従業員がひきこもりってどうなんでしょう?
「俺の今後について、ですか……よろしくお願いします」
「なに暗くなってるんだい。あんたの魔法をどうしたら有効に使うことができるか考えようって話じゃないか」
笑いかけてくれるジルさんに対して曖昧に頷くことしかできない。何せ俺は普通の従業員ができるような仕事をすることができないのだ。
店番を頼まれても店に行くことができず、配達や荷物の運搬なんて考えるまでもない。ならば事務仕事ができるかと言われれば、現段階では数字はともかく字が入ればもうお手上げというだめっぷり。魔法以外でまったく役に立ちゃしない。
そんなことを考えていると背中に息が詰まるほどの衝撃が響く。
「なにを考えてるか知らないけどね、あたしはあんたの良いところも悪いところも考えたうえで雇ってるんだ。ごちゃごちゃ考えてないでできることに全力を尽くしな」
……なんてこったい、俺の悩みがごちゃごちゃで片付けられてしまったよ。
まぁ今はどうしようもないことなんだからその通りかも知れないけど。
「了解です。ミラとザックさんはそのために呼んだんですね」
「その通りさ、だからまず魔法の説明から頼むよ」
途端照射されたミラとザックさんの熱い視線を身に受ける。もしかして創造系の魔法といったから期待しているのだろうか? 森で検証してもせいぜい料理の材料を出すぐらいしか有効な使い道が思いつかなかっただけにあまり期待されても少し困るのだが。
「えっと、あんまり期待しないでくださいね? 俺の魔法は生活創造っていう創造系の魔法です。生活用品や食料を出せる魔法なんですが、費用として皆さんが妥当と思うぐらいのお金が必要なんで微妙な使い勝手ですよ」
「それは本当!?」
「それは本当か!?」
あれ、おかしいな。俺のなけなしの表現力を使って微妙な魔法ということをアピールしたはずなのに、二人からの食いつきが半端じゃない。
「あー、あんたたちそんなに期待してもたぶん無駄だと思うよ」
「二人ともなにを期待してるんですか?」
「とりあえずあんたの魔法で<マナ>っていう霊草を出してくれないかい?」
何も分からないがとりあえず言われるままに魔法を発動する。
「マナ、マナっと……ないみたいですね」
そう呟いた途端ミラとザックさんの方から大きなため息が聞こえ、なぜかジルさんの顔にもどこか苦笑のようなものが広がった。
「マナは生活用品でもなければ食料でもないからね、こうなるのも当然ってもんさ。第一ミラはともかくとしてあんたまでため息つく必要ないじゃないか」
「いや、なぁ、市長の野郎腹立つじゃねえか」
「あんた余計なこと言って睨まれないようにしなよ」
「そうするとザックはしゃべれなくなる」
ザックさんが集中砲火を受けているがなにが何やらさっぱり分からない。ちょうどいいし助け舟がてら質問してみよう。
「すいません、まだ事態が飲み込めないんですけど……」
「おっと、ごめんよ。マナっていうのは霊草でね、魔具を作るために使う魔法の<キー>の中でも最上のものなのさ」
「最上って……キーが何種類もあるんですか?」
ちょっと待って、そんな話聞いてない。
「大抵の魔法にはあるよ。あんたの魔法はお金がキーっていってたから、どの硬貨でもいいっていうのがそれにあたるんじゃないのかい?」
なるほど、そういう仕組みになっていたのか。特定のキーを手に入れられない人達に優しい仕組みだと思う反面、相変わらず神様は俺のこと嫌いなのだと悟る。
「そういえばいい忘れてたけど、あんたの魔法については他言無用にしといてくれよ」
「知られるとまずいことでもあるんですか?」
最上級の魔法とか言ってたし、不都合でもあるのだろうか。もともと目立ちたいとは思ってないから秘密にする分にはまったく問題ないのだけど。
「まぁ珍しいものだから言いふらして問題が起きてもつまらないってことさ。じゃあサイトウの魔法の使い道に戻るんだけど、誰かいい意見はないかい?」
「それについてなんですけどまず言っておきたいことが。俺の魔法はさっきも言ったとおり『多くの人が妥当と思える価格』にあたるお金が必要なので、単純に物を出して販売することは難しいと思います」
「分かりにくいな、もうちょっと分かりやすく説明してくれねえか?」
ザックさんに了解の意を示し、魔法を発動させる。
「たとえばリンゴなんですけど900フォル……って100フォル値上がりしてる?」
確か前にリンゴを出したときは800フォルあれば出すことができたはず、なのにサンライズでの不当な値上がりは一体なんだ。
「それが妥当な価格って訳だね。魔物の森ではリンゴはただみたいなもんだろうけど、サンライズでは街の外に採りにいく分費用がかかるからね。それが値上がり分だろうよ」
どうやら相変わらずのジビアさらしい。
「あー、なんだ、要するに安くものが出せるわけじゃねえってことだな?」
「想定通りの理解力」
「それはそうとして生活用品のほうはどうなっているんだい?」
ザックさんの酷評に対する華麗なまでのスルーが気になるが、おそらく日常的過ぎてつっこむ気も起きないのだろう。俺も学ぶべきなのだろうか。
「それについては本当にあるものは出せるといった感じですね。たとえばこんなのとか」
そういって魔法を発動しコンロを出す。電気がない以上、創造できるもののレベルを示すためにはこれがちょうどいいだろう。
