折れたヒール
クローイ・ターナー(21)
ヴィクター・レイノルズ(24)
ローラ・バートレット(18)
美しい令嬢たちの首元は美しい宝石で彩られている。
クローイの首元にあるものとは違う、真新しく、華やかなアクセサリーだ。ここ数年、婚約者や恋人から首飾りを贈ってもらうのが流行っていて、特に夜会やサロン、劇場などで誰もがその素晴らしいプレゼントを身につけていた。
公爵家の邸宅にある広間はクローイよりいくつか下の年齢の令嬢や令息が多かった。公爵夫人が気まぐれに開く夜会は様々な人たちの交流の場だ。当然新しい出会いや縁もあり、決まった相手がいなかったり意中の相手がいたりする若者たちはいつだって招待状を手に入れたがった。
クローイは父と共に参加していたが、その父が知り合いにあいさつに行ってしまったため、今はこうして壁の花を務めていた。彼女の知り合いはいない――いや、実際にはいないわけではない。ただ、まだ姿を見かけていなかった。いくつか年下の――特に令嬢たちが、ちらちらとクローイに視線を向けている。その視線に含まれる感情がいいものではないことを彼女は知っていた。この頃は、どこに行ってもそうだった。
ヴィクター・レイノルズがこの場にいたら、この視線も気にならないのだろうか?
いや、きっともっと居心地が悪いことになっていただろう。黒い髪と緑色の瞳を持つ彼は、背が高くハンサムで、内面の穏やかさそのままの雰囲気をいつもまとっていた。父親と共に商会を営み成功している資産家で、子爵家の嫡男でもあった。子爵家と言っても彼の父親は公爵家出身で、その爵位は元々公爵家が持っていたものだ。そういう点まで含め、年の近い未婚の令嬢たちにとって彼は一番の“優良物件”だった。
何もかもクローイと正反対だ。
容姿は平凡で、家は資産家でも何でもない。父は議会に席を持っているし、小さい領地もあるが、他に何か仕事をしているわけではない。そのため、クローイと妹の結婚の支度金を十分に用意できるか不安があった。当然、年頃になっても彼女に婚約の話は一つも来なかった。
妹や、まだ幼い弟のことを考えるとクローイは働きに出たかった。が、特別秀でたところがない彼女ができる仕事など限られている。いや、貴族の女性の仕事はほとんど自分より若い令嬢の家庭教師だったり、話し相手だったり……もっと年齢を重ねれば、付添人だったり、そのくらいだ。どれもこれも供給過多で、よほど伝手がなければ難しい。
あの時、ヒールが折れなければ――
「まあ、ご覧になって」
明らかにこちらを刺そうと向けられた声音に、クローイは思考の渦から浮上した。ちらりと辺りをうかがえば、少し離れたところに数人の令嬢たちが固まっておしゃべりをしている。
「随分とさみしい首元ですこと。贈り物をされることもないのかしら?」
「ご自分で用意したくても、難しいのでしょう――それにしてもひと昔前のデザインではなくて?」
「いっそ何もない方が見栄えがよさそうね」
「そんな風に言うものではないわ」
令嬢たちの中心にいた一人がたしなめるようにそう言った。が、その口調は必ずしも言葉通りの響きを持っているわけではなかった。
「誰にでも事情というものはあるのですから」
その首元には三連のネックレスが輝いてる。クローイの首元をとりあえずといった風に飾っている一連のシンプルなものとは大違いだ。
色味こそ少しくすんだ金色だが、その色合いがかえって彼女の髪の色とネックレスの美しい宝石たちを引き立てていた。大きな緑色の石は、この夜会の令嬢たちが身につけているものの中では最も華やかなものだろう。まるでヴィクターの瞳の色のような美しい緑色だ――。
ローラ・バートレットは金髪と青い瞳、バラ色の頬に華奢な体、最近の社交界では際立った美しさを持つ令嬢で、社交の場に現れると多くの人の目を奪った。家も裕福で、いつも新しいドレスとアクセサリーを身につけている。今晩もその輝くばかりの美しさは令息たちの視線を集めていた。が、そんな彼女がヴィクターに想いを寄せていることは有名な話だった。
彼女がつけているネックレスは、おそらく自分で選んだものなのだろう。常に注目の的である彼女は最近こういう社交の場に現れるたび、似たような色合いの首飾りを身につけている。それがヴィクターへのアピールだということは誰の目から見ても明らかだった。彼女に憧れる令嬢たちがそれを真似してそれぞれ想い人の色合いの首飾りを身につけるようになりつつあるくらいだ。
流行とはこうやって作られるのだろう――クローイはとてもできない芸当だ。かと言って、流行に乗ることもうまくできない。それでもできるだけ早く流行りに気づけるよう最近は気をはっているのは、それがきっと何かの役に立つような気がするからだ。
あの時ヒールが折れなければこんな風に考えることもなかっただろう。
***
気分転換にと大叔母に誘われて、母と共に劇場へ行った時のことだった。
気分転換と言っても大叔母がもし知り合いと出くわしたらクローイを紹介しようと考えているのは明白で、劇自体は楽しめたがほんの少しうんざりとした気持ちを抱え、母から帰りの馬車を呼んでくるように言いつけられた時はほっとしたものだった。きっと母も大叔母のおしゃべりの相手をずっとしていて、同じ気持ちになっていたのだろう。
