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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
53/62

人生なにが役に立つか分かりません。


 まだ日も高い時間帯。営業中つけているバンダナの代わりに帽子をかぶったアスが大通りを歩いていた。道行く人が見れば微笑んでしまうほどその表情は明るく足取りは軽い。

 彼女はサイトウに頼まれミラのところへお使いに行く最中だった。お使いと言ってもカゴを持って何かを買いにいくという訳ではない。根を詰めているというミラの気分転換にでもなればと夜の食事に招待しに行くのだ。

 

 店を出て十数分、アスはミラの魔具店の前にたどり着いた。以前来たときと変わりなく商売をしてやろうというやる気の見えない店舗。よく言えば穴場的な、悪く言えば流行っていない雰囲気を持つ建物にアスはゆっくりと入っていった。


「ミラよ、邪魔するぞ」


 前に案内された工房のほうに声をかけたが反応らしき反応はまるで返ってこない。ミラは十中八九いるはずなのにまるで無人の店舗のようだった。

 ――店内には商品もあるのに無用心なことだ。

 アスはガラスケースに入れられた魔具を見てため息をついた。


「どうせ作業に没頭しておるか寝ておるのだろう。仕方がない、入らせてもらうとしようか」


 アスはもう一度邪魔するぞと声をかけ工房のほうに足を進め始めた。工房への通路は覚えていたが以前の記憶よりも微妙に埃が溜まり物がごちゃごちゃしている。どうやら掃除もせずに作業に没頭しているようだった。


 さすがのアスとは言えプライベートスペースにまでずかずかと入っていく気にはなれない。扉の前に着いたアスは一応ノックをして声をかけてみた。答えはわかっていたが当然のように無反応。だんだん強くしていき借金取りもかくやというほどになったのだがそれでも無反応。最終的にアスは無表情で扉を開け工房の中に入っていった。

 工房の中は廊下以上に雑然としており片付けという言葉を厳重に密封して地中深く埋めたしまったかのような状況だった。アスは誤って大切なものを踏んでしまわないようそろそろ工房内に移動する。そして少し入ったところでミラと思しきローブの塊がベッドに倒れこんでいるのが見て取れた。


「……これは起こさぬほうがいいだろうな」


 ここまでしているのに起きないという事はよほど疲れていたのだろう。よっぽど起こしてやるつもりだったが泥のように寝ているミラを見てアスはその考えをやめた。用件ならメモを残しておけばいいので無理に起こして伝えることもない。アスは苦笑して紙がないか辺りを探そうとした。

 そのときだ、ミラの手の辺りから何か音が聞こえ始めた。はじめ小さかったその音は徐々に大きくなっていきうるさいほどになっていく。


「わ、われが何かしたのか!?」


 アスはパニックになり辺りをきょどきょど見回すが応え返してくれるものは何もない。そしてアスの動揺と比例するかのように音は大きくなっていく。

 

「えと、わと、うぇ!?」


 もしかしたら何か壊してしまったのだろうか。

 アスは半分涙目になって固まってしまう。そんなタイミングでミラの手から先ほどまでとは種類の違うバチンという激しい音がした。


「ひっ!」


 ビクンと痙攣したミラに視線が吸い寄せられる。

 ――もうだめだ。我は何か壊してミラにまで被害が。

 アスの涙腺が決壊しようとしたその瞬間、ミラがむくりとベッドから起き上がった。


「もう起きる時間。……あれ、なんでここに?」


「一体なんなのだ~」


 アスは腰が抜けたようにぺたんと座り込んだ。



 涙目で座り込んでしまったアスを椅子に座らせ、ミラはまずお茶の支度をはじめた。

 いつも通り起きたらなぜかアスがいた。

 そんな状況で混乱していたのだが相手が涙目ではミラがしっかりしないわけにはいかない。起きたばかりの冴えない頭でお茶を入れながらミラは懸命に状況を把握。とりあえずアスに何があったかを説明する方針を固めた。


「さっきの音は私が設定しておいたもの。アスちゃんは何もしていない」

 

