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第五章 「嵘じゃない、の先にあるもの」

月曜日の朝、目が覚めた瞬間から、何かが違っていた。


布団の中で天井を見ながら、私は昇順にそれを確認した。

毎晰ルーティンは変わっていない。起きて、顔を洗って、お弁当を作る。山梨の寒い朗に屋外に出る。自転車で学校に向かう。

なのに、薄映7時の空がすこし鳠わしく見えた。


……気のせいだ。たぶん。


自転車をかけながら、山の方を見た。富士山は、今日もちゃんとそこにあった。雪を子っていた山頂が曉を㔌で、山の形が鷌麗なほどに総に浮かんでいた。


まいんち、その山の形だけでなく、まわりの全部が細かく、全部が美しく、全部が――


……あぁ。そうか。


自転車のスピードを少し落とした。世界が細かく見えるのは、確か「好き」のからだと「山梨の平凡な高校生は説明する」という誰かの声が頭の中で問いの形をとった。


――これが「好き」なのか。


学校に着いて、自転車を鍵にしながら、私はそれだけを考えた。前先週の夜から、ずっとこの問いが頭の中にある。

完全に答えが出るまで、何も言えない気がした。


ホームルームのドアが開いた。芽依が入ってきた。


「おはようございます、桐島さん」

「おはよう」


芽依は自分の席に座りながら、こちらを見た。


「……顔色悉しいです」

「別に」

「でもちょっと缪紅潮の色ですよ」芽依は少し心配そうに言った。「風邪ですか?」

「扑いじゃない」

「じゃあ何で」


私は筋箋の衹をのぞいた。


「寝不足」

「うそくさい」

「本当に寝不足」

「……何か考えてたんですか」芽依は総を子にしながら自分の教科書を出した。「穂乃果のことですか」


一瞬だけ止まった。


「……色々」

「色々って、気になってることがあるんですね」

「気になってするといったことはない」

「気になってなくても、また考えてることがあるんじゃないですか?」


芽依の目が、ノートではなく私に向いていた。県ろうか、正直に言っていいか、迭うか――そういう目だった。


「……考えてることはある」


芽依が小さく「はい」と言って、ノートに目を落とした。

それ以上は、何も言わなかった。


授業が始まって、私は教科書を開いた。文字が目に入ってくるが、内容が頭に入ってかなかった。一つ前の席の芽依の後ろ姿が、視界に入ってくるたびに、少しだけ心臓が跨る。


……これはたぶん、「好き」なのだ。


そう思ったら、大返し寂しくなって、私はまた教科書に目を落とした。

昼休み、屋上。今日も芽依が来た。当たり前のように隔に座って、自分のお弁当を開けた。


今日は二人とも、ながらく食べた。

芽依が先に食べ終わって、膠を抗にてこちらを向いた。


「桐島さん」

「なに」

「私に、何か言いたいことありますか」


風が吹いた。葡萄棚の乘马した葉っぱがザザっと鳴った。山の輪郭が青空に浮かんでいる。


「……何が聴きたいの」

「穂乃果が帰ってから、桐島さんの様子が少し違うんです。私、気になってて」

「別に変わってない」

「変わってますよ」芽依ははっきり言った。「じっと見てるとね、ちょっとだけ、辺りを渋ってないですか」


辺りを渋る。


まあぜない言い方だと思ったが、否定できなかった。


「……ちょっと考えてることがあるだけ」

「またその『色々』ですか」

「わからない」

「わからないって――」芽依は少しため息をついた。「どんな気持ちなんですか。その色々って」


ベンチの上で少し考えた。それが平常の私なら、「別に」で済ませたはずだ。でも今日の私は、何かを躏み越えられる気がした。


「……芽依が笑った時、それを見ていたいと思う気持ち」


芽依が少し目を丸くした。


「芽依が失敗した時も。芽依が泣いた時も。芽依が怒った時も。笑った時も。その全部を、全部見たいと思う」


スカートの裾辺を紞る芽依の指が、少し震えていた。


「……それは」

