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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
40/62

あれ、俺だけ役立たずっぽい?

「あなたたちはエバンス商会についてどこまで知ってる?」


 ミラはあくまで確認するように訊ねてきた。

 ある程度のことは当然知っているという前提なのだろうが、生憎俺はエバンス商会についてほとんど知識を持っていない。始めに土地をもらえる上ジルさん本人も優秀そうだったため、恥ずかしながら何とかなるだろうと楽観的にしか考えていなかったのだ。せいぜい知っていることといえば、サンライズを中心に活動していることと不動産を扱っていたらしいということぐらいだろうか。


「いや……実はほとんど……」


「そう……。それなら何も知らないつもりで話す」


 申し訳ないがそうしてもらうほかない。せめて一言も聞き漏らさないようにと集中して耳を傾ける。


「エバンス商会は、ジルの祖父がサンライズに設立した商会。主な業務はマナの輸入」


「マナって魔具を作るために使う魔法の<キー>だっけ?」


「そう。付加系魔法の<キー>の中で一番効率がいい霊草。ただこの辺りでは育たないので手に入れるには別の国から輸入してくるしかない」


 俺とアスは理解を示すため頷く。


「マナを必要とする魔具は生活になくてはならないもの。エバンス商会はマナの輸入で成長を続け、最盛期にはサンライズのマナ市場を独占するほどになったらしい。でもその栄光もダミス――現市長が来たことで終わりを告げた」


「何か圧力があったの?」


「違う。ダミスは魔法を持っていた。マナを生み出す創造魔法を」


 創造魔法。その単語を聞き、思わず動きが止まる。当然のことながらダミスという人と俺は何のかかわりもない。しかし感情的に同じ魔法を持つ人間と仲良くするようなことができるのだろうか。そう思い始めると考えは悪いほうにどんどん流れていく。

 本当はジルさんやミラたちは俺のことを嫌っているんじゃないだろうか。そんな思考が頭の中を回り始め、頭の中がぐちゃぐちゃになっていった。

 必死に何かを口にしようとしても出てくるのは意味を持たない音ばかり。


「落ち着いて。あなたとは関係ない。だから気にすることじゃない、誰もあなたを嫌ってなんかいない」


 ミラは俺の目を見てゆっくりと、語りかけるようにそう言った。アスも椅子から立ち上がりぽんぽんと俺の背中を叩いてくれる。

 初めて聞くミラの穏やかな声と背中に感じる心地良いリズムで激しかった鼓動も止み、徐々に落ち着き始めてきた。

 なんとも居た堪れない気持ちでアスとミラにお礼を言うと、アスから「明日はご馳走だな」との返事。軽く笑いを漏らす頃にはもう完全に落ち着いていた。


「ごめん、話の腰を折っちゃったね」


「……話を戻す」


 ミラはコホンと咳払いを一つして再び話し始めた。


「ダミスの魔法で出されるマナはサンライズで販売されていたものより安く、エバンス商会はマナの輸入から撤退せざるをえなくなった。輸入に関してマナしか取り扱っていなかったエバンス商会はこれを契機に衰退していくことになる」