「だがバチンって、バチンっていったではないか」


「あれも私が設定しておいた。音だけで起きなければ電流が流れる仕組み」


「なぜそんなものを作ったのだ……?」


 電撃つき目覚まし時計。ミラからしてみれば画期的発明だったのだがどうやらアスには理解されなかったらしい。ミラの肩が微妙に下がる。

 

「でも起きたい時に起きられるから便利」


「夜は早く寝て日が昇ったら起きればよいではないか。それが一番よいと思うぞ」


「分かっててもできないこともある」


 威張れることでもないが、思いついたら即実行が尊ばれる魔具士にとってアスのいうような健康的な生活はなかなか難しい。いいアイデアが出たらそれが深夜であろうと試してみたくなるのが魔具士であり、逆にそれぐらいの気概がなければ大成することが難しい職業でもあるのだ。その点ではミラの主張は正当なものといえた。

 とはいえ腕のいい魔具士が全員電撃つきの目覚まし時計を持っているかといえばそういう訳ではない。結局のところ職業上の理由はあるものの、ミラの寝起きが悪いものまちがいないのだった。


「まぁそういうことにしておくか」


「賢明な判断。ところで今日はどうして来てくれたの?」


「ミラが疲れておるだろうと思ってな、夕食に誘いに来たのだ」


 だいぶ落ち着いてきたのかアスは先ほどまでの狼狽を取り返すかのように優雅なしぐさでお茶に口をつけている。完璧な所作だが惜しむらくはカップが飲めればいいというようなそっけないデザインというところだろうか。


「それはうれしい。でも時間がない」


「我は魔具のことはよくわからんが、こういうものは息抜きでもしたほうがよいこともあるのではないか? 話をしていて何か思いつくかもしれんし……我はミラと食事がしたいぞ」


 足をぶらぶらさせながらアスは少し拗ねたような声音で視線をそむけた。帽子をかぶっていなければ間違いなくしょんぼりした耳が見えるだろう。その様子を見てミラは笑いながらカップを置いた。


「これは行かざるを得ない」


「なにか言ったか?」


「何も。ぜひ行かせてもらう」


「そうか、歓迎するぞ!」


 アスはミラに笑いかける。そしてお茶を勢いよく飲み干すとぴょんと椅子から立ち上がった。


「では邪魔せぬためにも我はもう行くとしよう。夜は楽しみにしているぞ」


「私も楽しみにしてる」


 アスは軽く手を振ってごちゃごちゃと散らかった部屋からおっかなびっくり出て行った。アスが出て行った後ミラはもう一度扉に向かって笑いかけた。

 手に持っていた飲みかけのお茶を空にしてミラは作業机に向かう。

 これから食事まで、すこし作業が捗りそうな気分だった。




















 忙しいといえば忙しくて、忙しくないといえば嘘になる。つまり単純に忙しい仕事が終わっていつもなら一息ついている時間帯。ミラが食事に来る今日に限ってはここからも結構な踏ん張りどころになっていた。


「ミラは今日食べに来るっていったんだね?」


「うむ! 我はこの耳で確かに聞いたぞ」


「ならば今日の食事を腑抜けたものにしていいだろうかっ」


「否、断じて否だぞ!」


 疲れたとき特有の微妙なハイテンションで疲れた体を動かし、ミラを歓迎するための食事をせっせと準備していく。いつもより品数的に豪勢な食事はそれなりによくできていて、本職にはかなわないまでも結構上手にできているんじゃないかと思う。少しすると大体の形も整い食卓に並ぶ。後はミラが来るのを待つだけだ。

 椅子にどかっと腰を下ろし隣に座ったアスに話しかける。


「ミラ、結構大変そうにしてたんだよね?」


「うむ、しっかり寝れておらぬようだったしどうにも疲れが抜けておらん様子だった。今すぐどうということはないだろうが一度息抜きをさせたほうがよいであろう」


 アスはお気に入りのカップに入れたお茶をすすりながらの心配そうな顔で答えた。俺もアスが持ってきてくれたお茶に手を伸ばしぐいとあおる。疲れた体にアスの入れてくれた蜂蜜の甘味が心地よく広がっていった。


