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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
お世話になります、サンライズ
37/62

渡る世間にゃ敵もいます。

 どうやら商業都市の朝というものは思ったよりも早いようだ。普段の俺もそれなりの時間に起きているつもりだったが、サンライズで目が覚めるとすでに道には人が溢れていた。おそらく多くの人が商人なのだろう。時は金なりとばかりにあくせく足を動かす姿は、どこか日本の朝を思い出させる。


「一応商人のカテゴリーに入ってるわけだしそろそろ起きますか」


 ジルさんと約束した時間にはまだ余裕で間に合うものの、外を見ていたら眠気が覚めてしまったためもそもそとベットから這い出した。





 エバンス商会は過去に不動産を扱っていたこともあったらしい。数ある物件の中からエバンス商会本館の近くであり、かつ現在使っていないという理由で選ばれたファミリー向けであろうこの家は、ありがたいことに二階に二つの個室を備えている。


 いや、一部屋じゃなくてほんとによかった。


 着替えを終えた俺はそんなことを思いながら隣の部屋で寝ているアスを起こさぬよう、ゆっくりとした足取りで階下に向かう。一人で暮らしていたときには必要のなかった気づかいなのだが大変だろうと思うなかれ、気づかいできることが嬉しいのだ。気をつかうということは誰かを意識することであり、その意識が一人ではないのだと実感させてくれる。


 そんなことを考えながらちびちびと紅茶を飲んでいると二階からガチャリと音が聞こえてきた。


「おはよー」


「…………うむ」


 ほとんど目を瞑ったままぱたん、ぱたんとやる気のない足音を響かせやってくる王女様。新しく入れた紅茶を渡そうと思うんだけど……歩きながら眠ってるんじゃない?


「熱いから気をつけなよ?」


「……うむ」


「……今日の天気は?」


「……うむ」


「今日から一週間洗い物は任せた」


「……うむっ!?」


 おしい、その返事では言質が取れないじゃないか。


「起きた?」


「爽やかではないがな」


 微妙な表情のアスに笑いながら紅茶を渡す。まぁまぁ、やけどしてはいけないという優しさしかありませんでしたって。


 目を伏せ、俺同様ちびちびと紅茶を飲むアスをぼーっと鑑賞していると、ふと目があって声を掛けられた。


「ところで今日の予定はどうなっているのだ?」


「八時ごろにジルさんが来ることになってるけど、今分かってる予定はそれぐらいかな」


 魔物の森では時計がなく待ち合わせに苦労していたが、サンライズには時計っぽいものがあって助かる。


「ちなみに今は何時なのだ?」


 まだ時計を読めないアスの代わりに見てみると……まずい、もう七時過ぎてる。


「うん、ちょっとまずい。朝食簡単なもの作るから身支度整えてきて」


 自分一人じゃないからバナナかじるだけというのも釈然としない。まさかこっちでも騒がしい朝を過ごすなんてなぁ。









「おはよう、調子はどうだい?」


「おはようございます。いい家に住ませていただけたおかげでばっちりですよ」


 歯磨きまでをぎりぎりで済ませたことなどおくびにも出さず、あくまでゆとりのある態度を取り繕う。なけなしだろうがプライドがあるのです。


「ところで後ろの方々はどなたでしょうか?」


 少々汚れた服を着た、明らかに商人ではなく職人といった方々。雰囲気的にはグランさんに似ているだろうか?


「この人達はこの家を改装するために来てもらったのさ。じゃあよろしくお願いしますよ」


「おう、任せとけ」


 職人さんたちが道具を取り出し、ぞろぞろと入り口近くの窓に向かっていく姿はそぞろ不安を誘うが、「いいから、いいから」と笑顔のジルさんに連れられアスともども二階の自室にむかった。


「とりあえず説明を要求します」


 室内に入り二人に椅子を勧めた後、間髪入れずに手を挙げ権利を主張する。


「もちろんさ。とりあえず昨日決めた今後の方針は覚えてるかい?」


 確か飲食店への食材供給とエバンス商会で扱っていなかった商品の販売だったはず。

 さすがに昨日のことだ、頷いて肯定する。


「もし販売場所をエバンス商会にしちまうと、すべての売り物を前もって出しておくわけにもいかないから、注文を受けてすぐここまでとりにくるか後から配達するぐらいしかなくなるだろう? 商店相手ならまだしも一般のお客さん相手にそれはまずいんだよ」


 ……なんだか話が見えてきた気がする。


「それを解決するためにここで直接販売してもらうことにしたのさ! そうすればすぐに商品も渡せるし、在庫も必要ないからね」


 なるほど、商売をする上で優先されるべき合理的判断だ。俺としても魔法で物を出すだけで人との交流なしという、駄目な感じのひきこもり生活をしなくてすむ分魅力的だ。


「俺はいいんですけど……アスはそれでもよかった?」


「問題ない。それに我はもともと監視に来ただけなのだ、そこまで気にしてくれなくてもよいぞ」


 アスは当然とばかりに頷く。


「急な話で悪いけど勘弁しとくれ……っと、もうそろそろ時間がまずいね。あたしはやることがあるから商会に戻るけど、あんたたちは適当に時間潰しといておくれよ。用事が片付いたらまた来るからさ」


