実は俺たちってスキャンダルだらけ?
翌日は定休日でもないので、アスとミリアがやってくるとすぐにベイビーバードを出発した。ここからサンライズまでは結構離れているだろうに、転移のおかげで早起きする必要もなくなんともありがたいことだ。
中継で<タマの丘>まで行ったときにはタマや黒猫様を呼びたくなるが我慢し、万一にも安眠妨害にならぬよう静かにサンライズまで移動した。
店まで移動するとミリアは用事があるらしくすぐに森へ帰って行った。何でもいろいろ採集の依頼を受けているらしく今日は忙しいんだそうな。これはまた今度油揚げのフルコースでもご馳走せねば。
ミリアを見送るとアスともども開店準備を始めた。この辺りは二人とも慣れたもので、特に声を掛け合うこともなく自然と決まっていった自分の仕事を黙々とこなしていく。
「おう、今日はしっかり営業してるみたいだな」
「当然であろう。店を無断で休むわけにはいかんからな」
窓口の内側を掃除しているとなにやら外から声が聞こえてきた。このドスの聞いたザックさんだろう。外を覗くと案の定、絶対にケンカしたくない巨体が見えた。
「どうだ、昨日はしっかり休めたか?」
「おかげさまで元気いっぱいですよ。今日はどうしたんですか?」
「ラーメンの材料を売ってもらおうと思ってな」
なんと、それは嬉しい。類似品すらないまったくないラーメンがこんなに早く売れるとは。きっと店でかなりプッシュしてくれたのだろう。
「ありがとうございます。量はどのぐらいにしましょうか?」
「そうだな……三百食分ぐらい頼む」
「さ、三百ですか?」
森での経験しかないためよく分からないが、二回目の仕入れで三百なんて俺としてはびっくりするほど多く感じる。本当に売れ残ったりしないのだろうか?
「おうよ。またそのうち買いに来るぞ」
ザックさんは嬉しそうにガハハと笑う。
「そんな売れるなんてどうしたんですか?」
「まぁラーメン自体がうまかったのが第一だな。あと初日に運よくフィオナが来たんだよ」
「フィオナ?」
なんでもフィオナとは新聞記者のようなことをしている人らしい。週に一度彼女によって発行される新聞は別に政治や経済を扱っているわけでなく、サンライズ内で彼女が面白そうと思ったことが書いてあるんだそうな。それで新聞として成り立っているのか不安になるが、すでに一年以上続いているということなので俺が心配するまでもなく大丈夫なのだろう。
「お前も興味あるなら新聞とってみたらどうだ?」
ザックさんはそれだけ言うと大荷物を背負い忙しそうに帰って行った。
「ラーメンとかいうやつの材料とりあえず二十食分!」
「俺は三十食分だ!」
「皆のもの一列に並ぶのだ! 横入りは許さぬぞ!」
一体これは何なんだろう。
開店間近になるとどこからともなく人がやってきて、どこかの店で売り出しでもやるのかと思っていたらうちの前に並び始めた。
頬を引っ張ってみる。……うん、夢じゃない。
「サイトウよ、遊んでいないでさっさと働くのだ!」
「イエッサー!」
店員さんに注意され慌てて再起動。くっ、これではまるで俺がお手伝いさんではないかっ。
ばたばたと店内に入り魔法を発動。この流れならおそらくほとんどの注文がラーメン関係だろうと予想し、多めに創造して運んでいった。
「お待たせしました。二十食分です」
「なぁにいちゃん。ラーメンの作り方大体でいいから教えてくれよ」
「スープの中に茹でた麺を入れた料理です。スープのベースには醤油や味噌、塩なんかが有名です」
ちなみに諸々の関係でとんこつはなし。
後ろに人も並んでいるので手早く説明していく。
「後はいろいろなものからダシをとったりして研究してください。あとは<闘魂亭>で出してるみたいですからどんなものか食べてみるのもいいかも知れないです。作り方次第で本当に味が変わりますから、頑張って美味しいのを作ってくださいね」
我ながらなんとも大雑把な説明だとは思うけど、せいぜいインスタントラーメンしか作ったことのない俺にはこれが限界。こんな説明で見事にラーメンを作り上げたザックさんのように頑張ってくださいと祈るばかりである。
「なるほどなぁ。うまいの作るからまた食いにきてくれよ」
「美味しいのできたらほんと食べに行きたいですよ。ありがとうございました。次の人どうぞー」
やはりというべきかこの人は料理人だったらしい。だってラーメンを知って自分で作ろうと二十食も買っていく素人さんがいたら驚きだし。
そんなことを考えながら次の人の注文に従い、三十食分の材料を準備し始めた。
「ありがとうございましたー」
