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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
46/62

お返しはしっかりしないとね。


 次の日、朝の着替えを済ませ一階に降りていくとアスが既に起きて紅茶を飲んでいた。普通であれば起こしに行って、悪ければ起こしに行ってしばらくしてから起きはじめるアスにしてみれば珍しいことと言える。今日は雪でも降るのだろうか。あったかいけど。


「おはよう。今日はえらい早いね」


「うむ、少々楽しみなことがあって早く起きてしまったわ」


 はて、今日なにかあっただろうか。思い当たるのといえばフィオナさんの記事ぐらいだが、さすがに翌日に完成して朝から店に持って来てくれるようなこともないだろう。


「今日なにかあったっけ」


「なにかあるというわけではないのだがな。サイトウよ、昨日フィオナが店の評判について言っておったのを覚えておるか」


「もちろん。変わってるけど期待できる店みたいなことを言ってくれてたね」


 昨日のことだし個人的にも非常に嬉しかったので当然覚えている。

 アスはそれを聞くと神妙に頷いた後にんまりと笑った。


「つまり我らはこの場で立派に店を経営しておるということだ。少し前から感じておったがフィオナに言われて確信したのだ」


「なるほど。だから今日店を開くのが楽しみで仕方ないってこと?」


「それもあるのだがな、店を立派に経営できていると分かった以上あいさつに行かねばならぬところがあるではないか」


 アスはてくてく店の窓口まで歩きカーテンを開けると、親指で店の前にある今は無人の露天を指した。口から八重歯のように犬歯が覗く。


「ああ、それは――――楽しみだねぇ」


 アスが指すのは俺たちが店を開いた当初、ありがたいご高説をしてださったおやじのやっている露店。確かに立派に経営できていると確信できたのなら一度はあいさつに行かねばなるまい。

 アスの笑みが感染したかのように俺の顔にも笑みが浮かぶ。今の俺たちはきっとなかなか悪い顔をしいてるのだろう。


「だから朝一番にあいさつに行こうと思ってな」


「いやいや、朝早く行ったら迷惑だろうから昼休みにでも行っておいで」


 この店は一般のお客さんも来てくれるがラーメンの関係もあり飲食店を経営しているようなお客さんの方が多い。そういったお客さんは朝のうちに来てくれることが多いため、繁盛していることを見せるためにもあいさつは午前の営業が終わってからの方が効果的だろう。

 アスもそのことに気づいたのかより一層悪い顔になる。


「確かに相手に迷惑をかけてはいかんからな。……サイトウよおぬしも悪いやつだな」


「いえいえ、王女様ほどでは」


 爽やかな朝の店内に二人分の高笑いが響き渡った。



 そしてやってきた昼休み。

 午前中の営業のときからちらちらと視線を送っておいたので向こうも何かあるんじゃないかとこちらを意識しているだろう。


「では行ってくるぞ」


「頑張ってねー」


 帽子をしっかりとかぶり服装に乱れているところがないか確認した後にゆっくりと出て行くアスを見送る。

 非常に残念だが俺はあいさつに行くことができないので涙を呑んで店の窓口から様子を見ていることにした。ああ、ポップコーンとコーラが欲しい。


 店から出て行ったアスは一部の隙もない優雅な足取りで露店まで歩いていき、怪訝な顔をしているおやじにこれまた一部の隙もない優雅な様子で話しかけた。

 おそらくこれが生まれ持った気品というやつなのだろう。そんな大層なものをこの場面で惜しげもなく披露するアスさんかっこいいです。


「いい感じだね」


 ここからでは何を言っているのかは聞こえないがアスが絶好調で露店のおやじがぐうの音も出ていないのは見ていて分かる。さらに見せ場を作ってくれたのか途中でアスが指差しおやじがこちらを向いたのでにこやかに手を振っておいた。楽しい、楽しすぎる。

 

「さて、そろそろ終わりにしたほうがいいかな」


 もともと不愉快だったぐらいだし、こういったことはやられて相手が「くそう」と思うぐらいでちょうどいいのだ。

 呼び戻そうと息を吸い込むが、おそらくアスも同じことを考えていたのだろう。俺が声を出す前に弾む足取りでこちらに歩いてきた。

 そして店の中に入ってきたアスと無言でハイタッチ。

 

