お久しぶりでございます。
「準備は良いかしら~?」
椅子に座るミリアが問いかけてくる。
改めて店内を見回して確認する。定休日の看板は出したし、鍵もしっかりかけた。火の元は問題ないし頼まれていることもない――うん、問題なしと。
「はい、よろしくおねがいします」
今日はサンライズに来てから初めての休日ということで、王様への報告や『ベイビーバード』の食材補給も兼ねて森に帰ってゆっくりすることにしている。別に森を出てからいくらも経っているわけではないのだけど森のみんなに久しぶりに会うような気がしてとても楽しみだ。
「じゃあ手を繋いでね~」
椅子から立ち上がったミリアはこちらに歩いてくると、俺とアスの間に入り二人の手を握る。
「行くわよ~」
「うむ、頼むぞ!」
ミリアはあまりしないような真面目な顔をすると目を瞑り集中力を高めた。一呼吸、周りに光る円が現れ光が舞い上がる。それらが一瞬強く光ったかと思うと、周りが森の景色に変わっていた。
「<森の境>に到着よ~」
「ああ……ほんとだ。やっぱり転移魔法ってすごいなぁ」
以前サンライズに行くときにも転移魔法は体感しているのだが、それでもやはり驚きは隠せない。ミラが転移の魔具を作ろうとしているらしいが、確かにそんなものが実現したらエバンス商会を立て直すことぐらいわけないだろう。
「確かにそうなんだけど万能って訳でもないのよ? 私の転移魔法はこの森の近くでしか使えないしね」
「そうなの?」
「サンライズぐらいまでなら何とか使えるんだけど、あんまり離れちゃうと転移できる距離が本当に短くなっちゃうの。それに転移は連続で使うこともできないわ」
確かに制約もなく場所に構わず転移ができるならジルさんが放っておくはずないか。
それにしても転移なんてすごい魔法のわりにはやけに制約が軽い気がする。こちらなんか家から出られないなんて呪い染みたものなのに……。そこのところどうなんでしょう、神様?
「じゃあもうそろそろ転移できるから<ミケの丘>に行くわよ~」
「<タマの丘>かぁ。久しぶりにタマに会えるかな?」
「あの場所は<ミケの丘>だぞ?」
「あそこで魔物ミケにタマって名前付けたよね? だから俺の中ではあそこは<タマの丘>なんだ。そう<タマの丘>」
森の住人たちからすれば<ミケの丘>で当然広まっているだろうし、いきなり何を言い出すんだという感じだとは思うけどしっかり主張しておく。大切なことだから繰り返しも忘れない。
始めは不思議そうな顔をしていたアスとミリアだが、俺がタマを溺愛していた様子を思い出して納得したのだろう。おかしそうに笑いながら理解の色を示す。
「ふふっ。じゃあ改めて<タマの丘>に行くわよ~」
くすくすと笑いながらミリアが手を差し出す。今回の転移は先ほどのように集中することもなく気軽な雰囲気が漂う。おそらく森の中ということや距離的に短いということが大きいのだろう。手を繋ぐと一呼吸置いたりすることもなく<タマの丘>に転移した。
転移の光が収まり視界に入ってきた<タマの丘>は、以前来た時とまるで変わりなく豊かな自然に溢れていた。そりゃ大して期間も開いていないし当然といえば当然なのだが。
「タマー! 出ておいでー!」
いつもこの場所にいるわけではないだろうがとりあえず森に向かって呼びかけてみた。この場所に来たのにタマに会えないなんて悲しすぎる。
呼びかけてしばらくすると森の中からガサガサと音がし始めた。音の感じから行っても相当に大きい。来てくれたかと期待してみていると森の中から一匹の黒猫が現れた。
「なっ……!」
俺は思わず声を漏らす。その猫があまりに美しすぎたのだ。ビロードのような美しい毛並みに端整な顔立ち、その上にある耳は形よく尻尾は優雅な曲線を描いている。まさに美猫。非の打ち所のない美猫だった。