最後のお客さんを見送りアスともども一息つく。結構なハイペースでさばいていたので時間こそ掛からなかったが精神的な疲労は大きい。
「まったく。急なことでびっくりしたぞ」
「ほんとにね。フィオナって人の新聞、予想以上に影響力が大きいみたいだ」
というのも急な繁盛が気になってお客さんに尋ねてみたところ、ほとんどの人がフィオナ印の新聞でラーメンのことを知ったといっていたからだ。
とは言え新聞で紹介していたから鵜呑みにして買いに来たというわけではなく、とりあえず店の人を食べに行かせてからきたそうだ。それでもたいそうな影響力ということに変わりはないが。
「我も一度見てみたいものだな」
「俺も見てみたいよ。ジルさんに頼んで新聞取ってみようか?」
外に出れられない上まともな仕入れルートを持っていない俺としてはめちゃくちゃ役に立つとかそういったことはないと思うけど、何かと便利だろうしアスのためにもなるだろう。あとは安いことを祈るばかりだ。
「それなら一部五百フォルになりますよ?」
「えーっと?」
ふらふらと近づいてきて、いきなり声をかけてきたのはおそらく面識のない女性。
金髪のショートカットに明るい碧眼、猫のような愛嬌のある笑顔で笑いかけてくる。
「はじめまして! サン・タイムズを編集してます、フィオナ=オルランドといいます」
フィオナさんはピンと背筋を伸ばし自己紹介した後、きびきびとした動作で頭を下げた。
こういった態度はこちらの世界に来てから初めてなので少し面食らう。
「こちらこそ始めまして。エバンス商会で働かせていただいてるユウ=サイトウといいます」
「サイトウの手伝いをしておるアスフェルという。よろしく頼むぞ」
「はい、それはもう! よろしくお願いしますね」
フィオナさんはアスの言葉に反応して、やたら不安な気分になるほど目を輝かせてこちらを見てくる。
興味深々ということを目だけでここまで伝えてくるとは大したものだと思うよ、ほんとに。
「今日はお客さんとして来てくれたんですか?」
「はい、おもしろそうなものがあれば売っていただこうかと。あとはちょっと取材させていただけるとうれしいなー、なんて思ってたり」
故意か天然かは分からないけど、圧倒的破壊力を持った上目遣いでこちらを見てくる。アスがなんとも言えない表情でこちらを見ていなければ一瞬でやられていただろう。
これは気をつけなければなるまい。
「そうですね、営業が終わった後でいいんでしたらお受けしますよ」
「ありがとうございます! ではまた営業が終わった頃にお伺いいたします」
フィオナさんはなんとも嬉しそうな笑顔で頭を下げる。
あんまり嬉しそうにしてくれるものだから、許可したはずのこちらまで嬉しくなって笑ってしまった。
その後フィオナさんはこの店にあるものの中で珍しくかつ比較的人気のあるものをいくつか買っていった。
なんでもそれらを材料に今から記事を書き始めるらしい。なんとも凄まじいバイタリティだ。
「なんだかやけに気持ちのよい者であったな」
「そうだね。でもそれにつられて言っちゃいけないことまで言わないようにしないと」
なにせ俺たちには新聞に載せるべきでないようなことがたくさんあるのだ。
例えば俺たちが森から来ているということは現時点では伝えるべきではないと思うし、俺がこの家から出ることができないというのもどんなことがあるか分からないので新聞に載せるべきではないだろう。それにジルさんとの約束もあるのでこの店の商品が魔法によって作られているということも言うべきではない。
ただそれらにさえ気をつければメリットも大きい。店の宣伝になるのはもちろんのこと、好印象の記事を書いてもらえれば後々俺たちが森からきたということを明かすときに役に立ってくれるはずなのだから。
「我もついててやるから大船に乗ったつもりでいるが良い」
さきほどもアスの視線がなければ今からでも取材をどうぞと言ってしまいそうだった手前反論できないのが悲しいところだ。
「……それじゃあ頑張って営業しますか」
「ありがとうございましたー」
本日最後のお客さんを見送り頭を下げる。
今日の営業をまとめると忙しかった、これに尽きるだろう。
基本的にラーメンの材料を買いに来る人は午前中に終わったのだけど、午後からも何か珍しいものを売っていると聞いた人たちが来てくれたのだ。
もちろん「何か珍しいものがあるらしい」といった気分で来てくれた人が多かったので一つか二つ買って帰る人が多かったのだけど、ほかにお客さんがいないときにはいろいろな話を聞くことができたしこの店のことを知ってもらうことができたので大満足だ。
