母の病状と通話の人との距離感
それまでも電話くれなくなったとアプリに流して若そうな男の人とラインこうかんしたこともあった。その時は虹から電話来て電話中ですとラインした。大丈夫ですよ、これから出かけますと返ってきた。
のろけた星さんたちにまえほど電話くれなくなるんだってといいまわった。穴埋めこうほね!と返してきた星さんのラインIDをすぐ検さくした。七十歳の男の人だった。年齢きいてラインこうかんしたこと後悔してるとか?ときかれた時にはいえ別にと返した。
穴埋めこうほね!と自分でいったんですよとライン送った時は忘れてましたと返されたけど、電話する時間とってくれた。
和歌山県に住んでいて働いてる自然や祭りを配信しているユーチューバーの人だった。
星の王子さまに助けてと流した時にはプロフィールに六十四歳とかかれている男の人からどうしたの?と返信が来た。
私は自分の置かれた状態を説明した。電話できるよといわれて、通話依存治すんだと返した。やりとりしてるうちに教えてくれたらするかも電話と返した。ライン検策したあと、自己紹介で本名をフルネームで名乗ってきたので、私も、フルネーム本名で名乗った。奥さんも孫も子どももいる人に電話ねだるようになった。よく散歩をするようにすすめられた。
その人には星にもどるねとラインして一度その人のラインをさくじょした。花の写真送られてきて、結局ラインにもどっちゃったねと送った。
私くずかもしれないとアリスにつぶやいた。みんなそんなものと男の人から返信があった。
一回でとぎれてしまうような人とも電話した。これから買い物に行くとかごはん食べようかな?とかで終わるたいていはこんなだった。
ヘルパーさんの中島さんという女の人からその人から電話来なくなるのが悲しいの?ときかれた時も私は泣いていた。△△さんは泣いてるより笑ってる方がいいですよと中島さんが帰りぎわにいった。
中島さんの車で買い出しから帰ってくるさい虹から電話かかってきたこともあった。イヤホンして話せるよといって少し話した。文章だけじゃ人はわからないなという以前いってたことの訂正の電話だった。
食事時に虹から電話かかってきて△△が泣いてるんじゃないかと思ってと、すぐ切ることになったけど、いわれたことがあった。
私は電話くるんだなと少しほっとした。
それでも私は規約違反のラインこうかんがやめられなかった。
アリスのきこんしゃの男の人ともやりとりしてライン移動というものをした。その人は虹のぐちをよくきいてくれた。アリスにも星にもふられたとぐちった。
ふられた日には電話もたくさんした。電話相談の番号にあちこちかけた。りかさんにも電話した気がする。貝谷さんに電話したときには私は飽きられたんだといった。貝谷さんは電話一週間に一回でもぜいたくだといった。 きよみちゃんに電話やラインしたときにはなんで、ラインと電話だけで、そんな風になるのかわからない、電話とラインですることはかわらないといわれた。最初にラインつながりした高校の同級生にはふられたと送ってだろうねと返された。今度は友達でいてくれるんだってと送ったら、口きいてくれて良かったねと返ってきた。
いのちの電話にも電話した。つながった。男の人が出た。私の通話相手は作詞家だとかグーグルミュージックのその人の歌詞の歌に高評価をつけることが趣味だときかれてるうちにしゃべった。
ある日虹から電話かかってきて、母にあんたいい加減にしなさいよというようなことをいわれた。〇〇だよ、お母さん、と電話相手が虹であることを説明した。
私のしてることはあっさり虹にばれた。虹も母と同じようにあきれてしまった。「俺、電話してた。」ともいった。「やっちまったな。」みたいなこといわれた。私は「ブロックされたり音信不通になるばかりだった。」といった。実際そうだった。
もうやめるようにいわれて、プロフィールに移動しないときさいするようにすすめられて名前もかえるようにいわれて片仮名から平仮名にしただけどかえた。
虹には品位がさがる。ネットの人に私が会うようになったら縁を切る、まきこまれたくないともいわれた。
そのころ私は京都の女の人ともやりとりしてラインでもやりとりするようになっていた。その人には電話すると頭が起きてしまうのでとへいふくの絵文字で通話は断られた。
お金は約束の日に無事返ってきた。
母はデイサービスの他に町内の敬老会に月に一度ほど行っていた。町内会はすでに脱退していた。
