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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
47/62

市長、来店。

今回から少しシリアスパートです。

あー。


 ある日の昼前、いつもと変わらないように営業をしているとエバンス商会本館からジルさんがこちらに向かって歩いてきた。

 それだけならばいらっしゃいと歓迎したいところなのだが、なにやら顔色が優れないようなのが気になるところだ。


「サイトウ、今ちょっといいかい」


「お客さんもいないし大丈夫ですよ。中に入りますか?」


 フィオナさんは真剣な顔で頷いた。

 基本立ち話で済ませるジルさんが営業時間中に自分から店内に入るなんてよほどのことがあったのだろう。

 幸い昼休みの時間も近い。お客さんには申し訳ないけれど早めの休憩ということで窓口を閉めジルさんを迎え入れた。



「それでどうしたんですが」


 ジルさんにお茶を勧め、アスともども座ったところでこちらから切り出した。


「あんた達サンライズの市長のことは知ってるかい?」


「あんまり知らないんですけど、この前フィオナさんが来たときに貴族だって話は聞きました」


 実際にはミラの話を聞いているのでもう少し知っているのだが、そのことをジルさんに話すわけにもいかないのでこの程度の知識ということにしておく。

 商売をしているくせに無知すぎるだろうというのは突っ込まない方向で。


「名前はダミス=パーウェルっていってね、もともと王国の貴族で数年前に市長になったんだよ。後は商人としてもサンライズで有名ということぐらいは知っておいてもらいたいね」


「分かりました。それでその人がどうしたんですか?」


「実は今日の午後にエバンス商会を視察に来ることになったんだよ。たぶんあんた達のところにも来ると思う」


 苦虫を噛み潰したような顔でジルさんが答えた。

 ジルさんの表情の原因はミラの話を聞いているので察することができるが、俺は因縁について知らないことになっているため素知らぬ顔で問い返す。


「市長が視察に来るなんて珍しいことだとは思いますけど、なにかまずいことでもあるんですか?」


「大有りさ。とりあえずこの店には商品の在庫なんて一つもないだろう?」


「……そうだった」


 知らない振りをすることに気をとられていたから気付かなかったけど、在庫がないこと店の状態というのは明らかにおかしい。

 魔法を知らせないつもりである以上、どうにかしなければならない問題だろう。


「どうしましょうか?」


「ま、これについてはそんなに気にしなくていいんだけどね。確かに知られたらまずいけど、今まで帳簿はともかく在庫の確認なんてされたことないから大丈夫なはずさ。もし何か聞かれるようなことがあればあたしに口裏あわせとくれ」


 万一の対応なんぞできるはずのない俺からしてみればこの提案はなんともありがたい。

 アスともどもこくこくと頷いた。ジルさんは咳払いを一つして話を続ける。


「それで後もう一つまずいことがあってね」


「えっと……一つでお腹いっぱいなんですけど」


「悪いけどこっちが本命だよ。しっかり聞いとくれ」


 ジルさんは少し茶化したような答えを窘めるように、俺の目をじっと見つめた。

 その目は睨んでいるわけではないのだけど、真剣なことが痛いほど伝わってきて、俺は思わず姿勢を正した。


「実はね。うちは前に市長と……まぁいろいろあってね、あまり良く思われてないんだよ。今日も視察って話になってるけど、どうせダミス=パーウェルとしていちゃもんでもつけに来る気さ」


 いつものように笑ったつもりだろうジルさんの顔には、隠しようのないほど疲れが見て取れた。

 ミラの話を聞いた限りでは、ひと悶着あったのはそれなりに前だったはずだ。それが今もこうして来るということは、これまでの間ずっと嫌がらせを受けてきたということだろう。

 