ロビーに降りる大階段は人であふれかえっていた。知り合いに出会ったのだろう、立ち止まっておしゃべりに花を咲かす人も多く、迷惑そうな顔をする人ともすれ違う。その合間を縫ってクローイは階段を降りようとした。
誰もが華やかな装いで、クローイのように流行遅れでお世辞にも似合うと言えないような衣装を着ている人はいない。特にスカートに隠れている靴にいたっては、絶対に足元が見えないように気をつけて歩く必要があるほどだった。とはいえ、今日はこれでも少しはマシで――大叔母が口を出してきてクローイの衣装を用意したからだ――見ようによっては古風にも見えなくはなかった。
しかしたとえば少し前を行く老婦人はほとんど黒に近い紺色のドレスを身にまとっていたが、本当の意味で古風で品があり、こういう華やかな場でも決して地味にはならない。誰だってああいうドレスを一つは持っていたいだろう。少なくとも、クローイはそう思った。
その老婦人の体が階段の途中で傾いたのが目に入った時、考えるより先に体が動いていた。
足を踏み外した老婦人の細い体をしっかりと受け止め、自分も落ちないように足にグッと力をこめたのと同時に届いたあまり聞きなれない音に、クローイは「あっ」とこぼれそうになった声をなんとか飲み込んだ。
階段に座り込むように崩れ落ち、それでも老婦人が転落するのを防げたことにほっと息を吐いた。周りの悲鳴をどこか遠くに聞きながら顔をあげた彼女の視界に、美しい緑色が飛び込んできた。
「大丈夫ですか?」
この場にいる誰よりも早く我に返った青年は、すぐにクローイと老婦人の元へ駆け寄ってくれていた。クローイは静かにうなずいた。老婦人はすっかり青ざめ、呆然としている。ケガはないようだが、医者に診せた方がいいだろう。
「わたくしは大丈夫です。それよりこちらのご婦人をお願いできますか? ケガはないようですけれど、どこか打ち付けているかもしれませんし……」
青年はうなずいてすぐに人を呼んでくれた。別の場所にいた老婦人の同行者も慌てて駆け付け、あっという間にクローイだけが階段に取り残された。慎重に立ち上がり、ドレスのスカートを片手で直した。誰にも靴を見られていないといいけれど……。
「あなたにはケガはありませんか?」
不意に声をかけられてハッとして振り返ると、先ほどの青年がまだその場に立っていた。緑色の瞳が気づかわしげにクローイを見つめている。
「は、はい。あの……ありがとうございます。人を呼んでくださって」
「お礼を言われるほどのことはしていません」
青年は困ったように眉を下げた。
「ましてやあなたに――私はあなたのように咄嗟に動けませんでした」
「そんな……わたくしは、ただ……その、体が気づいたら動いていただけです」
賞賛の熱のこもった声に、クローイはまごついた。うつむいた彼女の視界に、磨かれた靴が入り込む。自身の足元を思えば恥ずかしさにもう二度と顔を上げられないような気持ちになった。
「本当にケガはありませんか?」
青年は再度たずねた。
「はい」
「お連れの方は? お呼びしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。母に馬車を呼んでおくように言われてちょうど入口に向かうところでしたから」
青年はクローイの家名をたずねると、彼女がそれ以外を口にする前に劇場の者に馬車を呼びに向かわせた。
「入口までエスコートさせてください」
「お気持ちは、うれしいのですが……」
「足をくじいているのではないですか?」
「えっ?」
「あなたの立ち方が少しぎこちなかったので、ムリをなさっているのではないかと」
これでは本当に顔を上げられない。きっと耳まで赤くなっているだろう。「ご令嬢?」と問いかける心配そうな声がまたクローイの羞恥をいっそう煽った。さっき直したばかりのドレスのスカートを思わずぎゅっと握りしめる。大叔母が選んだそれは流行遅れだったのをなんとか見られるようにしたものだったけれど、誰もが着飾る劇場の中ではどうしたって見劣りをする。真新しい、流行りのデザインの衣装を身にまとった相手がこうして目の前にいると特に――。
「本当に、ケガはしていないのです……ただ、その……ヒールが片方、折れてしまって……」
ほとんどしぼりだすような小さな声でクローイはそう告げた。ひどくみじめな気持ちだった。青年が息をのむ音が聞こえ、しかしすぐにその手がクローイへと差し出された。
「それならなおさら、助けが必要でしょう」
穏やかに彼は言った。
「大丈夫ですよ」
そっと視線を上げると、彼はやわらかく微笑んでいた。どうしたらいいか迷っている内に「さあ」とうながされ、クローイはおそるおそる自分の手を差し出された手に重ねた。
それがヴィクター・レイノルズとのはじめての出会いだった。
***
「ローラ様のネックレスは本当に素敵ですわ」
はしゃいだ声にクローイは過去への光景からふと我に返った。ローラの友人たちはすっかり盛り上がり、その中心でローラは優雅に微笑んでいる。
「いつも素敵なものを身につけてらして、本当にうらやましい」