「こんばんは。営業お疲れ様でした!」
おそらくこの辺りでぶらぶらしていたのだろう。最後のお客さんが見えなくなると朝と変わりなく、いやそれどころか朝よりもいい笑顔でフィオナさんが話しかけてきた。
「こんばんは。どうぞ中に入ってください」
フィオナさんはそれを聞くと嬉しそうにお辞儀をしてくれた。そして店先の片付けをしているのに気が付いたのか自分も手伝うとアスに申し出る。
「うむ。心遣いはありがたくいただくが我一人で大丈夫だ」
アスは営業が終わったらすぐに片付けを始めていたため後は家の中に机を運ぶだけだ。手ごろな机がなく結構しっかりした机を使っていたため手伝いを申し出てくれたのだろうがアスならば一人で十分である。
案の定アスは手伝いを断わり一人で机をひょいと持ち上げた。
「えっ……。あ、アスフェルちゃん力持ちなんだね」
「ふふふ、もっと褒めてよいぞ?」
ぽかんと口を開けフィオナさんはアスが机を運ぶ光景を凝視する。
見ているものが信じられないといった姿は昔の俺を見ているみたいで面白い。しかし女の人の顔を面白がって眺めているは趣味がいいとは言えないだろう。自分は何も見ていないとばかりにフィオナさんに声をかけ家の中に招き入れた。
「失礼します!」
「どうぞお茶でも用意するのでそこの椅子に座っててください」
玄関から入りどうしたものかと手持ち無沙汰に立っているフィオナさんに声をかける。俺とアスが片付けやお茶の準備をしてる中で自分だけ座っているというのも居心地が悪いだろうけど、まぁその辺りは我慢してもらおう。
お茶を準備し終え、お尻をむずむずと動かしているフィオナさんと根でも生えているかのようにどっかりと椅子に座るアスの前にお茶を置いた。そして自分の前にもお茶を置き、茶請けのようなものを机に出してようやく俺も椅子に腰を落ち着ける。
「こんな準備までしていただいてありがとうございます。私の方は時間もありますので、お疲れでしたらしばらく休憩なさってください」
「ありがとうございます。まだまだ大丈夫ですので取材を始めていただいても結構ですよ」
「うむ、この程度でへこたれるような軟弱な身体ではないからな」
「はは、確かにアスちゃんは軟弱とは言えなさそう」
アスが力こぶを作るようなポーズを取り軟弱ではないとアピールし、室内に和やかな空気が流れ始める。
こういった場面で空気を作ってくれる存在は非常にありがたい。今までの流れから今日の取材はきっちりとしたものになってしまうかと少々心配していたが、これなら世間話の延長のような形にできるはずだ。
「ちなみに今日の取材はラーメンのことですか?」
「いえ、それもあるんですけど今日はこの店のことを取材させていただきたいんです。
この辺りで見たこともないような商品に新しい料理。きっと面白い記事になると思います!」
「え、ええ。こちらからも是非お願いしたいです」
セリフが後半になるにつれフィオナさんの目の輝きが増していく。言っている内容はこちらにとっても良いことなのだが、思わず腰が引けてしまう。
「とは言っても商売上の秘密で答えられないこともありますのでそれはお願いしますね」
「もちろんです!」
いい返事をしてくれるがさすがに額面どおり受け取るわけにはいかない。
記者として簡単に引いてしまっては面白い記事なんて書けないだろうことは想像がつくからだ。
だから多少の追求は承知の上。それでも我慢できないほどでない限り長く付き合っていきたいものだ。
「ところで取材とはどのようなことをするのだ?」
「こちらから質問していくので世間話のつもりで答えていただければ大丈夫ですよ」
フィオナさんは笑顔で答え、鞄からメモ用紙のようなものを取り出す。
魔法があるといってもこの辺りは日本とあまり変わらないようだ。
そう思ってフィオナさんを見ていたのだが、いつまで経ってもペンが出てこない。
「ペンお貸ししましょうか?」
「ありがとうございます。私筆記系魔法持ちなので大丈夫です」
「そうなんですか?」
「はい。脳内転写っていうんですけど、手をかざすだけで文字が書ける優れものなんですよ」
フィオナさんは先ほど取り出したメモにゆっくりと手をかざす。するとどうだろう、メモに次々と字が浮かび上がり文章を形作っていった。
印刷なんて技術がなさそうなこの世界にどうして新聞があるのか不思議に思っていたが、どうやら技術でなく魔法の力で成り立っているようだ。
しかしそうなると疑問が浮かび上がる。この世界で魔法というのはどれぐらいの希少性・汎用性があるのだろうか?
