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第97話 孤児院と奴隷市場

「防護服の完成には……そうね、三日は欲しいわ」

ローザが工房の大きな作業台に布地を広げながら言った。

「裁断して、縫い合わせて、加工して……あの子にぴったり仕上げるには、手間暇惜しまないから安心なさい」

「三日か……」シアンはリントを見やった。幼獣は丸い耳をぴくぴく動かしながら、嬉しそうに尾を振っている。


「じゃあ、その間に依頼でも受けようか」

ロアスが静かに呟き、シアンはうなずいた。




教会の扉を押すと、荘厳な鐘の音が微かに響いた。白い法衣をまとった神父がこちらに歩み寄ってくる。

「依頼を探しておいでか?」

「はい。何かお手伝いできることがあれば」シアンは一礼する。


神父は温和な笑みを浮かべた。

「では孤児院に食料を届けていただけますか。孤児たちのために用意したものですが、運ぶ人手が足りなくて」

「孤児院……?」シアンが首を傾げる。


「そうです。事故や病で親を亡くした子、身寄りのない子、あるいは保護が必要な子が暮らしています。いわば、子どもたちの家のようなものです」

シアンは目を瞬かせた。自分の知らなかった施設の存在に、胸の奥がざわめく。


「じゃあ……奴隷市場にいる子とは違うんですか?」

思わず問いかけると、神父は一瞬だけ目を伏せた。

「奴隷市場に並ぶのは、犯罪を犯した者や借金を背負った者……そして、残念ながら親に売られた子どもたちです。孤児院の子とは立場が大きく異なります」


シアンの胸の奥に、冷たいものが流れ込んだ。

孤児院――。奴隷市場――。

その響きが、蒼として過ごした現実を呼び覚ます。


(俺も……施設で育った。あの時の寂しさ、冷たい夜、手を差し伸べてくれる大人の温もり……。ここでも同じような子どもたちがいるのか)


気づけば拳を握り締めていた。孤児たちに食料を届ける。ただそれだけの依頼が、胸の奥で重く響いた。




「シアン……?」

隣でリントが心配そうに顔を覗き込む。

「なんだか……悲しい顔、してる」

ロアスも黙ったまま、ただその横顔を見つめている。


シアンは一瞬迷い、そして無理に笑みを浮かべた。

「大丈夫。なんでもないよ」

「ほんとに?」リントが首をかしげる。

「本当だ。……ただ、少し考えてただけ」


無邪気なリントの瞳が、シアンの胸を締めつけた。過去は消えない。けれど今は、仲間と共に歩んでいる。その温もりを、失わないために。


「さぁ、食料を届けに行こう。子どもたちが待ってる」

笑顔を作り直し、荷物を抱え上げる。ロアスが黙って後ろに付き、リントが「うん!」と元気に応えた。


孤児院への道のりは、どこか特別な意味を持っていた。


シアンの過去と、孤児院・奴隷市場の存在が重なり、胸に去来するものが描かれました。次回は実際に孤児院を訪れ、子どもたちとの交流が描かれます。

次回も18時更新です。


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