 自分の店を追い詰めた相手が悪意を持ってやってくる。それも市長という立場を伴って。

 果たしてそれはどれほどの苦痛なのだろうか。そこには俺なんかには想像もつかないような葛藤や苦労があったのだろう。

 ミラの話を聞いてそこまで思考が回ってしまう俺には、ジルさんの疲れたような笑顔がたまらなく、つらい。 


「だから視察のときは絶対に責める口実を与えちゃいけないんだよ。サイトウは言葉遣いや態度に細心の注意を払ってもらいたいし、――アスちゃんは視察のとき二階から出てこないようにしてもらいたい」


 言った後ジルさんは目を閉じ顔を俯けた。獣人ということをマイナスと考えての提案をしているため罪悪感があるのだろう。

 しかし言っていることは至極妥当だ。不当な認識であるのは間違いないにしろサンライズにおいて獣人の印象が良くないのは事実。いちゃもんをつけに来る以上、責められかねない可能性を少しでも減らすのは当然のことだ。


「アス……」


「二人ともなんて顔をしておるのだ。我は別に性悪市長など会いたくもないし、もしばれたとき面倒になるということも分かっておる。今回はおとなしくしているとしよう」


「悪いね、恩に着るよ」


 ジルさんはそう言って頭を下げた。





 アスが視察に見つかるといけないということで昼からの営業は俺一人で行うことになった。

 仕事的には以前にも一人でやったことがあるので大したことはないのだが、なんと言うか華がない。

 それに加えてお客さんが来ているときは「あの子に逃げられたの?」とからかわれるし、来ていないときは話し相手が居ないし視察に対しての不満がすごい勢いでたまっていった。


 しかしそんなことを考えているとふとある疑問が浮かんだ。ダミスは視察と称して嫌がらせに来れるほど暇なのだろうかと。

 もちろんこれは単純に嫌味としての話じゃない。なんとなくイメージと合わないような気がするのだ。

 

 ミラの話を聞いて俺がダミスに対して持ったイメージは、酷いことをするが商売はまともにやっているというものだった。なにせミラが商売上間違ったことはしていないと言った方法を使い、いくつもの分野でエバンス商会に負かしているのだ。それなりに優秀なのは間違いないだろう。

 だからこそ今回のような視察はイメージにそぐわない感じがするのだ。優秀なはずなのに、いやがらせが目的だろう視察をする意味が分からない。


「まぁその辺は実物を見てみれば分かるか」


 そんなことを考えていると道の向こうから馬の足音と車を引くような音が聞こえてきた。窓を斜めに覗くと一台の馬車が目に入る。

 この店の前の道はそれなりに大きいのだが、それでも交通に支障が出るだろうという大きさ。千里だって走れそうな体躯の馬が引く、俺から見れば装飾過多に思えるそれは間違いなくダミスのものだろう。

 その馬車はまるでエバンス商会の入り口を塞ぐかのような位置取りで停止した。

 

「これで一般営業は終わりかな」


 あんなものが止まっていたらエバンス商会本館はもちろん、同じ看板を掲げるこちらの店にもやってくる人はいないだろう。

 仕方がないのでダミスが来たらどうやって対応するか考えながら視察を待った。



 

 この世界にきて肥満の人って初めてみたなぁ。

 市長を見てはじめに思ったのはそんなことだった。

 

 一目で分かるような上質の服に袖を通し、どれぐらいの値段がつくのか想像もつかないような装飾品を身につけたダミスと思しき人物は、ジルさんを連れ立ってこちらの店に歩いてきた。

 太った人でもいい印象を受ける人は多い。ただこの人物は間違いなくその中に該当しないだろう。

 見下すという表現がぴったりの視線でこちらを見ると、こちらの了解も取らずジルさんに扉を開けさせ家の中に入ってきた。

 

 俺としてはそんなことをされては気分のいいものではないが、偉い人になればこういうこともままあるのだろう。

 歓迎する気はないまったくないものの俺は礼儀として椅子を勧め、ダミスは鼻を鳴らしどかりと椅子に腰を下ろす。椅子くんがんばれ。


「サイトウ、この御方がクランベルト王国の貴族にしてサンライズの市長を勤めておられるダミス=パーウェル様よ。ダミス様、この者たちはこの店舗を運営している従業員でございます」