「お帰り。なかなかいい眺めだったよ」


「ふふ、我らを侮るからああいうことになるのだ」


 二人でニヤニヤと笑いながら口々に感想を言い合う。

 実に楽しい時間だけど午後からも営業がある以上そう長々とは話していられない。


「もう少し余韻に浸りたいところだけど、もう昼食にしないとね。今日は時間もないし自分ではさむサンドイッチだよ」


「おお! タマゴとマヨネーズが我を呼んでおるぞ!」


 こうして二人とも上機嫌で食事の支度を始めた。





 昼食を終え眠くなってくる昼下がり。睡魔と闘いながら午後の営業をしているとエバンス商会からジルさんがこちらに向かって歩いてきた。

 朝のうちに商談か何かで出て行くジルさんを見るのは毎日だけど、この時間にこちらにジルさんがやってくるなんて珍しい。


「ジルさんこんにちは。今日は何かあったんですか?」


「用がなきゃあたしはこっちに来ちゃいけないのかい。つれないこというねぇ」


「いや、すいません。いつも忙しそうだったのでつい……」


「最近忙しくてあたしがこっちに来るのも久しぶりだから仕方ないか。時間に空きができたから世間話でもしようかと思ってきたんだよ」


 ジルさんはそう言って笑うと肩をすくめた。


「しかしジルに空き時間ができるとは珍しいな」


「そんなに長くはないんだけどね。思ったより準備が速く終わって次の商談までちょっとあるのさ」


 準備が早くできたから時間が空いたなんてジルさんは今どれほど忙しいのだろうか。

 朝は早いし夜も遅くまで部屋から魔力灯の光がこぼれているのを見ている。その上昼もこの調子ではいつか体を壊してしまわないか心配だ。


「忙しいのはいいですけど体は大事にしてくださいね」


「ありがとね。ま、私のことはいいとしてあんたたちのことを話そうじゃないか。売り上げの報告は見させてもらってるけど最近かなりうまくいってるみたいだね」


「……そうですね。ザックさんの助けもあってラーメンの材料を販売したら飲食店の人を中心にかなり売れたんですよ」


「あんたたちの商品は受け入れられさえすれば販売を独占できるからねぇ。あたしのほうでも取引先には宣伝してるから、また何か新しく売り始めることになったら逐一教えておくれよ」


「はい、よろしくお願いします」


 それからは特に変わったことを話すでもなくお互い近況報告のようなことをしていた。

 ジルさんは最近忙しくて仕方がないと言ったようなことを話し、俺は前の露店にあいさつしたことを話す。後から考えてみると少々大人気なかったかと思わないでもないが、あまり後悔もしていないしジルさんも大いに笑ってくれていたので問題ないだろう。


「そういえば最近ミラを見なかったかい? いつもならちょくちょくうちにくるんだけどこのところ来てないんだよ」


「うーん、申し訳ないけど見てないですね」


 俺たちがミラに会ったのといえばジルさんのことを相談されたときが最後だ。会った内容からして言わないほうがいいだろう。


「あの子研究に熱が入りすぎると引き篭もっちゃうことがあるからね。魔具の勉強も兼ねてよかったら見に行ってやってくれないかい?」


「うむ、一度行ってみよう」


「頼んだよ。じゃあそろそろあたしは行くね」


 ジルさんはそれだけ言い残すと駆け足でエバンス商会の本店まで戻っていった。

 おそらくこのところ会っていなかったから無理して時間を作ってきてくれたのだろう。来てくれたことは嬉しいのだがどうしてもそこまで無理しなくて良かったのにと思ってしまう。


「忙しいだろうにありがたいことだね。俺たちはせめて頼まれたことだけでもしっかりやろうか」


「そうだな。この後すぐにでもいこうと思うがいいか?」


「問題ないよ。行ってきて」


 今まで会った感じからしてミラは研究に没頭してしまうと食事を疎かにする人である可能性が大いにありえる。これからの時間帯はあまりお客さんも多くないことだし早めにいってもらったほうがいいだろう。

