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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
51/62

反撃準備、すたーと。

 街中の明かりが消え、都市が眠る深夜。サンライズでも一際大きなダミスの邸宅に明かりを灯す部屋が一つあった。

 室内では二人の男女が書類に目を通している。一人はエバンス商会の対策を任されたアルドであり、もう一人はエスタリア商会からアルドの助手として派遣されているシアンという女性だった。


「改めて見るとジル=エバンスの粘り強さが分かるな」


「よくここまで持たせたものです」


 手元の資料に記される数字には、これまでジルがどれほどの苦境を耐え忍んできたのかが示されている。

 始まりはジルがエバンス商会を取り仕切るようになった当初、採算の取れない事業を潰し従業員を解雇したところだ。それは当然といえば当然のこと。しかし比較的従業員との距離が近かったエバンス商会では相当の苦労があっただろう。その後を見てもダミスの商会と衝突する事態を避け、丁寧に利益を稼ぐ手腕は見事の一言だった。


「だがもう持たねえな」


「はい。月々の返済ならば何とかなるでしょうが期限までに全額を返しきるのは不可能かと思います」


「俺達も動き出すんだ。返済期限を待たずに潰れる可能性も高いだろ」


 シアンは頷いて肯定した。

 視察からの帰り道。ダミスから告げられたのはエバンス商会を潰せという命令だった。アルド達にとってそれは別になんてことのない、普段どおりの仕事だ。調べて、動いて、潰す。もはやマニュアル化してしまいそうなほどに慣れきっている。今回もまたなんてことのない簡単な作業。シアンにはそんな確信があった。


「つっても気は乗らねえんだがな」


 だからこそ続いたアルドの言葉に耳を疑った。これまで数多くの店を淡々と潰してきた彼から始めて聞いた台詞だ。シアンが訝しげに視線をやるとアルドは頬杖をつき不機嫌そうにしていた。


「気が乗らないならば資料収集の期限を延ばして下さっても良かったではありませんか。部下ともども相当骨を折ったのですよ」


「気分が乗らなくてもやるこたやるんだ。どのみち期限は変わらねえよ」


「まったくひどい話です」


 シアンは大げさに首を振って見せたが、この返事は簡単に予想できていた。これまでの仕事でもアルドの気が乗らなかったことは何度かある。しかしアルドは気が乗ろうと乗るまいと必要なことを必要なタイミングでこなしてきたのだ。


 エスタリアの契約。

 商人の間でもはや遵守される契約の代名詞にもなっているそれは甘いものではない。契約を守ることも、最高の働きをすることも、望まれた結果を出すことも、契約の範囲内であれば当然のこと。気分などで行動が左右されてよいようなものではないのだ。


「それにしても気分が乗らないとは。エバンス商会に気に入った方でもおられるのですか?」


「ああ? そういうことじゃねえよ。ただあのデブに狙われて同情してるだけだ」


「はいはい、照れ隠しはいいですから。ジル=エバンスですか、大層魅力的な女性だと聞いていますが」


「違うっつってんだろ」


 アルドは拗ねたように顔を背けた。全てを知っていて隙のない商人のようなアルドが時折見せる子供のような表情。シアンはアルドのそんな姿がたまらなく好きだった。そう、部下であったのならこのままからかい続けてしまいたいほどに。

 しかし現実ではとてもそんなことはできない。エスタリア商会内でアルドの方が圧倒的に地位が高いことがある。そしてそれ以上に不興を買うことでアルドの助手という立場を失いたくないからだ。


「そうですか。申し訳ありませんでした」


「ったく、そこで落ち込むな。

 ……気になるやつらがいたんだよ。サイトウってやつとアスっていうガキだ」


「商人としての資質を感じたのですか?」


「いや、どっちも大した苦労もしてなさそうで商人として成功するとは思えなかったな」


 シアンは首をかしげた。アルドは良くも悪くも根っからの商人で、役に立つか立たないかという基準で物事を判断をしてしまう。商会にいるのに商才を感じない人間。そんな相手にアルドが興味を持つ理由シアンには理解できなかった。


