人事を尽くしたので天命を待ちましょう。
フィオナさんの元気のいい声で始まった取材は急にきっちりし始めることもなく、今までの世間話とほとんど変わらないような雰囲気で進んでいった。
真面目な感じになってしまうとまともに話せたかどうか怪しい俺としては非常に助かる話だ。
「初めて知ったとき驚いたんですけど、このお店ってとても珍しい商品を扱っていますよね」
「エバンス商会の別館のような形で始めた店なので普通のものは本館で、ちょっと変わったものはこちらで買っていただければと思ってこういう商品を扱っているんですよ」
「なるほど。本館と別館を組み合わせての買い物を想定しているというわけですね」
もちろんの事ながらそんな立派なことは考えていない。せいぜい「本館が近くにあるからそこにないようなもの売ったほうが売れるよね」ぐらいだ。
取材が決まってから必死に考えてた理由だけど納得いしてくれたのなら問題ないだろう。
「それにしても本当に珍しい商品ですよね。記者なのに恥ずかしいんですが、全然知らないものばかりだったんですよ。一体どこから仕入れているんですか?」
やっぱりくるよなぁ、その質問。創造魔法のことを知られないようにするためにも注意しなくちゃならないから、分かっていても緊張してしまう。
アスも意識していたのか隣でピクリと反応している。
「申し訳ないんですけど、商売上の秘密ということで。他の店でも扱われちゃうと大打撃になっちゃいますからね」
「うーん、そうでしょうけど……残念です」
「フィオナよ、すまんな」
しょんぼりしているフィオナさんを見ていると教えたくなってしまうけど、ジルさんとの約束があるのでここは我慢だ。
「いえいえ、仕方ありません。でも他の質問にはしっかり答えてもらいますから覚悟してくださいね?」
「はは、お手柔らかにお願いします」
「じゃあズバリ、ラーメンってどこの料理なんでしょうか?」
了解の返事をした途端、待ってましたとばかりにフィオナさんがラーメンについて質問してきた。
思いのほかあっさり先ほどの質問をあきらめてくれたことを考えると。もしかしたら初めからこちらが本命の質問だったのかもしれない。
なんだかしてやられたような感じがするけれど、普通に考えて商売上問題になるような情報でもないし、つい先ほど質問に答えるといってしまった手前このタイミングで聞かれてしまっては答えないわけにもいかないだろう。
「ちょっとどこの料理かは覚えてないんですけど、以前旅をしていたときにこんな料理を見かけまして。自分なりに工夫をしていたら美味しくなったのでザックさんに紹介してみたんですよ」
とは言えおそらく聞かれるだろうと想定していた質問だけに答えは用意してある。本当のことを話すと日本のことを話さないといけない手前アスにも相談できなかったのだけどこの理由ならはっきりと怪しまれることもないはずだ。
「そうなんですか。じゃあサイトウさんは料理も得意なんですか?」
「うむ、サイトウの料理はとても美味しいぞ」
「俺の代わりに答えない。せいぜい素人に毛が生えたようなものですよ」
とんでもないことを口走るアスの頭に軽くチョップを落とし、即座に間違った情報を訂正した。
実際のところ皆さん評価してくれてはいるが俺は日本での料理に関する知識を持っているだけで、料理の技術や常識的な知識などに関してはいたって普通なのだ。ここでフィオナさんにあらぬ誤解を受けてしまうとどんなことが起こるかわかったものではない。
「そんなご謙遜を。ザックさんも取材したとき分かりやすく教えてくれたって褒めてましたよ」
いやいや、それはザックさんの理解力がすごいだけですから。
「あー、もうその話は終わりにしましょう。次の質問とかないですか?」
「そうですか? じゃあラーメン以外にもこれから広めようと思っている料理とかがあればお聞かせ願いたいです」
とりあえず隣でケタケタ笑っているアスのわき腹をつっついてと。あーあー苦情は聞きません。
「うーん、今のところは分からないです。候補になるような料理はいくつかあるんですけどサンライズで受け入れてもらえるかどうか分からないので、ザックさんと話し合ってからですね」
「なるほど、じゃあまた広めるような料理ができたら是非食べさせてくださいね」
「我は広めなくても食べさせてもらうがな!」
いつも通りというかなんと言うか……。
アスの堂々とした発言に俺とフィオナさんは目を合わせ、くすくすと笑い合った。
それからしばらく笑っているとフィオナさんはゆっくりと話し始めた。
「サイトウさんたちが話しやすい人で本当に良かったです。悪い人には見えなかったんですけど新しくこの街に来た人ですから、どうやって取材したものか悩んでたんですよ」
「そう言ってもらえて嬉しいです。俺たち取材を受けるのなんて初めてで緊張していたんですけど、フィオナさんのおかげでまともに話せて本当に助かりました」
記者をしているような人だから話しやすくて当然なのかもしれないけれどここまでまともに話すことができたのは間違いなくフィオナさんのおかげだ。
少々お世辞の言い合いのようになってしまっているが偽りない本音である。
フィオナさんは「いえいえ」と手をぱたぱたさせているが、少し笑みが深くなったところを見る限りまんざらでもないのだろう。
「そういえばサイトウさん達は自分たちの噂ってご存知ですか?」
「え……俺たちなんか悪い噂でも流れてるんですか?」
ちょっと待ってよ。俺たちって何か悪いことしたっけ?