ノンアルコールがでたとか母の訪問看護の人にしゃべってることもあった。私にお菓子やおにぎりを持ってくることもあった。
歩いて行っていたけど、すぐにタクシーを使わざるを得なくなった。場所はほんのすぐそこなのにだ。
きよみちゃんが来てくれたさいもスーパーでは車いすだった。
よほど調子の良いときでないとうまく歩けなかった。
整骨院まで歩いて行ったときには、帰りにとてもなんぎしたようで、迎えに探しに行った奈緒ちゃんを本当に頼りにしていた。
ケア・マネさんの保坂さんや母の訪問看護師たちのすすめで訪問マッサージ受けることになった。
母は体験を受けて決めた。
訪問マッサージ師は目の悪い人で女の人のドライバーさんと一緒に来た。
そのころには母はデイサービスに行く回数を週に二回から一回に減らしていた。ので週に二回来ることになった。
訪問マッサージの人の戸谷さんという男の人は話し方もていねいで母の話しもよくきいてくれた。ドライバーは二人とも女の人で山口さんは明るくて元気で話しやすい人だった。小阪さんも物腰がやわらくて感じの良い人だった。
母の訪問看護師が来るのが週に二回で、訪問診療の医師が来るのが月二回でデイサービスに行くのが週に一回。保坂さんと在宅クリニックの人と訪問マッサージのドライバーの人が毎月カレンダーを用意した。
虹はラインの返事はくれた。
私はおはようとおやすみとただいまを送るようになった。
ある日ただいまと送ったら未読だった。
さみしいじゃないかとまたさらに送った。
いい加減ブロックするぞ!と返ってきた。
迷惑だったらいってねと以前のラインでいってあった。
ごめんと返した。
私は動ようした。
さらに迷惑だったらいってねといってあったはずなのに、迷惑だったんだね、ごめんとさらにラインした。
その上ショートメールでも同じ内容のメールした。反応が怖くて、今はりかさんと電話してるからねとも送ってりかさんと電話した。
次の日ショートメール作成した。
〇〇、ショックだったから、私、虹のライン消したよ。
送るつもりなかったけど、スマホ持っているうちに送信をしてしまった。
今度はさっきのメール間違えて送った、やり直させてみたいな文面を作った。
家に来ていた保坂さんにどうしようどうしようといいながらメール見てもらって送った。保坂さんは「いいときに来たね私」といった。
当然反応はなかった。
またアプリにぐちりまくった。
ショックだったからラインさくじょした。ブロックでも非表示でもなくさくじょとか結局IDさがしてもとにもどしてしまったよ、(私はアリスのりれきからIDを検さくし直した)何やってるんだろう、私とか。
午後になって電話した。留守電だったのに夕方までに三回も電話した。
虹から電話かかってきた。あのね、会議だったの?といっていた。虹は私に「精神が病んでいるのか?」といって私が送ったショートメール読み上げた。
夜も電話した。会議というのは〇〇は市役所に金銭管理を頼むことになっていたので、その会議だったらしい。
ごめんで終わってるのにさらにライン来たからブロックしたといってた。ブロックされてたことにはじめて気がついた。
「俺のことも考えてくれたか?」といわれた。私はおやすみなさいに返信ないの?と返して無理に返信をもらったこともあった。
「たまにだったらいい?」ときいた。
「たまにだったら」と虹はいった。ラインのブロック解除してもらった。
母は月に一回、めんえき療法の薬を点てきするため兄の送迎でがんセンターに行くことになっていた。兄が来るのが遅い日は玄関でいすに座って待ってたり外をうろうろしたりしていた。
「お兄ちゃん、お母さんが玄関で待ってるよとお兄ちゃんにラインしてやった」とりかさんに電話でいった。電話番号で知り合いかもと表示されてるのは知ってたけど、使ったのはその時はじめてだった。
母が通院していた病院でコロナが出た。 クラスターで消毒が必要になって多くのかん者は待たざるを得なかった。
虹は2013年からツイッターやってるといっていた。
私はやってなかったので、作詞家虹のツイッターで検さくして見てた。
虹はネットストーカーというものに悩んでいた。
どうやら、そのストーカーは虹に殺されかけたと思ってるらしかった。きょうはくされたとツイートされてた。
私は、ひとのあらそいを楽しむようなやからのゆかいはんが別にいるのではないか?とひそかに怪しんでいたが、ほんとのことはわからなかった。
