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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
おいでませ、ベイビーバード
32/62

友 ~出会いと別れ~

「そうかい、もうすぐサンライズに行っちまうのか。まぁなんだ、元気にやれよ」


「ありがとうございます。まぁちょくちょく帰ってくるんですけどね」


 ジルさんと契約を交わして数日、お客さんへの挨拶も順調に進んでいる。一応張り紙もしておいたので、こうやってお客さんのほうから声をかけてきてくれることもあり、それがとても嬉しい。なんというか、気にしてもらえているという感じがするというか、うまく言えないけど。


「そいや、紙にはミックが引き継ぐって書いてあったが料理教えるのに苦労したんじゃねぇか?」


 コップ片手にからかうような感じで笑いかけてくる。微かに同情のようなものが見えるのは気のせいだろうか? リザードマンの細かい表情まで読み取れるようになった不思議。人間やればできるんだなぁ。


「そんな苦労なんて。ただミックさんがちょっと……いえ、熱心すぎたんで教え甲斐があったぐらいですよ」


 ちなみにこれは嘘ではない。料理を教えて以後、ミックさんは来店するたび熱心に料理の質問をしてくるのだ。なんて教え甲斐があるのだろう。これに対して「二桁の質問は勘弁してください」とか「あー、紅茶第二ラウンドいっちゃうんですねー」とか思ってしまうのは贅沢なのだろうか?


「くくっ、物は言い様ってやつだな。じゃあそろそろいくぜ、ごちそうさん」


「ありがとうございましたー」


 最後のお客さんが帰ると小走りで厨房に向かう。朝のうちに用意しておいた肉じゃがを火にかけ、残ったご飯を茶碗によそう。あともう一品かな。


「テーブルの準備は終わったぞ。そちらはどうだ?」


 雑巾片手にてくてくとアスが歩いてきた。アスの声に耳を傾けながら茹でていたほうれん草を冷水で冷やす。


「おひたしができたら完成かな。肉じゃがとご飯だけ運んどいて」


 そう言いながらほうれん草を絞る。そして適当な大きさに切ると皿に盛ってテーブルに運び椅子に座った。


「簡単なものでごめんね」


「なに、これで十分だ。それよりも早く<ミケの丘>に行って景色を楽しもうではないか」


 ジャガイモを頬張りながらアスが笑う。


「そうだね。ほんと楽しみだよ」


 こんなに昼食を急いでいた理由、実は今日ミリアが<ミケの丘>に連れて行ってくれることになっているのだ。サンライズに行くときは見ている暇がないので、今のうちに見ておこうということになったのだが……楽しみでしかたがない。


「何をにやにや笑っておるのだ。気持ちは分かるが怪しいぞ」


 おっと、笑ってたか。それは確かに怪しいな。


「ごめんごめん、笑ってないでさっさと食べることにするよ」


 ひときわ大きなジャガイモを箸で掴むとご飯と一緒に掻きこんだ。





「お待たせ~。もう準備はできた?」


 昼食を食べ終わりフォンで連絡すると、ちょうど片づけが終わったところでミリアがやってきた。


「ばっちりですよ。今日はよろしくお願いしますね」


 魔法のおかげで特に持ち物もいらない。こういうときに便利だよなぁ。


「今場所の確認をしてきたんだけど、なかなか良い場所だったわ。じゃあ早速だけど移動しましょうか。一緒に転移するために王女様とユウくんで手を繋いでもらえるかしら」


「う、うむ。そういうことならば仕方があるまい」


 横を向いてこちらも見ずに手を差し出すアス。そんなアスの細く、柔らかい手を半ば包みこむように握る。軽く握り返してくるが、何を思ったのか急に手を離すと服で手を拭った。