 そこまで話終えるとミラは一口お茶を含んだ。


「衰退してからも輸入に関しては別のものを輸入することでそれなりの利益を上げた。でもサンライズ内の事業に関してはダミスに負けていき軒並み駄目になった」


「……それでどうなったの?」


「ジルの父は借金をし事業を始めるものの失敗。今は借金を返すため別の町で商売をしている」


 ……ジルさんは一体どんな気持ちで働いているのだろう。考えるだけで胸がつまる。

 だからか、「お金が必要でなかったら取引をしようと思わなかった」と言っていた獣人の人たちと取引を始めたのは。


「ダミスというものはなんということをするのだ!」


 アスが怒ったような、悲しいような顔をして机をどんと叩く。


「落ち着いて。確かにエバンス商会は追い詰められてしまったけど、ダミス側のしたことは商売として問題ないことばかり。そのことで責めるのは間違ってる」


 ミラは平静な声で答えるが表情は硬い。商売として問題ないことは分かっていても納得はできていないのだろう。その心情がありありと伝わってくる。

 気持ちは痛いほど分かるがここで沈んでいてもどうにもならない。

 意識して明るい声を出し質問をする。


「そういえばどうしてエバンス商会はマナしか輸入してなかったの?」


「サンライズは近くの鉱山でテルミナ鉱石が大量に採掘できる。だから魔具産業が盛んで需要があった」


「でもマナは<キー>の中で一番効率がいいって言ってたのに、そんなに使うものなの?」


 そう言うと途端にミラは怪訝そうな顔になった。


「魔具の作成や魔力付加にマナは必要。何を言ってるの?」


「えっと……その……」


「もしかして魔具についてもほとんど知らない?」


 ミラの問いかけに頷いて答える。穴があったら入りたいとはこういう気分のことを言うのだろう。いや、それどころか穴を掘ってでも入りたい気分だ。

 

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、ミラは淡々と説明を始めた。


「魔具はテルミナを中心に各種回路を刻んだ金属を組み合わせることで作られる」


 ミラはローブからライターのような魔具を出し分解し始めた。中からいくつかのパーツを取り出し俺に渡す。


「魔具の性能は回路と金属の組み合わせで決まる。ファイアボックスなら太陽の回路とテルミナ、鉄の組み合わせが最適とされている」


 渡されたパーツを良く見ると何か光る線が書かれていた。おそらくこれが回路なのだろう。

 一通り見終えパーツを返すと分解された魔具は再び組み立てられ、机の上に置かれた。


「でもこれだけではただの置物。ファイアボックスなら燃料として炎の魔力を付加することで初めて動く」


「フリーズボックスなら氷の魔力ってこと?」


 ミラは頷いて肯定し、魔具をローブにしまった。


「回路を作るときも魔力を付加するときも付加魔法は必要。だからテルミナが採掘でき、魔具の作成が盛んなこの町はマナの需要が大きかった」


「ありがとうございます。よく分かりました」


 座ったまま机の上に土下座するような感じに頭を下げ感謝を示す。顔を上げてミラを見ると表情に変化なし。ちょっとやりにくい。


「すまんサイトウよ、難しい話が多くて疲れた。一度休憩せぬか?」


 アスのほうを見るとたしかに少し疲れていそうだ。ミラのほうに目をやると頷いてくれたので、休憩することにして甘いものでも取りに行く。

 探したけれど適当なものが見つからないので、試食用に出しておいた果物をフリーズボックスから取り出し持って行った。事実残り物なので悪い気がしないでもないが、痛んでるわけでもないし今から出すよりも冷えている分おいしいので勘弁してもらおう。


 そんなことを考えながらテーブルに戻るとコミュニケーションをとろうと奮闘するアスに淡々と返事をするミラ、といった状況に出くわした。

 会話を聞く限りコミュニケーション自体は取れているのだが、ミラの無表情と端的過ぎる返答がネックになっているのだろう。アスは俺が椅子に戻ると微かに助かったというような表情をみせた。


「よく冷えた果物だよー」


 おどけたような声を出し果物をテーブルに載せると、二人ともお礼を言って手を伸ばした。


「アスちゃんはいい子」


 三人で果物をつまんでいるとミラがそう呟いた。


「う、うむ」


 なぜそう言われたのか分からないのだろう、少々驚いた様子でアスが答える。

 驚きながらも肯定するあたり、「さすがアス」と思わないでもない。


「どうしたの急に?」


「果物を取りに行ってくれている間に話してそう思った」


「あの会話の中で我の良さに気づくとはなかなかやるではないか」


 アスが当然だとばかりに胸を張った。褒めてもらった理由が分かったから得意そうにし始めたのだろうけど、そんなことをしていると微妙な評価になるんじゃないだろうかと余計な心配が頭を掠める。

 