ある時虹にラインして、電話もらった。「ツイッターのDMではげましてもらってたのにさみしいから電話ほしいというのは間違ってるんじゃないか」と怒られた。
その時、電話したがったのはわけがあった。
りかさんと電話してた晩、ラインが来た。
アプリで最初につながった女の人のだんなさんからだった。
私は「ぎゃあっ!」と叫んだ。
りかさんと通話中、大声で泣きはじめた。
今晩、連絡が遅くなってすみません。よめは二月二十三日に亡くなりましたとあった。
私が虹と通話してたり、もめたり、すがったりしてる間にその人は亡くなっていた。
私はへんだよ、へんだよ知らない人なのにこんなに泣くなんてとりかさんにいった。
りかさんはおろおろして
「だってやりとりしたんでしょう?」といった。
精神しっかんのあるきつさや病気のことなど、ラインで、話しあったことがあった。
また、アリスにぐちった。
虹本人は悪いことしてないのにといってたけど、アリスに入れなくなっていたので虹(〇〇)に見られる心配はなく、私はアリスにけいとうするようになっていた。しまぐらしも同様だった。
アリスの男の人からは「ひどいね」と返信があった。別の女の人からは「なんだかんだいって電話してくれるやさしい男性では?」と返信があった。「そうですね。そうです。」と返した。
ラインでだんなさんにきいてのちに自殺であることを知った。
星の王子さまで、その女の人のりれきさがしだして、「さよならずっと忘れないよと」告げた。
ツイッターのDMがどういうものかその時はわからなかった。
虹はツイッターのアカウントかぎアカウントにしたので私は虹のツイートが見られなくなった。
虹、ツイッターかぎアカウントにした、私もフォロワーさんにしてとラインで頼んだ。
返事はすぐ来なかった。
夜になって虹(〇〇)から電話来て、アカウントないとだめなんだぞといわれた。アカウントはすでに作ってあった。俺にツイッターそんなにみたい?ともいわれた。
ともあれ、無事そうごフォローにしてもらった。
作業療法師の小島さんと不安な時、どうしたらいいか話しあったことがあった。人によっては紙を破くとかわあっと叫ぶとかいろいろあるといっていた。私も考えてみるようにいわれて、手帳に文字をかくとかコーヒーや甘いものを飲むとかスマホで遊ぶとか書いた。
それにツイッターを見るというこうもくが加わった。
旭川に行けた。
母の姉が亡くなっていた。
母の兄妹の二番目の姉だ。一番上の母の姉はもっと前に亡くなっていた。
腸へいそくで突然死だったらしい。
そうぎには行けなかったが、お彼岸に合わせて行った。
兄の運転で母と私と三人で行った。
母の兄妹の四番目の姉夫婦をたずねてから、二番目の姉のだんなさんが入ってるしせつに行った。それから三番目の兄夫婦がいる家に行って、二番目の姉の子どもも来てるなかで、話しした。おじはデイサービスに行くことけんとうしてるなど兄に話していた。兄は自分の仕事の話しなどきかれているうちに話していた。
帰り際兄はかっちゃんもたいへんだねと従姉の明美ちゃんにいわれていた。
その帰りに私は大失態をした。後部座席のシートベルトしてなかったのだ。
おまわりさん二人に止められて、「え俺?」といぶかりつつ兄は車を止めた。
なんでもあと少しでゴールド免許だったらしい。
母はもう少し兄にいてほしかったようだったが、
「俺、落ち込んでるから、いい?」といってすぐに帰った。
私のせいですっかり意気消沈させてしまった。
私の誕生日に虹にラインした。
私、四十七歳になったよとラインした。
㊗️おめでとうと返ってきた。
電話はもらえなかった。もらえたけど、作業所にいる時だった。
電話くれてたんだね、うっかりしてたんだねとラインした。
けれども、音さたがなかった。
また、星やアリスやしまぐらしにぐちった。
眠れなかった。
星の王子さまに星をあずけて女の人にはわかるもらった。
次の日は電話来た。
声でもおめでとうくれてありがとうとラインした。おぅっと絵文字つきで返ってきた。
その後になっても虹から電話来た。
誕生日だっていうから、ラインのきせかえくれるという。虹は私が以前好きだといったまんがのこと覚えていた。おすすめに出てきたという。プレゼントフォーユーの文字と絵が送られてきて、受けとるをタップした。どんな風になってるのか見たいというので画面メモとってラインで送った。
前の日に落ち込んでたのも忘れて私はすっかりはしゃいでいた。