「先ほど手を洗ったときの水がまだついていたみたいでな」


「そんなこと気にしないのに」


 だから少し手が湿ってたのか、別にそれぐらいなんてことないのにね。しっかり拭けたようなのでもう一度手を繋ぐ。


「うふふふふ~、良いこと思いついちゃった~」


 露骨に不安を誘う発言の後、ビクビクしている俺にミリアが後ろから抱きつき手で目隠しをした。


「なっ……」


 背中に感じる柔らかさ、首の後ろに当てられた頬の感触など想定外の感覚に思わず固まる。これは対ショック体勢ではカバーしきれない。

これだけで考えれば幸運なのだろうが、アスと繋いだ手がSOSを叫び始めた。アスフェルさん、指を、潰さないでっ。


「じゃあ行くわよ~」


 分かっているだろうに、俺の状態はまったく無視してミリアが魔法を発動させた。あんまりだ。





 エレベーターが止まる前のような浮遊感。一瞬のそれが消えると柔らかい草の上に足がついた。今まで聞こえなかった鳥の鳴き声が響き、部屋の中では感じないはずの流れる風が頬を撫でる。


「ここが<ミケの丘>よ」


 そういってミリアが目隠しを外すと、圧倒的な光景が俺の目に飛び込んできた。


「うわぁ…………」


 それはどこまでも続いていく森。視線の先には山が見え、よほど遠くにあるのだろう、その向こうにも霞がかったように山々が見える。目下に広がる森もさまざまな表情を持ち、木々のない空き地が点在している。右を見れば信じられないほど大きな木が雄大な姿を示しており、左を見れば美しい湖が輝きながら広がっている。





「サイトウよ、いいかげん返事をせぬか!」


 その光景に魂を奪われていると、ばしばしと背中を叩かれ呼び戻された。はっと振り返ると、腰に手を当てあきれたようなアスと口元を押さえて笑っているミリアがいた。


「夢中になるのは良いけどもう少し回りも気にしなきゃ駄目よ? 王女様がさっきから何回も声をかけてたんだから」 


「ごめん、今度から気を付ける。それにしてもそれにしても何これ!? なんていうかもう……すごい景色だよ!」


 日本にいた頃もちょくちょく旅行には行っていたのだが、もっと自然豊かなところに行っておけばよかったと心から思う。風景がここまで感動できるものだとは思ってもみなかった。


 そんな俺の様子を見て、満足そうに腕を組むと得意満面でアスが言う。


「当たり前ではないか。この森は代々我が一族が守ってきた森なのだぞ」


 この森を見れば、アスが王族ということにプライドを持っているのもよく分かる。もし俺がアスの立場だったら誇らしくて仕方がないだろう。

 

 しかしこの森を見ていてふと思う。俺はこんな美しい森に人との交流を持ち込んでしまって良いのだろうか? 日本にいた頃、森林が伐採されているという話はよく聞いた。そのときは止めてほしいぐらいしか思わなかったが、今は違う。もしみんなの住んでいるこの森が壊されてしまったら、俺は……。


「どうしたのそんな顔して?」


「いや……この森に人との交流を持ち込んで良いのかって思って」


「そうねぇ、ユウくんはどうしてサンライズが<魔物の森>の近くにあるか知っているかしら?」 


 話題に疑問を持ちながらもとりあえず首を振る。


「<魔物の森>では他の場所にはない珍しい植物や動物が手に入るの。そしてサンライズはそれを主な収入源の一つとしているのよ。魔物がいるから今はまだ極々浅いところにしか来ていないけれど、もしかしたら大規模化していくかもしれないわ」


「そんな、下手したら森が荒らされちゃうじゃないか」


「そう、だから取れる手段を一つでも増やすために人間との交流は遅かれ早かれ必要なのよ」 


 なるほど、人間との交流があれば成否は別にして条約を結んだり取引をしたりなど手段が増やせるということか。

そもそも考えてみれば俺は人間との架け橋になれるかも知れないが、それでできた交流をどう使うかは俺じゃなく王様たちが決めることだ。それに万が一何かを決めなくてはならないときは王様に相談すればいい。