「じゃあここで栄養だけでもしっかりとっていってもらわないとね。いっそのこと太るぐらいに食べてもらっちゃおうか」


「確かにそうしたほうがよいかも知れぬな。よし、今日は我の皿をミラに使わせてやろうではないか」


「いやそれは気持ちだけでいいと思うよ」


 アスの大皿なんか渡しても十分に使いきれないだろうし、使いきれたとしても確実に腹を壊してしまう。気分転換の席で体調を崩してしまっては元も子もないのでそこは阻止しておかねばなるまい。

 アスは自分の大皿を両手でもってじっと眺めた。


「何度もとらなくてすむから便利だと思ったのだがな。サイトウが言うならそうしておくか」


「それがいい。人間分相応が一番だと思うんだ」


 そんな話しをしているとドアがとんとんとノックされた。待ち構えていたようにアスが走って扉を開けにいく。勢いよくあけられた扉の向こうにはびっくりしたように固まっているミラがいた。


「呼んでくれてありがとう。今日はご馳走になる」


「いらっしゃい、仕事のほう大変みたいだし今日はゆっくりしていってよ」


「しっかりくつろいでいくがいいぞ」


 あいさつもそこそこにアスはミラの手をとり食卓に引っ張っていった。歓迎しているつもりなのだろう、椅子を引いてミラが座りやすいようにしてあげていた。なかなか気の利いた店員さんである。


「これはお土産。アスちゃんは使わないみたいだけど、サイトウはぜひ有効に使ってほしい」


 椅子に座ったミラからなにやら少し大きめの時計を渡された。ミラの言葉からしてただの時計ということはないんだろうけど……もしやこれはっ。


「私の作った目覚まし時計。時間が来てもおきないと電気が流れる特別仕様」


「あの時計か……。残念だがサイトウは今のままでもしっかり起きておるから使わぬと――」


「ありがとう! ぜひ使わせてもらうよ」


「なぬっ!?」


 驚いているアスには悪いのだけど、日本にいたころ起きるのに苦労していた俺としてはなんだかこう、ロマンのようなものを感じてしまうのだ。絶対おきられる目覚しい時計なんてとても素敵なフレーズじゃないか。


 ミラと無言で握手している俺にアスはため息をつく。もはや処置なしという気持ちがこと話で伝わってくるのだからたいした表現力だ。俺はミラと頷きあってこの流れを切るためにさっさと食事を始めた。


 食事が始まってからはアスにため息をつかれてしまうような事もなく、和やかな会話のもと三人で着実に料理を平らげていった。トップを走るアスはもちろんのことミラもかなりのペースで食べてくれている。なんでもこのときのために昼食を控えめにしてくれたそうで、なんともうれしくなってしまった。

 あらかた食べ終わり俺が食後のお茶を飲み、ミラとアスがデザートの果物を食べている。もう食べられないほどに腹も膨れてぼんやりしているときにミラはポツリとつぶやいた。


「あなたたちはすごい。こんな短期間で町に馴染み、成果を出している」


「どうなんだろ。成果を出させてもらってるってほうが正確だと思うけどね」


 ちょっと意見を出したりはしたけど、今うまくいっているオークションは基本的に形にしたのも実行したのもジルさんだ。確かに俺の魔法がなければ成立しないことだったけど、俺の魔法だけでは成立しなかったことも間違いない。結局のところ協力したからうまく言ったのであって、成果を出しているといわれてもピンとこないのだ。


「でもあなたたちがいなければ成功していなかったのは事実。結果を出せていない私よりよほどすごい」


「俺たちのほうが結果が出やすいことをやっているけど、成果が出ちゃえばミラの研究にはとてもかなわないんだ。どっちが良いも悪いもない、やってることの問題だよ」


「そのとおりだ。今はうまくいっておるがこのままいくとも限らん。それにエバンス商会を救うにはミラの力が必要不可欠なのだ。ドンと構えてやっておればいいのだぞ?」


 別にこれは慰めでもなんでもない、紛れもない本心だ。エバンス商会を救うための方法は二つ。一つは商会としての将来性を見せるため目覚しい業績をあげることで、もう一つが転移の魔具を完成させることだ。どちらかを達成できれば借金を待ってもらえるか、投資してくれるところも出てくるだろうという曖昧な計画だけど今のところこれしかないと思っている。


