えないかも知れない不安と俺の危険を考えてだろうか、ジルさんは口をつぐみこちらを見つめてきた。

 ジルさんにしてみれば思うところがあるのかもしれないでけれど、俺にしてみれば今回の取引は賭けどころなのだ。

 魔法が広まってしまえば確かに危険は大きくなるけど、エバンス商会が存続して転移の魔具が大量に手に入るとなればそのメリットは計り知れない。万一のときの逃走経路が出来ることも考えればここは賭けてもいいところだと俺は判断する。


「全部考えた上での判断です。それにもしものときは森に引っ込みますからそんなに心配しないでくださいよ」


「ジルの不安も分かるが、サイトウもこういっておるのだから魔法を広めてしまえばよいのではないか? 不届き者にはサイトウに指一本触れさせぬと我も誓おう」

 

 今度は俺たち二人でジルさんのほうをじっと見つめる。ジルさんはしばらく目を合わせていたが何かをあきらめたようにため息をついた。

 

「分かった、サイトウの魔法を広めないとこのピンチを乗り切れそうにないのは確かなんだ。今回は甘えさせてもらうよ」


 頭を下げるジルさんに俺は大きく頷いた。
















 時間を少し遡る。

 サイトウたちと話をした後、商人風の男は裏道を通り目的地が決まっていないかのようにサンライズを歩き回っていた。ともすれば時間が余ったので町を見て回っているようにも見えるかも知れないが、さりげなく辺りに注意を払っていることでその可能性が低いことがうかがえる。ある程度歩き回ったあと男は周りを気にしつつノックをし一軒の民家に入っていった。


「ただいま戻りました」


 家の中ではアルドの助手であるシアンが椅子に座り紅茶に口をつけていた。無言でシアンは男を迎え、男もそれを当たり前のように受けシアンの横にたった。


「報告いたします。エバンス商会、サイトウ及びアスと呼ばれる従業員に食品の安全性について疑問を投げかけることに成功。即座の回答は引き出せませんでしたが後日の回答を確約いたしました」


「二人の反応は?」


「はい、アスと呼ばれる従業員は顔が曇る程度でしたが、サイトウと呼ばれる男は明らかに動揺した様子でした」


「そう、ご苦労様」


 シアンはそれだけ労いの言葉をかけると再び何事もなかったかのように紅茶に口をつけた。男は一言もなく直立不動を維持し、シアンが紅茶を嚥下する音だけがかすかに部屋に響いた。中身の減ったカップが置かれカチャリと音が鳴る。


「ここからはアルド様の指示とは関係ないのだけど、あなた個人の意見を聞かせてほしいの。その二人の従業員をどう思った?」


 シアンは初めて男のほうに顔を向け形のよい眉根を寄せながらその疑問を発した。それまでの質問にはよどみなく答えていた男だったが、その質問にだけは口を軽く引き結んだ後間を取ってゆっくりと話し始めた。


「アルド様がわざわざ気にかけているほどなので注意して観察していたのですが、男は善良ながらも平凡、少女は不思議な魅力を持つもののまだまだ原石といった印象を受けました」


「やはりあなたも同じようね」


 敬愛するアルドが気にしている相手ということでシアンは一度サイトウたちの様子を観察しに行っていた。しかしそのときの評価は男が報告したものと同じであり、結果としてアルドの判断に対する疑問が深まっただけだった。

 自分が大したことのない相手だと思ってもアルドが気にする以上何かがあるはず。シアンはあらゆる可能性を考えサイトウたちが脅威足りうる可能性を考えるが、将来的に少女が注意すべきかもしれないぐらいで現時点では想像もつかなかった。


 シアンは今までの思考を追い出すように頭を振った。自分の考えがアルドの指示を遂行する上で邪魔にしかならないと悟ったためだ。頭を働かせなければただの人形だが、無駄なことを考え仕事に差しさわりがでるのは役立たずに過ぎない。シアンにとってアルドの前で役立たずでいることとても許容できることではなかった。


「二人のことはもういいわ。それより次の段階の準備は整っているの?」


「はい。エバンス商会の回答を追及する準備は抜かりありません。また万一回答がなかった場合のうわさを流す準備も整っています」


 シアンは頷き手元にある資料に目を移した。そこには信頼できる部下によって調べられたサンライズにおける商品の流入状況が記されていたのだが、エバンス商会が販売している珍しい食材は記されていなかった。

 いくら信頼できる部下とはいえ膨大な流入商品を調べるのだから、目当てのものが一つ二つであれば見逃したのかと考えることが出来たかもしれない。しかし今エバンス商会で売られている商品は一つや二つどころではない以上、そのすべてを見逃したということはありえない。つまりエバンス商会は通常とは異なる方法で商品を仕入れている。


「できれば回答してほしいのだけどね。想像の及ばないことをしてくる相手ほど恐ろしいものはないわ」


 エバンス商会の仕入れはどうやって行われているのか。それはアルドがエバンス商会と敵対する上でもっとも気にしていた部分だった。

 こちらの仕掛けた質問に答え商品の情報を公開するならよし、答えなければ噂を流して売り上げを落とす。どう転んでも利点があるようになってはいるが、今回アルドの仕掛けた一連の流れは噂による売り上げの減少を狙うことよりも、エバンス商会がどうやって商品を仕入れているかをはっきりさせることを目的としていた。


「正直なところ自分では見当もつきません」


「唯一思いつく方法は転移魔法だけど、あれだけの量の商品を運ぶことの出来る人材の量と質の問題。それに数を揃えたとしても費用からしてわざわざ転移で運ぶメリットがあるとは思えないわ」


 転移魔法の遣い手はとても希少だ。特に実用できるレベルでとなれば創造魔法ほどではないが数はかなり限られ、雇おうとすれば馬鹿にならないほどの費用がかかる。仮に一回の転移で運べる範囲からだったとしても利益どころか損が出てしまいかねず、いくら情報の拡散を防ぐためとはいえ商売自体が成り立たないという本末転倒な事態になりかねない。


「まぁ今考えても仕方のないことね。今のところは回答待ち、もし話さないようならエバンス商会を潰した後ゆっくりと調べることにしましょうか」


 計画の行く末を想像してか、シアンの口には優美な線が形作られていた。通常であれば勝つことを当然と思いその後を楽しみにするなど部下に見せる姿ではないが、これまでの実績がそれを否定する。

 生き馬の目を抜くエスタリア商会で若くして成り上がった商人たち。

 男は出て行こうとするシアンを見送りながらエバンス商会に一抹の同情を禁じえなかった。


















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