「でも今日のものは、家にあったものなのですよ。このドレスに合うデザインが見つからなくてお母様に相談したら、こちらを貸してくださったの」
「とてもよくお似合いですわ。色合いが特に素敵ですもの」
「本当に、ローラ様ほどこのお色が似合う方はいらっしゃいませんわ」
令嬢たちはローラを褒めながらもその合間にクローイを下げることを忘れないようだったが、クローイは直接言われない限りそれに反応しないようにしていた。最近はそんなことばかりでキリがないからだ。
通りかかった給仕からグラスを受け取る。水面に映るクローイの表情は、ゆらゆらと揺れていてもどこか冴えない顔をしているのがよくわかった。自分のこの、どっちつかずの赤茶色の髪も灰色の瞳も、特別人を惹きつけるようなものではない。顔立ちだってそうだ。髪の手入れや肌の手入れなどは気にかけているけれど、世の中の令嬢たちはみんなそうしている。むしろクローイよりもよほど気を遣っているだろう。
グラスに口を付け、さすがにいつまでも令嬢たちのひそひそ声をこうして聞いているわけにはいかないとクローイは場所を移動することにした。とはいえ、あいさつを終えた父たちが見つけづらい場所にいるわけにはいかない。
夜会はまだはじまったばかりで、広間ではあの令嬢たちと同じようにあちこちに人が集まりあいさつを交わしたりおしゃべりに興じたりしている。広間の四方の壁の一つは庭園に面した掃き出し窓になっており、よく手入れされた植木が西から注がれるオレンジ色の光りを湛えていた。その光りは一方で広間の照明をどこかぼんやりとさせ、一日を終えたばかりに感じる疲れと退屈に似た雰囲気をこの広間に生み出していた。
それともそれは自分だけが感じるものだろうか? 磨かれた寄木細工の床をヒールが高い音を鳴らしたのにクローイはハッとした。父はどこにいるのだろう? 周囲を見渡したがそれらしく人影はない。一服しに行ったのだろうか? いや、もしそうなれば喫煙室に行く前にクローイに声をかけただろう。一度広間から出てみようかと踵を返したクローイの耳に、また床の鳴る音が聞こえた。クローイのヒールの音ではない。質のいい革靴の踵が鳴らした音だった。
「クローイ」
「まあ、ヴィクター」
颯爽とクローイに歩み寄ったヴィクター・レイノルズは、ごく当たり前に彼女の手を取って白いレースの手袋に包まれたそれにあいさつの口づけを落とした。
「似合ってるね」
「誰にでも似合うと思いますよ」
手袋のことを言っているのだと気づいてクローイは小さくそう答えた。繊細なレースの手袋はたしかに素敵な品だったが、正直なところクローイはあまり自分に似合っていないような気がしていた。少なくとも今日の衣装――流行遅れの野暮ったい青色のドレスに合わせるには洗練されすぎている。
「早かったのですね。もう少し遅くなると思っていました」
話題を変えようとクローイはさりげなくヴィクターから自分の手を取り戻し、持っていたグラスを通りかかった給仕に渡した。
「思ったより仕事が早く片付いて、こちらに来ることができたんだ。お父上は? あいさつをしたいんだが」
「お父様は知り合いの方にあいさつに行ってしまって……捜していたのですが」
「一服しに行ったのだろうか?」
「それなら声をかけてくれると思うのです」
「たしかに。捜しに行こうか? あいさつが済んだら、二人だけで少し話したいのだけれど」
少し緊張を顔色に乗せてそう言うヴィクターに首を傾げながら、「かまいませんが」とクローイは答えた。差し出された手に視線を向ける。先ほどは彼の方からクローイの手を取ったが、今度はクローイから彼の手に自らの手を重ねなければならない。その一瞬のためらいの間に、また別の――いくつかのヒールの音が床を鳴らした。
「まあ、レイノルズ卿。こちらでお会いできるなんて――」
ヴィクターがいることに気がついたローラたちがまるで偶然通りかかったという風に寄ってきて、彼に声をかけた。頬を染め、華やかな笑みを浮かべながらも品のある雰囲気を損なわないローラの姿はとても魅力的だろう。ヴィクターは微笑んで「いい夜ですね」とありふれたあいさつを口にした。
「最近はお忙しかったのですか? あまりお見かけしなかったのでさみしかったですわ」
「ええ、最近は国外にも足を運んでいましたから」
「何か商会で新しい品物を取り扱うのですか?」
「そういうわけではないのですが……近隣国の流行などに直に触れておくと何かと役に立ちますからね」
ヴィクターはそう言いながら、その光景から視線をそらして庭園を眺めているクローイにほとんど無意識に視線を向けた。
「ぜひお話をうかがいたいわ。近隣国の流行に、とても興味がありますもの」
「ええ、特に隣国は宝石の加工に力を入れていると聞いてますわ。レイノルズ卿の商会で取り扱っている宝飾品もこの国では珍しいデザインのものが多くて――」
「そういえば! ローラ様のネックレスもレイノルズ卿の商会で購入されたものなのでしょう?」
「そうなのですか? 見覚えのないデザインですが……」
「……ええ、とても満足のいく品物を見つけられて――色合いが特に気に入っておりますの」
「それはよかった。ありがとうございます」
「よろしければわたくしたちとご一緒いたしませんか? もっと詳しくお話を聞かせていただけません?」