 果物を食べ終わり一息つくとミラが再び話し始めた。


「状況としてはさっき話した通り。どうにかお金を稼ぐ手段を見つけてエバンス商会を助けたい」


「……状況は分かったし助けてあげたいけど、恥ずかしながら何をしていいのか分からないよ」


 もちろん恩あるジルさんを助けてあげたい。しかし商会を立て直すような大きな話になってはうまく想像すらできない。


「私も商人じゃないからそんなに分かってるわけじゃない。ただ魔具士としてマナに関わっているから、マナの輸入をどうにかできればエバンス商会が立ち直るのは分かる」


 ミラは決意に溢れる目で語る。


「だから私は長距離転移を可能にする魔具を開発している。それで輸送費を抑えることができればダミスに十分対抗できる」


 何がミラをそこまで駆り立てるのかは分からない。しかし何が何でも開発するという意思はしっかりと伝わってくる。


「それで転移用の魔具がないか聞いてきたんだね」


「創造魔法ならもしかしたらと思った」


 ああ、ジルさんのためにここまで頑張っている人がいるのに恩ある俺が動かないなんて嘘だろう。


「分かった。俺もなにか考えてみるよ」


「我もだ。何とかしてやろうではないか」


 少し目を潤ませたアスも頷く。


「ありがとう。ジルを助けてあげて欲しい」


 ミラは椅子から立ち上がり帽子をとると、深々と頭を下げた。





「また息抜きがてら遊びに来てね」


「歓迎するぞ」


「……ありがとう」


 ミラは帽子のツバを下げうつむくと、いつも通りの平坦な声でそう言った。


「このことはジルには言わないで欲しい」


「どうして?」


「転移用の魔具はまだ完成の目処が立っていない。このことを言えば完成するまでの間ジルはずっと気に病む。それにザックのしていることもばれるわけにはいかない」


 一体どこまでいい子なんだろう。どうしようもなくミラを撫でてあげたい気持ちに駆られる。会って二回目ではさすがに自重するが。


「ところでザックさんって何してるの?」


「魔物の森でマナの代用品を単独捜索」


 俺とアス、そろって噴出す。


「ザックとはバカか、バカなのか!?」


「否定は不可能、する気もない」


「魔物の森って危ないんじゃないの?」


「危ないなんてものではない。人間の単独捜索などもはや自殺行為だ!」


 アスのあんまりな言いように苦笑しながらも以前会ったミケを思い出す。

 人を超える大きさに鈍重さを感じさせないしなやかな動き。ミケは穏やかだといっていたが、仮に襲い掛かってきた場合を考えると……うん、無理。


「あのバカにとっては自殺行為でないらしい。何度言ってもやめない上、毎回大きな怪我をすることなく帰ってくる。心配は無駄だと悟った」


「……でもミリアに頼めばいいんじゃない?」


「頼めるところは頼んだ後らしい。バカが行くのはミリアが探索できない危険なところ」


「……ミリアの行けぬ所で単独捜索か。もう我はザックを人間とは認めんぞ……」


 何かに疲れたようにアスはため息をつく。


「ミリアって無敵のイメージがあったけどそうでもないの?」


「単純な戦闘では強め、と言ったところだな。搦め手を使えばかなりのものだし、我はいくら強くなっても勝てる気がしない……雰囲気的に」


 イメージに変更なし、っと。

 そんな会話をしているとミラがおもむろに口を開いた。


「ただあのバカもバカなりに評価してあげて欲しい。森に行くことも自分にできることなんてこれぐらいだからと決めたことだし、店を休みにしてまで捜索に行っている」


 前にザックさんは店をちょくちょく休むと聞いていたけどこれが理由だったらしい。本当にジルさんはいい仲間を持ったものだ。


「……なんとも優しいバカではないか」


 アスの言葉に俺も笑って頷く。


「そろそろミラも帰ったほうがいいよ。アス、悪いけど送ってあげてくれないかな」


「うむ、任せておけ」


 女の子に付き添いを頼むというのも相当あれだが、アスは獣人なのセーフということにしてもらおう。不甲斐ないけど。


 そんなことを考えながらミラとフリーズボックスを頭に載せたアスを見送った。