「ではなぜ興味をもたれたのですか? 今までのアルド様からは考えられないのですが」


「気のいいやつらだったってのもあるがなんつうかな、どっちも雰囲気が違ったんだ。それ以上はよく分からん」


「アルド様には珍しくはっきりしない様子ですね。気になるようでしたら万が一を起こさないために監視のものでもつけましょうか」


「そこまではしなくていい。それより監視をつけるならミラ=セフィラスだ」


 アルドの雰囲気が世間話でもしているようなものから一転、冷徹な商売人のそれに変わる。背筋にぞくりとした感覚が走りシアンは思わず姿勢を正した。


「アルド様は以前からセフィラスを警戒していらっしゃいますが一体なぜでしょうか? 監視をつけるのならばエバンスにつけたほうが良いかと思うのですが」


「もちろんエバンスにもつけたほうがいい。だが俺達商人はあくまで物事を最適に働かせることしかできねえんだ。ここまで状況が悪化しているなら何かを作り出せるセフィラスの方が優先度が高い。お前も忘れるな、職人の力はなめていいもんじゃねえ」


 やはりこの方はエスタリアの商人だ。シアンは表情を変えないまま胸中で頭を下げた。

 もしこのままアルド達が仕事を果たせばエバンスはもちろん、従業員達もサンライズで働くことはできなくなるだろう。またアルドが商才を感じないのであれば、エスタリア商会で雇うこともない。つまりエバンス商会が潰れればサイトウとアス――アルドのお気に入りは苦境に立たされるのだ。

 しかしアルドが攻めの手を緩めることはない。契約の範囲内である限り例え誰がどうなろうと仕事を遂行するのだ。これこそエスタリアの商人。シアンが敬愛するアルドのあり方だった。


「ではセフィラスに優先して監視をつけることにします」


「そうしてくれ。あとセフィラスの材料入荷はどうなっている?」


「こちらになります」


 シアンはアルドから特に要望されていた資料を渡した。ダミスの権力を総動員して製作されたそれにはセフィラスがこの数ヶ月いつ、何を入荷していたかが詳細に記されていた。


「これから何を作ろうとしているかはわかったか?」


「いえ、サンライズの魔具士に確認してみたのですが、特別なものを作ろうとしているとは思えなかったそうです」


 サンライズの魔具士は鉱石が取れる土地柄か総じてレベルが高い。そんな専門家がいうのならば十中八九間違いはないだろう。

 しかしアルドにはどうにも納得できなかった。何かを作るという職人の立場から見れば問題はないのだろう、だが人を相手にする商人としてはミラ=セフィラスという人間が無策に時を過ごしているとは思えなかったのだ。


「この馬鹿に高い白金ってのはなんだ? こんなもん見たことねえぞ」


「はい、白金は高価なのですが非常に高性能な材料だそうです。ただ一般の魔具を作るには過剰な性能らしくあまり流通はしていません」


「なら何か作ってるってことじゃねえのか?」


「その可能性も否定できません。しかし高品質の魔具を作る際に使われることもあり、魔具士たちの見解ではそちらではないかということです」


 シアンの説明したことは筋が通っており、魔具士の意見も取り入れていることも考えれば可能性は高いだろう。しかしそれでもアルドの胸中には何か引っかかるような一抹の違和感が残った。


「一応エスタリア商会の専属魔具士にも掛け合ってくれ。些細な可能性でも全て報告を受けるんだ」


「なぜ……いえ、分かりました」


 シアンはアルドに対する疑問を飲み込んだ。自分にはなぜそこまでするのか理解できないが、アルドがそこまで必要を感じ指示しているのだ。おそらく何か意味のあることなのだろう。

 報告すべきことが終わり、シアンは頭を下げて部屋を後にした。

 

 明かりのない廊下でシアンは思う。アルドは一体どんな景色を見ているのだろうかと。

 シアンにとって必要ないと思えることであってもアルドには必要なことに見え、何もないことに思えても大変なことに見える。いつか自分にもアルドと同じ景色が見えるようになるのだろうか。溢れんばかりの尊敬とほんの一つまみの嫉妬。胸に二つの感情を抱きながらシアンは書類作成のため夜の廊下を進んでいった。

















