感謝を込めて楽しみます。
「ありがとうございましたー」
扉までお客さんの見送りに出て頭を下げる。少し長めに下げていた頭を上げ、振り返ってみてるがもう店内にお客さんはいない。
「これで一区切り、だな」
隣にいるアスが笑って呟く。俺も笑って頷き、二人で店内を見渡した。見えるのは普段と何一つ変わらない店内。それがなぜこんなに特別に見えるのだろう。
「慣れてきたところだっていうのに俺の都合で振り回しちゃってごめんね」
思えば俺のアスに対する迷惑のかけ方はかなりのものだと思う。店を始めて手伝ってもらうだけでは飽き足らず、サンライズにまでついてきてもらうことになっている。不満が無いほうが不思議だ。
「まぁ振り回しておるというのに間違いはない。だがそう気にせずともよいぞ」
しかしアスは問題ないとばかりに腕を組み、胸を張った。
「サイトウは我が手伝ってやらねば何もできんからな。困っているものを助けるのも王族の務め、仕方がなかろう」
堂々と言い放つ。
「いやいや、それは言い過ぎじゃないかな? 俺だって頑張れば一人でできるんだよ」
さすがにそれの発言は受け入れられない。年下の女の子に手伝ってもらわなければ何もできないなんて、駄目人間にしても度が過ぎている。
「うむ、そうかそうか。一人で頑張っていたといえば開店初日だったか?」
「うう、初日も助けてもらった記憶があるけど……」
まずい、何か思い出さなくては。始め森に来て、アスたちに援助してもらって、店も初日から手伝ってもらって――あれ?
「いや、その、本気出す機会がなかったって言うか、星のめぐりが悪かったって言うか…………もう駄目だ」
「ふはははは、我を崇め、敬い、奉るのだー!」
くそう、崇めたくない、敬いたくない、奉りたくない。でも反論できる材料が見当たらないっ。
「……アス大明神様、昼食の支度はすべて私めにお任せください」
「うむ」
萎れた俺に対し、アスは鷹揚に頷いた。
「それで今日の食事会は全員来るのだな?」
結局準備を手伝ってくれたアスが、蕎麦をすすりながら訊ねてきた。
「うん、誰からも連絡が無いしみんなきてくれると思うよ」
今日はお世話になった人達に感謝の意を込め、食事会を開くことになっている。せっかくなので盛大にやろうと朝のうちから下ごしらえをして、ジルさんやグランさんにお酒も頼んである。昼は蕎麦でセーブしておくのも当然と言えよう。
「楽しみだな。料理の方は期待していいのだろうな?」
「もちろん。朝のうちにメインの豆腐のステーキとこんにゃくの刺身、下ごしらえ済ましといたからね」
「……その、なんだ、その料理が嫌いというわけではないのだぞ? だがもっと動物性というか、血と肉になりそうなものが食べたいなー、なんて思ったり……」
斜め下を向き、微妙そうな顔でチラチラとこちらを見てくる。
「ははっ、冗談だよ。そもそもその二つに下ごしらえといった時点で気付こうよ」
それを聞き、アスは一瞬固まった後壮絶な笑みを浮かべた。ゆらりと立ち上がり、ゆらゆら歩いてくる姿がやけに怖い。逃げようと試みるが足がいうことを聞かず、アスが近づいてくるのを見ていることしかできない。――ああ、これがヘビに睨まれたカエルというやつか。
「ふふふ、つまりこの口をどうにかすれば世界は平和になるのだなっ!」
「ひたい、ひたい」
あんまり伸びないから面白くも無いだろうに、俺の頬をつねり上げるアス。肩をぺしぺし叩いてギブアップを表明するが受け入れてもらえない。
「まったく、これに懲りたらそういう悪質な冗談はいうでないぞ」
つねられた頬がじんじん痛み、やめろやめろと語りかける。しかし俺は止まれない。現代に生まれた者として暴力に屈するわけにはいかないんだ。覚悟を決め、背筋を伸ばし断言する。
「俺が死んでも自由は死せずっ」
やり遂げた満足感が俺を包むがそれも束の間、再びアスがゆらりと立ち上がった。まずい、このままではまたやられる。
「昼食も食べ終わったことだしそろそろ片付けよっか」
言い終わる前に皿を持って厨房へ退避。ここならば攻撃はできまい。
アスもそれを見て「逃したか」と呟き、自分の皿を持ってこちらに歩いて来た。
「まったく、後片付けこそは自分だけでやりたいとはいい心がけだな」
「……自分でもそう思うよ」
自業自得のような気がしないでもないのでおとなしく引き受けておく。やはりこの世界でもからかうのに犠牲はつきものということか。それでもやめる気にならない俺は業が深いのだろう。
「じゃあ今のうちにお使いにいってもらっていいかな?」
「構わぬが……何を買ってくるのだ?」
「ビックベアーの干し肉を(3,000)分ぐらいお願い」
グランさんお勧めのおつまみを頼む。今日持ってきてくれるはずの酒に合うらしく、一度一緒に食べてみたかったのだ。
「うむ、任せておけ。しっかり留守番しているのだぞ」
「アスこそ道草食わずに帰ってくるんだよ」
口の減らないアスに憎まれ口で応じる。それを聞くとアスは「当然だろう」と鼻を鳴らし出て行った。
「じゃあ俺も黙々と準備をしますか」
「よーし、これでいいかな」
思ったより店が遠かったのか、アスが帰ってくる前にあらかた今すべきことが終わってしまった。もっとも店がどこにあるかといったことも知らないのだから予測のしようもないのだが。
「特に何も言ってなかったから、もうそろそろ帰ってくるとおもうんだけどなぁ」
