なんでも中身が重要ですって。
「それにしても王女様、思ったよりしっかり働いてるじゃねえか」
「当然であろう我を誰だと思っておる」
「王女様だと思ってるから言うんじゃない」
お客さんもまばらになった店内、厨房で一休みしているとそんな声が聞こえてきた。
アスは森の人たちと仲がいい。混んでいるときは一声かけられるぐらいだが、すいてくるとよくこうして話をしている。今日はアルマジロの夫婦と思しき人たちだ。
「なあ、あんたもそう思うだろ?」
聞き耳を立てているのも悪いと思い片付けに集中していたのだが、声をかけられ何かと思い声のしたほうを向く。面白そうにしているお客さんと「当然違うであろう?」とばかりの表情のアスがこちらを向いていた。
「すいません、何のお話でしたか?」
「王女様の話だよ。最近やけに楽しそうにしてると思わないか?」
そう聞かれてもアスに会ったのが最近の俺としてはなんともいえない。ただここで働いているのが辛くないようならそれはなんとも嬉しい話だ。
「最近会ったばかりなのでなんとも……。ですけど俺の知っている限りではいつも楽しそうですよ」
「そうなのか? 前に森で見かけた時より楽しそうに見えたんだが気のせいだったか」
「分かったであろう、我はいつもどおりなのだ」
「あらあら、そうだったの」
おかしいなとばかりに頭をかいている旦那さんとは対照的に、何かわかったとばかりに笑みを深める奥さん。アスが軽くにらんでいるがまるでどこ吹く風だ。
「じゃあそろそろ帰るか。また来るぜ」
「ありがとうございました。またよろしくお願いしますね」
「さっさとその節穴の目を治してまた来るがよい」
「あの人もこれぐらい分かってもいいと思うのだけどねえ」
後ろ姿に手を振り上げて「何が分かるのだ何が!」といっているアスをなだめようとしてみたが、なぜかこちらにも飛び火してきた。……俺には鎮火できそうにない。
「と、ところで今日何を食べたい? 好きなもの作るよ」
火が消えないなら逃げるしかない。三十六計逃げるにしかずとはよく言ったものだ。
「……ハンバーグがよい。二つで許してやろう」
なんだか賠償金を請求されているみたいだ。なんとなく理不尽な気がしないでもないが、
「ありがたき幸せでございます」
王女様の御心のままに、ってことで。
「よう、約束どおり来たぜ」
「グランさん、ありがとうございます」
ちわーっすとばかりに頭を下げているモグラたちを引き連れての登場だ。
その中でくりくりした目のモグラが一人、前に出てきた。
「こいつはモールってんだ。今回の仕事は基本こいつにやってもらうつもりだからよろしくしてやってくれ」
「自分モールって言います。ここの料理食わせてもらったんですけど感動しました! お手伝いさせていただけるならと志願してきましたんで仕事があればどんどん言ってください。よろしくお願いします!」
「すごくうれしいよ。こちらこそよろしくお願いね」
彼の勢いに少々押されながらも笑って答える。きらきら輝くような彼の目は少々まぶしいけど、熱意のある人は大歓迎だ。――これはがんばって料理作らないとな。
「それで具体的にはどんな風に計画してるんだ?」
みなさんに椅子に座ってもらいお茶を出すとグランさんがそう切り出してきた。
「とっておいたリンゴの種をこの店の裏にでも植えてもらおうかなと思ってます。指示を出すとは言ったんですけど育てるのは初めてなので一緒に考えてもらえると嬉しいです。数は前回グランさんに言っていただいたように50本、報酬は収穫の半分です」
「おし、わかった。じゃあ早速取り掛かるぜ。おいお前ら、仕事だ!」
外に出るとそのまま店の裏手に回った。みんなが柵の外にすたすた出て行くのを見るとなんともいえない気分になるが、アスは外に行かず柵の中にいてくれた。
――ありがとう。感謝をこめて頭をなでると「しっかり撫でるがよい」と笑いながら返してくれた。
「よしお前ら、ここ一帯の土を耕すぞ!」
おおっ、という勇ましい掛け声とともにモグラたちはいっせいに土の中に潜る。するとすぐに土が盛り上がってすごいスピードで動き始めた。
盛り上がりが縦横無尽に動き回るとあっという間にあたり一面の土が耕されてしまった。さすがモグラと感心するばかりだ。
「じゃあ種を渡してくれ」
いつの間にか隣にいたグランさんに言われるまま、数えておいた50個の種を渡した。
「おいお前ら、これを植えて土かぶせとけ」
種を渡すとグランさんは首を回し、軽く深呼吸すると目を閉じた。
しばらくしてモグラたちの「終わりましたー」と言う声を聞くとスッと目を開けた。
「これを使うのは久しぶりだな――――魔法発動!」
発動と同時に地面に手をつくとそのまま止まってしまった。しばらくシンとした空気が流れ、いたたまれずグランさんに声をかけようとしたときに変化は起きた。
――種を植えた場所からピョコっと芽がでてきたのだ。
「よし、うまくいったみたいだな」
「すごいではないか!」
「ほんとうですよ。一体どんな魔法なんですか?」
驚いたというほかない。今植えた種がもう芽を出したのだ。
「俺の魔法は大地の力を借りることができるんだ。それで植物の成長にちょいと力を貸してもらったというわけさ」
「なるほどな、まさにグランらしい魔法ではないか。魔法名はなんと言うのだ?」
「…………大地母神」
「え、えっと……」
「言うな。何も言わないでくれ」
グランさんはそう言って後ろを向き、天を仰いだ。いつもは頼りになる大きな背中が少し小さく見えたのは気のせいではないだろう。
薄暗くなってきた空に一番星がきらりと光った。
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