第77話 初めての釣果と新たなスキル
新しい道具を手にしたら、試してみたくなるものです。
今日は、そんな小さな挑戦のお話です。
「よし、ここなら行けそうだ」
王都の外れ、小川が流れる静かな場所。市場から少し離れただけで、人の声が遠ざかり、木々のざわめきと水音だけが響く。
岸辺に腰を下ろし、シアンは初心者釣りセットを取り出した。木製の釣竿にリールを取り付け、餌をフックに通す。餌は倉庫番からもらった虫型の擬似餌だ。
「ロアス、リント。しばらくここでのんびりしよう」
声をかけると、ロアスは岸辺の岩の上に飛び乗り、川面をじっと見つめる。リントはというと、シアンの足元に丸くなって座り、尾の先を水面に向かってぱたぱたと動かしていた。
「……それ、魚びっくりしないかな」
注意しつつも、微笑ましくて止められない。
竿を構え、そっと糸を垂らす。水面に小さな輪が広がり、透明な水の奥で影が動く──気がした。
……しかし。
待てど暮らせど、竿先に変化はない。
二回、三回と場所を変えても、何も掛からない。
「やっぱり初心者はこんなもんか」
肩を落とすシアンの背後で、リントが水面を覗き込み、小首を傾げている。
ロアスは相変わらず無表情だが、尻尾の先だけが小さく揺れていた。
それでも諦めずに繰り返す。餌を替え、糸を投げ入れ、じっと待つ。
川面を眺めていると、不意に竿先がピクリと震えた。
「……来た!」
反射的にリールを巻く。水中で銀色の影が跳ね、太陽の光を反射する。
竿がしなり、手に伝わる重みが心地よい。
「よし、よし……!」
慎重に引き寄せ、水面から飛び出したのは、小ぶりな川魚だった。
銀色の鱗がきらめき、口にはしっかりとフックが掛かっている。
ロアスが岩から飛び降り、鼻先を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐ。リントは目を丸くして、その場で小さく跳ねた。
「ほら、釣れたよ」
差し出すと、リントがぺろっと舌を出して水を一滴舐め、くすぐったそうにくしゃみをした。
その仕草に、シアンは思わず笑う。
その時、システムメッセージが浮かび上がった。
【新スキル獲得:釣り Lv1】
【説明:淡水・海水問わず魚を釣ることができる。スキルレベルで釣果や珍しい魚の出現率が上昇】
「これで、もっと色々な魚が狙えるな」
釣った魚を水で軽く洗い、持参した保存用の氷魔法で冷やす。
頭の中ではすでに、焼き魚、煮物、刺身といった料理のイメージが広がっていた。
「今日はこの魚で、一品作ろうか」
ロアスとリントが同時に鳴いて頷く。
水辺を後にするシアンの足取りは、初めての釣果と新たなスキルの喜びで軽かった。
最初は失敗続きでも、一匹釣れた時の嬉しさは格別です。
次回18時更新、釣った魚で作る料理編をお届けします。