「ほう……! 全身が高貴なる黒とは……もしやミケの王族か!?」
「……おそらくそうね。私もこの森に暮らして長いけど初めて見たわ……!」
後ろのほうでアスとミリアが何か話しているようだが俺の耳には入らない。俺の関心は目の前の黒猫に注がれっぱなしである。
とりあえず撫でてみようとつばを飲み込み、ふらふらと光に群がる蛾のように猫様に近づいた。
猫様は森から出てきた後、背筋を伸ばし座ったままじっとこちらを見ている。残念ながら頭には手が届かなかったため、その美しい前足を撫でようと手を伸ばしたが――ぺしん。尻尾ではたかれた。
「!?」
驚愕しながら目を上に向けると猫様が「気安く触るでないわ」とでも言いたげな目でこちらを見ていた。その姿はあまりに堂に入っており、見ただけで気高さ、高貴さが感じられる。
猫様を見つめたままわなわなと震えていると再び森の中から音が聞こえてきた。
ニャーオ。
現れたのは白猫である我らがタマ。愛らしい姿は今日も健在だ。
黒猫様から視線を外しタマに駆け寄ると顔を抱いて撫で始める。タマも俺のことを覚えててくれたのか嬉しそうに鳴いた後、顔を摺り寄せてくれた。
ニャー。
この世の春を満喫していると後ろのほうから鳴き声が聞こえる。振り返ってみてみると先ほどの黒猫様がこちらに歩いてきてタマに声をかけていた。
ニャーン。(黒)
ニャー、ニャーン。(タマ)
ニャン、ニャーオ。(黒)
俺には分からないがなにやら会話をしているらしい。もしかしたら二匹はお友達なのだろうか?
「王族であろうミケとあそこまで親しそうだと? タマとは一体……」
「分からないわ。ただ普通のミケとは一線を画することだけは間違いないわね……」
黒猫様とタマはしばらく会話をするとこちらに視線を投げかけてきた。ドキドキしながらも見詰め合っていると黒猫様のほうがこちらに歩み寄ってくる。
(また尻尾ではたかれるのか? いや次は猫パンチかも……くらっても大丈夫だよね?)
猫パンチなぞくらったら一発でノックダウンさせられてしまうのではないかと不安になりながらも黒猫様を待ち受ける。そんな俺の心配をよそに黒猫様は優雅に近づいてくると、スッと俺に向かって前足を差し出した。何かよく分からないながらも片膝をついてしゃがみ、両手を差し出し前足をそこに乗せていただく。
一般的な常識からしてみればそれは黒猫様がお手をしているように見えるだろう。しかし俺からしてみればそう、まるで王女様に手の甲を許していただいたかのような感じを受けた。とりあえず感覚の赴くまま前足に口づけするふりをして敬愛を示してみた。
ニャーゴ。
するとどうだろう、黒猫様は一鳴きすると前足を俺の頭の上にぽふんと置いてくれたのだ。
「もしかしてタマが何か言ってくれたのか?」と感動する俺から黒猫様は前足を下ろすともう一鳴き。そうするとその鳴き声に応じるかのように森のあちこちから三毛模様のミケが姿を現した。
「……まさか囲まれておったとはな。まるで気づかなかったぞ」
「温厚とは言えさすがは魔獣と言ったところね……!」
二人が何か言っているようだが俺はミケたちが黒猫様を中心とした隊列を組むのを眺めながら「そういえばミケと言いながら三毛模様見たのは初めてだなぁ」とか「三毛猫はほとんどオスいないって言うけど、このミケたちは女性部隊みたいな感じなのかなぁ」といったどうでもいいことをボケっと考えていた。
ニャー。
隊列が組み終わると黒猫様がこちらに目をやり語りかけて(?)きた。別段敵意のようなものも感じられないし「何をしに来たのか」とでも聞いているのだろうか?
