物語の王女様とかってダイエットしてるのかな?
「とはいえ一体どうするのだ?」
机に戻ってサンドイッチを齧っているとアスにそう話しかけられた。
「いろいろやっていくつもりだよ。とりあえず今からは試食を試してみようかな?」
幸い日本に住んでいたおかげで、詳しい仕組みまでは分からないもののある程度の工夫は思い浮かぶ。まぁ思い出しているだけなので偉そうにいえたことではないのだが。
「試食? 初めて聞く言葉だな」
「試食っていうのは、商品を知ってもらうために試しに食べてもらうことなんだ。それで気に入れば買っていってもらえるかも知れないからね」
「よし、我も試食しようではないか!」
「アスはもう商品を知ってるでしょうが」
なんでやねんとばかりにツッコミを入れる。
「そんなことはないぞ。我が食べたことのないものだってまだたくさんあるではないか」
ええ、そりゃありますとも。でも俺の魔法を知っている王女様は一体どれだけ食べるおつもりなのでしょうか?
「まぁあるけど……つまり気に入ったら買ってくれるということだよね?」
「……気に入ったら食事のときに頼もうではないか」
こら、そこ、俺の目を見て話しなさい。
「そういう人には試食をしてもらうわけにはいかないね」
「うう……」
別に食べさせてあげることぐらい全然構わないんだけど、ここで許すと癖になりそうだ。しょんぼりしているアスを見ると決意が揺らぎそうになるので、お客さんを探すふりをして窓を向く。
「じゃあそろそろ営業を再開しましょうかね」
「うむ」
そう答える返事にも微妙に張りがない。やっぱり……でも…………はぁ。
「手伝ってくれたらいろいろ食べさせてあげるけどどうする?」
「いや! 今のはわがままなのだ、気にしなくても……!」
「手伝ってくれたら、だよ。ご褒美だから気にしないで」
果たしてもらう言い訳、あげる言い訳、どちらを作っているのやら。自分でもあきれるほどの甘さだ、でもまぁ――
「……ありがとう」
この言葉も聞けたし良しとしますか。
「それで何を手伝えばいいのだ?」
「とりあえず椅子と机を外に持っていってほしいな」
アスはそれを聞くと駆け足で椅子と机を外に運び出した。そこからさらに指示を出し、窓口の上の屋根で日陰になるような位置に椅子を移してもらう。
「動かしたが次はどうするのだ?」
「後はそこに座ってひたすら試食してくれればいいよ」
「う……む?」
こてんと首を傾げたアスに苦笑しながらも説明する。
「俺が渡したものを食べてくれればいいんだけど、お客さんが来たらそれを分けてあげて欲しいんだ。ただ試食をするよりそうしたほうがお客さんが来てくれそうだと思わない?」
アスにして欲しいのは客引き兼試食係だ。アスが店先でおいしそうに食べてくれれば人も来るだろうし、その上で試食を薦めれば効果も高いだろう。少なくとも俺がやるよりは確実に。
「なるほど、我のカリスマで客を呼ぼうというわけだな」
「そうそう」
カリスマというより可愛らしさとかだと思う、言わないけど。
「うむ、任せておけ!」
「じゃあ第一弾のバナナね、皮むいて食べてみて」
興味しんしんといったアスに黄色の房を丸ごと渡す。なぜバナナかというと食べやすく、またこのあたりの気候が暖かいためか比較的安い値段で出すことができたためだ。
「どうやってむけばよいのだ?」
「上のほうを持ってこう……ぐいっと」
「ぐいっと?」
バナナを一本渡してもらい、実演しながら説明する。アスはするすると簡単にむけていく様子を面白そうに観察し、真似して自分の分をむくと躊躇なく齧りついた。
「む、これは……ゴアの実に似ているな」
「ゴアの実って?」
「このあたりで採れる甘い木の実だ。味はいいのだがいかんせん食べにくくてな、ちょうど硬い殻の中にこのバナナというものが入っているような感じだ」
説明を聞いて納得する。なるほど、だからリンゴに比べてあんなに安かったのか。これは今までの生活で分かったことなのだがアスは味に敏感だ、そのアスがこう言うのなら味自体はそこまで変わらないということになる。ならばバナナの優位は食べやすさだけ、値段が落ち着いていたのはそういう理由だろう。
「そうなんだ、じゃあこれとかは?」
奥にいって魔法を発動、試食の分も合わせて安めの果物を何種類か、食べやすいように切った後アスに差し出し食べてもらう。
「これもそれも似たような味の木の実はあるぞ。形や色は違うが、味のほうはリンゴほど違うわけではないな」
やはり味が決定的に違わない限りは常識的な値段になるということだろう。俺だって味がそこまで変わらなければ高い金出そうとは思わない。