「お初お目にかかります。エバンス商会で働かせていただいていますユウ=サイトウと申します」 


 ジルさんの紹介があり礼儀作法は分からないものの、できる限り丁寧に見えるよう頭を下げた。ジルさんやダミスから特に何か言われることもなかったので及第点はもらえたようだ。


「ほう、お前がここをな。評判は聞いておる、なかなか優秀なようだな」


「お褒めに預かり光栄です」


 こんなに嬉しくない褒め言葉初めて聞いたという感じではあるが、勢いよく頭を下げた。

 もちろん不自然だろう顔を見られないように深々と。


「うむ、礼儀も知っておる。どうだ、わしの店に来る気はないか。待遇はここより良くしてやるぞ」


「ダミス様、ご冗談を」


「エバンスは黙っておれ。わしはこやつに聞いておるのだ」


 唐突にかけられた言葉は形としては問いかけの態だが、声は明らかに命令の色が強い。おそらくこれを断われば俺はダミスに敵対したことになり、ジルさん同様攻撃の対象になるのだろう。

 

 客観的に考えればサンライズと森との交流を図るという俺の目的にとって、市長であるダミスに目を付けられるというのはかなり厳しいことだ。

 準備段階で知られてしまえば何らかの妨害を受けることは容易に想像がつくし、仮に有益な提案をしたとしても却下されてしまう恐れがある。

 それを考えるならばダミスの下で働き、ある程度の信頼を勝ち得た上で提案をするほうが目標達成の確率としては高いのだろう。


 とはいえ、まぁ、返事は決まっているのだけど。


「申し訳ありませんが、そのお話遠慮させていただきます」


「ほう、それは断わった後のことも考えての言葉か」


 これまで見下しながら話していたダミスの声が急に脅しを含んだものに変わった。

 その威圧慣れした様子は断われば悪いことが起きると明確に感じさせ、俺の気分を陰鬱にさせる。

 

 それでも俺の意見は変わらない。

 何せ俺はリスクに敏感な小市民。

 話に乗ってジルさんを裏切ったという後悔の念に苛まれ続けるのに比べたら、断わって受ける嫌がらせなんて取るに足らないものなのだから。


「お前も断わるのか。本館の奴らもそうだったが、それがどういうことか分からないとはエバンス商会は愚か者の集まりだな」


「申し訳ありません」


「ではもう一人の従業員はどうだ。今はいないようだがこの店は二人でやっていると報告を受けているぞ」


 報告を受けているということはある程度の下調べはしているということだろう。俺ではどう言うべきなのかまるで分からない。

 助けを求めるようにジルさんに視線を送った。


「もう一人はただいま所用で出ております。それに彼女はサイトウと親しい間柄でして一人だけで移ることはないでしょう」 


「私としても彼女がお誘いを受けることはないのではと思います」


 俺とアスの仲が良いという報告も受けていたのだろう。ダミスは鼻を鳴らし「愚か者どもが」と呟いた。

 ふう、何とかなりそうだ。

 心の中で胸をなでおろした俺だが、その安心は次の瞬間にもろくも崩れ去ることになる。


「それでも視察に顔を見せないというのは問題でしょう。それが最近サンライズに移ってきた人物ならなおさらね」


 そんな言葉とともに扉を開けて入ってきたのは何度かこの店に来たことのある赤毛の伊達男、アルドさんだった。

 市長がいるので目であいさつをするだけにとどめたけど、なんだか違和感を感じる。彼はこんな口調だっただろうか。


「おお、アルド。もう向こうの店の調査は終わったのか?」


「はい。特に大きな問題はありませんでした」


 アルドさんと話すダミスは俺と話すときは明らかに態度が違う。まるでアルドさんがダミスの味方――それも一目置いているかのような態度で話すのだ。


「サイトウ、あなたは彼と面識があるの?」


「はい、何度かご来店していただきました」


 それだけじゃない。開店当初は正面の店から悪口を言われたとき励ましてくれたし、買い物に行ったときはアスもお世話になったらしい。

 ただ物を買ってくれるというだけじゃない、うちの大切なお得意様だ。


「アルドよ、お前名乗ってはいなかったのか?」


「はい、わざわざ買い物したとき名乗る必要はないかと思いまして。

 では改めましてサイトウさん。市長の顧問商人をしております、アルド=ヴェルニスと申します。どうぞこれからもよろしくお願いします」


 これは一体どういうことだ?