首を傾げながら考えているとアスとミリアが進み出てきて黒猫様に答えた。
「我は獣人族の王女、アスフェルという。今回は移動の最中に立ち寄っただけでそなたたちと争う気はない」
「私は獣人族のミリアと申します。王女のおっしゃる通り私たちはあなた様方と争う気はなく、むしろ友好な関係を築きたいと考えております」
バカに丁寧な言葉遣いが気になるが、二人の言葉を聞くに黒猫様は用件を聞いているようで間違いないのだろう。今度ミケ語の聞き取りについて教えてもらおうと心に決め俺も会話の流れに加わった。
「私はサイトウ=ユウと申します。私としましても是非友好な関係を築きたいと考えております。つまらないものですがこれをお納めください」
友好な関係を築きたいとか堅苦しい感じで言っておいて贈り物なしというのも格好つかないだろう。そんなことを考え創造魔法を発動させると、くわえて運べるような帯付きのかばん出し中いっぱいにマタタビの実を詰めた。
ミケたちはいきなり現れたかばんにざわざわとしていたが、黒猫様が指示をだし一匹のミケがかばんに近づく。ミケは前足と口を器用に使いかばんを開けると中の匂いを嗅ぎ始めた。
にゃあ~ん。
匂いを嗅いでいたミケが突然とろんとした声で鳴き始める。酔っ払ったような表情はいかにもマタタビを嗅いだ猫のもので、やはり大きくても猫は猫だと自らの考えに確信を深める。しかしさすがはお付きっぽいミケということだろうか。そのままごろんと寝転がっても良さそうな状態から首を振って表情を元に戻すと、かばんの口を閉め大事そうにくわえ黒猫様のところに運んでいった。
ニャッ、ニャニャニャ!(ミケA)
ニャーオ?(黒)
ニャーニャ!(ミケA)
「ユウくんすごいわ。調べたミケが素晴らしいものって大絶賛してるわよ」
笑顔のミリアが耳打ちしてくれる。確かに気に入ってくれただろう事は雰囲気で分かるんだけど、素晴らしいものって言ってくれているのは分からない。いや、ほんとにミケ語の聞き取り教えてください。お願いします。
ニャー。ニャニャーニャ。ニャン。
「気に入っていただけたようで幸いです。それでは本日はこの辺りで失礼いたします」
黒猫様が俺に何か語りかけると言葉が分からない俺に代わってミリアが返事をする。俺も言葉が分からないなりにも失礼にならないよう黒猫様に頭を下げた。
ミリアはその姿を確認してから俺とアスの手を握り転移を開始する。そうして光が舞い上がった次の瞬間、俺たちは浮遊感と共にベイビーバード二階の住居スペースに転移していた。
「って転移しちゃ駄目じゃん!」
「な、何だサイトウ……何か忘れ物でもしたのか?」
「そうじゃなくって!」
ミリアの自然な話し運びに流されてしまったけど、せっかくタマが会いにきてくれたというのに遊ばずに帰るなんてなんという失態。しかもマタタビをタマにはあげていない。ああっ、タマがへそを曲げてしまったらどうしよう!
「ユ、ユウくん落ち着いて。とりあえず深呼吸して……ね?」
セリフのたび空中にツッコミをするほど錯乱していたが、ミリアの言葉に従い深呼吸をしていたら落ち着きを取り戻してきた。とはいえ残念なことに変わりはなく微妙に肩のラインが下がる。
「二人ともごめん。ちょっと錯乱してたみたい」
「あそこまで興奮したサイトウは初めて見たぞ……」
確かに自分でもあそこまで混乱するのは珍しいと思う。きっとミケたちは魅了とかその辺の魔法を標準装備しているに違いない。猫の姿に魅了の魔法とは人類に抗う術のないなんとも卑怯な組み合わせだが、そうであれば俺の混乱も納得いく。しゃーない。
「皆さん帰ってきたのですかな?」
「ミックよ、久しいな!」
「お久しぶりです。転移で飛んできといてあいさつもせず騒いで申し訳ありません」
階段を上がりこちらに声をかけてくるミックさんにあいさつをする。
転移でやってきた側だったので気が回らなかったが、急に現れておいて騒ぐなんて配慮が足りなすぎる。ミックさんからしてみれば突然二階から音が聞こえて一体なんだと思ったことだろう。
「いえいえそんなに気にしないでください。今日帰ってくるとは聞いていましたし……慣れておりますからな」
