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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
おいでませ、ベイビーバード
31/62

神に愛された俺(笑)

 朝、日も昇る前に目が覚めた。

いつものように布団に留まることなく立ち上がる。意識は完全に覚醒していたが、染み入るような冷たさの水で顔を洗った。

無言のまま服を着替えると、扉を出て森に臨む。森の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込みゆっくり吐き出した。


「森の空気って、こんなにおいしかったのか……」


 そう呟いていると微かに東の空が明るくなってきた。木々で確認することはできないがおそらく日が昇ったのだろう。徐々に明るくなっていく空を目に焼き付けると家の中に戻った。


 いつもと変わらないメニューをいつもの倍の時間をかけゆっくりと咀嚼した。朝食を食べ、片付けが終わると普段通り仕込みを始めた。何をしているんだかと苦笑が漏れる。

アスが来る時間の少し前になると作業をやめ、身なりを整え椅子に座った。


「セラさん、もうすぐあなたの御許へ行きます」


 目を瞑り弁明の流れを確認すると、自らの過去に思いを馳せた。





 ……足音は一つ、か。どうやら弁明する暇はありそうだな。


 直後、勢いよく扉を開けてアスが入って来た。


「サイトウよ、今日も来てやったぞ! ……なぜ何かを悟ったような顔をしておるのだ。なんだか不気味だぞ?」


 ……不気味? ぐふっ、痛恨の一撃。


「ふふっ、気にしないで。それにしても……昨日はごめんね」


 その言葉を聞くとアスは不思議そうな顔をした。


「一体何のことだ?」


 アスの言葉に対し一瞬で想定パターンを検索。パターンF、油断したところに必殺の一撃と判断。


「いやね、もちろん悪いことをしたと思ってるんだ。でもあれは純粋に感謝の気持ちを示したかったからで……」


「何が言いたいのかまったくわからんぞ。それよりも今日の仕込みはもう終わったのか?」


 これはどういうことだ、昨日のことが問題にされていない? アスの顔を見る限り本当に何のことを言っているかわからないといった様子。

来た、来たぞこれは。困難に対し無人の野を行くが如し。そうか、これがご都合主義というやつか。


「ああ、仕込みだったね。もう終わったからテーブルの掃除でもしてよっか」


「うむ、おかしなことを言っていないですべきことをするべきだ」


「イエッサー」








 いやー、今日の仕事は行動の一つ一つが新鮮に感じられたね。アスが不審そうな視線を向けてくるが無視。うん、今度からはもっと真摯に仕事に取り組むとしよう。

では生きていられるなら今後の活動でもしましょうかね。フォンを起動させ、ミリアにつないだ。


「もしもしミリア?」


『はいはいミリアよ。土地のことに動きがあったの?』


「もらえる土地が正式に決まったんだ。それでサンライズの土地についてジルさんに相談したいんだけど、いつごろなら来てもらえそう?」


『そうね、そういう話なら今日の夜にでも予定を空けてくれると思うわ』


 さすが商売人というべきか。


「助かるよ。料理用意して待ってるね。ではまた夜に」


 会話が終わりフォンを停止させる。うん、良い感じだ。


「どうなったのだ?」


「ジルさんが今日の夜に来てくれるんだって。だから今からはそのための準備かな」


 メニューはどうしようか。ミリアがいるから油揚げを使うのは確定として……。やっぱり肉かなぁ。

そんなことを悩んでいるとアスが何かを決心したように話しかけてきた。


「サイトウよ、今日の料理は我に作らせてくれないか?」


 さて、どうしたものか。アスには空いた時間を使って料理を教えているからそれなりにはできる。普段店に出すことはできないが、知り合いに出すぐらいならば十分だろう。


「分かった、少しは手伝わせてもらうけど任せるよ」


「うむ、任せてくれ!」


 アスはそういって胸の前で小さなこぶしを握った。重要な仕事を任されたといった様子で真剣な視線を向けてくる。なんと頼もしい。頑張ってくださいな。





「では本日のメニューはハンバーグにしたいと思います。今回は基本アスにやってもらうつもりだから頑張ってね」


「うむ!」


 こだわりのフリル付きエプロンを着たアスが元気よく頷く。その心境を表すように耳もピンと立っている。うん、やる気十分だ。

まず手を洗ってたまねぎを切ってもらう。指を曲げて包丁に注意はしているが、丸い玉ねぎをうまく切れないのはご愛嬌。トントンと切っていける俺に比べれば確かに遅いが、ゆっくり丁寧に切っていく姿は微笑ましい。


