第66話 ひとつの命、ふたたび
誰かの想いを受け取ったとき、未来へ進む道が開ける。
その一歩は、静かに始まった――。
朝焼けが洞窟の奥へと差し込み、氷壁に朱が揺れていた。
霜牙の魔狼が倒れてから、一晩が過ぎた。
氷の結界の内側では、シアンが膝を抱えて座っている。
ロアスはその隣で、身じろぎもせずに寄り添っていた。
ふと、懐の卵が温かく脈打つ。
「……あ」
シアンが顔を上げると、淡く白い光が卵の殻を包んでいた。
ぴしっ、と微かな音が響く。
亀裂が走り、殻がゆっくりと開いていく。
その中心から顔を出したのは、薄氷のような毛並みを持つ小さな魔獣。
霜牙の魔狼を思わせる特徴を宿しながらも、どこか子犬めいた丸さがあった。
「……生まれた……」
シアンの声は、息のように小さく漏れた。
その目には涙がにじんでいた。
小さな魔獣は、産声のようにかすれた鳴き声を上げ、シアンの指先をぺろりと舐める。
その瞬間、システムメッセージが表示された。
>【霜牙の幼狼との絆が結ばれました】
>【称号《命継ぐ者》を獲得しました】
>【新たなスキル《氷紋・零響》を習得しました】
「……ありがとう。君の、お母さんの命も……忘れない」
そっと、シアンは幼獣を胸に抱きしめた。
氷の結界が音もなく解け、外の空気が流れ込んでくる。
ロアスが顔を上げ、洞窟の奥へ目を向けた。
――そこには、霜牙の魔狼の亡骸が、氷に包まれて静かに眠っていた。
プレイヤーたちの影はもうなく、静寂だけが広がっている。
シアンは立ち上がり、幼獣を腕に抱えたまま歩き出す。
「ロアス。……弔おう。彼女が、ここに生きた証を」
ロアスは小さく鳴いて頷くと、魔法で小さな氷柱をいくつも生み出す。
シアンもスキルを重ね、氷の棺を作り上げた。
その中央に、霜牙の魔狼の亡骸を安らかに横たえ、花のような氷晶を捧げる。
洞窟の天井に、氷の光が反射して揺れる。
命は、終わったように見えて――
たしかに別の命へと、引き継がれていた。
「もう行こう。……イベントの終わりが近い」
その言葉に応えるように、空に告知が表示される。
>【雪霜の村イベント:終幕まで残り24時間】
村では、プレイヤーたちが帰還報酬を受け取りはじめていた。
そのなかに、霜牙の魔狼の卵の姿を見た者は、誰一人いない。
シアンたちは、そっとその中心から離れていく。
大切な命を、胸に抱きしめながら。
すべてを得られなくても、何かを守ることはできる。
小さな命が継いだその想いが、やがて新しい物語を生むはずです。
次回は18時更新予定です。




