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アリアドネの柩  作者: 冬
3/4

恋する死神 02



002


 八幡小夜子は迷信深い気質(タチ)では無かった。

 どちらかというと、現実的な方だった。

(それがどうやったら死神と並んで歩いて、悪魔に会いに行くって事になるんだろう)

 と、自問自答してみる。



 八幡孝明と小夜子には両親が居ない。

 5年前に夫婦でドライブに出掛けている途中で交通事故に遭い、あっけなく逝ってしまった。

 その後、母方の祖母に引き取られ、一昨年、孝明の独立に伴って両親と住んでいた家に戻ってきた。


 その引越しの日の夜だった。


 まだダンボールだらけの部屋でベッドに腰掛けて、家具の位置を思案していたときだった。

「さよちゃん、いいかしら」

 手伝いに来てくれた祖母の声に扉を開けると、とても60歳を超えたとは思えない、艶やかな肌とそれと反対に年齢を感じさせる絹のような白髪を背中まで伸ばした小柄な祖母がにこやかに立っていた。

 黒いハイネックのセーターの上から菫色のカーディガンを肩から掛け、お腹の前で緩やかに両手を組んでいる姿は、亡くなった母と瓜二つだった。

 そして、祖母のすぐ背後に立っているのは喪服のようなスーツに身を包んだ長身の青年。

 一瞬、亡くなった両親の元を訪れた人かと思ったが、彼の纏う不思議な空気に違和感を感じた。

 小柄な祖母と長身の青年。

 正反対といってもいい組み合わせにもかかわらず、ふたりの雰囲気は似通っていた。

 親子のように。

 姉弟のように。

 小夜子は騙し絵でも見せられているような、不思議な気持ちで取っ手に手を添えたまま、突っ立っていた。

 丈の長いパーカーにスキニーを合わせただけの、完全な部屋着なのを思い出し、青年が誰で、どうしてここに居るのかという疑問が浮かぶ前に、居心地の悪さに祖母に助けを求めるような視線を投げた。

 祖母はそれを分かっている事を伝えるために軽く頷いた。



「紹介するわね、彼はヴァルネ。死神よ」

 頭の中で言葉が滑る。

「・・・・・・え?」

 砂糖だと思って舐めたのが塩だったような、なんとも表現のしがたい違和感。

「しにがみ?」

 口に出して笑ってしまおうとしたが、祖母の表情は先ほどから変わらず、当たり前のことを告げているようにしか見えない。

 青年も切れ長の瞳を閉じたまま、静謐な空気を漂わせている。

 黙っていると、青白い肌と相まって、まるで精巧に出来たマネキンのように見えてくる。

(生きてる…ように見えない)

 背筋に悪寒が走る。


 自衛本能が作動したのか、無意識にそろそろと扉を閉め、次第に細くなった隙間から半分だけ顔を出す。

(冗談なのかな?)

 どう反応したものやら。

 小夜子の視線が祖母と青年の間を4回往復する間、ふたりはじっと小夜子の表情を観察するように眺めていた。

 そして、小夜子は祖母の顔を不安と不審と興味を綯い交ぜにした一生のうちで、そうそう拝見できないような表情をして、

「おばあちゃん、その人誰?」

 と、間の抜けたような、尤もな様な今更なような質問をしていた。

「ヴァルネです」

 今まで黙っていた青年が顎を上げながら呟いた。

 小夜子は視界の端と耳の端で青年の動作を把握したが、敢えて無視した。

 青年に反応して見せるのが怖かったのだ。

「お、おばあちゃん、その人誰?」

「死神のヴァルネです」

 小夜子が怯えて涙目で祖母を見上げたが、祖母は可愛らしく首を傾げて質問の意味がわからない・・・とでも言った様子だった。

「おばあちゃん、この変な人、誰?」

「そんなに褒めていただくと照れてしまいますね。改めて・・・よろしくお願いいたします」

 ちらりと片目を開けて、口角をぐっと上げる。

 本人は笑ったつもりのようだが、小夜子から見たら悪いことを考えてほくそ笑んでいるようにしか見えない。


(怖い・・・)


 密かに小夜子がたじろぐと、祖母が パンッ と手を叩きながら青年を振り返った。

「確かに変態だけど、歴とした立派な死神よ」

「おばあちゃん・・・」

「都さん・・・」

 ヴァルネが祖母のことを名前で呼ぶことに違和感を覚えつつ、絶句してしまった。

 ヴァルネは『歴とした立派な死神』の部分にだけ反応したのか、先ほどよりは笑顔に見える笑い方をした。



 しかし、目の前で『死神』を目の当たりにしたのは生まれて初めての小夜子は動揺しまくりだ。

 しかも大好きな祖母が自分に『変態の死神』を紹介するなんて・・・。

 どう反応したものやら・・・。


 小夜子が更に混乱しておろおろとしていると、階下から孝明が上がってきた。

 

 腕を組んで難しそうな顔をしているが、青年を目にしても驚いた様子がない。

(知ってるの?)