「おはようサイトウ。気持ちのいい朝だね」


「たった今微妙な気持ちになりました」


 朝も早くからやってきたジルさんは、店に入り開口一番ニヤニヤした笑顔でそうのたまった。

 結局泣き出したアスを俺に丸投げした後、ジルさんたちは誰一人として援護に戻ってきてくれなかった。ジルさん曰く気を利かせたつもりらしいけど、大きなお世話だと声を大にして宣言したい。

 しばらくしてアスが泣き止んでくれたから助かったものの、あれほど困ったことも珍しかった。気恥ずかしさと慰めスキルの低さに対する自己嫌悪。あのときのマーブルな感情が伝わればジルさんもきっと大きなお世話だったと分かってくれるはずだ。


「この優しさが伝わらないなんて悲しいねぇ」


「悲しさじゃなくって愉快さだったらひしひし伝わってくるんですけどね」


「良かれと思ってやったんだよ」


「自分に良かれですよね、それ。というかジルさんそんな話をするために朝早くから来たんですか?」


 いい加減相手をするのが疲れてきたので、強引に話をぶった切る。ジルさんはつまらなさそうに口を尖らせているけど知ったことか。




「目的の一つには間違いないんだけどねぇ。ああもう、そんな顔しない。分かったから。あんたの魔法のことを話しに来たに決まってるじゃないか」


 ジルさんに余裕が出てきたのはいいことだ、間違いない。でも俺をここまでからかうほどの余裕はいかがなものか。この場面なら、以前と足して二で割ればいいのにとか贅沢なことを考えても罰は当たるまい。


「はいはい、じゃあアスを呼んで来るんでちょっと待っててください」


「そういえばアスちゃんがいないね。どうしたんだい?」


「出てくるのに心の準備がいるお年頃らしいですよ」


 今朝アスにいつも通り声をかけたら、ドアの向こうからタイムを申請されてしまった。たぶん昨日のことを思いだしてジタバタしていたのではないだろうか。


「そうかい、それはそれは」


「アスには絡まなくていいですからね」


 万が一それでアスが引き篭もってしまっては目も当てられない。気持ちは分からないではないけれど。


 しっかり釘を刺してからアスを呼びに階段を上る。扉の前に立ってノックをしてから室内のアスに呼びかけた。


「今ジルさんが話し合いに来てるんだ。もうそろそろ出てこない?」


「うー、わかった。今行こう」


 返事のすぐ後に扉が開き、もじもじうつむいたアスがゆっくりと体を外に出した。実物をみるとジルさんのからかいたい気持ちが一層理解できてしまう。紳士だからぐっと我慢。

 もじもじ動かないアスを促して階下に降りる。そこには以外にもニヤニヤしていないジルさんが座っていた。


「おはようアスちゃん。昨日は随分情けない姿を見せちまったね」


「いや、それは我もであってだな」


 口の中でもごもご呟くアスの言葉を聞くとジルさんは小気味よくからから笑った。


「じゃあこの事はおあいこってことにしようじゃないか」


「う、うむ。そうしてもらえると助かるな」


 アスはほっとしたように笑みをこぼす。そう、これこそが大人の対応だよ。でもそれができるなら、なぜ俺のときもそうしてくれなかったのか。聞いてみても無駄なんだろうなぁ。


「じゃあその辺りは任せますんで、そろそろ話を始めましょうか」


「どうしたんだいサイトウ、少し暗いんじゃないかい?」


「はいはい、どうしてでしょうね」


 声だけ聞けば心底疑問なのだろうと思ってしまいそうだけど、経験とジルさんの表情が邪魔をする。軽く流して話を始めるため一人さっさと席に着いた。それに続いてジルさん達も席につく。


「さて、気を取り直して話そうじゃないか。何せあたし達にはあんまり時間がないんだからね」


「それはその通りなんですけど、何か釈然としないんですよねぇ」


 なんだかいろいろといいたい事はあるんだけど、ジルさんの楽しそうな顔を見ると何かもういいやと思ってしまう。多分これが本来のジルさんなんだろう。このままの態度をとるわけではないんだろうけど、こんな気持ちにさせられるならなるほど、いい商人になれるはずだ。


「釈然としないのなんて気のせいさ。それより聞かせとくれよ、昨日聞かせてもらった魔法の使い方をね。あんたのことだ少しは考えてあったんだろう?」


 ジルさんは楽しそうな笑顔から一転、凄みのある笑顔に変わった。そこにいたのは紛れもなく一流の商人。良くも悪くも利益をもたらすものを最大限利用しようとする意思に満ちた様子だった。


