第83話 花冠のひととき
王都の大通りを抜けると、香りの渦に包まれる場所があった。花市場だ。石畳の上に並ぶ露店には、色とりどりの花々が咲き誇り、空気さえ鮮やかに染めているかのようだった。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
群青のデルフィニウムは空を切り取ったように澄み渡り、淡いピンクのチューリップは春の息吹を告げる。白く儚いカスミソウは霞のようにふわりと広がり、赤いポピーは小さな炎のように力強く揺れていた。通りを歩くだけで目も心も満たされていく。
「お兄さん、花のアレンジに挑戦してみない?」
声をかけてきたのは花屋のNPCの女性だった。彼女が渡してくれたクエスト用の籠には、いくつかの花を選び取る欄が用意されていた。
「アレンジか……料理に似てるかも」
シアンは微笑んで、花々を一輪ずつ手に取った。摘み取った瞬間から萎れ始める花もあるが、彼には氷魔法がある。掌に宿した冷気をふわりと花弁に流し込み、瑞々しさを保たせた。
「戦闘以外でも氷魔法は役に立つんだな」
ロアスが腕を組んでぼそりと呟く。
「きれい……!」
リントは尻尾をぶんぶん振りながら、黄色いマーガレットを選んで籠へ入れた。
◇
市場の一角、ベンチに腰を下ろして、シアンは花を編み込んでいった。茎を絡め、隙間に小花を差し込み、円を描くように形を整える。普段は包丁を握る手が、今日は花を織り上げている。
「できた……」
淡い青のデルフィニウムを中心に、白いカスミソウで縁取り、赤と黄色の小花をアクセントに散らした花冠が完成した。
「ほら、ロアス」
シアンはためらいなく彼の頭にそっと置いた。
「……俺に、似合うと思ってるのか?」
渋い顔をしたロアス。しかし花冠の下の耳がわずかに赤いのを、シアンは見逃さなかった。
「うん。意外と似合ってる」
素直に答えると、リントがころころ笑いながら同じように小さな花冠を被った。
「ほら、ぼくもお揃い!」
白銀の毛並みに、黄色いマーガレットと桃色のチューリップが映える。
「……ほんと、かわいいな」
シアンは笑いを堪えきれず、両隣の仲間を見渡した。
氷の刃で戦い、血を流すこともある彼らだが、この一瞬だけは穏やかな風景の中で、ただ花に包まれている。
「こういう時間も、大事だよな」
心の中で呟いた言葉は、春の陽射しのように胸に温かさを残した。
◇
市場を後にするころ、NPCから「素敵な作品だったね」と褒められ、小さなお礼の花束を受け取った。氷魔法でそっと包みながら、シアンは心の中で次の決意を固める。
──明日はまた戦いがある。だが今日は、この花冠と笑顔を覚えておこう。
今回は戦闘ではなく、日常のやわらかな一幕でした。花に囲まれたロアスとリント、想像してもらえたら嬉しいです。次回も18時更新です。




