第91話 幼き牙、白銀の輝き
「リント、今日は少し訓練してみようか」
マイホームの庭に立ったシアンが声をかけると、幼狼はぱっと顔を上げ、耳をぴんと立てた。
「うんっ! がんばる!」
リントはまだ小柄だが、氷と光の二属性を宿す資質を持つ。だがその魔力を扱いきれず、戦闘の後はぐったりと眠り込むことも多い。
シアンは凍光包丁を腰に差したまま、軽く木人を設置した。
「今日は力じゃなくて、魔力を丁寧に扱う練習だ。疲れたらすぐ休んでいいからな」
「わかった!」
リントは小さく深呼吸し、前足に光を宿す。青白い輝きが淡く揺れ、木人へと飛んだ。
だが勢い余って光が暴発し、庭の地面に小さな穴をあける。
「わっ、ごめんなさい……!」
尻尾をしゅんと垂らすリントに、シアンは首を振った。
「謝る必要ないよ。失敗は悪いことじゃない。むしろ今のは、力を出しすぎるとどうなるか分かったってことだろ?」
リントは少しだけ顔を上げる。
「……ほんとに?」
「もちろん。俺だって氷魔法のときは散々失敗してる。最初は氷結の魔法で自分の足を凍らせたこともあるんだぞ」
思い出し笑いをするシアンに、リントは目を丸くした後、くすっと笑った。
「シアンも失敗したんだ……じゃあ、ぼくも平気だね」
「そうそう。俺たちは一緒に成長していけばいいんだ」
再び魔力を練り直したリントは、今度は光を小さな矢に変え、木人に突き刺した。
「やった……!」
「うまい、今のは安定してた」
その声にリントはぱぁっと顔を輝かせ、尻尾をぶんぶん振る。
ロアスは無言で隣に立ち、壊れた地面を前足で軽くならして整える。幼獣の未熟な訓練を黙って受け入れる、その姿にシアンは心が温かくなった。
「ありがとう、ロアス」
「……」
返事はない。ただ、横に寄り添うその存在が、何よりの支えだった。
訓練を終えたリントは、シアンの膝に頭をのせて座り込む。
「ねぇ、シアン。ぼく、役に立てる?」
その不安げな瞳に、シアンは即座に答えた。
「立ててる。リントがいるから俺は戦えるし、リントが頑張るから俺ももっと頑張ろうって思える」
リントの耳が赤くなるようにぴくぴくと動き、尻尾がまた揺れる。
「……ほんとに?」
「ほんとだ。だから、自分を信じていい」
リントは小さな声で「ありがとう」と呟き、そのまま眠りに落ちていった。
その寝顔を見守りながら、シアンは静かに誓った。
—この小さな幼獣の成長を、絶対に支え続ける、と。
夜風に揺れる草花の向こう、ロアスが黙って座り込み、月明かりに白銀の瞳を光らせていた。
リント成長回でした。次回も18時更新となります。




