第73話 旅立ちの準備と、職業試験の噂
王都へと通じる扉が開いた。だが、そこにたどり着くには、まずやるべきことがある。情報を集め、準備を整える——新たな一歩を踏み出すために。
「……《試験》って、やっぱりあるんだ」
シアンはギルド前の広場に立ち、掲示板に貼られた最新の情報を見上げた。王都“ラディアント・ベイル”の解禁を知らせるポスターの脇に、もう一枚──職業ランクアップに関する告知が掲示されていた。
《【告知】職業ランクアップ制度について》
《王都にて、それぞれの職業に応じた“試練”が用意されています》
《料理職・魔法職・戦闘職・支援職など、該当する職業マスターNPCの元で試練をクリアすることで、次のランクへ進めます》
「職業マスターNPC……それぞれいるってことか」
シアンは呟いた。料理職のマスターNPCも、きっと本格的な料理人なんだろう。屋台で腕をふるっていたり、王族付きの専属シェフだったり──そんな想像が自然と膨らむ。
「魔法職の方も、専門的な試験になりそうだね」
氷魔法は、まだあまり使い手の多くない属性だ。特化職としての強みをどう伸ばすか、どんな派生があるのか、王都の図書館か魔法塔に行けば詳細が分かるかもしれない。
「よーし……転移石、探しに行こうか」
振り返ると、リントが小さなあくびをしていた。霧氷を纏う銀の毛並みが朝日にきらめき、子どもらしい丸い背中が少し伸びをする。すぐそばには、ロアスの姿もあった。黒い体躯に黄金の装飾が刻まれた幻獣で、リントにとっては兄のような存在。普段は控えめだが、危険察知や探索能力に優れており、情報収集の相棒としても心強い。
「ロアス、転移石の反応がある方角、探せる?」
問いかけに、ロアスが静かに頷く。鼻先を上げると、淡い金の光が額の紋章に浮かび上がり、風の流れを読むように空気の匂いをかぎ分けていく。
「南のほう……? 旧市街のほうかな?」
シアンたちはそのまま、街の通りを抜けて歩き出した。活気づき始めた朝市、NPCたちの呼び声、掲示板前に群がるプレイヤーたち。王都が解禁されたことで、街全体に熱が帯びている。
「そういえば、ロアス。君たちテイマー職もランクアップ試験あるの?」
問いかけると、ロアスはふっと首を傾げたあと、そっとリントの方に視線を送った。リントもそれに気づき、小さく鳴いて応じる。
「……一緒に試練を受けるんだね。君たちも大変そう」
テイマー職の試練は、幻獣たちと力を合わせて挑む内容になるらしい。戦闘ではなく、絆や協調性が問われる試練だという噂もある。
その時、ロアスが足を止め、静かに前を指し示すように鼻を向けた。
「ここか……!」
古びた石畳の先、街外れの神殿跡地。その奥に、半透明のクリスタルが静かに輝いていた。転移石──王都と接続されたばかりのゲートだ。近づくと、石の内部に《ラディアント・ベイル》の文字が浮かび、温かく迎え入れるような光を放っていた。
「準備が整ったら、すぐに向かうよ。王都で新しい世界が待ってる」
シアンはそっと転移石に手をかざした。まだ今は行かない。ただ、確認しただけ。それでも、胸が高鳴る。
「情報はそろった。次は……自分の目で確かめる番だね」
風が吹いた。ロアスの黒い体毛がたなびき、リントの毛先から氷の結晶が一粒、空に舞った。
いよいよ、新章が始まる予感がする。
次回、第74話は明日18時更新予定です。お楽しみに。




