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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
おいでませ、ベイビーバード
29/62

私刑(死刑)フラグが立ちました。

「こっちの準備は終わったけど、そっちの片付けは終わった?」


「終わったぞ。これで後は父上たちを待つだけだな」


 少し前までモールが手伝ってくれていたのだが、王様に会うなんて滅相もないとかいって少し早めに帰ってしまい、今は二人で準備をしている。

見上げた小市民っぷり、立場が許せばぜひ俺もそうしたいものだ。

そんなことを考えているとホールの片づけを終わらせたアスが厨房のほうに入ってきた。あらかじめ用意しておいた椅子に座り、リラックスしている様子を見るといつでも来いといった気分なのだろう。

準備も終わったのになんとなく立っている俺とはえらい違いだ。


「何をいつまでも立っておるのだ? 椅子があるのだから座ればいいだろう」


 厨房に準備してあった俺たち用のサンドイッチをつまみながらそういった。アスにとっては父親たちが来るのだから緊張する理由はないかもしれないが、俺にとっては王様との初遭遇なのだ。緊張するなというほうが無理だろう。


「王様に会うのは初めてだからね。なんとなく緊張しちゃって……」


「緊張などしていてどうする。こういうときは我のように悠然と構えておればいいのだ」


 そういって腕を組み、得意そうに笑いかけてくる。確かに正論なのだけど小市民にはそんなこと実行不可能だ。別に恥じるつもりはないが、かなり年下の女の子に言われると悔しいのもたしかなわけで。


「あれ、口元にマヨネーズがついてるよ?」


 まずはジャブを放つ。アスはそれを聞くとすごいスピードで手拭を掴むが、何かに気がついたのかやけにゆっくり口元を拭った。余裕があるように見せたいのだろうが、顔が少し赤くなっているので台無しだ。


「やっぱりアスも緊張してるんだね」


「何をいっているのだ。我が緊張などしているはずがなかろう」


 意地悪そうに笑ってみせる俺にすまし顔で答えてくる。わはははは、無駄な抵抗なのだよ。


「そうなんだ。緊張してるなら仕方ないと思ったけど、そうじゃないならもう大きいんだから口元汚したままで話してちゃ駄目だよ?」


 構えていたストレートを放つ。


「……そうだな。我も緊張しておったようだ」


 どうやらストレートが当たったみたいだ。苦笑いをしながら認めてくれた。うんうん、こんなときは緊張したって仕方ないよ。恥じることはない。


「だから緊張しているときに、とても物を食べる気持ちにならないのはよくわかるのだ。せっかくの出来立てサンドイッチを残してしまっても勿体無い。ここは我がサイトウの分も食べてやろう」


 まさかのカウンターが来た。止めようとしたが間に合わない。愛しのタマゴサンドが食べられていく。これ以上被害を出してなるものか。一人目の被害者は出てしまったが、正面から両手首を押さえ二人目の被害者を防ぐ。満面の笑みで向かい合う両者。無言の圧力が場を支配する。


「邪魔するぞ。今日はよろしくたの――」


 このタイミングでいらっしゃった王様と后様、つまりアスの両親。扉から入ってきた二人と目が合う。今彼らの目には何が映っているのだろうか、想像もしたくない。

さび付いた機械のような動作で向き直ると、九十度のお辞儀をしながらとりあえず一言。


「いらっしゃいませ」


 どうしよう、怖くて頭が上げられない。









 その後ビクビクしながら頭を上げたのだが特に怒っているような様子はなく、むしろ笑っていた。言葉が切れてしまったのは、アスはじゃれているという珍しい光景に純粋に驚いたからだという。あんなことをしていた無礼者の存在に驚いたとかじゃなくてほんとによかった。


「はじめて会うな。俺はこの森で王なんてものをしている。一族の名前についてはアスが話したようだから説明は要らないだろう、単純に王とでも呼んでくれ」


「私も后とでも呼んでくださいね」


「承知しました王様、后様。私はここで『ベイビーバード』という店をやらせていただいています、サイトウと申します。『偉大なる森に永久(とわ)の繁栄が訪れんことを』」


 そういって片膝をつき、左胸に手を当てる。先日からのスペシャルな特訓で教えてもらった作法だ。清々しいまでの付け焼刃だが、努力を認めて見逃しえてもらえると助かる。


「ちゃんと勉強しているようだな。だが今日は王として会いに来たわけではないから楽にしてくれていいぞ。むしろ普段が少しでも知りたいから楽にしてくれたほうがいいな」


「……善処します」


「父上も母上も今日はしっかり食べていってください!」


 アス、俺の緊張少しでいいからもらってくれない?