「申し訳ありませんが」
そう言いながら浮かべた笑顔は惚れ惚れするような笑みだった。クローイの母曰く、“完璧な愛想笑い”だ。そうとは覚らせず、親しみがあり、向けられた相手は簡単に気を許してしまう――そういう笑みだった。
目の前の令嬢たちは、その笑顔が心からのものであると信じてやまないのだろう。自分たちに向けられた、特別なものだと。クローイだって彼女たちと同じ立場だったらそう思っていたと思う。幸いと言っていいのか、あまりにもバカにしたり憐れんだりする視線にさらされる時間が多すぎて、最初の頃だって彼が自分に愛想よく親切にしてくれるたびなんだか詐欺にでもあっているような気分になったものだ。
ヴィクターに対してそれを口にしたことはなかったが、クローイのよそよそしい態度に彼は気づいていたと思う。最近になって「君は最初の頃、随分と壁を作っていたから」と苦笑いと共に話されて、そういうこともあったなとクローイは思い出した。
「今日はプライベートで来ているのです。もし何かご用がありましたら、改めて商会の方で場を設けますが……」
「えっ」
思わずと言った様子で声を上げたのはローラだったのか、それとも他の令嬢たちだったのか――ヴィクターが声をかけられた時点でさりげなく視線をそらしたクローイにはわからない。ここはちょうど庭園に出られる窓がすぐ傍にあり、外の風景に気を取られているように見せかけられる。夜会がはじまった時はオレンジ色に包まれていた風景も、美しい菫色から藍色へとまとっている色を変化させつつあった。
「それに国外への旅行も個人的なものだったのでお聞かせするようなことはありませんよ」
ヴィクターの視線が向けられていることに庭園から視線を戻したクローイはやっと気がついた。
「商会でお待ちしております――行こうか、クローイ」
信じられないと言った様子で立ちすくむ令嬢たちにヴィクターは義務的にそう告げた。差し出されたその腕に、何が何だかわからないままクローイは己の手を添えた。多少失礼ではあったかもしれないがもう何も言うことはないとばかりに一瞥しただけで踵を返す彼に連れられ――一応、会釈をしたがそれが彼女たちの視界に入ったかはわからない――クローイはその場を後にしたのだった。
知人と談笑をしていたクローイの父にあいさつをした後、ヴィクターに連れられてやって来たのは公爵家が休憩のために用意した一室で、主にこの家の親戚が利用しているらしい。やわらかなクッションが置かれた座り心地のいい肘掛け椅子や長椅子がローテーブルの周囲に置かれ、大きな暖炉の装飾棚にはいくつかの真鍮でできた彫刻の小鳥たちが季節の花と一緒に並んでいた。そのすぐ上の壁には公爵領の風景画が飾られている――若草色の林の向こうに、おそらく公爵家の領地の屋敷が描かれていた。
控えていた使用人がすぐに飲み物を用意し、ローテーブルの上に並べた。ヴィクターに促されるまま長椅子に並んで腰を下ろすと、彼の従者が一つの箱を運んできた。
「これを」
美しい緑色の瞳に緊張の色を浮かべながらヴィクターがその箱を開けると、繊細なレースと落ち着いた色合いの宝石が美しいチョーカータイプの首飾りが入っていた。彼の故郷であるアルスティユーのレース編みは有名で、この国の女性なら身分を問わず一度は憧れる品だった。目の前のそれも白一色のようにみえて色味の違う糸を何種類か使い、アルスティユーの草木を活き活きと表していた。丸っこい小さな葉が連なったひし形の花弁を持つ植物をクローイは彼の故郷で見たことがあった。
小さな透明の――おそらくダイヤモンドだろう――石に縁どられた中央の宝石は深い藍色で、そこから縁取りと同じダイヤがゆるやかな曲線を描きながら橋渡しになって、水滴が落ちるかのように二つ宝石が連なっていた。
「素敵な品ですね」
クローイがそう素直にそう感想を告げると、ヴィクターは眉を下げた。
「君につけてほしいんだ」
「わたしに? もっとふさわしい方がいらっしゃるのでは? 広告塔になってくれそうな――」
「商品の見本ではなくて、君への贈り物だよ」
苦笑いをするヴィクターを、クローイはぽかんと見上げた。こんな贈り物をされる理由が見つからない。花やお菓子などのちょっとした贈り物ならともかく、どう見ても高価で、気軽に受け取れそうにないものなんて。
「恋人や婚約者から首飾りを贈ってもらうことが流行っているんだろう?」
「え、ええ」
「実は最近まで知らなかったんだ……」
「首飾りが流行っていることは知っていたんだけれど」とつづけた声には気まずさと照れが混ざっていた。
「流行をきちんと把握しておけと父には叱られたし、母も――その、君が他の令嬢たちにいろいろ言われていると聞いて……」
「気に病まないでください、ヴィクター。わたしはあまりそういったことを気にしない質なんです」
ヴィクターと知り合う以前からクローイはどちらかと言えば嘲笑される側だった。結婚相手か就職先を探すのにあちこち連れまわされてはいたが毎回ドレスやそれなりの外出着を新調するわけにもいかず、着回しも多かった。それだけで令嬢たちのおしゃべりのネタになってしまうのだ。十代の内は落ち込んだこともあったが、今はもう一々気にしなくなった。気にしたところで現状が変わるわけではなかったからだ。