そんなことを考えていると見知った人が一人、こちらに向かって歩いてきた。
「こんなに広げて何やってんですか?」
声をかけてきてくれたのは先日改築をしてくれた職人さんの一人だ。
「あははは、できればお気になさらず。それよりバナナっていうものなんですけど、お一ついかがですか?」
試食用にと切ってあった果物の中からバナナを勧める。
「いいんですか!? じゃあ遠慮なく」
「もちろんです、ただおいしかったら買っていってくださいね」
職人さんは面白そうに笑うと御礼を言いながらバナナを一切れ口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼した後一言、
「あはは、ゴアの実に似た果物がおいしくないわけないじゃないですか。約束どおり買っていきますよ、いくらですか?」
「ありがとうございます、一本100フォルになります」
適正な利益率など分からないので、適当に利益を含めた値段を提示する。日本だったらケンカ売ってるような値段だが、これで売れなければまともな利益なんかでりゃしない。まったく、ほんとにこの魔法は単なる販売に向いてないよ。
「うーん、ちょっと高いなぁ。親方たちの分も合わせて20本買っていくんで一本90フォルにしてくれませんか?」
気持ちは分かるがそれは厳しい。もともと大した利益をのせてないからそんなことをしては日銭すら稼げなくなってしまう。
「こちらも厳しいんで勘弁してください。100フォルはちょっと高いと思うかもしれないですけど、バナナって吸収がよくて食べるとすぐに元気が出てきますから職人さんにはきっと気に入ってもらえると思いますよ」
「はは、分かりました。じゃあ100フォルで20本ください」
「ありがとうございます」
奥に入って行きバナナを出し、窓口に戻り彼に手渡す。
「はい、20本になります。重いですので注意してください」
「確かに。気に入ったらまた利用させてもらいますね」
彼は大量のバナナを抱えるとすたすたと向こうに歩いていった。やっとお客さん一人、このペースでやっていけるのだろうか? 先行き不安だなぁ。
と、そんなことを思いながらの営業だったがその後は思いのほかお客さんが来てくれた。やはりと言うべきか商品がまったく見当たらなかったのが悪かったようで、バナナやリンゴなどの商品を並べアスが声を出してくれることで午前中のような失態を晒さずにすんだ。ただ値段についてはどうしようもなく、試食で気に入ってもらえてもたくさんは買っていってもらえないのが実情だ。
「ありがとね、もうそろそろ終わりにしよっか」
辺りがだんだん暗くなり、周りがぽつぽつ店をたたみ始めたころ本日の営業を終えた。
「午前中はどうなることかと思ったが予想以上に客が来てくれたな」
「人数は、ね。でも問題も多いよ」
「買っていく数が少ないことか?」
気づいてたんだ。意外、といったら失礼だろうか?
「それもあるんだけどね、珍しいものしか買ってもらえなかったのも問題かな」
今日お客さんが買っていってくれたのは、バナナなどこの辺り(もしくはこの世界)にはないものがほとんどだ。このあたりで手に入るものも並べておいたのだが、この店で買うより他の店で買ったほうが確実に安いので当然売れ行きはよくない。なんとかしなければ珍しいものが定着しなかったときに目も当てられないことになってしまうだろう。
「むう、まぁ今は客が増えたことを喜ぼうではないか」
「うーん」
「まったく、今考えてすぐに答えが出るものでもあるまい。そんなに根をつめなくてもよいと思うぞ」
まぁ確かにこの場ですぐに考え付くようなものでもないか。せっかく今日の仕事も終わったんだし、アスの言ってることのほうが正しい気がする。
「そう通りだ。よし、仕事のことは忘れて晩御飯にしよっか」
「我はオムライスがよいぞ!」
あれだけ食っといてまだ食べる気満々ですか。……明日から本格的に運動させたほうがいいかもしれない。
それから数日は何の問題もなく営業を続けていった。口コミが広がったのだろう、初日よりも多くのお客さんが連日訪れてくれている。とはいっても珍しいもの頼りの販売は以前解決しておらず、「バナナとか定着してくれー」と祈りをささげる毎日なのだが。
そんなある日の夕方、背中に袋を背負ったザックさんが店にやってきた。
「お前ら調子はどうだ?」
「ぼちぼちですよ。ザックさんはこんな時間にふらふらしてていいんですか?」
