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第61話 伝わらぬ声と、雪に歩む決意

誰かに想いを伝えることは、時として勇気が必要だ。

そして、それが信じてもらえないときこそ、本当の覚悟が試される。


雪霜の村へ戻ってくると、広場にはすでに多くのプレイヤーが集まっていた。

 その中には、高レベル帯の装備をまとい、ボス討伐に向けて意気込む者たちの姿も見える。


 「霜牙の魔狼、そろそろ出現フラグ立ったらしいぞ」

 「情報ありがとー!即湧きなら今夜あたりが本命じゃない?」


 殺気立った会話が飛び交う中、シアンはひとつ深呼吸をして、掲示板の前へと歩み出た。

 彼の隣には、ロアスがきゅっと寄り添っている。


 「みんな、ちょっと聞いてくれ!」


 通る声で言うと、周囲の数人が一斉にシアンへと視線を向けた。


 「霜牙の魔狼は、今戦うべき存在じゃない。……理由は話すと長くなるけど、あいつは卵を守ってるだけなんだ。刺激しなければ、攻撃してこない」


 一瞬、静まり返る。だがその直後——


 「え、なにそれw イベントボスに情けかけろって?」

 「まさか、低レベルで倒せないから庇ってんじゃないの?w」

 「ガチ勢なめんなよ。俺らは報酬取りに来てんだよ」


 心無い嘲笑と皮肉が、雪より冷たく降ってくる。

 シアンは一瞬だけ言葉を詰まらせたが、すぐに口を結びなおした。


 「……信じてもらえないなら、それでもいい。でも俺は、ロアスと一緒にあの魔狼を“守る側”に回る」


 「ふーん、好きにすれば?」


 群衆は再び元の話題に戻り、シアンの言葉はまるで風に散る雪のように掻き消えていった。



 「村長さん、話があります」


 シアンは次に、村の中央にある小屋へ向かった。

 中には、初老の村長NPCが静かに椅子に座っていた。


 「魔狼について、報告です。あいつは子どもを守ってる。戦闘を避ける道もあるはずです」

 「ふむ……しかし、それはあくまで一個人の意見。わしら運営サイドからは、まだ“ボス撃破”の選択が主要なルートとして示されておる」


 静かに、だが確実に拒否された。


 「……わかりました。俺たちだけで、何ができるか考えます」



 村のはずれに戻った頃、ロアスが軽く前足でシアンの手を叩いた。

 「……ああ、ごめん。ロアスも、悔しいよな」


 プレイヤーからも、NPCからも相手にされない。

 それでも、心の中で燻るものがある。


 ——“ただ倒せばいい”ってわけじゃない。

 ——“守りたい”って気持ちも、ゲームの中で形にしていいはずだ。


 「もう一度、魔狼に会いに行こう。見張るだけでも、戦う準備だけでも。あいつにとって、俺たちが脅威じゃないこと……伝えたい」


 ロアスがこくりと頷く。


 「その前に、準備をしよう。……罠回避の装備。凍結耐性の食事。あと、隠密行動のスキル……これもあった方がいい」


 言葉を重ねるごとに、心の中の決意が固まっていく。

 “プレイヤー”としてではなく、“シアン”として、この世界の選択を見つめるために。


 雪がまた降り始めていた。

 その下で、ふたりの影はゆっくりと、再びあの森へと向かって歩き出した。


伝えたい気持ちがあっても、それが受け入れられるとは限らない。

それでも行動することの強さを、シアンとロアスが見せてくれました。

次回は18時更新予定です。どうぞお楽しみに!


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