「こちらがサラダになります」


 アスに持っていってもらったのはハムとレタスのサラダ。それにかかるドレッシングは、野菜にかけるのがマヨネーズだけではさびしいと実験を繰り返し作り上げた一品だ。普段はレタスを適当にちぎってハムと一緒に適当に盛り付けるぐらいなのだが、今日に限っては上品そうに盛り付けた。うん、これは仕方ない。

そんなことを考えているとホールから声が聞こえてきた。


「これはうまい! ただ量が少し足りないな、もう一皿もらえるか?」


 あわててホールを覗くと確かに王様の前の皿は空になっていた。そんなに考え込んでいたかと不安になるが、后様の前の皿にはまだほとんど残っている事を考えるとそうでもないようだ。食うの早いよ。 


 慌てて戻ってくるアスに次は俺が渡しに行くと告げる。すぐに大き目の皿にいつものように盛り付けると、ドレッシングも持って届けに行った。


「量が足りなかったようなので今度は多めに持ってきました。このドレッシングをご自由にかけてお召し上がりください」


「悪いな。こいつの分はこのままでいいんだが、俺の分は盛り付けは気にしなくていいから多めに持ってきてくれ」


 俺が高級フランス料理に対して抱いてしまう感想と同じ様なことを言われた。――食べたことはないが。

ただこういってもらえてなんだか少し楽になった気がする。せかせかと厨房に戻ると再び料理を作り始めた。





「いや、うまかった。アスがしっかり仕事をしている姿も見えたことだし今日は満足だ」


「本当においしかったわ。またごちそうしてもらいに来るわね」


 厨房にはかなりの数の皿が積まれている。王様、食べすぎ。しかしそれだけ食べてくれたのだから、満足してくれたというのは本当だろう。「ありがとうございます」とお礼を言ってテーブルの片づけをはじめる。


「それで今日は話したいことがあるそうだが……」


 テーブルの片づけが終わったところで王様がそう切り出してきた。お茶をすすりながらこちらを見る目はすでに一人の父親でも客でもなく、王のものになっていた。そのギャップに驚きながらもアスと二人分の椅子を出し前に座った。


「今日お話したいのはこの森の土地をいただけないかということについてです。自分はある制約のために、自分の所有する土地にしか行くことができません。このままでは死ぬまでこの家から出ることができないでしょう。それを何とかするためにも、土地をいただきたいのです」


 王は表情を変えないまま黙り込むと、しばらくしてから話始めた。


「お前はアスと仲良くしてくれた人間だ。心情的には助けてやりたいが、俺の都合で土地を渡すわけにはいかんのだ」


「もちろんそれはわかっています。ここでは森に貢献したものに土地が与えられるということ。自分は森に実際に住んでいる人間として獣人と人間との関係を取り持ち、修行に来た人間と獣人が協力して魔物の警備にあたれるようにしたいと考えています」


 王は意外そうな顔をすると再び考え始めた。口が渇いてくるのにお茶にとつける気にもならない。判決を待つ被告人のような気持ちで待っていると王がゆっくりと口を開いた。


「その提案を受けるか受けないかで言えば『受けない』になる。たしかにこの森の戦士は足りていないが、人間の修行者を迎えたところで解決になるとは思えん」


 一体どういうことだ? 人間の修行者は十分戦力になるという話だったはず。


「理由を聞かせていただいても?」


「確かに人間の修行者は十分戦力になる。しかし今までの関係からしてもそう簡単に背中を合わせて戦えるようにはならないだろう。そうなると人間だけの独立部隊を作ることになるが、そのような武装集団を領内で活動させることはできない。監視を付けておくにしても、万が一のために人間たちと同じ程度の戦力は持たせておかねばならんから意味がない」


「ですが人間たちの中に信頼できる者たちも現れるのではないでしょうか」


「確かにそうかもしれん。しかしそれは監視がいたからの行動であるかもしれん。民の命がかかっている以上軽々しく判断はできんよ。その上修行者はずっとここにいるわけではあるまい。信頼できる者がいなくなればまた同じことの繰り返しではないのか?」


「父上! そこまで言わずとも!」


「静かにしなさいアスフェル。彼の言っていることには多くの命が関係してくる以上、王として言っておかなければならないの」


 王や后様の言葉を一言一言胸に刻む。まったくその通りだ。この森に住んでいる人があまりにも優しいからどうやら忘れていたらしい。――世の中はいい人ばかりではないと。

悔しいような恥ずかしいような、なんともいえない気持ちが湧き上がってきてこぶしを握る。


「そういうわけでその話には乗ることはできんな」


 そういわれてしまった。ここで今までの俺ならあきらめていたかも知れない。でも今の俺はそう簡単にはあきらめるわけにはいかないのだ。

隣で悔しそうに下を向いているアスのためにも、会議に参加してくれたみんなのためにも。


「王様は人間との交流については反対でしょうか」


「いや、交流自体については反対ではない。民を危険に晒す事が反対なのだ」


「でしたら人間との商業的な交流はどうでしょうか」


「商業についての細かいことは俺には分からん。おい、どう思う?」


 王は隣に座っている后様に話しかけた。


「なんともいえませんね。この森は基本的に閉じていますから商業的な交流ができるようになれば有益でしょう。しかし経験豊富な人間の商人に騙されないとも限りませんし、戦力の持込を禁止・制限するなら人間のためになんらかの安全対策は必要でしょう」