森で店に来てくれた人たちに聞いた感じでは魔法持ちはそんなにいない印象を受けたのだが、技術の代わりに魔法に頼っている部分を見ると実際は俺の想定よりも多いのかもしれない。
魔法を使える身としては是非知っておきたい情報だ。
「それでも新聞を一人で書くのは大変ですよね。他にもサンライズで筆記系魔法を持って手伝ってくれる人がいるんですか?」
「名持ちの人はいないんですけど筆記系魔法を使える人はいるので、そういった人には手伝ってもらってますよ」
「む、名持ちとは何なのだ?」
知らない単語が出てきたところでどうしたものかと悩んでいるとアスがポンと質問してくれた。
俺ぐらいの年齢になって常識的かもしれないことを聞くと怪しまれるかもしれないが、アスならば聞いても幾分マシだろう。このアシストを生かさなくては。
「普通に魔法名を持ってる人ってことですけど?」
「すいません、アスの住んでいたところはそういったことをちゃんと知ってる人がいなかったみたいで……。良かったら詳しく教えてあげてくれませんか?」
「ああ、そういうことですか。えっと、魔法は筆記系とかいくつも系統があるんですけど、その中である程度強力なものは魔法名があるんです。それで名持ちっていうのはその魔法名を持っている人のことを言うんです」
なるほど、つまり森では分からなかったけどこの世界での魔法は使える使えないに分かれるだけでなく、使えるけど効果が薄いという状態もあるわけか。
「そうなのか! では我も魔法を使えるかも知れないということだな!」
「あんまり期待しないほうがいいと思いますよ? 私が知ってる中では数ミリしか移動できない転移系とか聞いてるこっちが悲しくなるようなものもありましたから」
喜色満面といったアスの顔が微妙に引きつる。そりゃ魔法が使えるかもと期待した瞬間にそんな例を挙げられたら固まりもするだろう。
しかしそこである違和感に気付く。
アスの反応を見た瞬間は演技をしてくれているのだろうと思っていたのだが、よくよく見続けているとどうも本当に今知ったようにしか見えない。もしかして魔法は獣人の間ではそこまで研究が進んでいないのではないだろうか。
フィオナさんが帰った後一度アスに聞いてみたほうがいいだろう。もし魔法についてあまり知識がないのならば、サンライズで調べて知識を森に持ち帰ればきっと役に立つはずだ。
「むう、だが知るだけは知っておきたいぞ。どうやって調べればよいのだ?」
「名持ちであればほとんど感覚的に分かるんですけど、そうでない人は測定用の魔具を使います。残念ながら私は持っていないので魔具を扱っているお店で調べてみてください」
「うむ、一度調べてみるぞ。情報提供感謝する」
「いえいえ、こちらも取材させていただけるんですから気にしないでください」
話に一区切りがついたため二人とも目の前のお茶を含む。
時計に目をやるとフィオナさんが来てからすでにある程度時間が経っていた。思いがけず質問に答えてもらい予想以上の時間を取ってしまったようだ。
「時間とってしまって申し訳ないです。じゃあもうそろそろ取材を始めてくださって結構ですよ」
「ありがとうございます。それでは始めさせていただきますね!」
お久しぶりです。
最近想定していた展開にミスを見つけて悪戦苦闘してます。プロットもっとしっかり作っておけば……。連載していらっしゃる方はこういったことにご注意ください。
あと最近コメディ分が足らなかったので短編書いてみました。
よろしければ見てやってください。