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むりやり自宅警備員  作者: 白かぼちゃ
おいでませ、ベイビーバード
26/62

踏まれても蹴られはしませんでした。

たくさんの評価や感想ありがとうございます!

テンションが上がったので少し早いです。

その割には今回しっとりしてるんですけどねー。

 本格的にソースを売り始めて数日が過ぎた。

今の状態を一言で表すと、「余は満足じゃ」がぴったりだ。


 売り物の数が足りず反省したあの日、三人で相談してマヨネーズも作ることにした。アス曰く「草食のものたちのためにも販売を始めるべきだ」とのこと。なんてきめ細かな気配りだろう。ちなみにアスはマヨネーズが大好物だ。


 こうして本格的に販売し始めたソースとマヨネーズは爆発的に売れた。来てくれたお客さんのほとんどが買っていってくれ、早くもリピーターまで現れ始めた。販売の相乗効果で売り上げもうなぎのぼり。お客さんが飽きないように違う味のソースを作る計画も立て始め、『ベイビーバード』は商売として完全に軌道に乗ったといえるだろう。


 ――しかし人生甘いばかりではないのだ。


 それは昼食のピークも終わり一息ついている最中のモールの言葉だった。


「サイトウさん、リンゴのことなんですけどお話があります」


 いつもは明るく元気なモールの声が信じられないぐらいに沈んでいた。それだけでも悪いことが起きたと判断できる。しかも俺が外に出るための鍵となるリンゴについて。自分でもはっきりわかるほど顔が引きつった。


「どうしたの?」


 聞かなければいけないけど聞きたくない。

そんな気持ちを雄弁に語るように大きな間が空いてしまう。

それを察したのかうつむいていたモールがさらに小さくなり、細々と語った。


「植えたリンゴなんですけど、その……実がならないんです。なにかまずかったのかと思って森に自生しているリンゴを親分に手伝ってもらってここと同じように育ててみたんですけどそっちは問題なく実がなりました。……正直に言って原因がわかりません」


 ぽつりぽつりとつぶやかれる言葉は俺に十分な衝撃を与えた。

土地を手に入れなければ外に出ることのできないのに、その土地を手に入れようと思っていた手段が断たれたのだ。農作業なんてろくにしたこともない素人だ。こうなることは可能性のひとつとして考えてはいたが実際なってみると――つらい。


「そっか……でもそれじゃ給料なくなっちゃうよね。さすがに申し訳ないから料理との引換券でも渡すよ」


「サイトウさん……」


「サイトウ……」

 

 大丈夫だから。俺結構打たれ強いから。別の手段で土地を手に入れればいいから。


「二人ともどうしたのそんな落ち込んで。リンゴはだめになったけど、別の手段で土地を手に入れることにするよ。ほら、王様に貢献すればいいって話だったからお金をためて王様に渡してもいいし。だからそんなに暗くならないで」


 二人が悲しんでくれているのを見ると微かに嬉しいと思ってしまう。

会って間もない俺なんかのために悲しんでくれることへの嬉しさだ。――とは言え二人には笑っていて欲しいんだけどね。


「……サイトウよ、王族としていっておかねばならぬことがある。おぬしがいくら金を渡してくれてもこの森の土地を渡すことはできん」


「ど、どういうこと?」


「王の使命は森を繁栄させること。すなわち王への貢献とは森にとって有益なことをするということなのだ。王が資金不足で森を繁栄させられないときならまだしも、そうでなければ渡したところで森の利益にはつながらん」


「な、ならソースをもっと広めればいいし……そうだ、調理の文化を根付かせてもいい」


「ソースは材料がこの森では手に入らぬし、サイトウがいなくなればそれまでだろう。一時的に貢献しているとは言え、ソースがなくなった後の影響を考えれば土地を渡すことができるほどではない。