「つまり俺は難しいことは考えず、人間と良い関係を作れるように努力すればいいってこと?」


 ミリアは笑い、よくわかりましたといわんばかりに頷いた。


「なに、サイトウが無茶をしたところで父上が何とかしてくれるだろう。だから全力を尽くすがよい」


「ありがとうございます王女様」


 そういって一礼すると共に、いつも無茶振りをされているであろう王様の苦労を偲んだ。





 ニャオー。


 その後どこまで移動可能か確かめながら風景を楽しんでいると、森のほうからそんな鳴き声が聞こえてきた。

声のするほうを見てみると真っ白な猫がいた。ただし、でかい。

目の高さが俺と同じぐらいというビックサイズの猫だ。


 ニャッ。


 俺に向かって鳴いてくるが固まってしまって動けない。キリキリと首だけ動かしてミリアたちに助けを求める。


「その子が<ミケ>っていう魔物よ。危なくないからちゃんと挨拶を返してあげて」


 なんという無茶振り。しかし猫様も不審そうにこちらを見ているから挨拶は返さねばなるまい。


「にやっ?」 


 もうすこし猫の鳴きまねを練習しておくんだったと後悔しながらも全力で鳴きまねをする。なかなか良い感じにできたんじゃないかな? 猫様も満足そうに一鳴きする。

どんなもんだとばかりにミリアたちのほうを向くと、二人とも蹲って震えていた。


「まさか猫語を使うとは。すまん、しばらく時間をくれ」


「完璧な鳴きまねだと思うわ~」


 あいつら笑いをこらえていやがった。





 二人はしばらくすると立ち上がり、眉間にしわを寄せながらこちらに歩いてくると、そのまま猫様のほうを向き挨拶をした。二人とも普通の言葉で。


「いや、猫語を操るとは思いもよらんかった。普通に挨拶すればよいと前もって言っておけばよかったな」


 申し訳なさそうに言ってくるが口の端がヒクヒクしてるんだよこんちくしょうめ。


「でもおかげでその子もユウくんの事気に入ったみたいよ」


 完璧な慈母の笑みを浮かべるミリアのいう通り、先ほどの猫様は俺に懐いてくれたのか背中に顔をすり寄せてくる。


「危なくないんですよね?」


「危害を加えない限りは大丈夫よ。ちょっとかまってあげたら?」


 ごくりとのどを鳴らし猫様のほうを振り向く。曇りのない瞳に怯えながらも言ってみる。


「お座り」


 ニャッ。


 ポスンと腰を下ろす。


「伏せ」


 ニャッ。


 ペタンと伏せる。


「お手」

 

 ニャッ。


 出した手を無視して俺の頭に手を載せる。


 …………なにこれかわいい。


「おお、いくら人懐っこいとはいえここまで懐いているのは始めてみるな」


 頭に手が載ったまま感動している俺にアスが驚きの声を上げる。さすがのミリアもびっくりしているようだ。


「よっぽど相性がいいのかしらねぇ。ミケはだいたいこの辺りにいるし、せっかくだから名前付けてあげたらどうかしら?」


「もちろんタマで」


 迷うことなく即答。犬はポチ、猫はタマと決まっているのですよ。


「よーしこれからお前はタマだ。よろしくなー」


 顔を抱いて撫でてやると気持ちよさそうにのどを鳴らした。当然この名前に異論があろうはずもない。


 そのまま皆で戯れていたのだが、楽しい時間はすぐに過ぎていくもの。あっという間に暗くなってきて帰らねばいけない時間になった。


「じゃあねー。また来るからねー」


 ニャオーン。


 ミリアと繋いでいないほうの手を大きく振る。それに応えるタマの鳴き声もなんだか少し悲しそうな気がした。


 一通り別れを惜しんだところで魔法が発動し、浮遊感と共に店に戻る。

こうして有意義な<ミケの丘>訪問は終わりを告げた。


 今度からあそこを<タマの丘>と呼ぼうと思った。

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