そろそろ店じまいをする店が出てくるこの時間帯は、夕食を食べる客を狙うのに絶好のタイミングだ。
「今日は定休日だから問題ないぞ。そんなことよりお前が魔法で出したっていう食材みせてくれよ」
そういえばそんな定休日があるっていってたっけ。ならば問題ない、お客さんとしてお金を落としていってもらおう。
「了解です、出せるものは結構あるんですけど材料とか、調味料とかどんなものがいいですか?」
「そうだな……とりあえず調味料で何かないか」
さて調味料か、一体何を出すべきだろう? この辺りの人達がどんなものを好んでいるのか分からないのでクセの強いものは駄目。じゃあ無難なものを出せばよいのだが数が多すぎてどれに絞ったらいいか分からない。
「うーん、調味料でも結構数があるんですよね。もう少し絞れませんかね」
「んなこと言われてもなぁ。調味料なんかそれこそ料理人しだいで何に使えるか分からんからこれ以上は絞れんぞ」
ザックさんの言うことはもっともだ、なにかいいアイデアはないものか。新しい調味料なんかは味見しなければいまいち買いにくいだろうけど、出す時点で対価をもらえなければこちらの財布が大変なことになってしまう。お金をもらえば手っ取り早いのかもしれないけど、知り合いからそんなにたくさんもらうのも気が引ける。なにか、なにか……。
「ザックさんの店って材料をどこから買ってますか?」
「新しいものは別として、基本的には決まった商人から仕入れてるぞ。昔からの付き合いでいいもの揃えてくれてるからな」
予想通りお得意様になってもらう案は却下。
「……なら知り合いに食材仕入れてくれるような人っていますか?」
「なんだお前、なんか考えてくれてんのか? 食材についてケチるつもりはねえから普通に売ってくれて構わんぞ」
「でも……」
「……大したお人よしだな。一応言っとくと仕入れってほどじゃねぇが買ってくれそうな奴らならいるぞ」
「ほんとですか!」
驚いた、聞きはしたもののほとんど期待してなかったのに。
「ああ、うちの客だ」
「お客さん……ですか?」
「うちの客を舐めるなよ。俺の店は材料にも妥協してねぇから値段が若干高いんだ。もちろん味は保障するが別の店に流れてく奴も多い。そんな中でも俺の店に来てくれる奴ら、特に常連の奴らなんかはうまい飯のためなら平気で他の生活費削るような料理馬鹿だらけだぞ」
そう話すザックさんの顔はどこか誇らしげだ。
それにしてもおいしい店に残るお客さんか……単純に材料を販売しても利益が出そうだけどもっと――
「ザックさん、提案があります。俺が調味料一式とある程度の材料、それらを使ったレシピを教えます。代わりにその料理をメニューに加え、材料を売っているのはこの店だと宣伝してくれませんか」
「なにか思いついたか、……まぁ宣伝するのは構わん。だがメニューに加えるかは味次第だ、まずけりゃ死んでも加えんぞ」
「当然です」
この提案の目的は俺しか出せない材料を使っておいしいものを作るということにある。以前のようにソースを作って販売してもいいのだが、俺が作った程度のものがこの街でそこまで認められるとも思えないし何より進歩がない。
ではどうするか、専門家の手を借りればいいのだ。
この店にしかない材料を使ったおいしい料理を作り、レシピともどもそれを広める。お客さんが味を覚え他の店もまねしようと動き始めてくれたらしめたもの、材料を喜んで販売させてもらおう。実現したらなんとも面白そうな話じゃないか。
「なんだ、急にいい目になりやがって。いいだろう、その話のってやろうじゃねぇか!」
「ありがとうございます。じゃあ説明したいんで今時間いいですか? その料理はラーメンっていうんですけど――」
◆
「あいつ思ったよりやるじゃねぇか」
レシピを聞き材料を受け取った帰り道、サイトウの店から出た辺りで思わず本音がこぼれた。
ジルが連れてきたのを初めて見たときは、何でこの時期にこんな普通そうな奴を雇ったのか疑問を持った。魔法を使えることを聞いてからは納得したものの、魔法のために雇ったのかという評価に変わっただけに過ぎない。ところがどうだ――
「おもしれえ」
あそこまで強大な魔法を持っていながら振り回されず、目的のために徹底的に利用している。利用する方法にしたって俺なんかじゃとても思いつかないような発想で考えられたものだ。普通と思っていた奴がとんでもない、今ジルにあったらもう一度言いたい「こんな面白そうな奴らどうやって引っ掛けてきたんだ?」と。
くつくつ笑いながら見慣れた道を曲がり、自らの店を見るとジルが扉の前に立っていた。