定年間際の老刑事張りの哀愁を漂わせるミックさんに口元を押さえる。……あなたも某狐さんの被害者だったんですね。これいっそ被害者の会でも作ったらなかなか有意義な――こともないな。背後から聞こえる笑い声に道を踏み外すのを防いでいただきました。
「とりあえず店舗に移動してはいかがですかな? 何か飲み物でも準備しましょう」
ミックさんの提案を受けぞろぞろと階下へ移動する。見慣れた、というほど長く住んでいた建物ではないのだが階段を降り辺りを見回すとなんともいえない安心感に満たされた。
大き目のティーポットに入れられたたっぷりの紅茶をみんなで飲みながらミックさんが焼いたクッキーに舌鼓をうつ。クッキーは甘すぎず硬すぎずつい最近までクッキーを知らなかった人のものとは思えないほどの出来栄えだ。
「このところ『ベイビーバード』の営業はどうですか?」
「大きな問題もなくうまくいっていますよ。本当に楽しく働かせてもらっています」
ミックさん曰く今までほとんど自分の楽しみのためにしか料理を作ってこなかったが、ここで誰かのために料理する喜びを知ったとのこと。引継ぎを頼めそうな人として半ば強引に頼んだ気がしないでもなかった俺としてはそう言ってもらえるとすごく嬉しく、ミックさんがいてくれてよかったと笑みがこぼれる。
「さて、私はそろそろ下ごしらえに戻らせていただきますね」
「俺も手伝いますよ」
「いえいえ、サイトウさんは座っていてください」
このままではミックさんと押し問答が成立してしまいそうになったので、とりあえず食材の補給ということで厨房についていく。
久しぶりに入る厨房は以前と変わらないどころか少々きれいになっており、ミックさんが大切に使ってくれていたことが伝わってきた。
なんとなく嬉しい気分になりながらカゴやフリーズボックスの中に食材を次々補給していく。これだけ出しておけば一週間はもつだろうというだけ出し終わると下ごしらえをしているミックさんに近づいていった。
「これってビックベアーの肉ですか?」
「はい、試しに醤油を使って煮込んでみましたらとても美味しくなりましてな。それからは店の方でも出しているのですよ」
他にも調理台の上には俺の知らない食材が「あ、おいしそう」と思えるものから「人間には無理そうですね」というものまで数多く並んでいた。中でも特に目を引いた蛍光ピンクのキノコはクセはあるが一度なれるとやみつきになるのだそうな。それってダメな成分入ってるんじゃと心の底から心配になったが、この森では昔から食べられているキノコでおかしくなった人もいないらしく一安心。これを初めに食べた人はきっと餓死寸前だったのだろうと名も知らぬ先人に思いを馳せた。
それからも給仕をしにきたモールやミリアから連絡を受けたというグランさんとあいさつを交わした。
大した期間離れていたわけでもないし当然といえば当然なのかも知れないけど二人とも元気そうで何よりだ。給仕をしているモールが華がなくなったと文句を受けているらしいが……まぁ問題ないとしよう。
しばらく話していると営業時間になりお客さんがやってくる。ミックさんは遠慮していたがせっかくなので久しぶりに厨房で働かせてもらった。調味料などの配置は変わっていなかったのでそれなりにできたと思うのだが、予想以上に厨房を使いこなすミックさんに正直あせる。ウサギハンドに負けてたまるかと気合と根性で何とか頑張るが肩を並べるのが精一杯。サンライズに戻ってからも料理を続けようと心に決めた。
戦々恐々とした営業が終わるとアスは家に帰り、ミリアとグランさんは仕事に出かけた。そして俺はというとミックさんやモールと一緒に仕事の疲れを癒すため紅茶を飲みながらのんびりしている。
昼の時点でやるべきことがなくなるなんて久しぶりで、まだまだ体力的にも余裕がある。せっかくミックさんもいるので前々からの懸念事項について切り出してみた。
「ミックさん、申し訳ないんですけど俺に読み書きを教えてもらえませんか?」
「それは構いませんが……いえ、何でもありません。共通語でよろしかったですかな?」
なんでも森では昔からなぜか知らないが共通語と呼ばれる言語が使われているらしい。ミックさんも世界中を旅したわけではないので詳しくは知らないそうだが、どうやらこの言語は広く大陸中で使われておりこれさえ覚えておけばほとんどの場合大丈夫だそうだ。英語一つ覚えるのにもひーひー言っていた俺としてはなんともありがたい話である。