「これはコンロといって火を出して調理に使ったりするものです」
「『ファイアボックス』と同じようなものかね……ミラ」
「任せて」
答えるが早いかミラは神速とも言える速度でコンロを分解し、あっという間にパーツの群れにしてしまった。
「おー!」
アスがぱちぱちと拍手する気持ちも分かる。目にも留まらぬ早業はそれが一つの芸とも言えるレベルだった。
「どうだ! こいつはこの若さで最高位の魔具士に認定される天才なんだぜ!」
「あなたが言わない」
「それで分解してみてどうだったんだい?」
スルーを覚えよう。そう決めた。
「基本的な構造は魔具と変わらない。ただ魔力の補給がサイトウから直接行われるという珍しいタイプではある」
そういうとミラは俺なんかでは練習してもできないであろう速度でコンロを組み立てなおした。珍しいタイプのコンロをこのスピードで分解修復できるのだ、なるほど、天才という看板に偽りなしだ。
「じゃあ以上のことをふまえて意見を出してくれるかい?」
しんと静まりかえる室内。皆それぞれが頭をひねるが「うーん」という唸り声だけが響くだけだ。
そんな中どうしたものかと悩んでいるとふいにミリアが沈黙を破った。
「やっぱり高くても買ってくれる人に売るべきだと思うわ~。たとえば私なら油揚げは多少高くても買っちゃうもの」
その例には一片の疑う余地もない。
「ミックも紅茶はよく買っておったな。好きなものであれば高くても買うということだな?」
「こだわりのあるもの、と言い換えてもいいかも知れないね」
「それは言えるかも知れねえな。俺もいい食材でありゃあ料理人でないような奴らに比べて高い金を出す気はするぜ」
一つ意見が出てくると得てして話し合いは進むものだ。
その後も俺が魔法の考察を述べ、ミリアが経験を生かした意見を出す。アスが意外性のあるアイデアを出したかと思えばミラが考えを深めジルさんがまとめる。
わぁ、なんて完璧なコンビネーションなんだろう。一部を除いて。
「じゃあとりあえずは飲食店への食材の供給、品揃えが増えたことの宣伝とその販売といったところで問題ないね?」
ジルさんが皆をぐるっと見回し確認する。
「問題もないみたいだから今日のところは解散にするよ」
その言葉を皮切りに各自ぞろぞろと立ち上がり、凝った体をほぐし始める。長時間座った後の伸びの気持ちよさは分かるが、ジルさんについては身体的特徴を考慮して向こうを向いて欲しいと思ったり思わなかったり。
「なんだお前、またでかくな――」
一閃。上に伸ばしていたジルさんの右腕がまったく無駄のない軌道で強襲。ザックさんのアゴを斜め上から打ち下ろす。
脳を揺らされしゃがみこむザックさん、しかしそれだけでは終わらない。位置の下がったアゴは格好の的となり、全身を使ったミラの掌底が吸い込まれるように直撃する。まさに阿吽の呼吸とも言うべき芸術的な連携だった。
「そ、それはさすがにやりすぎではないのか?」
急所狙いの二連撃に慄きながらの質問にも二人はまるで動じない。
「言葉には注意しろと何回言っても直せないこいつが悪いのさ。口で言っても駄目なら体で覚えてもらうしかないだろう?」
「始めからアゴを狙っていたわけではない。他の場所では私たちのほうが痛いから仕方なく。それにこの程度でなんとできる下級バカではない」
そんなものかとザックさんを見ると、なるほどそんなものだった。しっかりと二本の足で立ち上がり「がははは、悪い悪い」とのたまっていた。……あれだけくらってテンカウント以内に立ち上がるとか人間から遠いというミラの気持ちが分かる気がする。
「じゃあ俺は帰るぜ。夜だけでも営業しねえと料理人が廃るってもんだぜ」
「そんなこと言って、あんたちょくちょく休むじゃないかい」
「まぁそれはそれ、これはこれだな」
がはははと俺様理論を展開する様はここまでくるともはや清々しい。
「また来る」
会話をさえぎるようなタイミングで言葉を滑り込ませるのはミラ。はるかに大きいザックさんを蹴りだすように追い払う姿は違和感全開だが、二人とも慣れた様子でこれが日常なのだろう。性格正反対な二人がどうやってここまで仲良くなったのか、また聞いてみても面白いかもしれない。
「あたしとミリアも行くけどアスちゃんはどうするんだい?」
「我はサイトウの監視という仕事があるからな、ここに住むつもりだが?」
ちょっと待った。アス、君は俺に地雷原の中で生活しろというのですか。
「そうかい、じゃあアスちゃんの分のベットも後で届けるように手配しとくよ。それとも余計なお世話だったかい?」
「いります、絶対必要です。それがないと森の王様が直々に棺桶届けてくれちゃいます」
「くくっ、冗談だよ。他にもなにか用があったらこの先のエバンス商会にきとくれよ」
いやほんと冗談じゃありませんから、それ。くすくす笑いながら出て行くお姉さま二人組みを見送り軽くため息。なんだか疲れたよ。
「な、なぁサイトウよ。さすがに父上もここまでは来ないだろうからそこまで気にしなくても……よいぞ?」
軽く首を傾げる姿は殺人的にかわいく、これから仕事と言われても全力で突貫していけそうだ。マイナスイオンなんかもでてるんじゃないの、これ?
「気持ちは本当に嬉しいよ、でもあの王様が絶対に来ないと言い切れる?」
「あー、まぁ、…………」
その沈黙が答えなのです。