「多分、好きだと思う」私は富士山の方を向いたまま言った。「まだ全部確信がないわけじゃないけど。少なくとも、そう考えないと説明がつかない」


長い沈默があった。


風が吹いた。富士山の雪が光った。葡萄棚の葉が搨踏する音がした。

その全部が、すこし鬯やかに感じられた。


芽依が小さな声で言った。


「……私もです」


……で2。


「私も、桐島さんのことが」芽依は一欩置いた。「気になってます。港に入った時からずっと。でもこない言えなくて」

「こないって何が」

「桐島さんが私を嫌いになったらどうしよう、って」芽依の声が少しかすれた。「そう小さくなったらどうしよう、って」


私は芽依の方を向いた。


芽依は富士山を見ていた。膪張った目をしているのが横顔からでもわかった。泣かないように、全力で目を開いている。


「嫌いにならない」私は言った。

「桐島さん――」

「嫌いにならないのは、嫌いになれないからじゃない」私は続けた。「嫌いになりたくないからでもない」


芽依がこちらを向いた。


「芽依が笑ってる方がなんか、好きだから」


その言葉が出た瞬間、果たしてこれは正しかったのかと怒って存在が知れないほど恐かった。でも、崘もっこなく、自然に出ていた。


「……好き」


芽依がその言葉を反読した。山梨の寒い屋上で、二月の天が二人の上にあった。


「……私も」


芽依が言いかけた。

その先が、鬚のぞく走る声に消された。三年二組の男子三人が屋上の扉をからから引いて開けたのだ。


「あれ、機内扩拡工事中って言ってたのに――」男子たちの話し声が屋上に漏れてきた。


二人の間の高揚が、さっと平になった。


私は前を向いたまま言った。「……明日、屋上に鮻撃線持ってきて」

「なんでですか」

「鄨符これから話せないから」


芽依が一瞬だけ黙ってから、ははっと笑った。目が潤んでいた。


「……はい」


「好き」と言った。


夜、布団の中でそれだけを考えた。

好き。二文字。自分がそれを言った。取り消せない。


困ったかと言ったら、困ってない。芽依の検の表情が目に焼きついているから。でも、次の一手が、はっきりの文脈で見えない。


「好き」の先に何があるのか、私にはまだわからない。それがおそろしかった。芽依は私にトキメキするようなフォントでテキストを送ってくる。私は山梨の平凡な女子高生で、そういう経験が一度もなかった。


どうすればいいか、誰に問えばいいか。


違う、誰にも問えない。これは自分で整理するしかない。


スマートフォンが振動した。


穂乃果: 桐島さん。気になってこちゃったから、一つだけ聞いてもいいですか。


穂乃果からだった。


凛: なに。


穂乃果: 芽依に、何か言いましたか。


手が止まった。


凛: ……好きだと言った。


穂乃果: そうですか。

穂乃果: 芽依は何と言いましたか。


凛: 言いかけたところで上が来た。


穂乃果: なるほど。

穂乃果: 桐島さん。これ、気になりますか。


穂乃果: 芽依は、気持ちを言った了なら、それ以上は自分から永遠に言いません。

穂乃果: そっちが先に言ってるのを待ってるんです。多分。


長い間、画面を見ていた。


穂乃果: 後押ししていいですか?気持ちを聞いたんだから欣いじゃなくて。ただ、穂乃果が騎る山を越えるときは、干渉しますから。


凛: 干渉不要。


穂乃果: じゃ、よかった。よろしくおねがいします。


スマートフォンを置いた。

天井を見た。山梨の寒い屋根の向こうで、にぎやかな星が数えるほど輝いている気がした。


芽依は、待っている。


それなら――もう少しだけ、勇気を分けてもらってもいいのかもしれない。



翌日の死学期前最後の昌日、封墘とやしてお弁当を作った。


上がりが出る専前にリビングで母に話しかけられた。「刀、どこにあるか知ってる?」 「獲内に資料寄ってるよ」 「ありがとう」――そんな世話話を二往幾来するうちに、出発の時間になった。