調理にしても根本的に材料や道具の少ないこの森ではできることが限られる上、最低限の調理はすでに広まっている以上厳しいというしかないだろう……」


 絶句するしかない。他に一体なにができるというのだ。外の世界はそんなにも遠いというのか。


「すまん、土地については王の仕事ゆえ王女の我が口出しするわけにはいかんだ。こんなときに助けることができずして何が王族なものか……!」


 スカートを掴む両手は硬く握られ、肩は小刻みに震えている。うつむいてしまった顔はどんな表情をしているのだろうか。


 アスには何の責任もない。リンゴの栽培について何も知らなかった俺が悪いんじゃないか。お願いだから顔を上げてくれ。そんなに自分を責めないでくれ。


「アス……」


 そんな気持ちをこめて伸ばした手がアスに触れることはなかった。

もう少しで触れるかという瞬間、アスは駆け出し大きな音を立てドアからでていったのだ。

いつも几帳面なはずのアスが出て行った扉は開いたままで、一顧だにせず走り去っていく後姿がよく見えた。


 沈痛な表情で黙っているモールの横を通り扉にむかう。そしてアスが消えていった森を見つめ、扉を閉じた。


「最低だな、俺」


 そう言う他ない。


「そんなことないですよ! リンゴ育てるのだって初めてだって言ってたじゃないですか! それに俺、サイトウさんががんばってるのいつも見てました。だから自分のこと最低だなんて言わないでください!」


 そんなやさしい言葉をかけてもらっているのに全力で否定してしまいたくなる。

そんなこと関係ないんだ、俺はあんな小さなアスを追い詰めてしまったんだ、と。


「ありがとね」


 そう一言を返すだけで精一杯だ。果たして今の俺は笑いかけることができているのだろうか?

そんな俺の心境を察したのだろう。曖昧な表情を浮かべてモールも黙ってしまった。










 静かな店内に後片付けの音だけがやけに大きく響く。

普段よりはるかに長く時間をかけた後片付けもとうとう終わってしまった。


 仕方がないか……。

これ以上引き止めるわけにも行かないので一人欠けたまま解散した。

帰るときもモールは励ましてくれたが曖昧な返事をすることしかできなかった。


 モールが帰った後もなにもやる気が出ず、無気力に椅子に座っていたとき――――彼女は帰ってきた。


 大きな音をたてて扉を開き入ってくると、勢いよく俺の前の机にかごを置いた。いつもきれいな服はところどころほつれており、あちこち汚れている。

そしてアスは呆けている俺をよそ目に次々とかごの中身を出し始めた。


「これはヒメゲショウといってこの時期に咲く花の中で我が一番気に入っている花だ。これはポルの実で前食べたものの日に干す前のものだな。これは――」


「ちょ、ちょっと待ってよ。一体どうしたのさ?」


 訳がわからない。アスは俺のせいで出て行ってしまったはずだ。それなのにこの状況はいったいなんなんだ?


 そんな俺にアスは答えた。


「サイトウよ、たしかに我は王族としては無力でなにもしてやることはできん。しかし友としては無力でないのだ。外に出たいのならば共に考え案をだそう、時間がかかるならば外の物を持ってきて楽しませよう。だからあきらめるな――我はそんなおぬしなど見たくないぞ?」


 そういって笑うアスの顔はお世辞にもきれいとはいえない。目の周りは赤く、ところどころ汚れている。


 しかし、それでも――美しかった。


 そこにいたのは真の王族。年齢など関係ない気高き存在。

――ああ、俺なんかじゃとても追い詰めることなんてできやしなかったんだ。


 だんだん視界が悪くなってきてろくに前も見えなくなってきた。


「まったく、わがままな王女様だ。俺に自由意志はないんですか?」


「うむ、あるわけなかろう」


 根拠もないのにアスと一緒ならなんとかなるんじゃないかと思ってしまうあたり、目だけじゃなく脳みそも正常に機能していないのだろう。


 二人で顔を見合わせ笑い合う。今度はしっかり笑えた気がした。








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