第90話 凍光包丁の真価は台所で
森の奥。木々の間を抜けると、苔むした岩場の影から小型の猪型モンスターが飛び出した。
「リント、任せた!」
「うんっ!」
リントは地を蹴り、白銀の毛を逆立てる。掌に宿した光が凝縮し、閃光のように猪へ叩き込まれた。
「ルアアッ!」
まぶしい一撃に猪が怯んだ隙に、リントは鋭い牙で喉元を噛みつき、転がして押さえ込む。
「……やるな」
ロアスが感心したように言い、シアンは急いで討伐完了の確認をする。
《ドロップ:猪肉・野草スパイス》
「よし、これで材料は揃った」
マイホームに戻ると、庭に植えた芽がほんの少し伸びていた。
「お、順調だな。……さて、料理の時間だ」
シアンは猪肉を調理台に置き、凍光包丁を手に取る。刃が青白い光を放ち、冷気がゆるやかに広がった。
まずは下処理。脂を削ぎ落とすと、冷気が肉に染み込み、血の匂いが驚くほど抑えられている。
「……これはすごい。臭みが全然残らない」
包丁の軌跡に沿って肉の繊維が整い、切り口は滑らかでしっとりとしている。まるで高級肉のような仕上がりだ。
ロアスが横から覗き込み、低く唸った。
「戦場だけでなく、台所でも力を発揮するか」
「ほんと、万能すぎるね」
シアンは笑いながら野草スパイスを刻む。包丁が触れた瞬間、香りが強く立ち上り、リントが鼻をひくつかせて目を輝かせた。
かまどに鍋を置き、肉とスパイスを煮込む。煮立つ香りは芳醇で、包丁で整えられた肉が崩れることなく柔らかく仕上がっていく。
完成したのは「猪肉のスパイスシチュー」。深い茶色のスープに肉と野菜が泳ぎ、湯気がゆらゆらと立ちのぼる。
「さぁ、できたよ」
シアンが器を並べると、リントは真っ先に飛びついた。
「おいしい!すっごくおいしい!」
小さな口いっぱいにシチューを頬張り、尻尾をぶんぶん振る。
ロアスは黙って口に運び、しばし沈黙した後で短く言った。
「……悪くない。肉の質が別物だ」
それは、彼なりの最高の褒め言葉だった。
シアンは器を抱きながら、ふっと笑みをこぼす。
「戦闘だけじゃなく、料理の品質も変えてしまうなんて……この包丁、本当に俺らしい武器だな」
冷気を宿した刃が、戦いと食卓、両方の未来を切り拓いていく。
次回18時更新です。お楽しみに!