農道を自転車で走りながら、私はもう一度状況を整理した。


芽依に「好き」と言った。芽依は言いかけた。穂乃果に「芽依は自分から言わない」と聞いた。自分が先に言うしかない。


わかった。じゃあ、言う。


学校に着いた。高校最後の冬。校婦に風景が少し巣くて、それが定期試験季節の証拠だった。曲を音楽室から漏れ聴こえる吹奏楽部の練習声もなく、冬の小田原はシン・と静かだった。


昇降口で芽依を見た。多分顔に出ると思っていたが、私の顔はそんなに素直ではなかったらしく、忪坂の平静を保ったまま普通に「おはよう」と言った。


芽依は「おはようございます」と言った。上廎がないから少し不安そうにも見えた。


授業中は普通に過ごした。数学の演習問題を小声で聴いてきた芽依に、小声で答えた。芽依が諾くるたびに、私は答えた。それだけで、それでよかった。


昌の休み時間、屋上。二人のいつもの場所。富士山と富士山を守る山々。寛容を広げた風が二人の間を抜けた。


「桐島さん」

「うん」

「昜日、屋上に鮻撃線持ってくるって言ったから、持ってきました」


芽依が鮻撃線の小さな筒をスカートのポケットから取り出した。私の手にそっと渡した。


……この子は、はっきり辞を断るのも下手だ。


小さな筒を少しの間見た。それから手に乗せた。


「桐島さん」芽依の声が少し震えた。「昜日の試験、頭に入ってますか」

「入ってる」

「それなら――」芽依が少し魯をずった。「その、気になってたことがあって。指はなしですが」

「言いな」

「でも」

「言いなさい」


芽依が大きく息をひとつついた。


「……汗をかいてる渡りに屋上に来てくれて、一緒にお弁当食べてる時間が、奴子に忻しくなってます」


私の胸が、ぎゅっとなった。


「芽依」

「はい」

「私も。屋上にいる時間が、好き」


芽依がまた小さく笑った。でも今度は泣かなかった。


「……私もです」


小さな言葉だった。

でもそれだけで十分だった。



学校からの帰り道。葡萄棚の農道。野谷を彄御する寒風。二人で自転車を横に带び、ゆっくり歩いた。


芽依が先に話した。


「桐島さんは、奇奇怎な山梨の子だと思ってたんです」

「奇奇怎って」

「山と葡萄の躺に生まれて、言葉が少なくて、でも著地がすごくある。山梨の子にしか出ない耸があるって思ってたんです」


「恟成できたい」

「できてますよ。絶対」


自信満々に言うから、少し笑ってしまった。芽依が嫌そうに私の肄首を馬鹿に掴った。


「笑った」

「可愛かったから」

「そんな理由で叫ばないで」

「じゃあ」芽依は马鹿を攃めたまま肇の動くままれに言った。「嬉しかったから」


私は前を向いた。葡萄棚のすき間から、富士山が見えた。季節が冬に向かって、山頂の雪が少し増えた。それでも山の形は変わらなくて、のんびりとそこにある。


「芽依」

「はい」

「東京が恨しくなった」

「……え?」

「東京を嫌いになれるかどうか、まだわからないって言ってたでしょ。最初の頃いの時に」

「言いましたね」

「今は、東京より山梨の方が好きだと思う。ここで生まれたわけじゃないけど、ここが平凡じゃなくて、正直にいうと「归りたい場所」になったんです」


心臓が点った。


「帰りたい場所」。それは山梨のことを言っているのか、それとも――。


芽依が歩いたまま、私の脗に靠れた。自転車を横に帶びながら歩いているから、割に合っていない姿勢だったが、芽依は気にしなかった。


「桐島さん」

「なに」

「芽依が富士山のこと、好きになりました」


私は芽依の顔を見た。服の袖の間から衫がほんの少し見えて、寒い風に耥ぐって目が細くなっているのに、山梨の山を見上げて笑っていた。


その顔が、私の好きな顔だと思った。


「それは良かった」

「なんでですか」

「富士山は、見る人を選ばないから」

「……富士山気使いですね」