「む……むう?」


 玉ねぎが目にしみたのか手首でこしこしと目をこする。器に水を張るのを忘れていたのだ。まぁこれもまた勉強という事で。

切り終わったそれを炒め、各種材料と一緒にひき肉に混ぜてこね始めた。始めはぎこちなかったが、やって見せるとコツを理解したのかうまくこねるようになった。明日の分の仕込みもやってもらっているため結構な量なのだが、まるで問題はなさそうだ。

最後に形成だ。適当な大きさの塊を作って、ペタペタと両手でキャッチボールをする。


「我の手ではっ……何もつかむことができんのかっ……」


 この世の終わりみたいな声が聞こえてきたのでそちらを向くと、自らの小さな手を見つめているアスがいた。

言ってることは分からないが、言いたいことは理解。自分の扱える塊の小ささに愕然としたのだろう。別にそんな声を出すほど小さいわけでもないのだが。


「アス……君は一人じゃないんだ。苦しんでいるなら俺を頼ってくれ、俺が君の力になる」


「サイトウっ……!」


 感極まったような声を出しこちらを向く。そしてそのまま数秒見つめ合った。


「では食べ応えのありそうな大きいのを頼むぞ」


「りょーかい。一個作っとくから後は普通の大きさで我慢してね」


 寸劇も終え通常の態度に戻る。日本にいた頃は友達とよくしていて、最近こちらでもするようになった。どこにいようが俺は俺ということだろう。軽く笑う。

ジルさんたちが来てから焼くのでこれで一段落だ。夜までしばらく時間があるから俺は付け合せの準備をし、アスには森に木の実などを取りに行ってもらった。


 付け合せの準備をしながら考え事をする。モールのことだ。実はこの数日、彼は店のほうに顔を出していない。最後に見たのは王様と会った翌日だ。土地がもらえることになったと伝えると彼は自分のことのように喜んでくれた。そしてその日の終わりに、しばらく店を休んでもいいかと聞いてきたのだ。

彼は善意で手伝ってくれていたのだから断る理由はないがとても驚いた。彼の任された畑ではしばしば見るのでこの森にはいるのだろうが、一体どうしてしまったのだろうか。


 考えごとをしながらも手は動き、付け合せの準備を終えた。しばらくするとアスがきれいな果物らしきものを持って帰ってきた。こうしてやることがなくなり、夜までの余った時間は得意そうに森のことを説明してくれるアスの話に耳を傾けていた。









「ユウくん、おめでと~。頑張ったわね~」


「やったじゃないか。これでこっちも安心して土地が売れるってもんだよ」


 辺りが少し暗くなり始めた頃、扉を勢いよく開けて二人が入ってきた。最近あの扉の扱いが雑だと思うのだが大丈夫だろうか?


「皆に手伝ってもらったおかげですよ、ありがとうございます。とりあえずご飯用意しますんで座っててください」


 二人に座ってもらうとアスと一緒に厨房に向かった。俺は付け合せを作り、アスはハンバーグを焼き始める。コンロが少し高い位置にあるため台に乗り、ジュウジュウ音をたてるハンバーグを凝視している。フライパンを両手でしっかり握っている姿が微妙に不安を誘う。……ミリアとジルさんにあらかじめ言っとくか。





 料理もテーブルに並び皆で食事を始めた。ハンバーグの表面が少しこげてしまい悔しそうなアスだが、中まで火が通っていて十分なレベルだと思う。ミリアとジルさんもおいしそうに食べてくれ、最後にアスがとってきてくれたマンゴーみたいな味の果物を食べた。

