表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/101

第66話 ひとつの命、ふたたび

誰かの想いを受け取ったとき、未来へ進む道が開ける。

その一歩は、静かに始まった――。


朝焼けが洞窟の奥へと差し込み、氷壁に朱が揺れていた。

 霜牙の魔狼が倒れてから、一晩が過ぎた。


 氷の結界の内側では、シアンが膝を抱えて座っている。

 ロアスはその隣で、身じろぎもせずに寄り添っていた。


 ふと、懐の卵が温かく脈打つ。


 「……あ」


 シアンが顔を上げると、淡く白い光が卵の殻を包んでいた。

 ぴしっ、と微かな音が響く。

 亀裂が走り、殻がゆっくりと開いていく。


 その中心から顔を出したのは、薄氷のような毛並みを持つ小さな魔獣。

 霜牙の魔狼を思わせる特徴を宿しながらも、どこか子犬めいた丸さがあった。


 「……生まれた……」


 シアンの声は、息のように小さく漏れた。

 その目には涙がにじんでいた。


 小さな魔獣は、産声のようにかすれた鳴き声を上げ、シアンの指先をぺろりと舐める。

 その瞬間、システムメッセージが表示された。


 >【霜牙の幼狼との絆が結ばれました】

 >【称号《命継ぐ者》を獲得しました】

 >【新たなスキル《氷紋・零響こおりもん・れいきょう》を習得しました】


 「……ありがとう。君の、お母さんの命も……忘れない」


 そっと、シアンは幼獣を胸に抱きしめた。

 氷の結界が音もなく解け、外の空気が流れ込んでくる。


 ロアスが顔を上げ、洞窟の奥へ目を向けた。


 ――そこには、霜牙の魔狼の亡骸が、氷に包まれて静かに眠っていた。


 プレイヤーたちの影はもうなく、静寂だけが広がっている。


 シアンは立ち上がり、幼獣を腕に抱えたまま歩き出す。


 「ロアス。……弔おう。彼女が、ここに生きた証を」


 ロアスは小さく鳴いて頷くと、魔法で小さな氷柱をいくつも生み出す。

 シアンもスキルを重ね、氷の棺を作り上げた。


 その中央に、霜牙の魔狼の亡骸を安らかに横たえ、花のような氷晶を捧げる。


 洞窟の天井に、氷の光が反射して揺れる。


 命は、終わったように見えて――

 たしかに別の命へと、引き継がれていた。


 「もう行こう。……イベントの終わりが近い」


 その言葉に応えるように、空に告知が表示される。


 >【雪霜の村イベント:終幕まで残り24時間】


 村では、プレイヤーたちが帰還報酬を受け取りはじめていた。

 そのなかに、霜牙の魔狼の卵の姿を見た者は、誰一人いない。


 シアンたちは、そっとその中心から離れていく。

 大切な命を、胸に抱きしめながら。


すべてを得られなくても、何かを守ることはできる。

小さな命が継いだその想いが、やがて新しい物語を生むはずです。

次回は18時更新予定です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