 いつものように緩やかに跳ねた髪を無造作なままに、やさしい視線が小夜子を捕らえる。 

 小夜子の助けを求める視線をしっかりと受け止めて、ヴァルネに対面するように小夜子の前に立った。

 小夜子を守るように。

「小夜子、おばあちゃんの言ってることは嘘じゃない。この人は死神なんだ」

 孝明からは少し汗の匂いがした。

 今日一番一生懸命に動き回っていたのは孝明だった。

 祖母と妹にできるだけ負担をかけないように。

「冗談でもなんでもない。死神なんだって」

 助けに来てくれたかと思った兄に駄目押しをされて、小夜子は考えることを放棄して部屋に閉じこもった。



 気が付くとベッドに突っ伏して眠っていた。

 顔を擦ると汗ばんでいた。

 ぼうっとしたままの頭で座り込み、部屋の中を眺めてみる。

 新しいカーテン、マット、デスク、沢山のダンボール、半分だけ仕舞われた洋服・・・。

 わくわくするような、新しい何かが始まる期待。

 世界が広がるような感覚。


 ベッドから降りて、階下のキッチンへ行こうとドアを開けようとしたが動かない。


 力を込めるとドアの外に重たい何かが置いてある感覚が伝わってきた。

「やっと出てきたか」

 隙間から覗き込むと、兄の柔らかそうな髪と瞳が覗いてきた。

「ずっとドアの前(そこ)に座ってたの?」

「入っていいか?」

「ん?」

 身体を引いて道を開けると、孝明がゆっくりと入ってきた。

 唇を噛み、小夜子と視線を合わせないように不器用にキョロキョロと部屋の中を見ている。

 耳の後ろを人差し指で掻いていて所在無さげだ。

「別に、あいつがどうなろうと、関係ないけど」

 小夜子の問いかけるような視線を逸らして続ける。

「悪い奴じゃないと思うんだ」

「・・・ヴァルネって人のこと?」

「うん」

「悪い人じゃないかもしれないけど、死神って言われても。信じろって・・・言われても。おばあちゃん何考えてんだろ」

 恨めしいような気持ちで祖母のにこやかな顔を思い出す。

「俺らのことを考えてくれたんだよ」

 意外な言葉にぽかんとした顔のままで孝明を見上げた。

「俺らも死神なんだよ」



「はぁ?」

 大きく開いた口から出たのは擦れたような声だった。


「ま、兎に角だ、そろそろ気が付いてやったほうがいいと思うんだ」

「なにに?」

 何故か少しほっとしたような表情の孝明はカーテンを指差した。

「なに?」

 思わず尖った声が出た。

 腹の底から溢れる苛っとした感情のままに乱暴にカーテンを開くとヴァルナが礼の不気味な笑顔で立っていた。

「・・・・・・・・・ここ・・・・・・2階じゃなかった?」

『死神ですから』

 ヴァルナは口の動きだけでそう告げた。





†† †† †† †† †† †† †† ††




「あの時、油断したのが失敗だった・・・」

 足元のアスファルトの破片を蹴りながら呟くと、ヴァルネが背後で微笑んだのが気配で分かった。



 落ち着いた住宅街。

 休日のせいか人影も疎らで寂しいような雰囲気のなか、壁と壁の間が人一人歩けるかどうかという細い道の奥に、目指す建物はある。


 壁の間を身体を横にするように歩いて行き着いた先には、雑草の生えた空き地が広がる。

 そしてその奥に、今にも崩れてしまいそうな、住人が居るのかと、疑いたくなるような煤けた雰囲気の『みやび荘』が慎ましやかに佇んでいた。


 煤けた茶色の壁には小さな木枠の窓が沢山並んでいる。

 ところどころは煉瓦を配してあり、レトロな雰囲気もある。

 正面には大きな2本の柱と、その中央には両開きのアールデコ風のステンドグラスがはめ込まれた大きな扉が口を開いている。

 建物の中は薄暗く、小夜子の位置からは中が伺えない。


「相変わらず名前負けしていますね。見事なほどに・・・」

 失笑ともため息とも取れる吐息と共に呟かれる言葉をバックに、小夜子は背伸びしながら管理人の姿を探した。

「まだ寝てるのかな?」

「ネヴィルはどちらかというと働き者の悪魔ですから、この時間なら活動していると思いますよ?」

「ですよね」

 振り返って頭上の狐目を見上げると、ニヤリといた笑みが返ってきた。

「親友ですよ?」

 小夜子が鞄を持ち直して、左右に体を揺らしながら近づいていくと、大きく開いた玄関から竹箒を持った少年が、下駄を鳴らしながら出てきた。

 

 

「あ、管理人さん!」

 小夜子が笑顔で呼びかけると、呼ばれた本人はこちらが驚く程に肩をビクリと震わせ、箒を抱きしめるような格好で弾かれた様に顔をこちらに向けた。

 少し骨ばったひょろりとした体躯。

 そして硬そうな長めの黒髪によく日に焼けた健康的な肌・・・は、見る見る内に真っ赤に染まった。

「あ、やっちゃった・・・」

 小夜子の口の動きを読んだように、管理人と呼ばれる少年はみやび荘の中に逃げ込んでしまった。




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