第84話 花を育てる手のひら
王都の花市場を歩いた翌日、シアンの胸には小さな決意が芽生えていた。
「……花を育ててみたいな」
マイホームの庭に花が咲けば、ロアスやリントと過ごす時間ももっと彩りを増す。だが、ステータス画面を開くとスキルポイントは残っていない。
「スキルがないと、花育成は難しいか」
ため息をついたその時、昨日の市場で声をかけてくれた花屋のNPC女性の言葉を思い出した。
――「本気で花を育てたいなら、知識を学びにおいで」
◇
市場に戻ると、NPCの女性がにこやかに迎えてくれた。
「来てくれたのね。やっぱり花を育てたいのかしら?」
「はい。マイホームで……庭に花を咲かせたいんです」
「ふふ、それは素敵ね。なら、特別に教えてあげる」
彼女が差し出したのは薄い冊子のようなもので、草花の基礎知識がぎっしりと書かれていた。種の蒔き方、水やりの頻度、陽の当たり具合。話を聞くうちに、シアンの視界にシステムメッセージが浮かぶ。
《新スキル【花育】を習得しました》
「これで君も花育ての仲間入りね」
「ありがとうございます!」
シアンは深く頭を下げた。
◇
「ただ育てるだけじゃ物足りないでしょう?この市場で売っている“ランダム種”を試してみなさいな。どんな花が咲くかは、育てる人との縁次第」
NPCが差し出した袋を受け取り、シアンは植木鉢も購入することにした。木製の素朴な鉢に土が入れられ、準備は整った。
帰路、ロアスが小さく笑った。
「花まで育てるか……本当に落ち着かないやつだ」
「いいじゃん!きっと庭がきれいになるよ!」リントは尻尾を振りながら袋を覗き込んでいる。
◇
マイホームに戻り、庭の一角に植木鉢を置く。袋を開くと、中には大小さまざまな種が混ざっていた。どんな花が出るのかはわからない。
「……楽しみだな」
そっと土に埋め、氷魔法で軽く冷気を送り込み、水分を整える。
「芽が出たら、毎日見に来よう」
種はまだ眠っている。けれど、それはきっと、昨日の花市場で感じた鮮やかさを自分の庭に呼び込む始まりだ。
空を見上げると、春めいた風が庭を吹き抜ける。小さな植木鉢の中で、まだ見ぬ色が芽吹くのを静かに待ちながら、シアンは温かな胸の鼓動を感じていた。
今回はマイホームに新しい楽しみを持ち帰る回でした。次回も18時更新です。