そして食事も終わり、片付けを済ませるといよいよ土地の話に入った。


「ふーん、<ミケの丘>と<森の境>に土地がもらえたなんて王様も奮発してくれたじゃない」


「アスもそういってくれたんだけどイマイチわかんなくて……」


「行ってみれば分かるわ。楽しみにしててね」


 アスもミリアも太鼓判なことを考えると本当に良いところみたいだ。魔物が出るとは言っていたけど、これは本格的に楽しみになってきた。


「それは良いとしてサンライズの土地についても話そうじゃないか。とりあえずこれが大体の地価だから見てみな」


 そういってジルさんが羊皮紙を渡してくれた。汚さないようにそれを受けとり値段を見る。世界が止まった気がした。


「……土地ってこんな高いものなんですか?」


 キリキリと首を動かし、ジルさんに尋ねる。大体日本の中規模都市ぐらいの地価を想像していたため驚きが隠せない。サンライズって銀座にでもあるの?


「普通はこんなにしないよ。ただサンライズはある事情で馬鹿みたいに地価が高くてね。それでも良心的なほうなんだよ」


 ジルさんが苦笑しながらそう告げる。俺も何とか苦笑を返すが表情が硬いのが自分でも分かる。どうしようかと頭を抱えると再びジルさんから声がかかった。


「でもこの値段じゃサイトウはこっちにこれないだろ? あたしも心苦しくてね、いろいろ考えて解決策を思いついたのさ!」


「ほんとですか、助かります」


 地獄に女神とはまさにこのこと。ジルさん、あなたについていきます。


「エバンス商会だって土地を持っているからね。本来販売用じゃないんだけどそれを売ってあげようって話さ。たいした土地じゃないからお金は五十万フォルでいいよ」


「それなら払えます。本当にありがとうございます」


 ジルさんもうんうんと笑顔で頷いている。さすがご都合主義、今日のおれは神に愛されている。


「それでお金以外のことなんだけど、サイトウにエバンス商会の従業員になってほしいのさ。なに、働きによっては早く辞めてもらっても良いし労働条件もそれなりにしておくよ。ほら、これが契約書ね」


 そんな調子に乗っている俺にジルさんが爆弾を落とした。いや、確かにあなたについていきますとか思ってましたけど……。

とりあえずアスに内容を読んでもらう。


「うーむ、先ほどの地価を見るにこのぐらいの条件ならば妥当なのではないか?」


「別にあんたを騙すつもりはないからね、妥当な条件にしてあるつもりだよ」

 

 晴れやかな笑顔で語りかけてくるジルさん。前もってサインするだけになっている契約書が気にならないわけでもないが、条件を読んでもらうと確かに納得できる内容だったため受けることにした。


「分かりました。よろしくお願いします」


「よし、これで契約完了だ! いろいろあるだろうから急がなくても良いけど来る前に連絡しとくれよ」


 ジルさんはそういうと良い笑顔でパチンと指を鳴らした。うん、お互い有益な取引になったみたいだ。


 土地の話も終わるとミリアとジルさんは食事のお礼を言って帰っていき、アスも片づけが終わると帰っていった。


 皆が帰り静まり返った店内、寝るための支度をしながら考える。だんだんこの店を離れることが現実味を持ってきたと。別に帰って来られなくなるわけではないのだが、しばらくの間はこの店の厨房に立てないだろう。

始めはお客さんにビビッていたものだが話してみると皆さん優しく、顔なじみといえる人も増えた。当分会えなくなるのは辛い、かといってずっとこの店にいるわけにもいかない。結局皆さんに挨拶してから行くのが一番なのだろう。お客さんには来てくれたときに挨拶するとして、特にお世話になった人達とは食事会でもしたいものだ。


 今日はそんなことを考え、眠りについた。







遅れて申し訳ないです。

本編についてはあと数話でサンライズにいけそうです。

ゆっくりしたペースで進んできた気がしますがなんとかここまでこれました。

これからもよろしくお願いします。

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