第92話 幼き牙の実戦
王都近郊の丘陵地帯。
討伐依頼の対象は群れで現れるトカゲ型モンスター《スケイルリザード》。鱗の硬さと敏捷さが厄介で、初心者向けとはいえ油断すれば痛い目を見る。
「リント、今日は本番だ。大丈夫か?」
「うん! ぼく、がんばる!」
幼狼は胸を張るが、その瞳にはわずかな緊張の色が宿っていた。
シアンは凍光包丁を逆手に握り、前に出た。ロアスは無言で横に並び、視線を鋭く光らせている。
三体のリザードが姿を現す。鋭い爪で地を裂き、素早く跳ねるように襲いかかってきた。
「リント、光を前に!」
「う、うんっ!」
リントの体が淡く輝き、次の瞬間、轟音のような光線が放たれた。
ズガァァンッ!
目映い閃光が敵を貫き、リザード二体が一瞬で灰燼に帰す。
「……えっ」
「ルアッ!?」
シアンとリントの声が重なり、そして無言のロアスが――目をまんまるに見開いていた。
寡黙な幻獣があそこまで驚いた顔をするのは、初めてだった。
「リント! すごいけど、出しすぎだ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
幼狼は尻尾を縮め、耳を伏せる。残った一体が素早く横から飛びかかってきた。
「落ち着け! 次は少しだけ力を抑えて!」
「……やってみる!」
リントは小さく息を吸い、再び光を練る。今度は細い矢のように放ち、敵の足を射抜いた。リザードが動きを鈍らせた瞬間、シアンが踏み込み、凍光包丁で急所を突き刺す。
「よし、決まった!」
戦闘が終わり、リントはしょんぼりとシアンを見上げた。
「ぼく……やっぱり、うまくできない」
「いいや、できてる。最初は誰だって全力しか出せない。でもさっきの二回目、ちゃんと抑えられてた。大事なのは、少しずつ加減を覚えることだ」
「少しずつ……」
「そう。俺も氷魔法を覚えたときは、ただ凍らせるだけで精一杯だった。でも練習して、今は支援にも攻撃にも使えるようになった」
リントはしばし考え込み、やがて小さく頷いた。
「……じゃあ、ぼくも少しずつ頑張る」
「それでいい。リントはちゃんと強くなってる」
隣でロアスが無言のまま立ち上がり、ゆっくりとシアンとリントの前に歩み出る。鋭い目で辺りを見回し、もう敵がいないことを確認すると、わずかに尾を振って彼らの傍らに腰を下ろした。
それは言葉ではなく――確かな信頼の証だった。
◇
帰り道、リントは小さな声で言った。
「ねぇシアン、さっきロアスがすっごくびっくりしてたよね」
「ははっ、そうだな。あんな顔、俺も初めて見た」
「また見たいな」
「じゃあ、ロアスを驚かせるくらい強くなるって目標で頑張るか」
「うん!」
幼獣の笑顔は、戦場の余韻を一瞬で吹き飛ばすほど眩しかった。
リントの初めての実戦クエストは、暴走から始まりましたが確かな成長へと繋がりました。次は彼がさらにどう変わっていくのか、シアンとの関係も深まりそうです。
次回も18時更新ですので、ぜひ読みに来てください!




