第98話 孤児院での小さな笑顔
石畳の細道を抜けると、こぢんまりとした建物が見えてきた。白壁に木枠の窓、庭には洗濯物がひらひらと揺れている。そこが孤児院だった。
扉を開けると、十数人の子どもたちが一斉に振り向いた。
「ごはんだー!」
「わぁ、いっぱい!」
笑顔がはじけ、駆け寄ってくる小さな足音が床を叩いた。
「順番だよ、押さない押さない」シアンは荷物を持ち上げながら苦笑する。
荷物を置くと、子どもたちはわらわらと取り囲んだ。その中で、ひときわ注目を集めたのはリントだった。
「わぁ! 白いオオカミだ!」
「ちっちゃい、かわいい!」
「ふわふわだ〜!」
「ル、ルアッ……!」リントは驚いてシアンの後ろに隠れたが、子どもたちに撫でられると、すぐに尻尾を振り始めた。
「うわぁ、尻尾ふってる!」
「こっち向いた!」
「耳が丸いよ! かわいい〜!」
次々と声があがり、リントはあっという間に人気者になった。
「お前……完全に中心だな」シアンが苦笑する。
「シアン、ぼく……なんか照れる」リントが小さな声で呟くと、子どもたちは「しゃべった!」と歓声を上げた。
食料を分け終え、簡単な昼食を一緒に取ることになった。大鍋で煮込まれたスープを囲み、子どもたちは楽しそうに笑っている。
「お兄ちゃんたち、冒険者なの?」
「うん、そんな感じかな」シアンは頷いた。
「かっこいい! モンスターとか倒すんでしょ?」
「倒すけど……怖い時もあるよ」
「でも守ってくれるんだよね!」
無邪気な言葉にシアンは一瞬言葉を詰まらせた。だが、隣でロアスが頷いた。
「……守る」
その一言で子どもたちは「すごーい!」と歓声をあげた。
「リントは何してるの?」
「ぼくは……シアンと一緒に戦うんだよ!」
胸を張る幼狼に、子どもたちはまた歓声をあげた。
「かっこいい! 小さいけど勇者だ!」
「リント勇者ー!」
「勇者リントー!」
リントは耳を赤くしながらも尻尾をぱたぱた振り、シアンの方をちらりと見た。
「シアン……なんか、ぼく嬉しい」
「そうか」シアンは微笑み、頭を撫でた。
食後、庭で遊ぶ時間になると、リントは完全に子どもたちの輪に飲み込まれていた。
鬼ごっこでは素早く走り回り、かくれんぼでは小さな体をうまく隠す。見つかれば「きゃー!」と追いかけられ、捕まると「リントつかまえた!」と笑い声が響いた。
その光景をシアンは縁側から眺めていた。
(……あの頃の俺も、こうして笑えていたら違ったのかな)
心に淡い痛みが差したが、今はリントと共に笑っている。過去を重ねつつも、確かな現在がある。
やがて日が傾き、神父が子どもたちを呼び戻した。
「今日は本当にありがとう。子どもたちも喜んでいました」
「こちらこそ。……また来てもいいですか?」
シアンの問いに神父は柔らかく微笑んだ。
「ええ、いつでも」
孤児院を後にする時、リントは子どもたちに手を振られながら、「また遊ぼうね!」と元気に答えていた。
◇
帰り道。ロアスが横目でシアンを見る。
「……悪くない顔だ」
「え?」
「さっきまで、寂しい顔をしていたが……今は違う」
シアンは少しだけ照れ笑いを浮かべ、リントの頭を撫でた。
「……ああ。悪くないな」
孤児院での交流を通じて、リントはすっかり人気者になりました。子どもたちとの笑顔のやりとりは、シアンにとっても心を癒すひとときとなったようです。次回も18時更新です。