「おまえこんな時間になにしてんだ?」
「なんでこんなに帰るのが遅いんだい! 急にここの料理が食べたくなったから待っていたってのにちっとも帰ってこない、早くいれとくれよ」
自分勝手な幼馴染は今日も健在らしい。こうなったこいつは聞く耳を持たないので諦めて店に入れる。
「余ってるもんで作るからそれで我慢しとけ」
「我慢しといてあげるよ。ところであんた何背負ってるんだい?」
「あ、ああ、ただの荷物だから気にすんな」
あれの中身をジルに知られるわけにはいかない。おれ自身が知られたくないと言うのもあるし、あの女との約束も破ることになってしまう。
「何を持ってるか教えてくれないし、急に増やした定休日にどこに行ってるかも教えてくれないし。あんたもよそよそしくなったねぇ」
「別に俺は変わってねぇよ。んなこと言ったらお前だって従業員雇おうとしてることなんて一言もいってなかったじゃねぇか」
サイトウを雇う前にもちょくちょく飲んでいたがそんな話は一言も出なかった。よそよそしいなどとは思わないが急なことで驚いたのは確かだ。
「あの二人の事情は聞いたろ? 事前情報として言えることがあまりに少ないから言わなかっただけだよ。……それより聞きたいんだけどさ、あの二人うまくやってると思うかい?」
ジルはカウンターに置いてある、半ば専用になっているボトルを開けると自分でコップに注ぎ飲み始めた。どうやら管を巻く気満々らしい。
「俺が見る限りじゃうまくやってるぞ。あいつらなかなかおもしれえよ」
余り物で適当なつまみを作りながら答えるがなかなか返答が来ない。どうしたのかとジルのほうを向いてみると酒の入ったコップに目を落としていた。
「やっぱりあの子たちは自分で何とかする力を持ってるんだ。それなのに土地をたてにうちに引きずり込んじゃって、あの子達あたしのこと恨んでるだろうなぁ」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。そんな話はしてねぇがお前を恨んでる様子なんかまったく感じなかったぞ」
「でもさぁ……」
「あーこれ食え、これ。あとペース速すぎだ、酒はそれで終わりにしとけ」
若干不満そうながらもボトルを閉めたところを見ると自分でも分かっていたのだろう。いつの間にかごっそり減っているボトルを元の位置に戻すと、無言でつまみを食べ始めた。
「あいつらはお前のこと恨んでなんかいねぇから、俺が保障してやる」
「ふふっ、あんたに保障されてもねぇ。…………でももうそろそろ限界がくるって聞いても保障できるかい?」
思わず苦々しい顔になる。
「……もうやばいのか」
「いろいろ動いてはいるけど一年は持たないだろうね」
「サイトウたちだって頑張ってる、だから何とか――」
「難しいってことは分かってるんだろう?」
言われるまでもない。どうすれば解決できるか散々考えた。だが駄目だ、根本的な部分を解決しなければどうにもならないのだ。
「あー、今日はどうも格別に悪い酒みたいだね。もう帰って寝るよ」
ジルはきれいに空になった皿をこちらに渡すとゆっくりと立ち上がった。普段通りのつもりか知らないが、歩く足取りが少しおぼつかない。
「そんな足取りで帰るつもりか、水飲んで少し休んでけ」
「水だけもらっとくよ、早く寝ないとまずいんでね」
大き目のコップに入った水を渡すと、ジルはその水を一気に飲み干した。
「じゃあ帰るよ、ごちそうさんね」
「送ってくか?」
「ははっ、あんたうちまでの距離知ってんだろう? 見た目に反してどれだけ心配性なんだい」
ひらひらと手を振り扉から出て行くジル。まったくこいつは、酔っ払いの自覚はあるのか? とはいえ言い出したら聞かないのがこいつだ。
せめてもと扉から出て見えなくなるまで目で追う。時々ふらついてはいるが千鳥足と言うほどでもない、角を曲がればサイトウの店もあるし大丈夫だろう。
酔っ払いの見送りを終え、店内に戻り片付けをしながらジルの姿を思い出し、考える。
どうにかならないものか。
酔っ払っても悩み続けるジルを見るたび強く思う。考えることが苦手なことは自覚している、しかし考えずにはいられないのだ。
背負ってきた袋に目をやりため息をつく。今まで考え付いたことと言えば、十人が十人無理だと言うようなこの方法だけ。そして成果も上がっていない。
片付けを終わらせ袋を担ぎ外に出る。もう遅いがあいつのことだ、新しい魔具でも作っているのだろう。
おそらく駄目であろう今日の成果を確かめるため、重い足取りで店を出た。