「商人に騙されないかという点については大丈夫かと思います。この森ですでに取引をしているジル=エバンスという商人がいます。彼女に仲介してもらえば大丈夫かと思います」


 ジルさんはすでに商人としてミリアと取引をしてるみたいだから、多少手間が増えても利益が上がるようなら問題ないはずだ。


「私もそこまで詳しいわけではないのでなんともいえませんが、実績のある人なら問題ないかも知れません。実験的に初めてみる価値は十分にあると思います」


「こいつがいうならそうなんだろう。そういう話なら乗ってもいいぞ」


 これで第一段階はクリア。想定通りとはいかなかったが結果的に問題はないだろう。さて、第二段階だ。


「ありがとうございます。そこでお願いがあります。先ほども言ったとおり自分は土地がなければ人間に会いに行くこともままなりません。この交流を成功させるためにも初めにわずかばかりの土地をいただきたいのです」


「人間の町までということか?」


「いえ、ミリアが協力してくれるそうなので、サンライズ方向に小さな飛び地でもいただければと」


「ああ、ミリアは転移系の魔法を持っているからな……」


 王しばらくの沈黙の後口を開いた。


「条件が三つある。一つに与える土地は完全に転移にしか使えないようなもので、通常と違い他の民がそこを通っても不問にすること。二つに土地の所有は名誉あるもののため、交流が実現するまで所有の事実を知らせるのは最低限にすること。三つに監視者を同行させ、その者の衣食住と安全の保証、だ」


「三つの条件すべて問題ありません。ご期待に沿えるよう頑張らせていただきたいと思います」


 椅子から立ち上がると片膝をつき、額の前で手を組み頭を下げる。これもアスに教えてもらっていた感謝を表す作法だ。本当に教えてもらってよかったと思う。この感謝を少しでも正確に伝えることができるのだから。


「期待しているぞ。それで監視者だが王族より王女アスフェルを指名する」


「ナイスアイデアね!」


「どういうことですか!?」


 ……質問をアスに取られた。俺としては一緒にいて楽しいし頼りになるアスが同行してくれるなら嬉しくて仕方がないが、王女がそんなに簡単に森から離れてもいいのだろうか。


「どうしたもこうしたも監視者は森のことを考えられて彼と仲のよい者がいい。その条件にお前はピッタリじゃないか」


 そういう王の目は、もう一人の父親のものになっていた。


「それはそうですが……いいのですか?」


「森のことは心配しなくてもいいから安心していってこい。ここで民と交流するのも悪くないが、親としてはお前に世界を見てきてほしいのだ。それにお前ならきっと彼を助けてやれる。森の未来のためにもよろしく頼むぞ」


「はい、わかりました!」


 アスはそういうと俺と同じ作法をとった。この作法が表すのは感謝。俺と同行することになってしまった訳だが、少しでも楽しみに感じてくれているなら嬉しいと思う。


「という訳でうちの娘を監視につけるからよろしく頼むぞ。少しでも広い世界を見せてやってくれ」


 王は肩に手を置いてそう言ってくれた。俺はこの人の期待にこたえることができるのだろうか。答えは分からない、ただ全力でやりたいと思う。俺は姿勢を正し「はい」と答える。

そうしているとなぜか肩に置かれた手に力が篭ってきた。


「じゃあ条件、特に(・・)三番目の条件を守って頑張ってくれ。守ってくれなければお互いにとって大きな不幸が起きるだろうからね。サイトウ=ユウくん(・・・・・・・・・)


 アスのとは比べ物にならない笑顔のプレッシャーを受け、コクコク頷くことしかできない。本能が告げている、三番目の条件だけは命に変えても守れと。比喩的な意味ではなく。


「よしよし、じゃあ期待してるぞ。渡す土地については後日伝えるから、それまでに引継ぎでもしておいてくれ。その店はしっかり存続させるんだぞ」


 そういうと王様と后様は帰っていった。森の中に消えていく二人の姿を見ていると、どうしようもない感謝の念が再び沸いてきた。こんな俺の話を受けてくれてありがとうございます。アスを同行させてくれてありがとうございます。

気がついたら俺は普通に頭を下げていた。どうやら付け焼刃ではなく、体に染み付いた感謝の作法が出たらしい。

二人が見えなくなったとアスに教えてもらうと数秒後頭を上げ、扉を閉めて後片付けを始めた。





「ところで一緒に帰ってもよかったのに何で残ってくれたの?」


「我はここの従業員なのだぞ。後片付けもせずに帰るものか」


 どうやらうちの従業員さんはとてもよい従業員さんらしい。


「……今からご飯作るんだけど食べてく?」


「ぜひいただこう!」


 アスの大好物のハンバーグを焼きテーブルへ向かうと彼女はいそいそとパンを準備しており、俺がお茶を持って行くと食器を揃えていた。二人そろって椅子に座り、二人そろって料理を食べはじめる。こんなほんわかした空気が移動先でも味わえるであろうことに感謝。

アス、これからもよろしくね。


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