 ジルさんは言うが早いかあっという間に部屋から走り出していった。いやー、忙しい人は大変ですね。





「ありがとうございましたー」


 窓のところで作業していた職人さんたちは、昼休みとして休憩はしたもののそれ以外は淀みない動きで働き続け、三時過ぎには改築を終わらせてしまった。完成した昔のたばこ屋のような窓口は決して雑というわけではなく、少なくとも素人目には非の打ち所が見当たらないレベルだ。


「また何かあったら呼んでくれや」


 そう言い残し去っていく職人さんと入れ違いに走ってジルさんがやってきた。


「遅くなって悪かったよ、ちょっと厄介な客が来ちまってね」


「そんなことないですよ、お疲れ様です」


 とりあえず家の中に入ってもらい、椅子を勧めてから飲み物を出した。


「助かるよ、昼から何も飲んでなくてね」


 よほど喉が渇いていたのだろう、喉を鳴らし一気に飲み干す姿はかなり清々しい。空になったコップを再び満たしジルさんが落ち着くのを待つ。


「ありがとね、落ち着いたよ。……それでどうだい、あの窓の出来栄えは?」


「文句なしですね、すごい職人さんたちです」


「うむ、獣人ではとてもできぬ見事な人の技だったぞ」


 そんな取り繕っちゃって、後半なんて膝を抱えて作業に釘付けだったくせに。


「だろう? ああいった人達がいないとあたしたち商人は立ち行かないからね、その気持ちを忘れないでおくれ」


「もちろんですよ」


「いい返事だ。さて、今後の商売の話に移るんだけどね、この店舗についてはあんた一人に任せようと思うんだ」


 おおっと、それは少々無茶ってもんでしょう。俺がつい最近まで素人だったということを知っての暴挙ですか?


「無茶、無理、無謀の三重苦ですね。再考をお勧めしますが……」


「あんたは何でそんなに自信がないかねぇ」


 苦笑されても自信がないのは小市民の基本技能なのです。


「いいかい? まずこの店舗ではお客さんから注文を受けて魔法を発動、それを渡すという形になる。つまりあんた以外の人の手が入る余地がほとんどないんだよ。それにあんた立派に飲食店経営してたじゃないか、まずいと思ったら口出しはするけど基本任せたほうがいい結果になる気がするんだよ」


 確かに俺はベイビーバードでそれなりにやれていたけど、それは客層がよかったからというか大きいと思っている。あとは出してた料理自体が珍しかったからとか……。


「しかたないねぇ、雇い主命令でやるかチャレンジ精神旺盛な従業員が率先してやるか、好きなほう選びな」


「ジルさん任せてください、きっと繁盛させて見せますよ」


「よく言った! 営業は明日から、宣伝はこっちのほうでやっとくから気張りなよ!」


 まだまだ仕事があるのだろう、若干軽い足取りで商会に戻っていくジルさんとは対照的に若干沈む俺。そんな時、ふと右肩に手の感触。


「大丈夫だ、なんとかなると思うぞ」


 ありがとう。ただそこは嘘でもいいから断言してほしかったなぁ。









 さて日は変わって翌日。サンライズの朝は早い上、朝営業がなかった飲食店と同列に語るわけにはいかないだろうということで朝八時から店自体は開くことにした。アスに営業中の看板も出してもらい準備万端なのだが……人が来ない。

 この家は商店や露店の多い区画に立っており、目の前の道にはそれなりに人が通っている。そういった人達は周りの店にちらほら入っていき買い物をしていくのだが、ここで買い物をしていく人は皆無だ。看板に気づいて近づいて来てくれる人はいるものの、食料品・生活用品を謳いながら店先にまったく商品が出ていない奇特な店舗なためか説明する間もなく去っていってしまう。

 結局朝っぱらから店を開いておきながら、午前中の客数ゼロという不名誉な記録を打ち立ててしまった。


「まずい、非常にまずい」


 昼食を食べながらうーんと頭を抱える。アスも若干心配そうだ、サンドイッチを食べる手は止まっていないが。


「助言をしてやりたくとも我は商売などまったく分からんからな……」


「あー、だいじょぶだって、きっと何とかなるはずだよ」


 言葉の節々から不安が溢れるがどうしようもない。午前中も客寄せにと声を出してみたがなれない声だしでは素人臭丸出しで、お客がこないどころかアスに「止めた方がよいのではないか?」と心配される始末。うわー、情けない。


