第75話 王都市場の誘惑
初めて訪れる街では、歩くだけで新しい発見があります。
今回はそんな「わくわく」が詰まったお話です。
王都の中心部にある大市場は、朝から活気にあふれていた。
石畳を踏みしめるたび、香ばしい匂いや潮の香り、甘い香りが次々と鼻をくすぐる。
露店の屋根布が風に揺れ、赤、青、黄色といった鮮やかな色が陽射しを受けてきらめいていた。
最初に目を引いたのは、魚介の並ぶ区画だった。
大きな木箱の中で氷に包まれた魚が、銀色の鱗を光らせている。
「今朝の獲れたてだよ!」と威勢のいい声が飛び、切り身にされた鮭や、丸ごとの鯛、貝やエビまで並んでいた。
シアンは足を止め、じっと眺める。
──お刺身もいいし、煮物も作れそう。塩焼きにしたら香ばしい匂いが広がるだろうな。
そんな想像をしていると、自然と釣りのことが頭に浮かんだ。
新鮮な魚を自分で釣って、その場で調理できたらどれだけ楽しいだろう。
「釣りスキル……覚えておくべきかもな」
独り言のようにつぶやきながら、次の店へ足を進めた。
香辛料の露店に差し掛かると、そこはまた別世界だった。
木製の樽や瓶にぎっしり詰められたスパイスが並び、鮮烈な香りが空気を満たしている。
赤く鮮やかなパプリカパウダー、黄金色のターメリック、乾燥させたハーブ束……
指先で摘んだドライローズマリーを鼻に近づけると、爽やかな香りがすっと広がった。
「おや、料理人さんかな?」と、店主の老婦人が声をかけてくる。
「ええ、まあ。見ているだけでも楽しいです」
「よかったら試しに使ってみないかい?」
差し出された小瓶を受け取ると、中には深い琥珀色の粉末が入っていた。
「香ばしい肉料理にも、煮込みにも合うよ」
そんなやりとりをしていると、すぐ隣の果物店からも声がかかった。
「お兄さん、ちょっとお願いがあるんだ」
振り向くと、日焼けした中年の男性が立っている。
「市場の外れにある倉庫まで、この箱を届けてくれないか? 報酬も出すから」
見ると、箱の側面には「至急」と赤い字が書かれている。
特別な依頼らしく、周囲のNPCも興味深そうにこちらを見ていた。
これは──お使いクエストか。
「分かりました。引き受けます」
そう答えると、男性は安堵の笑みを浮かべ、詳細な地図を手渡してくれた。
箱を受け取った瞬間、システムメッセージが表示される。
【依頼クエスト発生:市場の特急配送】
市場の喧騒の中で、シアンは少し胸が高鳴った。
ただの散策だったはずが、思いがけず冒険の匂いを帯びてきたのだ。
市場は見て回るだけでも楽しいのに、クエストまで受けられるとは……!
次回はこのお使いクエストを進めていきます。
次回18時更新