サンライズに来てからだって清く正しく生活しているし、接客だって悪評が立つほど酷いものだとは思えない。もしかしてあれか、俺が外に出てないことが知られて引きこもりじゃないかって噂になってるのか。
「悪い噂なんて流れてないですよ! ……まぁ確かにサイトウさんについてはいろいろ言われてますけど」
「えっと……どんなのが?」
「黒髪は珍しいんですけどアスちゃんと血が繋がってるはずがないと断言されてますし、いつも店内にいる人とかも言われてますね。あと笑っちゃうのですと犯罪者予備軍って疑惑もあるんですよ? ――ちなみにご血縁関係は」
「……ないですけど」
フィオナさんやめて、そんな顔で俺を見ないで。そりゃ改めて考えてみれば今の俺とアスの状態って結構珍しいと思うけど、アスの両親からも許可いただいてますから。
「アスさん俺たちの関係を説明してやってくださいよ」
「なんと説明するのだ?」
そう言われてみればなんと説明すればいいのだろうか。家族じゃないし、友達というのも微妙に違う気がするし……。
「女の子と近所のおにいさん?」
「フィオナよ、確かに我らは女の子と近所のおにいさんと言えなくもないぞ」
フィオナさんやめて、そんな顔で俺を見ないで。そりゃ改めて考えてみればその関係って疑惑を解消していないどころか煽ってる気すらしますけれど。
断固として誤解を解かねばと考えを巡らすがどうにもいいアイデアが出てこない。
本気で焦りながらうんうん唸っているとフィオナさんがプッと笑い始めた。
「そんなに焦らないでいいですよ。初めから問題があるなんて思っていないから安心してください」
「……それはありがとうございます」
どうやら冗談だったようだが何とも性質が悪い。この店に来てくれるお客さんがちらりとアスを見た後、さっきのフィオナさんのような表情でこちらを見てくる光景を想像してしまったじゃないか。
「冗談にしてもちょっとひどいですよ。そんな噂があるのかと本気にしちゃったじゃないですか」
「え、噂があるのは本当ですよ?」
「誤解だと広めてください。お願いします」
椅子に座っていなかったらためらいなく土下座したんじゃないかと思うぐらいの勢いで頭を下げた。
「わ、わかりましたから顔を上げてください!」
フィオナさんが広めてくれるならおそらく噂も鎮静化するだろう。やはり何かを人にお願いするときは誠意が大切だと思うんだ。
「ところで店のほうには何か噂はないのか?」
「この店でしたらいい話をたくさん聞きますよ」
「ほう、それは聞かせてもらいたいぞ!」
フィオナさんの言葉にアスが勢い良く食いついた。そりゃいい話って分かってるなら早く知りたいよね、その気持ちは分かる。
「この際だから本当のこと言っちゃいますけど、始めのうちはよく分からないもの売ってる変わった店っていう話が多かったんですよ」
「むう、みんないいものなのだぞ……」
今まであった系統の新商品を売り出した店ならまだしも、まったくなかったような商品を扱えばそうなるのも無理のない話だ。頭では簡単に理解できるんだけど面と向かって言われるとくるものがあるよなぁ。
「そんなに落ち込まないでください。今のはできてすぐの噂です」
「最近はどうなのだ?」
「変わってるけどいいものを売っている店とか、変わってるけど期待できる店、辺りが有力ですね。まぁ変わってるっていうのは固定みたいですけど」
フィオナさんはそう言ってクスリと笑った。
変わってるというのが固定というのもどうかとは思うけど、フィオナさんの様子を見る限りそこまで悪いものではないのだろう。
思わずホッと息をついた。
「そうか……だんだん認められてきておるのだな!」
「はい、間違いないですよ」
アスも握り拳をふるふるさせながら嬉しそうに声をあげた。
サンライズに来た当初はほとんどお客さんが来てくれなかっただけに、はっきり言ってもらえるのがよほど嬉しいのだろう。
その様子を見て俺もにやけながらお茶に口をつけた。
「じゃあもうこの辺りで取材も終わりにしますね。ご協力ありがとうございました」
「いえ、こちらこそいろいろ教えていただきありがとうございました」