 ミラに会うのが楽しみなのかいそいその支度を整え出かけていったアスを見送り一人店番を始めた。






 ◆







 高い位置にある太陽が容赦なく照りつける道をミラの店に向かって一人歩く。以前ミラとともに歩いたときは夜だったが昼に歩くと同じ道でもここまで違うものなのかと感心してしまう。

 道には以前買い物に言ったときのように人が溢れておるし、道端の建物も今は何件か開いており呼び込みに精を出している。森も昼と夜とではまるで雰囲気が違うものだが人の街は確実にそれ以上の変化だろう。


 そんなことを考えながらも道を間違えぬように進んでいくと前よりも速度が速かったからだろうか、思いのほか早くミラの店までたどり着いた。傍から見る店の雰囲気は他のところと比べるとあまりに活気がないように見えたが、扉を開いてみると鍵がかかっていなかったのでとりあえず入ってみることにした。


「ミラよ、いないのか?」


 心なしか薄暗く、がらんとした印象を受ける店舗部分でミラを呼びかけるが返事がない。

 しばらく待ってみてもまるで返事がなかったので悪いとは思ったが以前案内された工房まで入ってみることにした。


 お世辞にもきれいとは言いがたい通路を抜け工房に着くと作業台に突っ伏しているミラが目に入った。


「ミラよ大丈夫か!?」


 昼間から作業台に突っ伏しているなどそうあることではないだろう。急いで駆け寄り声をかけるが我の焦りとは裏腹に返ってきたのはなんとも落ち着いた声だった。


「アスちゃん? ……おはよう」


「おはようではないわ! 一体どうしたというのだ」

 

「研究していて寝てしまった。よくあること」


 ミラは平然とそう言うが、こんなボロボロになるまで研究とやらをすることがよくあるとは我にはとても信じられぬ。目の下にはしっかりと隈ができているうえ以前見たときよりもやつれている。この調子ではあまり食事も取っていないのだろう。


「言いたいことはいろいろあるがまずは何か食べて寝るがよい!」


 ミラはのろのろと動き作業台近くにある机の上からやけにカラフルな箱を手に取った。

 たしかあれは我がもらった菓子の箱だったはず。うまい菓子だったのは間違いないが腹が減ったときに食事として食べるようなものでもあるまい。


「そんなものを食べてなくて今はもっとちゃんとしたものを食べるのだ」


「……食べ物はこれしかない」


「なに!?」


 こんなことがありえるか。我は研究のことはよく知らんが、何かをしようと思うのならしっかりと食事と睡眠を取り万全の体調で取り組むべきであろう。だというのにこんな状況ではまともな結果など出るはずがないではないか。


「ええい、今からサイトウのところに行って食べ物をとってくるからおぬしは体を拭いて着替えておくのだ!」


 ミラが何かを行っているようだが気にしない。人目があるため全力で走れないのがなんとももどかしいが、おそらくこれぐらいなら大丈夫だろうという速度でサイトウの元へ走った。



 サイトウから残り物のサンドイッチをもらって返ってくるとミラがちょうど着替えを終えたところだった。着ているのは何の飾りもないこれでもかと言うほどシンプルなもので、衣服にあまり関心がないことが見て取れる。


「腹が空いたであろう。これをもらってきたから食べるがよい」


「ありがとう」


 ミラはサンドイッチの入ったカゴを受け取ると散らばっている物を隅にどかし机の上に置いた。


「紅茶、飲む?」


「いただこう」


 どうせ飲み物なしでは食べられぬであろうからミラの好意を素直に受け取ることにした。勧められた椅子に座り待っているとミラが二人分の紅茶を持ってやってくる。


「すまぬな。ではしっかり食べるがよい」


 ミラは無言で頷きサンドイッチを手に取り食べ始めた。一口一口は小さいがその速度はかなりのもので、相当に空腹だったということが伝わってくる。

 しばらく紅茶で喉を潤し、ミラがいくつか食べ落ち着いただろうタイミングで話しかけた。


「それにしてもこんなになるまで一体どうしたというのだ」


「……研究がうまくいかなかった」


「そうだとしてももう少しやりようがあるだろう」


 少々厳しい口調で聞くがミラは力なく首を振る。


「もう時間がない」


 はて、時間がないとはどういうことなのだろうか。我が思い当たることといえばジルの借金のために作っているという転移用の魔具ぐらいだが、以前相談を受けたときには時間がないということなど言っていなかった。他の魔具のことであれば問題はないのだが、そうでないのなら一度聞いておかねばならんだろう。