 ただこの二つの条件のうち目覚しい業績をあげるというのは少々難しいと言わざるを得ない。

 優れた経営者がいるというぐらいではなかなか投資してもらえるものではないし、そもそも借金返済までの期限が短いからしっかりとした信用を示すということが難しいといった背景もある。そうなってくるとどうしてももう一つの条件、転移の魔具を完成させるというものが重要性を増してくる。

 新しい技術――しかもどうしてもできなかった夢の技術を独占できるとしたらその利益は計り知れない。だからこそジルさんは明言こそしていなかったけど、俺たちの商売は一時的な商会の存続とミラノ研究の資金稼ぎでメインはミラの研究なんじゃないかと思う。


「ありがとう。期限までに絶対に完成させてみせる」


「うむ、その意気だ。なにか我等に手伝えることがあれば言ってくれ」


「そうそう、できることは少ないけどね」


 そもそもどんな工程があるかも分からないのだから無責任にもほどがある発言な気がしないでもない。でも出来ることがあれば手伝いたいと思う気持ちは本物なのだ。無責任さは少しばかり勘弁してもらおう。


「ところで今はどのぐらい進んでいるのだ?」


「魔具の回路自体はできてきている。ただ魔力を定着させる段階で進んでいない」


「やっぱりそれって普通の魔具でも難しいところなの?」


「魔具の製作でもかなり難しいところ。魔力によって異なる手法が必要。転移の魔具は類似の物も存在しないから特に難しい」


「類似品もないんだ。それはキツイ」


 どんな手法があるのかいまいち想像し辛いけど、類似品がないまったく新しいものを作るのが難しいのは想像がつく。ヒントになるものでもあればいいのだけど、残念ながら魔具の知識がゼロの俺ではあげることなんて出来やしない。そもそも魔具を出せはするものの、普段使っているもの以外そこまで見たことがないのだから。


「なにかを送る魔具というのは昔から研究されているけど成功例が一つもない。だからこそ完成させる価値があるともいえる」


「その通りだ。完成させて歴史に名を残すのだ!」


 盛り上がる二人を見ながら俺は何かミラの言葉に違和感を感じた。一人違和感の原因を探り黙考する。二人が黙り込んだ俺に気づきこちらを向いたときちょうど違和感の正体に思い当たった。


「なにかを送る魔具に成功例がないって言ってたけど、フォンだってなにかを送る魔具って言えるんじゃないの?」


 思いついたのは森にいる最中ずいぶんお世話になったフォンだ。電話のような機能を持つあの魔具は言ってみれば『声を送る魔具』。森の中でしか使えないとはいっても、俺が使っている間一度も不具合も起きなかったし十分成功例として言えるのではないだろうか。


 俺の言葉にアスはなるほどと手を打ちミラは首を傾げた。


「確かに言われてみればそうかもしれんな。当たり前に使いすぎていて気づかなかったぞ」


「なんのことか説明してほしい。フォンなんて魔具聞いたことがない」


「森で使われている魔具のことだ。遠くのものと会話をすることが出来て、確かに声を送っているといえるかもしれん」


 その言葉を聞いた突端、ミラはアスの肩をつかみ急かすように揺さぶった。


「その魔具をみせてほしい。お願い」

 

「おぉ、そんなにゆするでない。見せるのは構わんが生憎森の外では使えんから持ってきておらんのだ」


「ごめん、俺も森に帰ったときにおいてきちゃった」


「そう……」


 ミラはアスから手を離し、しょんぼりと肩を落とした。できるなら今からでも取りに行ってあげたいところだけど俺はここから出られないし、アスに頼むには距離が遠すぎるし危険も高い。連絡手段がない以上定期的にやってくるミリアに頼むぐらいしか手がないだろう。


「次ミリアがきたときに頼むからな、そう落ち込むでない」


「ぜひお願いしたい」


 アスの手をミラはがっしりと握った。

 ミラの反応からして、もしかしたらこれは転移の魔具開発に向けての大きな一歩になるかもしれない。そんな期待が俺の中でじわじわと湧き上がってきた。少し前までは絶望の底にいたというのにここまでとうとう一筋の光が見え始めたのだ。

 若干高くなったテンションに任せて騒ぐ二人の中に混じっていった。






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