「感謝するぞ」
取材が終わりお互いに頭を下げてあいさつをした。この辺りは基本である。
フィオナさんはあいさつが終わるとメモ帳などを鼻歌を歌いながら片付け始めた。
さて取材は終わったのだが俺たちには後一つ、聞かなければならないことがある。
フィオナさんからしてみれば取材が終わった今、もう後は帰るだけだと思っているのだろう。
しかしもう少しだけ付き合ってもらわなくては。
俺は努めてつい今思い出したというように、何気なく声をかけた。
「そういえばサンライズって近くに『魔物の森』がありますけど、どういうところなんですか?」
「『魔物の森』ですか?」
フィオナさんは顎に手をあてて考え始め、俺とアスは普段と変わらないような表情で、しかし一言も聞き漏らさないように耳を傾けた。
実は今日の取材が終わったら森について聞いてみようとアスと二人相談していたのだ。
サンライズと獣人の交流のために今森がどう思われているか知っておく必要があるのだが、闇雲に聞いて回るのもなにかあると怖いし知り合いだけでは情報が偏ってしまう。そのため幅広い情報を知っていそうなフィオナさんに白羽の矢が立ったのだ。
「あまりよく分かっていない森なんですけど、奥から時折魔物が出てくるので『魔物の森』と呼ばれています。そのため危険も多いんですけど、森でしか取れないものも数多くあってそれらがサンライズの特産品になっているという一面もあるんですよ」
「でも森のものを採りに行くのって危なくないんですか?」
「もちろんです。ですから森での採集を専門にしている人たちがチームを組んで行きますね」
ここまでは以前ジルさんが言っていたのと基本的には変わらないか。
じゃあここからが本番だ。
「……そういえば森の中に獣人が住んでるって聞いたことがあるんですけど、その人たちに採ってきてもらうことってできないんですか?」
フィオナさんは聞いた瞬間こそ意表をつかれたような顔をしたがすぐに苦笑し始めた。
「採ってきてもらうこと自体は可能でしょうけど障害があまりにも多すぎますよ」
もしかしたら「とんでもない!」など強烈な反応が返ってくるかと覚悟していたのだが、苦笑という思いのほか軽いフィオナさんの反応にもしかして意外と簡単にいくのではないかという期待が膨らんだ。
俺がサンライズと獣人との交流でもっとも恐れていたのは、なんとなく怖いといった理由のない忌避感だ。
『実際には見ていないけれど見た人が怖いといっていたからきっと怖いのだろう』。『魔物を簡単に倒してしまうと聞いたし、そんなことができるのならきっと乱暴に違いない』。
そういったイメージが先行してしまえば少し何かあるだけで「やっぱりそうだ」といった扱いになってしまうし、最悪話し合いすら拒否されかねない。
そんな心配をしていたのだが反応を見る限り少なくともフィオナさんにそんなことはなさそうだ。
「その障害って森を越えなければならないってことですか?」
とりあえず障害と聞いて真っ先に浮かんだものを聞いてみた。
「それも大きな問題です。今のところ獣人たちの住んでいるところもわかっていないので探さなければいけませんし、おそらく普段採集をしているところよりも奥にあるでしょうから見つけたとしても移動が大変です」
俺たちはミリアの転移があるから森からの移動も楽なものだが、転移がなければ魔物が出てくる森を抜けていかなくてはならないのだ。交流する以上は荷物も運ばなければならないしサンライズ側からしたらとても大きな問題だろう。
ただこれについては俺たちが協力することでかなり楽になるはずだ。獣人の住んでいる場所は信頼できるのを確認した後王様に許可を得てから教えればいいことだし、獣人側に働きかけて採ったものをどこまでかはわからないが運んでもらってもいい。身体能力的にも人間が獣人の住んでいるところに来るよりはるかに楽になるだろう。
そのためこの問題についてはそれほど深刻に考えていないのだが、フィオナさんの言葉である一部分が気になった。
「『それも』ってことは他にも何か大きな問題があるんですか?」
