第8話 霧の向こうにいた、ひとつの気配
ラビット討伐の帰り道。
霧が深くなる草原で、シアンは“名前のない存在”と目を合わせます。
それはただ静かに、彼を見つめていました――。
ラビットの討伐を終え、ギルドへ戻ろうと草原を引き返していたときだった。
道を踏みしめる足元で、草がシャリ、と音を立てた。
霜――。
氷魔法の残滓だろうか。
けれど、広がり方が妙だった。自分が使った範囲よりも、明らかに広い。
「……?」
辺りを見渡す。
風が止んでいた。霧が、少しずつ濃くなっている。
そのときだった。
視界の端。
木立の隙間、少し高台になった場所に――白い何かが立っていた。
人ではなかった。
でも、動物とも言い切れなかった。
ただ、目が合った。
こちらを、じっと見ていた。
⸻
動こうとした瞬間、霧がふわりと流れて、その姿を隠していく。
足音はしなかった。
姿も、気配も、何ひとつ残らない。
けれど、ただ一つ――
霧の中に浮かぶ、透明に近い氷の結晶が風に揺れていた。
氷魔法とは違う。
もっと細かくて、もっと……感情に似ていた。
『幻獣との契約条件:未達』
ステータスウィンドウが、一瞬だけそう表示して消えた。
⸻
契約はされなかった。
幻獣登録も、スキル変化も、何もなかった。
けれど、確かにそこにいた。
「……気まぐれな獣、ってやつか」
そうつぶやいて、歩き出す。
何も起きていないはずなのに、胸の奥が少しだけ、温かかった。
それは、
“初めて誰かに見つけられた”ような感覚だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今回はロアスとの“初接触”。
言葉も契約もないまま、それでも確かに心が動いた一瞬でした。
次回はギルドへの帰還と、小さな変化、そして再び始まる日常へと進みます。




