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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
39/62

面接失敗でクビとかないよね?

 吸い込まれそうな青い空。さんさんと太陽光が降り注ぎ、涼しげな風が頬を撫でる。そんな思わず外に出て昼寝でもしたくなるような日に俺たちは――


「暇だねぇ」


「暇だな」


 暇を持て余していた。





 ザックさんにラーメンの話を持ちかけた翌日。早くラーメン完成してくれと祈るもののそんな簡単に完成するわけもなく、俺たちは暇を持て余しながらも平常営業をしていた。


「このままでは眠ってしまうぞ」


 うとうとした目にはっきりとしない口調、アスが椅子にしな垂れ掛かりながらそう呟く。


「営業中だからそれは勘弁ね」


 そう言って注意はするものの眠りたい気持ちはよく分かる。午前中はそれなりにお客さんが来てくれたのだが、昼食直後であるこの時間帯は人通り自体少なく仕事がない。接客も少なければ腹も満ち、その上昼寝日和ときたら眠くならないほうがおかしいだろう。


 お客は来ないかときょろきょろしていると、こちらに歩いてくる人が目に入る。その人はゆっくり近づいてくるとカウンターの上に肘を置いた。


「よう、なかなか足掻いてるみたいじゃねえか」


「もちろんですよ」


 前回同様きっちりとした格好をした赤髪のお客さんにそう答える。


「つってもまだまだだがな。この様子じゃ繁盛してるとは言いがたいんだろ?」


「あー、これから繁盛していく予定です」


「ならあそこで眠そうにしてるガキは起こしとけよ」


 お客さんは軽く笑いながらアスに目をやる。視線の先にはうつらうつらと船をこぐアスが今にも椅子からおちそうな体勢で座っていた。

 生憎窓から手が出せないので「アス、起きな」と声をかける。二、三度声をかけようやく覚醒した王女様に夕食減量を宣告。青い空に抗議の声が響く。


「醜態をお見せしました。ところで今日は何をお求めでしょうか」


「厳密にはなんか買いにきたわけじゃねえんだがな。冷やかしに来たのと少し聞きたいことがあって、な」


 別にこれ自体はなんともない普通の会話。しかし空気が、変わった。

 表面上は世間話をしていたときと変わらない様子でありながら、雰囲気はまるで商談のそれ。これからする話は世間話ではないと否応なしに認識させられる。


「……何でしょうか?」


「お前がエバンス商会に入った理由が聞きたい」


 お客さんは人をくったような笑みを引っ込めると、少し目を細めこちらを見た。その目はごまかしを許さないという意思に満ちており、とてもじゃないが『少し聞きたい』といった様子ではない。


「……正直エバンス商会に入れてもらったのは成り行きに近かったです。でも後悔していませんし、恩あるジルさんの力になれればと思ってます」


 なぜそんなことを真剣に聞かれるのかは分からない。しかし嘘をつくまでもなく答えは一つだ。

 

 それを聞くとお客さんは嬉しそうに、そしてどこか悲しそうに笑った。


「後悔してないならいい。突然悪かったな、侘びになんか買わしてもらう」 

 

「えーっと、ありがとうございます」


 お礼を言った頃には先ほどまでの重苦しい空気はどこかに消え去り、お客さんが来た当初の雰囲気に戻ってた。あまりの変化に重い空気なんてなかったんじゃないかと錯覚しそうなほどだ。


「じゃあバナナとその桃ってやつをくれ」


 お客さんはさんざん質問したあげくその二つを注文した。何があるかを詳しく聞かれ「大体何でもある」と答えるわけにもいかないので少々困った部分もあったが、危なげながらもなんとか魔法のことは秘密にしたまま説明できたんじゃないかと思う。

 商品を渡すとお客さんは満足したようで、「じゃあな」と言って帰っていった。


「サイトウよ、少し危なかったのではないか?」


 お客さんが離れていく姿を見ながらアスがそう話しかけてきた。おそらく先ほどの説明のことだろう。


「やっぱりそう思ったよね。今後のために何とかしておかないと」


 質問を受けている最中にも感じていたが、商品リストのようなものでも作っておいたほうがよさそうだ。あらかじめリストを作っておくことで商品ラインナップが広がりすぎるのを防ぐことができるし、お客さんが商品を選ぶ際の助けにもなる。こう考えてみると今までなかったのが信じられないほどだ。

 

 しかし完璧な作戦と自画自賛する俺はある事実に気づきテンションが下がった。相変わらず俺は字が書けないのだ。

 残念ながらアスもそこまで字がうまいわけでもないので、ジルさんの助けを借りることになるだろう。ジルさんの力になれればと宣言した直後に締まらないがこれについてはどうしようもない。