「君はそう言うけど、僕は気になるよ。大切な人がちょっとでも陰口を言われるなんて――しかも僕の至らなさのせいで……僕がつけてもいいかい?」
ヴィクターはクローイがうなずいたのを確かめてからやさしい手つきでクローイの首元にあった首飾りを外し、それを空いた箱の中へとしまった。安物だろうとなんだろうと、ヴィクターはクローイの持ち物をまるで宝物のように丁寧に扱ってくれる。彼のそういうところをクローイは愛していた。
新しい首飾りを同じくらいやさしい手つきでクローイの首元に飾ると、流行遅れのデザインのドレスが突然、あの日老婦人が着ていたような品のいい古風なものに変わったように見えた。
「よかった。よく似合っているよ」
「ありがとうございます……もしかして、随分考えてくれたのですか? 旅行もこのために?」
満足そうなヴィクターはそのクローイの問いかけにはっきりとした返事をしなかったけれど、きっとそうなのだろう。もしかしたら、本当に一から新しく作ったのかもしれない。このデザインの首飾りは見たことがなかった。レースは彼の故郷であるアルスティユーのものだから、既存のものならわかるはずだ。
「広間に行ったら、この家の人たちにあいさつをする前に一曲踊ってくれるかい?」
「先にあいさつをした方がいいのでは?」
「君を紹介したら、きっと捕まってしまうよ……強引だし、ここの女性たちは君とおしゃべりしたがってるんだ。そうじゃなかったらこの招待は受けなかった――もう少し落ち着いた年齢層の集まりならともかく」
ヴィクターは親しい人の前でしか見せないうんざりとした表情を浮かべた。
「いや、だからこそ今夜の招待だったのかもしれないな……」
「どうしてです?」
「僕に牽制しろと言ってるんだ。君が気にしないことをね……あの令嬢たちも、そのためにあえて招待したのかも」
「そんなことをするのですか?」
眉をひそめると、「そこまでする必要はないと思うけどね」とヴィクターも肩をすくめた。
「高位貴族というのは面子を気にするんだ」
「わたしには難しいわ……」
「君はそのままでいいよ。もちろん君が色んなことを学びたいというのなら反対はしないけど……」
ヴィクターは心からそれを望んでいた。もちろん、社交界を渡り歩くしたたかさは必要だろう。しかしそれが少しでもクローイの魅力を――彼にとっての魅力を損なったらなんて考えたくもなかった。
「そうなりたくても、きっとなれませんよ」
クローイはやさしく微笑んだ。
「……そろそろ行こうか。あのご令嬢たちがいなくなっていればいいのだけれど」
「ヴィクター、彼女たちも正式な招待客なんですからもう少し態度に気をつけた方が……公爵家の方たちにもご迷惑をおかけしてしまうかもしれない」
「僕の態度で彼女たちが抗議をすると思う?」
「それは……そうは思いませんけど」
「君はやさしいね、クローイ」
「そんなことはありません」
控えめだがはっきりとクローイは言った。先に立ち上がったヴィクターの手を取って立ち上がる。窓の方へ視線を向けると、そこに映った自分の姿は先ほどよりも背筋が伸びている気がした。
「……おかしくないかしら」
「おかしいところなんて何もないよ」
「流行のものを身につけることってあまりないのです……ドレスも、親戚から譲ってもらってばかりですし……ありがたいことではあるのですが」
「僕は本当のところ君に似合っているものなら、流行なんてどうでもいいけどね」
「でもあなたは気にしないといけないわ。そういうお仕事をしているのですから」
「そうだね」とヴィクターは笑った。
「いつかドレスも贈らせてほしいな」
「そんなにいただけません」
「君に似合うものを探すのはすごく楽しいんだよ。その靴も――」
スカートに隠れた踵を思わず引くと、やわらかな絨毯に踵がひっかかる感触がした。薄く青みがかった白い生地には落ち着いた色合いの金糸で蔦植物を思わせる曲線的な模様が描かれている。甲の部分には靴の色合いと同じやわらかな布とレースで、その模様に溶け合うように繊細で控えめだが美しい花が作られていた。少なくともここ十年ほどは主流になっている低いヒールには同じく金の飾りがほどこされ、この部屋のように絨毯の上でなければ気持ちのいい音を鳴らすことができた。
***
ヴィクターがその靴をクローイの元に持ってきたのは、二人がはじめて出会った晩から十日ほどたった頃のことだった。その数日前に彼からクローイを訪ねたいと先触れの連絡を受けた時、両親もクローイも困惑した。あの晩、ヴィクターに助けられたことは母が父にも話し、そのお礼をきちんとしたとクローイは聞いていたのでもう関わることはないと思っていたのだ。
すっきりとした晴天の気持ちのいい午後にクローイたち家族が暮らす王都のタウンハウスにヴィクターはやって来た。真新しい訪問着に身を包み、ほんの少し表情には緊張がにじみ出ていた。この日のためにできる限り整えた応接室でお互いにあいさつをした後、彼はクローイに贈りたいものがあると早速話を切り出した。
「まあ……」
