第9話 報酬と、包丁を持つ時間
ラビット討伐を終えたシアンは、ギルドに報告へ向かいます。
報酬を受け取ったあと、ふと“料理がしたい”と思い立ちます。
ギルドに戻ると、受付にはふたりのスタッフがいた。
「討伐完了、確認済み。お疲れ様です」
左側のNPCが、変わらぬ無機質な笑顔で言う。
「どうでした? ラビットって意外と動きますよね」
右側のプレイヤー受付が、明るく笑いかけてきた。
シアンは軽く会釈を返す。必要な分だけのやり取り。
『報酬:銀貨5枚+追加支給(討伐数×2)』
ステータスウィンドウに報酬が加算される。
報酬を受け取ると、特に引き止められることもなく手続きは完了した。
ギルドの扉を出ると、夕方前の街の喧騒が広がっていた。
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「……食材、か」
通りに並ぶ露店のひとつで、乾燥ハーブの香りが風に乗ってきた。
手元には、装備用の包丁。
調理師スキルと、基本セットもある。
なのに、一度も使っていなかった。
「せっかくだし――久しぶりに、自分のために作ってみるか」
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露店で、小麦と卵、乾燥野菜に干し肉を購入する。
なんとなく、冷たい系の野菜やハーブを手に取っていた。
氷属性に引っ張られているのか、それとも――ただの好みか。
調理設備のある生産ギルドへ向かい、キッチン利用証を提示。
借りたのは、小さな個室のような調理スペースだった。
かまど、シンク、作業台。必要最低限だが、どれもきちんと整っている。
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包丁を手に持つ。
「……悪くない」
現実で使っていたものと、持ち心地がほとんど変わらない。
手の動きも迷いがなく、身体が覚えている。
湯を沸かし、野菜を刻む。干し肉を炒め、スープを仕上げる。
パンは簡易オーブンで焼き上げ、湯気の立つまま皿に載せた。
スープの香りが部屋に広がると、不意に胸の奥が温かくなる。
……誰かが傍にいたら、って。
なに考えてんだか。
苦笑しながら椅子に腰掛けた。
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テーブルに並ぶスープとパン。
ひとりで食べるには、少し多かった。
「……ま、余ったら保存しとけばいいか」
誰に食べさせるつもりだったのかは、わからないまま。
けれど、確かに今日の料理は――
“誰か”のために用意したような気がした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はギルド報告と、久しぶりの“料理をする時間”を描きました。
シアンの中で少しずつ芽生えていく、穏やかな気持ち。
それが、やがて“誰かのため”へと変わっていく未来も、
どうか見守っていただけたら嬉しいです。
次回も18時にお届けします!