 そんな時窓を叩く音が響く。もしかしてお客さんかと思い振り向くと、そこにはこの店の前の露店で野菜を売っているおっちゃんが立っていた。


「いらっしゃいませ、なにをお求めでしょうか?」


「違う違う、俺は客じゃねえよ」


 ぞんざいに手を振り小馬鹿にしたような笑みを浮かべるおっさん。


「一体なんでしょうか」


「午前中から見てたけどよ、新規開店の日だっていうのに客が一人も入ってねえじゃねえか。素人さんがいきなり店を開くにはこの通りは厳しいと思うぜ?」


「ご高説ありがとうございます。素人だろうとここを任された以上は全力でやり抜きますよ」


「こりゃいい、まだ俺たちから客をとれるつもりでいるのかよ! 素人さんの全力ってやつを見せてもらいましょうかね」


 言いたいことを言い終えると、がはははと下品に笑いながら自分の店に戻っていくおやじ。言ってる内容自体はあながち間違いではないものの、いかんせん、ムカツク。


「サイトウよ、不愉快なのは我だけだろうか?」


「もちろん俺も不愉快だよ」


 素人に近いとはいえ店を開いていた俺だ、あそこまで言われれば反感を持つぐらいのプライドはある。さて今後どうやってあのおやじからお客を取ってやろうかと考えていると、再び背後から窓を叩く音がした。


「……いらっしゃいませ、なにをお求めでしょうか?」


 つい先ほどのことなので返事も微妙にぎこちない。


「くくっ、俺はさっきの奴みたいにぐちぐち言いに来たわけじゃねえよ」


 軽く笑ってそういうのは赤い髪を撫で付けた二十台後半ぐらいのお客さん。背が高く全体的にきっちりした格好をしており、まさに伊達男といった感じだ。


「さっきので少し気が立ってたみたいです、申し訳ありませんでした」


「気にすんな、あいつの口上は俺ならその場でぶん殴るぐらいうざってえからな」


 さすがにそこまでやる気にはならないが、その気持ちはよく分かる。それにしてもお客さんの口調から察するにあのおやじの嫌がらせは初めてではないのだろうか?


「あの人っていつもあんなことしてるんですか?」


「この通りで新しく店が出たときはだいたいな。まったくばからしい」


 ほんとに呆れたおやじだ。そんな奴の店がここよりなお繁盛しているから余計に腹立たしい。


「つってもこの通りで開いた店の何件かは、業績不振のところにあの嫌がらせくらって店じまいしてるから性質たちわりいんだがな。俺としてはそんなくだらねえことで店が減るのもつまらんからこうやって声をかけた訳だ」


「ありがとうございます、あんなおやじの言葉程度に負けたりしませんよ」


 それを聞くとお客さんは上出来だとばかりに笑う。


「ああ、あいつの店を潰すつもりでやっちまえ。俺もせっかく来たんだし何か買ってくか、そうだな……リンゴ一つくれ」


「リンゴですと味には自信があるんですが、少々お高く千フォルになりますがよろしいですか?」


「大した強気だな。まぁいい、小金には不自由してねえから持ってきてくれ」


「分かりました、少々お待ちください」


 注文を受け店の奥のほうに入っていき、窓口から見えない位置まで来ると魔法を発動させる。その場で出せば楽なのだがジルさんとの約束の手前このような方法をとっているのだ。


「お待たせしました。千フォルになります」


 千フォルと引き換えにリンゴを渡すと彼はその場でリンゴに齧りついた。粗野な動作のはずなのにかっこいい人がやると全然そう見えないからずるい。

 しばらくリンゴを咀嚼するしゃりしゃりという音が響く。


「おいおい、ありえねえだろこれは。一体どこで仕入れたんだ?」


「えーっと、商売上の秘密ということで」


「いくらなら教える?」


「申し訳ありませんが……」


 心が動かないでもないが、このリンゴは創造魔法で出したものなのだ。お客さんには悪いがジルさんと約束している以上教えるわけにはいかない。


「仕方ねえか、まぁこれをうまく使えれば潰れるようなことにはならねえだろ」


「この値段ですからうまく使うのが難しいんですけどね……」


 実際いくら味がいいとはいえ、相場の十倍では買い手は限られる。エンゲル係数が異様に高い森でならそれなりに売れていたが、フォルを使うところがたくさんある人間の町ではそう簡単にはいかないだろう。


「贅沢すればするほど偉くなれるって勘違いしてる馬鹿どもに売れりゃ楽なんだが、今エバンス商会にそこまでのコネはねえからな」


「その辺りは頑張って考えてみますよ」


「ああ、それでいい。やるだけやって駄目なら骨は拾ってやるよ、せいぜい足掻いてみな」


 そう言って彼はリンゴ片手に歩いていった。話し方はちょっと荒いけどわざわざ説明しに来てくれたのだ、きっといい人なのだろう、また来てくれたら名前を聞いてみようか?


「あんな奴がいたのだ、負けられぬ理由がまた一つ増えてしまったな」


「まったくだよ、これは何とかしないとね」


 ここで負けてしまうとアスにジルさん、見知らぬお客さんの期待を裏切ることになってしまう。……改めて考えると胃が痛くなりそうな展開だなぁ、こんなの柄じゃないのに。


 とりあえず椅子に座り、武士の情けで残された最後のサンドイッチに齧りつく。


「さて、なんとか頑張ってみましょうかね」






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