 営業が終わったらアスにお使いに行ってもらおうと考え再び通りに目を向けた。





「お疲れさまでしたー」


 お客さんが帰り、ちょうどいいぐらいの時間になったところで本日の営業を切り上げた。周りの店も片付けを始めておりどこに夕食を食べに行くかという会話が聞こえてくる。

 本来ならば俺たちも夕食の支度に取り掛かる時間なのだが、今日は昼が早かったためかつい間食をしてしまい腹具合は微妙だ。

 アスにも訊ねてみるが空腹というわけでもないらしい。ここで調理を始めてもいいのだが今はちょうどやることがあるので、もう少ししてから食べることにしよう。


「終わってすぐで悪いんだけど、エバンス商会までお使いに行ってきてくれない?」


「話しておった商品リストのことだな? 行ってこようではないか」

 

 こうして頼んでいるのだが、実際のところエバンス商会は二階に上がればこの建物からでも見えるほど近い距離にある。なまじ目で見えてしまうがためにこんな距離でも頼まなければならないのがもどかしい。


「では行ってくるぞ」


 手を振り出て行くアスを見送ると、俺は椅子に座り商品リストに載せるものを考え始めた。まずは今まで売ったことのあるものは確定で、後は安めのものを中心に。もちろん高級品もある程度用意して値段はこれぐらいにして……。


 そうやってしばらく考えていると扉を叩く音が聞こえた。おそらくアスが帰ってきたのだろう。


「お帰りー」


 扉を開け迎えるが、そこに立っていたのはミラだった。以前あったとき同様の無表情でじっとこちらを見つめている。


「ただいま」


「……ごめんなさい勘弁してください」


 返答としては妥当なのだが無表情で言われるとダメージがでかい。前会ったときも感情表現豊かって感じじゃなかったから意識してやってるわけじゃないだろうけど。


「……いらっしゃいませ、かな?」


「何かを買いにきたわけじゃない。魔具について話がしたい。今、いい?」


 ミラはそう言うと首を傾けこちらの様子を伺ってきた。

 俺としては別に構わないのだが夕食が微妙なタイミングになってしまう。遅らせたのが裏目に出たか。


「もう夕食済んだ?」


 ミラはふるふると横に首を振る。 


「俺もアスも夕食まだでさ、今から用意するからよければ食べた後でどう?」


「よろこんで」


 快諾したミラを家の中に招く。とりあえず椅子に座ってもらい献立を考えるが……何にしよう。


「何か苦手なものとかある?」


「まずいもの」


 そりゃそうだろうけども。


「食べれないものはないんだね?」


「おいしければ大丈夫」


 ならば問題なし。じゃあ今日の献立は焼きそばにしよう。早めにできるし失敗は少ないし。


 魔法で材料を出しフライパンでいためていく。豚肉、キャベツに麺の順。


「む、なぜミラがおるのだ?」


 フライパンの中でキャベツがしんなりしてきたころアスが扉を開けて入ってきた。当然のごとくノックはなし。考えてみればアスがノックをする可能性は性格的に低いわけで、己のうかつを改めて呪う。


「魔具のことで話があるんだって。あ、焼きそば作ってるから皿とか出してもらえる?」


「う、うむ。任せておけ」


 アスはいまいち状況が飲み込めてないみたいだけど俺も飲み込めてないから問題なし。夕食のときにミラが話してくれるでしょ。 


 焼きそばを作り終わりアスの出してくれた皿に載せる二人の待つテーブルに持っていった。ミラは相変わらずの無表情であり、アスは喜色満面で足と耳がぱたぱた動いている。――ここまで違うと面白い。


「じゃあいただきます」


 冷めてはもったいないのでさっそく焼きそばを食べ始める。太麺にしっかりしたソースの味、野菜にもちゃんと火が通っており肉もそれほど硬くない。うーん、70点ってとこか。

 二人のほうに目をやるとがつがつ食べるアスとちびちび食べるミラが目に入る。


「口に合わなかったら残してくれてもいいよ?」


「そんなことない。とてもおいしい」


 ミラはそれだけ答えると再び焼きそばを食べ始めた。

 そもそもアスの食べるスピードを基準に考えていたのが間違いだったのかもしれない。たしかにちびちびと食べてはいるが口に運ぶスピード自体は早いし、食べる顔からも嫌そうな感じもしない。もっとも表情は変わっていないという意味なのだけれども。