まさか迷子になったんじゃと考えるが、森の王女様が森で迷子はないだろうと思い直す。まぁ気長に待てばいいか。
「サイトウ、今帰ったぞ!」
噂をすれば何とやらだ。おかえりと言おうとした時、アスの後ろにもう一つ人影が見えた。
「サイトウさん、お久しぶりです!」
「モール、久しぶりー。今までなにしてたのさ」
そこにいたのはしばらく休みをとっていたモールだった。なにがあったのか知らないが、ソースを持ち帰った時ぐらいにこにこしているのが微妙に気になる。
「それなんですけどね、これ見てくださいよ!」
じゃん! と効果音が聞こえてきそうな勢いで差し出したのは布を被せた大き目のかご。そこから漂ってくるこの匂いは――
「リンゴ?」
布をとってみるとそこにあったのは山盛りのリンゴ。赤々とした大粒の実で、もって見るとずっしり重い。
「あれ、俺ってこんなにリンゴ出したっけ?」
そう聞くとモールはイタズラが成功したような笑顔を見せた。
「実はこれ、サイトウさんのリンゴからできたリンゴなんですよ! サンライズに行く前に何とか成功させようと思って、今まで親分と一緒にいろいろ試してたんですよ。いいできだと思いませんか?」
しばらくあっけに取られていたが、徐々に頭に浸透してくるとどうしようもなく顔がにやけてくる。だって仕方ないじゃないか、こんなことされて無表情でいられるやつなんているものか。
「……なんか嬉しすぎて言葉も出ないよ。でもどうやったらできたの?」
「よくわかんないんですけど、この森にあったリンゴの傍に植えておいたらできたんですよ。これでサイトウさんが出さなくてもおいしいリンゴができますよ!」
同じ種類のリンゴ同士では受粉できなかったということだろうか? はっきりした理由は分からないが実際にできたのだ、よしとしよう。
「今日の食事会でさっそくみんなに食べてもらおうよ。フリーズボックスで冷やしとくね」
モールからかごを受け取り厨房へ運ぶ。抱えたかごから漂う爽やかな香りに頬を緩ませながら、今日食べるであろう分だけフリーズボックスの中にしまっておく。
「そろそろ準備始めるからモールは椅子に座ってゆっくりしてて」
「何言ってるんですか。俺もこの店の一員なんですから手伝いますよ」
モールが自分の胸をどんと叩き、隣でアスもうむうむと頷いている。
「ありがと、じゃあモールは厨房で料理の手伝いをお願い。アスはテーブルのセッティングね」
三人が精力的に取り組むことでみるみる準備が進んでいく。一人で黙々とやるよりも、アスと二人でやるよりも。
テーブルのセッティングも終わり後は待つだけとなったとき、タイミングよく扉が開いた。
「本日もエバンス商会をご利用いただきありがとうございます、ってね。ほら、酒をたっぷり持ってきたよ!」
いくつも小さな樽を抱えて、ジルさんとミリアが入ってきた。
「こんにちは~、今日はご馳走になるわ~」
「どうぞどうぞ、がんがん食べちゃってね」
二人から樽を預かり手近な椅子に座ってもらう。樽がそれなりに重かったようで、ジルさんは腕を曲げたり伸ばしたりしている。女の人としては体格のいいはずのジルさんがそんな状態だというのに、細いはずのミリアは平然としているのはなぜだろう。獣人だからか、はたまたミリアだからか。個人的には後者だと思うが。
その瞬間、悪寒が駆け抜ける。とっさに頭を抱えると手に木の実が当たった。
「えっとミリア、どうしたの?」
「ごめんなさいね~、久しぶりに木の実をぶつけておいたほうがいい気がしたの」
「ははっ、勘弁してよ」
笑いながら茶化すような反応をするものの内心は冷や汗だらだら。以前アスがミリアは何個魔法が使えるか分からないといっていたけど、絶対に読心系の魔法が使えると思う。いや、ほんとに。
「ミリアもこれを食べて落ち着くがよい」
フォローなのかはよく分からないが、先ほどのリンゴをアスが勧める。俺も食べてみたのだが、魔法で出したリンゴとはまた違った味わいでなかなかおいしかった。それは膨らんだアスの頬も証明している。
「このリンゴもユウ君がだしたの? 前のリンゴとは違った味だけどおいしいわ~」
「いや、これはモールが栽培したものだ」
「すごいじゃないか、こんなリンゴができるんだねぇ」
ミリアとジルさんにも好評のようだ。「やったじゃん」とモールをこづくと、恥ずかしそうに笑う。正当な評価なのだから恥ずかしがらなくてもいいというのに。
その後も徐々にメンバーが集まり、最後にグランさんがやってきた。
「おうサイトウ、こいつのリンゴは大したもんだっただろ?」
「ほんとに大したものでしたよ。びっくりしてしばらく唖然としちゃいましたよ」
グランさんは「ぜひ見たかったな!」といって笑い、みんなのいるテーブルについた。
みんなが席に着き、飲み物を持ったのを確認すると前のほうにのこのこと出て行く。
「皆さん、わざわざ集まっていただきありがとうございます。感謝の言葉は山ほどありますが……とりあえず! 今日は俺を破産させるつもりで飲み食いしちゃってください! 乾杯!」
『かんぱーい!』
みんなで勢いよくコップを突き出し中身がはねる。
飲み、食い、騒ぎ、ふざけあう。日本でもほとんどいなかったんじゃないかと思えるぐらい親密な友人たちと心ゆくまで楽しんだ。
そんな暖かな一ページ。生涯忘れることはないんじゃないかと思う。