 アルドさんがダミスの顧問商人?

 ということはダミスとジルさんの因縁は知っていたはずだから、この店に来ていたのは俺たちの弱みを調べるため?

 でもそれなら何で励ますようなことを言ったんだ?

 なぜ? 

 なぜ?


 握手を求められたので手を出したが思考がまったく追いついていない。

 きっと俺はこのとき壊れたおもちゃのようになっていたのだろう。見かねたようにアルドさんが俺に耳打ちした。


「俺を舐めんな」


 それはいつも通りのぞんざいなセリフ。思わずアルドさんの顔を見るが、そこにあるのは相変わらずいつもとは違うにこやかな笑顔だった。

 それにしても舐めるなとはどういう意味なのだろう?

 俺様相手にいつまでも固まってんなということか、お前なんかを調べるのにわざわざ俺が動くかということか、物理的な話じゃないとは思うけど……。

 はぁ、もういいや。どうせ考えてもわかんないんだろうし。


「すいません。まさかアルド様が市長の顧問商人だとは思いもよらず動揺してしまいました。こちらこそよろしくお願いします」


 どうやら人間考えることを諦めればとにかく動くことはできるらしい。

 再び手を差し出してくれたアルドさんに応じ握手を交わす。ちょっと、痛い。笑ってるけどなんかアルドさん怒ってません?


「さて、話を戻しましょう。エバンスさん、確かに急だったかも知れませんが今回の視察については伝えてあったはずです。それならばこちらとしては従業員、特に新しく入った方は人物確認のためにも会わせていただきたいのですが」


「確かに視察に立ち合わせなかったことは申し訳ありません。ですが用事が入っていましたので……」


「ならば用事のお相手を教えていただけないでしょうか。あのお嬢さんができそうなことといえばどこかの商会への届け物ぐらいでしょう」


 アルドさんの追及にどうやらこちらの旗色が悪そうだ。

 用事云々は商売上の秘密と言えばどうにかなるかもしれないが、ここまで聞かれて会わせないとなると向こうもアスについて調べてくるだろう。

 そうなってしまえばここで会わせるよりも獣人とばれる可能性が高まってしまうはずだ。

 ジルさんも俺と同じ結論にたどり着いたのか一つ息をはいた。

 

「実はもう一人は不十分なところがあり、万一にも不快な思いをさせないようにと奥にいるよう申し付けておりました。勝手なことをして申し訳ありません」


「では連れて来ていただけますか」


「はい。サイトウ、頼んだよ」


 ジルさんの視線に頷き、俺はゆっくりと二階に上る。そしてアスの部屋の扉をノックし中に入った。

 中では部屋の中央に置いた椅子に腕組みをしたアスが座っていた。


「事情は聞いておった。いつでもいけるぞ」


 アスはどうやら二階からでも話が聞こえていたらしく、大した説明もなしに今がどういう状況か把握してくれた。今は時間をかけて相談していると思われたくないので、獣人の聴力様々である。


「しかしアルドは市長側だったのだな……」


「んー、それなんだけどアスが自分で見て判断したほうがいいと思う」


 俺としては完全に市長側というのとは少し違うと思っているのだけど、アスに言って変な先入観を与えるより、たいしたことは言わず後でお互いにどう思ったか意見交換した方が有益だろう。

 それに今は長々と話し合っている場合じゃない。

 急かしてバンダナとエプロンを着用させアスに営業スタイルになってもらうと、文句を言われないうちに階下に向かった。


 





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