「……そこまでしっかり考えてたわけじゃないんですけど、俺は競売の形にしたらどうかと思ってました」


「なるほど、いい商品を競売にかけて価格をなるべく高くしようって訳かい。悪くないけど定期的に商品を手に入れたい飲食店には受けが悪いだろうね」


「いえ、俺がしようとしているのは商品一種類の購入権を争う競売です」


 俺の言葉を聞いてジルさんは片眉を上げた。こんな競売なんて聞いたことないだろうから、不審に思うのも仕方ないだろう。確かに常識はずれなのかもしれない。しかしこれこそが俺の魔法にもっとも合った売り方だと思うのだ。


「サイトウよ、競売という方法は分かるのだが購入権を争う競売とはどういうことなのだ?」


「別に難しい事はないよ。高い値段をつけてくれた人に商品を売るんじゃなくて、その商品をこれから買う権利を売るんだよ」


 例えばある野菜の購入権を五百フォルで落札してくれた人がいたとしよう。その場合落札してくれた人はこれからその野菜をいつ、どれだけだろうと五百フォルで買う権利を得るのだ。この方法なら買う側はおそらくここでしか手に入らない商品を自分だけが手に入れられるようになるし、こちらとしても高い値段がつくだろうから嫌という理由がない。

 俺のアイデアを聞きジルさんはにやりと笑う。


「なるほどね。確かにこれ以上ないほどあんたの魔法を活用したアイデアだよ」


「どういうことなのだ? 二人で納得していないで我にも説明してくれ」


 腕を組んでうんうん唸っていたアスが分からんとばかりに声を上げた。ごめんごめんとアスの頭にポンと手を置く。


「何を売ろうとしているかは分かったんだよね? 俺は商品を買う権利をどこかの飲食店に料理方法と一緒に売ろうかと思ってるんだ。そうすれば飲食店のほうは料理に売りが出来るだろうし、俺達はそれなりの量をある程度の値段で買ってもらえると思う」


「ふむ、そこまでは分かったのだがなぜそんなことをするのだ? 直接売ってしまえばいいではないか」


「俺の魔法って商品が多すぎて、どれを買いますかってずらっと並べてもお客さんは何を買ったらいいか分かんないと思うんだ。それに直接売ったんじゃ初めから高い値段をつけるわけにもいかないからね。それなら商品はたくさんあるんだから、売る人を特定してでもいろんなものを高めに売ったほうがいいんじゃないかって思うんだ」


 結局のところこの作戦は魔法の性能と料理の知識に頼り切った、商人の知恵も機転もない乱暴なものだ。若干申し訳ないような気持ちがないわけではないけどこれはこれ、それはそれ。手段を選んでいる余裕なんてないのだから先日も言ったとおり遠慮なく魔法を使わせてもらおう。


「それにこの方法の優れたところは、魔法のおかげで何種類の商品を扱おうが商品が余ることも足りなくなることもないってことさ。まったくサイトウ様々だよ」


「おお! まさにサイトウ様々ではないか」


 正直なところデメリットを受けてるとは言え自分の力で手に入れた魔法でもないわけで、正面きって褒められるとなんだか気恥ずかしい。「さまさま~」とか言って手をひらひらさせている二人を押しとどめて真面目そうな顔を作る。


「で、この案でいいならこちらで何種類か商品見繕っとくんで、詳細をつめたりお客さんを集めたりお願いしていいですか」


「任せときな! あんたが前もっていい料理広めといてくれたからね、サンライズ中のやつらを集めてやるよ」


 うきうきした顔でそれだけ言い残し、ジルさんはこうしてはいられないとはじかれるように店の外に飛び出していった。その様子を見てアスと顔を見合わせ苦笑する。


「あの調子なら安心して大丈夫そうだね」


「うむ、我らも足を引っ張らぬように頑張ろうではないか」


 いい食材を選ぶのはもちろんのこと、より魅力的になるよう料理方法を考えたりとやるべきことは山ほどある。

 アスと二人苦笑を引っ込めて、お互いにやりと笑いあった。


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