「サイトウさんはご存じないかもしれないんですけど、サンライズの現市長が王国の貴族なんですよ」
なんとも難しそうな顔でフィオナさんはそう言った。
正直俺からしてみれば「王国ってどこ? そこの貴族だとなにかまずいの?」という話なのだが、それがわからないのはまずそうな雰囲気だ。
答えるすべもなく空気を読んで口を閉じ、難しそうな顔を作っておいた。
「それでは獣人との交流などあり得ぬではないか!」
アスは意味が分かっていたようだがどうやらかなりまずいことのようだ。眉間にしわがより演技でしていた難しい顔が本物になってくる。
「アスちゃん急にどうしたんですか?」
アスの急激な反応にフィオナさんは驚いているようだ。おそらくサンライズでは獣人との交流を熱望している人は少ないはずだからフィオナさんが驚くのも無理はない。
あまり怪しまれてもまずいので、よく事態が呑み込めていないがアスを背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせた。
「悪かったな。獣人との交流に興味があったものだからつい興奮してしまった」
「そうだったんですか……」
「なに、大丈夫だ。市長が貴族では街ぐるみでは無理だろうが、個人的に交流すればよい話だからな」
話の流れからするとおそらく王国の貴族とやらは獣人を嫌う風潮があるということなのだろう。
この場で聞いただけなのでいまいち実感がわかないが、確かにその風潮が根強いものならば街ぐるみでは諦め個人的に交流をしていくしかない。
「でもなんでそんなに興味を持ってるんですか? 魔物の森の獣人といえば普通の獣人よりはるかに強いとかで修行者の方たちには有名ですけど、それ以外では興味をもたれるどころかむしろ避けられるようなものだと思うんですけれど」
「そうなのか? 我はただ今まで深く関わったことのない者たちと関わることが楽しみで仕方がないだけだぞ」
おそらくそれが獣人としてのアスの本心なのだろう。よどみなく出てきたその言葉は確かな説得力を持っていて事情を知っている俺でさえも「なるほど」と納得しそうになってしまった。
「……そうか、そうですよね。よく知らない人たちが近くにいたら実際に会って話してみたいですもんね。本当にその通りです」
フィオナさんは何か思うところでもあるかのようにうんうんと頷いた。
「もし獣人の方たちと会うことができたら私にも取材させてもらえませんか? 今は獣人の方たちについては噂が一人歩きしているような状態なんですけど、例えいい人でも悪い人でも本当のことを皆さんに伝えたいんです」
「うむ! ぜひ皆に広めてやってくれ。きっと良い者ばかりだろうからな」
「俺もきっといい人たちばかりだと思いますよ」
「はい、そうだといいです!」
フィオナさんはそう言ってにこやかに笑う。
「じゃあ引き止めて申し訳ありませんでした。いい記事期待してますね」
「できたら発行する前にお見せしますね。楽しみにしててください」
そう言ってフィオナさんは頭を下げると荷物をまとめ軽い足取りで帰って行った。もう一日も終わりだというのに大したバイタリティだ。
フィオナさんが出て行き静かになった室内で帽子をとりくるくると回しているアスに話しかける。
「お疲れ。フィオナさんの記事は期待できると思う?」
「獣人について良くても悪くても本当のことを伝えたいといったのだ。きっと期待できるであろう」
「だよね。俺もそう思うよ」
今日のフィオナさんを見る限り少々未熟だとか指摘を受けることはあるかもしれないけど、理不尽な批判を受けたり不当に貶されるようなことはないように感じた。
アスも心配していないのならおそらくこの考えは間違っていないのだろう。
「じゃあそろそろおなかも減ってきたしご飯にしようか」
「うう……もう空腹で仕方がないぞ。早く食べようではないか」
アスは耳をへたりとさせてお腹を押さえた。
よほどお腹が減っているのだろう。
「ならちゃっちゃと支度しちゃおうか。手伝いはよろしく」
なんとも気合の入らないアスの返事を背中で聞き、頭の中で早くできるメニューといえばどんなものがあったか考えながらキッチンへ向かった。