「はい、共通語でお願いします」
「分かりました。では今日はメニューを使って勉強しましょうか」
生憎この家には紙もペンもなかったので庭に出て小枝片手に練習を始めた。
練習していくうちに分かったのだがどうやら共通語はローマ字に近いようなルールをしているらしい。無論特殊な使い方や例外もあってそこまで簡単というわけではないが、現状としてすでに話すことができているので大学で第二言語を勉強し始めたときのような絶望感はない。
「なかなかサイトウさんは物覚えがいいですな」
「こ……そうですか? ありがとうございます」
日本では10年以上もこういった勉強をしていたため、「こういうものを覚えるのは慣れてるんですよ」と思わず口走りそうになるが何とかとどめる。なにせその後、「ほう、一体どのようなことをされていたのですかな?」とか話を繋げられたら目も当てられない。
「ほんとに早いと思いますよ? 俺なんてここまで覚えるのにどれだけかかったか……」
なにか恐ろしいことでも思い出すかのようにモールが震えながらそう言った。なにやら呟いていたので耳を傾けると「兄さんも覚えてないからって晩飯奪わなくたって……」など数々の恨みが聞こえる。おそらく過酷な家庭環境なのだろう。不憫に思い……聞かなかったことにした。弱い俺を許してくれ。
「さて、こんなところですかな。今日はこのぐらいにしておきましょうか」
「そうですね。ありがとうございました」
「いえいえ、楽しい仕事を紹介していただいたほんの恩返しですよ」
一通り教えてもらったところで今日の授業はお開きになった。久しぶりに頭を酷使したのでなんだかぼーっとしてしまう。
こんなときには甘いものということで、途中でリンゴの手入れに向かったモールも呼んでお礼も兼ねたティータイムにした。
「ん~、やっぱり疲れたときには甘いものですね~」
「今日はかなり詰め込みましたからな。まぁゆっくり覚えていけばよいですよ」
「そうですよ。そんなに一気にやるなんてサイトウさん真面目すぎですって」
そうは言っても店を開いていながら読み書きができないというのはいかがなものか。幸い魔法やジルさんのサポートのおかげでなんとなってはいるものの早く覚えなければいけないところだ。そして何か読んでもらうときアスに、「やれやれ我が助けてやろうではないか」的な空気を出されるのも大きな問題である。君に分かるかあの屈辱がっ。
「では私はそろそろ帰らせていただきましょうかな。明日は会えないでしょうがサイトウさん、頑張ってください」
「じゃあ俺もそろそろ帰りますね」
少々なごり惜しいがこれ以上引き止めるのも悪いので、授業のお礼にバナナやオレンジといった森では出していなかった果物を渡し二人を見送った。
二人の姿が見えなくなり部屋の中に戻るが先ほどまでと違い静かだ。おまけにいい具合に傾いている太陽がもの寂しさまで演出している。なんの嫌がらせだろうか。
「アスは王様のところだし今日は俺一人か」
なんとなく口に出して現状を確認する。別に寂しいなど言うつもりはないが、サンライズにいる間ほとんどアスと一緒にいたので静かな部屋になんとなく違和感を感じる。
自分でもアスに毒されすぎかと思うが、違和感を感じることができるだけでもきっとありがたいことなのだろう。呪いで外に出られない俺は一歩間違えればこれが日常になっていたのだから。
「あー、やめやめ」
時化り始めた思考を首を振って頭の外に吹き飛ばす。まったくこんなこと考えてるのを知られたらアスになにを言われるか。きっとありがたくもイラッとするような言葉をいただけるのだろう。
そんな光景を想像しくすくすと笑う。
「それにしても今から何をしたものか」
一人となれば誰かと話すこともできないし、日本にいたころもこの場でできるような趣味は持っていなかった。棚に置かれたオセロが手招きしている気がするが無視。さすがに一人オセロは正気に戻ったとき精神が崩壊しかねん。
しばらく考えた末、あらん限りの労力を使って料理を作ることにした。無駄に手間暇かけたアスの食べたことない料理、頑張って作ったりましょうか。
アスがどんな反応をしてくれるか楽しい妄想を巡らせながら、料理に使うにんじんを星型に切り始めた。