第76話 市場から倉庫へ、特急配送の旅
街の中でも、依頼を受けると一気に空気が変わる。今日はそんな一歩です。
【依頼クエスト発生:市場の特急配送】
シアンは両腕で木箱を抱えた。ずしりと重く、中で何かがかすかに揺れる音がする。
「中身は壊れやすいから気をつけてくれよ」
依頼主の男性NPCはそう言い、もう一度地図を指さしてくる。目的地は王都の外れ、倉庫街の一角だ。市場から一本道ではあるが、人混みや路地が入り組んでいて油断はできない。
「ロアス、リント、頼むね」
声をかけると、ロアスは前方を警戒するように耳を立て、リントは横にぴたりと付き添った。
朝の市場は、時間が経つにつれてさらに人であふれかえっていく。
香辛料の香り、鉄の焼き台の音、商人たちの声が交錯し、視界の端では大道芸人が火を噴いていた。
その中を箱を抱えて進むのは、思った以上に大変だった。
途中、曲芸師のパフォーマンスに見入っていた子どもが突然飛び出してきた。
「うわっ」
咄嗟にロアスが前に出て、軽く尾で制止する。子どもは驚いた顔をしたが、ロアスが低く優しい声で鳴くと安心したように笑って走り去った。
やがて市場を抜け、大通りに出る。舗装はきれいだが、今度は馬車の行き来が激しい。
地図によれば、この先の小道を抜ければ倉庫街に着くはずだ。
小道に入ると、空気が一気に静まり返った。高い壁と影が続き、ひんやりとした冷気が漂う。
そのとき、視界の先に数匹の小型モンスターが現れた。
【ストリートラット Lv5】──街の外れでよく出る害獣系だが、箱を抱えたままでは戦いにくい。
「ロアス、リント、お願い!」
指示を飛ばすと、ロアスが素早く距離を詰め、後脚での蹴りを放つ。鋭い一撃に、ラットが吹き飛ぶ。
続けてリントが《フラッシュレイ》を放ち、残りを一掃した。
「助かった……よし、急ごう」
倉庫街に着くと、依頼先の建物がすぐに見つかった。
扉を叩くと、無骨な格好の倉庫番NPCが顔を出し、「特急便だな、助かった」と笑顔を見せた。
木箱を手渡すと、システムメッセージが現れる。
【クエスト達成!】
【報酬:初心者釣りセットを入手しました】
手渡されたのは、木製の釣竿と簡易リール、数種類の餌が入ったポーチだった。
「市場の魚もいいが、自分で釣った魚は格別だぞ」
倉庫番の言葉に、シアンはにやりと笑った。
「……次は、川か港を探してみるかな」
ロアスとリントが嬉しそうに鳴く。新しい冒険の予感に、胸が高鳴った。
思わぬ依頼から、釣りへの道が開けました。
次回は18時更新。新しい道具がどんな景色を見せてくれるのか、お楽しみに。