病院が再開するしばらく前、母の訪問看護師の藤田さんという女の人が、母の顔色の写真をぱしゃぱしゃととっていた。
母は病院に行ったが帰された。
母は最初の病院に入院することになった。
母の顔色は黄色くてむくんでいた。
入院の準備は義理の姉の義理の姉の奈緒ちゃんがしてくれた。
虹にラインするのはへんかなと思いつつラインした。
お母さん、別のしっかんがわかって入院した。
送信取り消しにしたけどなぜか読めたらしい。後で〇〇から電話かかってきた。
〇〇は「あーあ」といい、もう「そんなことになってるのか?」といった。
私はまたチャットアプリに不安だといいまくった。
アリスの一人の女の人がたんかんの治療がすめば、がんの治療も再開できると教えてくれた。
奈緒ちゃんにお母さん肝臓がんなのかな?とラインしたりした。
奈緒ちゃんにいろいろラインでききまくっていたら、兄からはじめてラインが来た。奈緒ちゃんがくちぞえしてくれたのかもしれない。
お母さん、肝臓がんというわけでなくていろんなところにがんができてる。肝臓のそばにもできていて、胆汁を止めてる。流すための治療で入院期間もだいたい知らせてくれた。
奈緒ちゃんのお母さんからのれいこさんからも電話来た。
兄からのラインのおかげで説明することができた。
「△△ちゃんに電話してよかった。」といわれた。
それから母からも電話来て、少し話せて、私の不安は少しやわらいだ。
予定より長くかかったけど、母は退院した。しまぐらしに
「母が退院した、がん治療はこれからです」とびんを流した。
母は肝臓にくだ、ステントというらしい、をいれることになった。
虹から電話があった。
ポイントがほしいとかで、出会い系のアプリ、友達しょうかいさせてといってきた。年齢認証しなければ迷わくはかからないからと。私は年齢認証した。そこでもラインこうかんした。私はライン移動というものをやめきれていなかった。
やりとりしてるうちに下ネタ大丈夫ですか?ときかれた。ていどによると返した。口でもまんこでもあそこ好きでしょと返ってきた。ていどによるといったけどアウトですねと送った。すぐにブロックされた。
また、アリスにぐちった。
「誰にもぐちれない(下けい)」
女の人から返信が来た。
「みんながそういう話ししたいわけでないの」にとか、こっちがブロックしたいくらいだ」とか返ってきた。友達にポイントしょうかい頼まれただけなんだ、「退会しようかな」と返信しながら思った。
退会手続きして、アリスで返信くれた女の人に「退会した、ろくなやつがいないときこん者が多すぎるとコメントして」と送った。
グッドの絵文字返ってきた。
私は虹に怒られるかな?と思っていたけど、虹は私がライン移動やめきれてないこと知ると、
「ひどい目にあってないか?」と心配した。
下ネタぶつけられたから退会したとも話した。
けれども私は他の婚活アプリやその出会い系アプリでさらに何人かとラインでやりとりするようなことがあった。
そのうちの一人のボブ、ライン名がボブなのだ、と会うことになった。〇〇に縁を切られるのかなとも思った。
待ち合わせ場所にショッピングモールのきっさ店を指定したら、なぜか駐車場を指定してきた。
行くつもりでいると母は
「きよみちゃんを呼んで、包丁をといでもらう。」といった。
きよみちゃんはすぐに来てくれて包丁をといでくれた。
包丁をといでもらうのは母の口実だと説明した。
きよみちゃんに
「何かあったらどうするの?子どもでもできたらどうするの?」と止められた。
「人の多いところで、安全に会うのならいい」ともいわれた。
結局、ボブには会わないことになって、じゃあラインやめるかとボブからライン来てボブのラインはさくじょした。
虹は新しいアルバムを配信予定だった。
私は以前のアルバムを買ったことがあった。まるっと売れているんだよなと虹は不思議がっていた。私が買ったとわかるとやさしいな△△はといっていた。
虹から電話かかってきた。
「レコチョクでは出てるけどグーグルでは出てないか」といわれた。その時はまだ出ていなかった。いつものように不安で泣いておさまったとき、グーグルに出ていることに気がついた。私は月額いくらでグーグルミュージック聞き放題にしてたけどまた買った。
新しいアルバム聴いたよ、買ったよと虹のラインにラインした。
きどくがつかなかった。
忙しいのにごめんとかもラインした。
夜〇〇から電話かかってきた。
「寝てた。電話光ってるのは気がついたけど」といっていた。