その箱が彼自身の手によって開かれると、中から姿を現したのはその靴だった。クローイが今まで履いたことのあるどの靴とも違う、この家に訪れる商人だって決して持ってこないような素敵な靴だ。
「これをクローイ嬢に」
「わたくしに? で、ですが、いただく理由がありませんわ」
「先日の、ヒールの折れてしまった靴の代わりに」
クローイは驚いて目を丸くし、となりに座る母と顔を見合わせた。
「代わりの靴はいただきましたわ。あの靴のお代も支払っていませんのに」
あの晩、ヴィクターの助けで母たちと合流し、馬車に乗り込んだクローイたちが向かったのは劇場の近くにあるホテルだった。その一角をヴィクターは借りて商売をしていた。
この国や周辺国では主に貴族相手に商売をしている人たちは基本的にそれぞれの家に売りたいものやカタログを持っていき商売をする。しかし彼の父親が市場や庶民の店を参考にこのホテルの一室に商品を並べてそのホテルの客を中心に商売をはじめ、彼はそれを引き継いで発展させていた。
クローイたちが通されたのはまさにその一角で、彼はヒールが折れたクローイのために彼の店からシンプルなデザインの靴を一足用意し、後は帰るだけだからと遠慮するクローイを説き伏せて、結局彼女はその靴を履いて帰ったのだ。
「あの靴のことは気にしないでください。あの時あなたが助けた老婦人があなたのお礼にと言っていましたから」
「まあ、それでは――あの方にクローイのことを話したのはあなたでしたの?」
母の問いに、ヴィクターはうなずいた。あの時はバタバタしていて老婦人がその後どうなったのかクローイは知らなかったのだが、後日お礼の手紙が届いたのだ。名乗っていなかったし、そう顔が知られているわけではない。どうやってクローイのことを知ったのだろうと思っていたのだが、老婦人はヴィクターの顔を知っており、彼に連絡を取ってクローイがどの家の令嬢かを聞き出したらしい。手紙にはその辺りは書いておらず、ケガなどはなかったことやまた改めてお礼をしたいという内容だったので、あえてクローイも両親もたずねなかったのだ。
「はい。それで、あの日あなたのヒールが折れてしまったことと代わりの靴をさし上げたことを話したらあの方がそのお代は自分に払わせて欲しいとおっしゃったので」
「そうだったのですね。そんなお気遣いいただかなくてもよかったのに。またあの方にお手紙を書かないといけませんわね」
母の言葉にうなずく父を横目に、クローイは控えめにヴィクターへと視線を向けた。
「ですが、そうだとしてもこの靴をいただく理由にはなりませんわ」
「それは……そうかもしれませんが、僕があなたに贈りたかったのです。あなたの咄嗟の勇気に敬意を表して」
「勇気だなんて……」
「ああいう時、咄嗟に動ける人は多くないですよ。あの場だってあれだけの人がいたのにあなただけがあの方に手を伸ばした。僕だって、その後にやっと体が動いたのですから」
ヴィクターの称賛は身の丈に合わない気がして、クローイは気恥ずかしさに頬を染めた。
「ぜひ受け取ってください。それで……それで、できたらその靴を履いて二人で出かけられたらと思うのですが」
「もちろん、ご両親の許可が得られるなら」と小さな声でつけ足したヴィクターに、クローイの両親はそろって驚きに目を見開いた。
「許可などと。クローイももう自分で判断できる年齢ですからこの子の判断に任せておりますよ。ええ、私どもはもちろん反対などしませんとも」
父の声はすっかり浮かれているように聞こえた。母も大きくうなずいている。その上、「そういうことなら私どもがいない方が」などと言ってあっという間にクローイをヴィクターと二人きりにしてしまった。
困惑しながら両親を見送り、ヴィクターに視線を向けると、彼の耳がほんのりと赤く染まっているのが見えた。彼は忠実な番犬のようにクローイの返事を待っているようだった。
「あの……わたくしと、出かけたいというのは……」
「つまり、その……デートの誘いのつもりなのですが……あなたが結婚相手を探しているらしいというのを耳にして居ても立ってもいられなかったのです。ですがもし、どなたかいらっしゃるのなら……」
「そういう方はいませんわ」
そっとクローイは答えた。
「でも、あなたにはもっといい方がいらっしゃると思って……」
「僕にとってあなたみたいな女性は他にいませんよ」
やわらかく微笑むヴィクターを直視できなくて、クローイはその美しい靴へと視線を向けた。
***
あれからこの靴を履いたのは数えるほどしかない。クローイは頬を染めた。たしかに今日は久しぶりに彼からもらった靴を履いているが、どうして気がついたのだろう。
「その、今晩は履いてきてくれると思ってたんだ。普段はあまり履いてくれていないだろう?」
「普段から履くのはもったいなくて……」
クローイは何とかそう答えた。本当のところ自分の身の丈に合わない気がしていつも履くのをためらってしまうのだ。ただ、衣裳部屋ではなく私室の見える場所に置いていた。そういうことを彼に伝えることは難しいけれど。
「すまない。その、責めているわけではないんだ。君に贈ったものなんだから君の好きにして欲しいんだ。ただ、その……そうしてくれると僕がうれしいというだけで……」
「ヴィクター……」
