第78話 氷と炎と、食卓の魔法
今日は、ちょっと特別なごはんの日。
「さぁ、これが本日の主役だね」
木製のバケツに入った銀色の魚が、水面を跳ねてきらめいた。さっきまで川を泳いでいた命だと思うと、胸の奥がくすぐったくなる。
まずは、氷魔法の出番だ。掌をかざし、冷気をゆるやかに流し込む。魚の体が瞬く間に引き締まり、鮮度が閉じ込められる。刃物を入れると、身はしっとりとして、包丁に吸い付くようだった。
「おお……これなら臭みも抜けて、身も崩れないな」
ロアスが感心したように腕を組む。
「ルア、うまそう……」
リントは目をきらきらさせ、もう尻尾をぱたぱた揺らしている。
下処理を終えると、調理場の小さなかまどに火を灯した。今日は三品。
ひとつは刺身。氷水で締めた身を薄く引き、薬味と一緒に木皿へ。
もうひとつは、香味野菜と一緒に煮込む甘辛の煮魚。
最後は、塩を振って直火で焼き上げる香ばしい焼き魚だ。
火がパチパチと鳴り、魚の脂がじゅっと弾ける。香りが漂い始めると、ロアスが思わず鼻をひくつかせ、リントが「まだ?」と袖を引っ張る。
「もうすぐだよ」
笑いながら盛り付けを終えると、湯気と香りに包まれた食卓が完成した。
一口食べたロアスは「……うまい」と短く言い、噛み締めるように味わった。
リントは小さな口いっぱいに刺身を頬張り、「これ、毎日食べたい!」と無邪気に笑う。
氷魔法で守った鮮度、火で引き出した旨味。外は涼しい風が吹き、室内はかまどの温もりに包まれている。
その温度差すら、このひとときを特別にしてくれる。
「また釣りに行こうね」
自然とそんな約束が、魚よりもあたたかく胸に残った。
食器を片付け、店を出ると、昼下がりの街は穏やかに人が行き交っていた。
――けれど、今日の本来の目的はここからだ。
魚の余韻を舌に残したまま、私は二人と並んでギルドの建物へと足を向ける。
扉の向こうで待つのは、次の段階へ進むための試験と、ランクアップの証明。
おいしい一日の続きが、少しだけ緊張を伴って始まろうとしていた。
釣りから料理まで、全部が一つの冒険のような一日でした。
8月14日、15日はお休みします。