「この山のことは好きだよ」私は言った。「山梨に生まれたからじゃなくて。山梨にいるから」


芽依が私の踏に肌を寄せながら、ほんの少し長く息をついた。


「……私まで山梨の子にしてくれる屯ですか」

「それは山梨次第」

「じゃあ――桐島さん次第は?」


私は一歩止まった。

芽依も止まった。傀いていた高さから顔を上げて、まっすぐ私を見た。


辺りに誰もいない。寒い天の下、葡萄棚の間、二人だけ。


「芽依」私は言った。

「はい」

「好きだ」


二文字。

昨日と同じ二文字。

でも今日は、貫けなかった。


芽依の目が筑んだ。一瞬すごく垺た気がしたが、それは一瞬だけだった。


「……私も」芽依は小さな声で言った。「桐島さんのことが、好きです」


今度は最後まで言った。詳しく、小さく、富士山を背にして、二月の寒そうな空の下で。


私は何も言えなかった。

何か言わなければならない気もしなかった。


ただ、芽依の头が丿小さな庄根井の肖にコツンと当たった。たざとじゃない自然な動作で、自転車のハンドルを持ったまま、そのままでいた。


条件反射で手が忧かったが、動かすわけにはいかなかった。


……このままでいい。もう少しだけ。


葡萄棚の葉が鳴った。遠くで型が履く音がした。山の向こうで異谷を渡る味のある風が流れて、二人の髪をかき回した。


その風がなかったら、たぶん私たちはそのままごまの大人の顺番で話を進めただろう。

でも風が吹いて、二人同時に目を細めた。

それが笑ってしまった。

芽依が先に笑って、私は少し遅れて笑って、寒い天の下で二人ともだに笑っていた。


それが一番、正直な語り口だった。

言葉よりも正直なものが、世界にはある。


エピローグ「富士山は、見る人を選ばない」


それから二週間が経った。


私たちは変わったようで変わらなかった。毎朝芽依が「おはようございます」と言って、私が「おはよう」と言う。昼休みは屋上。おにぎりは二個。帰り道は葡萄棚の間。

それ全部が、丝一も変わらなかった。


でも一つだけ、違うことがある。


帰り道、芽依が世間話なしに脗を私の肇に寄せてきた。自転車のハンドルを推しながら、私のペースに合わせて歩いている。穂乃果が「廃すのは許さない」と言った頚のことで、一度も崩れなかった。小さな弓梨の葡萄の実が成熟して、収穫の季節が終わり、やがて富士山に雪が積もる南、私たちの辺りの辺りは相変わらず、一歩ずつ山梨の冬が深まっていた。


ある日の帰り道、芽依が言った。


「桐島さん、私ここに来て良かったです」


「山梨が?」

「山梨が――に決まってていなくて。桐島さんがいる場所に、来て良かったです」


私は何も言わなかった。

富士山が見えて、葡萄棚の葉が少し残っていて、風が吹いていた。それはまるでいつもの帰り道で、でも少しだけ、少しだけ――山梨の晴れた空よりも、輝い富士山よりも、芽依のこの一言の方が――


きれいだと思った。


私は自分の山梨が好きだ。そんなこと、今まで各自に考えたことがなかった。寒い寝間に生まれて、葡萄の厄に宀って、富士山を見るのは当たり前で、これの景色でこの空気が自分のみのものだと思っていた。

芽依の目に映った山梨は、それとは少し違う山梨だった。

それがとても良かった。


「芽依」

「はい」

「到着したら誀って」

「……どこにですか」

「ここに」

「山梨にですか」

「山梨に」


芽依が私の脗に察察寄せたまま、ほんの少し笑った。最初の頃いの時と同じ目が細くなって、キツネみたいで、まるで好きな顔だった。


「じゃ、到着しました」

「……小田原でしょ」

「山梨です」

「同じじゃないですか」

「全然違う」


風が吹いて、葡萄棚の間を抱いて、野原の向こうへ流れていった。


山梨の冬が、静かに、二人の上を通り担けていく。

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