「もしやその時間がないというのは転移用の魔具のことか?」


 話ながらも食べ続けていたミラの手がピタリと止まる。


「…………そう。でもアスちゃんたちはあせることない。魔具はできるときはすぐにできるけど、できないときはまったくできないもの。だからなるべく急いでいるだけ」


 ミラは再び手を動かし何事もないように食事を始めた。

 我は魔具のことをまったくと言っていいほど知らないため、そう言われてしまえば反論する材料はない。どうにも納得いかないもののミラの様子からしてこれ以上聞いたところで答えてくれはしないだろう。

 一度深呼吸をして紅茶を飲んだ。


「それで今のところ魔具はどの程度までできておるのだ?」


「核になる部分に転移の魔力が定着しないからあまり進んでいない。定着しても調整があるからまだ時間がかかると思う」


「悪いな。そのあたりについて我は頑張ってくれとしか言えん」


「それで十分」


 ミラは最後の一口を食べ終え紅茶を飲み干した。少々足りぬかもしれないがこれだけ食べれば体調を崩すようなことはないだろう。

 

「さて、これで後はしっかり寝るだけだな」


「そんな時間はない」


 ミラはふるふると首を振るが我としてもこれは譲るわけにはいかないのだ。


「そんな頭で考えてもなかなかいい考えも浮かばないだろう。ここは気分転換も兼ねて一度寝ておくのだ」


「でも」


「寝ておくのだ」


「……わかった」

 

 ミラはあまり納得言っていない様子だったが、一応頷いてくれたのでもう安心だろう。

 サンドイッチのカゴを持ち椅子から立ち上がる。


「では我は帰るとしよう。今日のようなことはもう遠慮したいぞ」


「なるべく気をつける。今日は……ありがとう」


 我としてはそんな大それたことをしたつもりはなかったので、ミラの真摯な言葉に気恥ずかしくなり笑って頷いておく。

 その後わざわざ入り口まで出てきてくれたミラに見送られながらセフィラス魔具店を後にした。





「お疲れさま。ミラは大丈夫だった?」


 詳しく説明もせずにサンドイッチだけ受け取り出て行ったものだから心配していたのだろう。店に着くとすぐにサイトウが問いかけてきた。


「うむ、かなり疲れていたようだが自分で食事も取っていたしそう心配するほどではないと思うぞ」


「そっか。アスがすごい勢いで駆け込んでくるから何事かと思っちゃったよ」


「むう……」


 確かに慌てすぎだったかも知れんがサイトウだってあの場面に遭遇すればきっと同じように慌てていただろう。そう、あれは仕方なかったのだ。


「それにしても人間にはあそこまで何かに熱中するものがいるのだな」


「寝食忘れちゃうような人はよっぽど珍しいけどいるにはいるね。アス達から見るとおかしく感じるかもしれないけど」


「変わっているとは思うが我からしてみるとすごいとも思うぞ」


 我ら獣人は何かに熱中することはあっても食事などを忘れるほど没頭することはまずない。それを考えれば全面的に賛同することはできぬにせよ、そこまでして何かを成そうとすることは好ましく映る。


「まぁ時々見に行ってあげてよ。そういう人って言ってもなかなか直らないからさ」


「やれやれ、ミラも仕方のないな」


 苦笑したようなサイトウの言葉に肩をすくめながら返事をした。

 実のところやれやれとはいいながらも世話を焼くこと自体嫌いではないので楽しみなぐらいなのだがな。


 話していると何かに気付いたのかサイトウが目を逸らし外に笑顔を向けた。

 少々話しすぎたようだ。まだ営業時間なのだから、そろそろ我も働くとしよう。


 二階の自室に戻り外出用の服から店用の服に着替えると、パタパタと急ぎ足で店先に向かった。

 






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