 ◆





 月の明かりと窓からの明かり。その二つで頼りなく照らされる夜道をアスちゃんと二人で歩く。


「――というわけでな、ベイビーバードは大盛況だったのだ!」


「そう。私も一度食べに行ってみたい」


 なんて気の利かない返事だろう。自分で言っていて呆れてしまう。


 私は人と話すのがうまくない。ううん、はっきりと苦手。

 笑っていても無表情と言わるし普通に喋っても不機嫌なのかと言われる。直そうと努力もしてみたけれど結局どうにもならなくて、随分前に諦めた。

 だから誰かと二人でいても無言でいることなんて珍しくなかったし、会って間もない人と普通に話をすることなんてほとんどなかった。

 なのに――


「うむ、ミリアに頼んで一緒に行こうではないか!」


 この子はどうしてこんなに良くしてくれるのだろう?

 私と話しても楽しくないことなんてもう分かってるはずなのに……。


 静かな夜道に話し声が染み込んでいく。明るく楽しそうな声に暗い抑揚のない声。それはセフィラス魔具店に着くまで続いていった。


「ここが私の家。お礼にお菓子を渡したい」


「心遣い感謝するぞ!」


 扉を開いてにこにこと嬉しそうなアスちゃんを店の中に招き、ほとんど使われていない店舗部分を抜け工房まで案内した。人に入ってもらうことなんてほとんどない工房はお世辞にもきれいとはいえない。机の上のごちゃごちゃとしたものをどけフリーズボックスを置いてもらい、奥から発掘してきた椅子に座ってもらった。


「なかなか面白い場所だな」


 アスちゃんは足をぷらぷらさせながら工房を見回した。


「そういってもらえると嬉しい。いろいろ見せてあげたいけど今日はもう遅いから帰ったほうがいい」


 工房にあるお菓子箱からお勧めのものをいくつか取り出しながらそう言った。興味を持ってくれたのなら是非説明してあげたいけど、あまり遅くなってはサイトウも心配するだろう。ここは我慢。


「そうだな。また来たときに見せてもらおう」


 『また来たとき』。それはサンライズに来るまで商人にしか言われたことのなかった言葉。

 私の作る魔具が目的で来る人達が言っても嬉しいと思ってしまった言葉。

 そんな言葉をアスちゃんに言ってもらって嬉しくないはずがなくて、


「歓迎する」


 『満面の笑み』がこぼれた。





「ではな、また来るぞ」


「うん」


 まるで友達のように手を振って見送る。その動作は別れを表すはずなのに、できることがとても嬉しい。

 アスちゃんが見えなくなるまで手を振り、暖かな気持ちで工房に戻った。

 

「私、幸せ」

 

 ポスンと音を立てて作業椅子に座り一言呟く。


 『絶対後悔させないよ!』


 その言葉とともに連れてこられたサンライズでの生活は、後悔するどころか感謝することばかりだ。嫌がらせをしてくる魔具士の同僚もいなければ、私のことを『魔具を作る魔具』としてしか見ない商人もいない。それどころか優しくしてくれる人達に会うことができたこの生活を幸せ以外になんと表せようか。


「だから今度は私がジルを幸せにする番」

 

 思考を切り替え、作業台の上に載っている魔具に目をやった。

 転移系魔具。それは長い間数多くの魔具士たちが挑戦したにも関わらず、未だ完成されない最高難度の魔具の一つ。転移系魔法の使い手が少ないこともさることながら、転移の魔力が魔具に定着しないことが最大の原因である。どんな回路、どんな金属を試しても転移の魔力はうまく定着してくれないのだ。

 かく言う私もそれを解決することができず、開発はそこから一歩も進んでいない。――借金の回収まであと一年しかないというのに。


 もしかしたらできないのではという不安を吹き飛ばすように頭を振り、金庫の中から白金を取り出す。先日届いたこの金属は魔具の材料の中でも特別に高価な貴重品だ。

 

 ――昨日設計した回路と白金ならできるはず。

 

 成功してくれと思いを込め、白金に回路を刻み始めた。


 



全然書けない時ってあるんですね……。

非常に遅くなって申し訳ないです。


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