彼の耳が赤くなっているのを見て、クローイも頬を染めた。気恥ずかしさを誤魔化すように「さあ、戻ろうか」と差し出されたヴィクターの腕にそっと自分の手を添える。そのまま彼を見上げると思いのほかうれしそうに微笑んでいて、クローイは頬の色をより濃くするはめになったのだった。
ヴィクターの親戚の女性たちは中々婚約者を決めない彼にやきもきしていたらしく、一度ダンスをしてあいさつに行くと、彼が懸念をしていたとおりクローイはそのまま彼女たちに捕まって二人の出会いから今までのことやクローイから見たヴィクターのことをあれこれと質問されることになった。
久しぶりに会うのに二人の時間があまりなかったとがっかりしたヴィクターは当然の権利ように次に会う約束を帰りの馬車で口にした。見せたいものもあると言うので、どこかに出かけるのではなく劇場近くのホテルにある彼の店で会うことにしたのだった。
元々はホテルのホールの一つだったその空間にはデザインや質だけではなく配置もこだわった家具が置かれ、その上には美しい宝飾品や小物が並んでいた。トルソーには流行りのものだけではなく斬新なデザインのドレスも飾られている。気に入った商品があればじっくり見られるようにところどころ応接セットが用意されており、若い夫婦に店員が帽子をいくつか並べて見せていた。
「この赤い石は何かしら?」
「これは珊瑚だよ」
「珊瑚? はじめて見たわ」
最近飾ったばかりだという、白い夏物のドレスは腰をしぼっていないすとんとしたシルエットで、袖やスカートの裾は薄い布が重なっていたが軽やかな印象があった。それに合わせて首飾りと、足元にはサンダル、そして近くの猫足の小さなテーブルにはそれ以外の小物が飾られていた。
白い真珠を引き立てる赤い珊瑚の滑らかな光沢を手に取って、クローイはその珍しいアクセサリーをじっくりと眺めた。
「ロットミアは海に囲まれた島国だから、海産物の加工技術がすばらしいんだ。この国では真珠くらいしか注目されていないけどね」
「ロットミアの真珠の評判は知っています。祖母が一つくらい持っていた方がいいとよく口にしていましたから――贈ろうなんて考えないで、ヴィクター」
「まだ何も言っていないよ」
「口ではそうでしょうけれど」
珊瑚のアクセサリーをそっと戻し、クローイは言い聞かせるようにそう言った。
「夏物にぴったりだと思って合わせてみたんだけどどうだろう?」
「もう少し長さのあるものはないかしら? 首から下げた時、あまり詰まっていない方が軽やかで夏のものには合うと思うのです」
「それはいいね。夏に向けてレースのものがよく売れるから、もう少し何か用意したいな」
「日傘はないのですか?」
「日傘はあるのだけど、飾り方がよくなくてね」
「いい方法があればいいんだけど」とヴィクターが口の中でぼやいたと同時に二人の背後から声がかけられた。
振り返って最初に目に入ったのは、やわらかく微笑むローラ・バートレットだった。花の刺繍が愛らしい外出着を身にまとい、今日も緑色の石を使った首飾りをつけている。先日の夜会とは違ったシンプルなデザインだったが、ドレスに合わせて花をあしらった愛らしいものだ。
「バートレット卿」
ローラは父親と一緒だった。豊かな領地を持った資産家の貴族で、子どもたちの中でも特にローラをかわいがっていると聞いていた。
「お久しぶりですね、ヴィクター殿。まさかお会いできるとは」
「しばらく旅行をしていたので……先日の夜会にはいらっしゃいませんでしたね」
「どうしても外せない会合がありましてな。娘は友人たちと参加させていただいたのですが」
「その時にぜひ商会の方へとヴィクター様がおっしゃってくださったので、足を運ばせていただきましたわ」
にこやかにそう言ったローラに、クローイとヴィクターはさりげなく視線をかわした。どうやらローラの中でそういうことにすると決めたらしい。あの場には彼女の父親はいなかったのだから、これではヴィクターから誘ったと誤解してもおかしくないだろう。ヴィクターの腕に添えていたクローイの手に彼のもう片方の手が重ねられた。
「そちらのご令嬢は?」
「私の婚約者の、クローイ・ターナー嬢です」
「お初にお目にかかります、バートレット卿」
「こちらこそ――いや、ご婚約されていたのですな」
「あまり公にはしていませんが」
バートレット卿の視線が一瞬だけ素早くローラを見ると、何もなかったかのようなにこやかさで「おめでとうございます」と祝いの言葉を述べた。それはきちんと気持ちを込めたもののようにクローイは思った。そして同時に、ローラが父親にヴィクターのことをどう話しているのか察せられた。
「……本日はどのようなご用件で?」
「ええ、避暑のためのドレスをねだられましてな」
「ぜひヴィクター様に選んでいただきたいですわ」
父親の視線に気づいたのか、ローラは少し焦っているように見えた。ちらりととなりに立つヴィクターへ視線を向けると、彼は例の完璧な愛想笑いを顔にはりつけている。先ほどまでクローイに向けていた笑顔とは全く違うものだ。
「私はあまり女性のものに詳しくないので、アドバイスはできないと思いますよ。この店に並べるものも、周りのアドバイスがなければどうなっていたことか」
「そんなことは――」