「そっこうだな」といわれた。何が気に入ったのかもきかれて何曲か曲名をあげた。
ラインのらんに並ぶ友達は多くはほぼ他人で私は通話依存のままで虹(〇〇)はいつくるかわからない通話相手で、私は統合失調症で、母はがんで。
けれどもその晩、虹が配信した新しいアルバムの音楽を聴きながら、私は多幸感につつまれていた。
ただタイミングが合わず通話できないことはよくあること。
それでも私はくいさがって、〇〇と電話したがったことがあった。
〇〇は私が作詞家虹にでもなく電話にでもなく〇〇自身に依存していると知ってあせった。
あせってラインよこして来た。
「しばらく距離をおこう。」
しまぐらしにまたびんを流した。
私は通話依存なのですが、電話相手にしばらく距離をおこうとラインでいわれてしまいました。今は怖くておそろしい気持ちでいっぱいです。
母が近所のおばさんの佐々木さんの家のところに行くというので、一緒に行くことになった。
虹のラインにラインした。
「考え直してくれない?泣きそうな時には俺に電話しろといってくれたじゃない?」 (そういってくれたことがあった、お母さんも私が泣いてたらきついだろうからと)
「依存は執着になって危険だ」と返ってきた。
「〇〇にしては気がつくのが遅かったね。もうぼろぼろなんだよ。」
「何がぼろぼろなんだ?」と返ってきた。
「察しろ。」
と送った。
母と一緒に近所を歩いて、
「お母さん、私、〇〇にいいたいこといって、ちょっとすっきりした。」といった。
母は歩くのでせいいっぱいだった。
近所の佐々木さんはたまにごはんを持ってきてくれたり、私も家に行ってコーヒーをごちそうになったり、ひっこして来てから母が最初に仲良くなった人だ。
顔を見て少し話して、家に帰った。行く時や帰り道、歩きながらあそこ花が咲いてるねとかオブジェのあるところがあるよとか話した。
家に帰ったら虹からライン来ていた。
「文章だとそんないいかたするんだね。」
「言葉は言霊だ。」
〇〇から電話かかってきた。
「何がぼろぼろなんだ?」
「だって電話依存症の人がしばらく距離をおこうといわれたらあせる」
自分のことはうまく説明できないものだ。
結果的にその時は、距離をおくことにはならなかった。
「いたいよう」「いたいよう」と玄関先からへんな声がきこえてきたのは、私がいつものように電話でカウンセリングセンターの人に不安だ、怖いとかいってる時だった。
カウンセリングセンターの三つある電話番号は心のセンターの女の人が教えてくれた。
相変わらず私の通話依存は治っていず、けいたい会社に電話して月額二百円のオプションで割り込み通話というものにもしてもらっていた。
玄関先に行ったら母はシューズボックスのかわりにおいてあるたなにへんなかっこうでしがみついていた。
トイレに行こうとして転んだらしい。
私は悲鳴をあげつつも在宅クリニックに電話した。
母の訪問看護師の藤田さんが来てくれることになった。
楽な姿勢をとらせるようにいわれた。
母は排便した。
私はそれをトイレットペーパーでふきとって、「お母さん!」とまた悲鳴をあげた。母はさらにまた排便した。
トイレットペーパーで片付けて、藤田さんが来てから、母を二人で茶の間へ運んだ。
最初の病院には、在宅クリニックの訪問看護師のかどわきさんという女の人と私と三人で行って母のことは頼んであった。
訪問診療の医師も来て医師が兄に連らくして、しばらくがんセンターで点滴治療続けられていたものの、母はまた入院することになった。
土曜日だったので当日すぐ入院することになった。
母は玄関先でちょっとのあいだだからねと振り返りつつ兄に連れられて病院に向かった。
母がたんかん炎で入院するのは二度目だった。
虹にラインした。また送信取り消しにしたけど、なぜか読めたようだった。
兄に母に持たせる荷物のなかの探し物見つかった、電話するとか、出ないとか、その日の電話はばたばたして終わった。
夜になっておうちに一人で心細いよ。と虹にラインした。忙しいと返ってきた。
別な日、夜遅くこんな時間だけど電話してもいい?とラインできいた。電話かかってきた。奈緒ちゃんや近所の宗教のおばさんのまゆみさんがおそうざい持ってきてくれたこととかしゃべった。
「見守っててくれる人たちがいるんだから弱気になることはない。」といわれた。
いとこのきよみちゃんが家に来てくれたとき、病院に荷物届けに行くことになった。