「それで話って何かな?」


 食器の片付けも終わり一息ついたあたりでミラに切り出した。お茶を飲む音が止まる。


「あなたが出せる魔具について教えてもらいたい」


「……理由を聞かせてもらっても?」


「仕組みを知りたい」


 思わず苦笑がにじみ、とりあえずお茶を啜る。はてさてどうしたものか。


「申し訳ないんだけど俺が出せるものは実際に出すまで簡単な説明しか分からないんだ。仕組みを知りたいなら分解すると思うんだけど、そうなると買ってもらう形になるんだけどいいかな」


「構わない」


 ミラは迷うことなく即答した。魔具自体がそれなりに高いことをミラが知らないはずないからきっとお金持ちなのだろう。――なんと羨ましい。


「ミラは裕福なのだな」


「ちょっと待って。そんなにたくさんあるの?」


 ミラの表情が微妙に動く。


「まぁそれなりには。十や二十じゃきかないのは確かだね」


 この世界に来た当初は電気を使うものは出せなかったのだが、森を出る少し前に出せるようになったので数が大幅に増えた。その中には炊飯ジャーなどこの世界であまり需要がなさそうなものも含まれるが、大体のものはこの世界でも役に立ってくれそうなものだ。


「そんなにお金……ない」


 それだけ言うとミラはテーブルに視線を落とした。


「もしかして全部分解するつもりだったの?」


 問いかけるとミラは頷いて肯定する。一体どれだけ研究熱心なんだよ。


「俺もそこまで余裕があるわけじゃないからなぁ。とりあえず興味がある分野のものだけにしてみたら?」


「……転移に関するものがいい」


 ミラは俺の意見に頷いた後一息いれるとそう言った。その顔は若干真剣さの色が増したように感じる。


「ごめん、転移に関するものはないんだ」


 俺の魔法で出せる生活用品は基本的に日本の製品がベースになっている。転移というとワープ装置にでもなるのだろうが日本に存在しない以上出せるはずがない。


「そう……」


「だ、大丈夫だぞ。他にも何か気に入るものがきっとあるはずだ!」


 アスはそう言って落ち込んだミラを身振り手振りも使い必死に励ました。こちらが思わず笑ってしまいそうな必死さがミラにも伝わったのだろう。ミラ手を伸ばしアスの頭をぽふぽふと撫で始めた。


「ありがとう。そこまで落ち込んでたわけじゃない。サイトウの道具は興味深いから他のものでも十分参考になると思う」


 撫でられるアスはその答えを聞き安心したのだろう、にっこりとミラに対し笑いかけた。

 微笑ましすぎる光景に乾杯。

 しばらくそうしているとミラは再びこちらを向いた。


「では普通のものと比較するため小さめのフリーズボックスを出して欲しい」


「了解。じゃあ(15,000)フォルになります」


 ミラからお金を受け取るとその場で吸収し代わりに一番小さい冷蔵庫、もといフリーズボックスを出した。一番小さいといってもミラが持って帰るには少々重いだろうからまたアスにお願いしなきゃならないだろう。


「お買い上げありがとうございます。持って帰るのはアスも手伝ってくれると思うから安心して。俺はここから出られないから手伝えなくてごめんね」


 と言っても実際のところは俺よりアスのほうが力が強い。いくら年下の女の子とはいえ獣人、一般的凡人の俺ではとても適わないのだ。――情けないことだが。


「また帰るときにお願いする」


「あれ、他にも何か用事があったの?」


 俺の問いにミラは無言で頷く。


「あなたがジルのことをどう思ってるか聞きたい」


 ミラが問いかけてきたのは昼にも聞かれたような質問。今日は俺の面接が組まれてたりするのだろうか?

 冗談はさておきミラがこう言ってくる意図はなんだろう。まさか恋愛関係とかは言わないだろうから、おそらく知り合いとしての心配からくる質問のはず。

 俺としてはジルさんに危害を加える気はさらさらないし正直に答えれば問題ないだろう。


「ジルさんはとても気持ちのいい人だと思ってるよ。ジルさんのところで働くことになって全然後悔してないし、恩もあるからできる限り力になりたいね」


「どのぐらい思ってる?」


「この店は任せたって無茶振りされてもまだ思ってるぐらいかな」


 ミラは一瞬遠い目をした後、「それだけ思ってれば十分」と言った。


「それがどうかしたの?」


「あなたに手伝ってもらいたいことがある」


 ミラは机に乗り出すようにしてこちらを見つめた。ジルさんのことについて聞いたのだから当然ジルさんにも関係することだろう。まさか無茶振りされたから手伝って欲しいとか?

 事実さっきまで魔具についての話をしていたわけだからその可能性は十分にある。なんてこったい。


「えっと……何を?」


「ジルを助けて欲しい」


 弛緩していた空気が一気に引き締まる。椅子に座りなおしミラに向け口を開く。


「どういうこと?」


 ミラは真剣な面持ちでエバンス商会について話し始めた。








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