「やはり専門家の意見にはかないませんからな」
娘の言葉を遮るようにバートレット卿が口を挟んだ。
「流行にも疎いせいで、彼女をいろいろと困らせてしまっているのです」
「わたくしは気にしていませんわ、ヴィクター」
「でも首飾りのことがあったから……」
「それはもう素敵なものをいただきましたから――首飾りと言えば」
クローイはさりげなくローラを見た。
「先日の夜会でローラ様がつけていらした首飾りも素敵なものでしたわ。とてもよくお似合いの、緑色の石のものを。そういえば本日のネックレスの石も同じ色ですわね」
ヴィクターが意外そうにクローイの方を見たのに気づいたが、彼女はあえてそちらに視線を向けなかった。やらかく微笑んだその表情は、ほとんどの人が作り笑いだとは思わないだろう。それを向けられたローラだけが、ずっと浮かべていた笑みにぎこちなさを見せていた。
「ええ、この頃、緑色の石をとても好んでおりますの」
「先日のものはどちらで購入したものなのでしょう? 気になったのですが、お声がけするタイミングがなくて……聞きそびれてしまったので」
「……あなたのご友人たちはうちで買ったものではないかと言っておられましたが」
何でもないようにヴィクターがつけ足した。ローラと取り巻きたちの話し方からそうだろうと思っていたが、あの日の首飾りをレイノルズ家の商会で買ったというのは嘘だということに、クローイも気づいていたらしい。
友人たちの嘘にローラが乗ったのは、自分の気を惹くためだったのだろうというのはわかっていた。夜会などで顔を合わせるたびにこれ見よがしにアピールされるのだ。首飾りの石の色も……恋人や婚約者に首飾りを贈る流行から派生して、彼女と同年代の令嬢を中心に想い人の瞳や髪の色をイメージした色合いの首飾りを付けるのが流行りつつあるらしい――と、先日の夜会の後にクローイから聞いたが、やられる側としてはあまりうれしくはなかった。もちろん、クローイが緑色の石の首飾りをつけてくれたら話は別だ。実際、彼女はしないだろうし、自分が贈っても遠慮してしまうだろうけれど。
「きっと妻が娘に貸した物でしょう」
何かを察したのだろう。バートレット卿はローラが次の言葉を発する前に口を挟んだ。
「娘の友人たちの誤解は、娘がきちんと説明いたしますよ。そうだろう? ローラ」
「……もちろんですわ、お父様」
「お二人の時間をお邪魔してしまったようだ」
「かまいませんよ。お話しできてよかったです、バートレット卿。よろしければ誰か店員を呼びましょうか? 避暑のドレスをお探しでしたよね?」
「お願いしてよろしいですか?」
「もちろんです」
「バートレット卿、よかったらお待ちになる間、こちらをご覧になっていてください。ちょうど夏のものを飾ったばかりなのです。こちらの珊瑚のアクセサリーはこの国ではまだ珍しいものですが、夏に似合うと思いますわ。お嬢様にもよくお似合いになるのではないでしょうか?」
「ぜひ見させていただきますよ」
そのまま軽く挨拶をし、服飾に強い店員に声をかけてからヴィクターとクローイはその場を後にした。この後の予定は特に決まっていなかったが自然と足はホテルの入口へと向かい、従業員が気をきかせて呼んでくれた迎えの車に乗り込んだ。
「この後、どこか行きたいところはある?」
「いいえ」
「それなら家に寄らないかい? 母がこちらに来てるんだ」
「ぜひお会いしたいわ」
ヴィクターの美しい緑色の瞳がじっとクローイを見つめたかと思うと、彼は唐突に彼女の頬にキスをした。
「クローイ! 君があんな風にあのご令嬢に言うなんて」
パッとクローイの頬が染まった。突然のキスのせいなのか、先ほどまでのことを思い出したからなのか、彼女自身にもよくわからなかった。
「バートレット卿はわかる人だから、きっと娘を少しは大人しくさせるだろうな」
「心臓がすごくドキドキしたわ。でも、一度彼女に言いたかったのです」
「何を言いたかったんだい?」
「何でも……ただ、その、彼女がずっとあなたの気を惹きたがっていたから……嘘までついて」
「気になっていた?」
「そうかもしれません。わたしにも、我慢できないことはありますし……言ったでしょう? やさしくはないって」
「そうだったね」
ヴィクターは笑った。
「それにいつも目をそらしてばかりいるのはよくないと思っていたんです……今日みたいに――」
クローイは足元を見た。
「今日みたいな日は、少し勇気を持てる気がして……」
その視線につられるようにヴィクターも彼女の足元を見た。彼女が何を見てるのか彼にはわかっていた。包み込むようにクローイの手を取ると、その華奢な手は一瞬戸惑ったようにヴィクターの手の中から逃れようとしたが、しかし思いとどまったようにそのまま彼の手の中に留まり、ゆっくりと骨ばった大きな手を握り返したのだった。
クロスフォリオをぼちぼちはじめてます。
読む側としても書く側としてもなんだかなみたいなことがつづいて九月になっても何も変わらないのかな……。
下にリンクがあるので来ていただけるとうれしいです。
いろいろ気になったりのんびりやりたかったりする身にはちょうどいいけど使いづらい。
小説の人口が増えて色々改善したらいいのに……。




