第60話 雪の小屋と、静かなる咆哮の意味
ボスの姿を遠目に見たシアンとロアスは、一度雪霜の村へ戻ることに。
その道中、思いがけない出会いがふたりを待っていた。
フィールドの霧がゆっくりと晴れていく。
岩の裂け目の奥に潜む影は、すでにその姿を隠していた。
咆哮の余韻だけが、雪原に薄く残っている。
「……戻ろう、ロアス」
シアンが声をかけると、ロアスは一度だけ名残惜しそうに洞の方を見てから、しっぽを振って彼のあとに続いた。
帰り道は来たときと同じはずだった。
けれど途中、吹雪を避けようと少し回り道をした先に、ぽつんと建つ小さな木造の小屋を見つけた。
「……あれ?」
雪に埋もれそうな屋根。
けれど、窓からはかすかに明かりが漏れていた。
不自然なほどに静かなその場所に、シアンの直感が何かを感じる。
そしてロアスも、しきりに鼻をひくつかせていた。
「行ってみようか。……誰かいるのかも」
近づいてみると、年季の入った木の扉がひとりでにきい、と音を立てて開いた。
「こんな日に、珍しい来客じゃな……」
迎え入れたのは、長い白髪に分厚いコートを羽織った、やせた老人NPCだった。
名前表示は《???》となっており、肩書きもない。
だがその眼差しは深く、どこかこの雪原に似て静かだった。
「まあ、寒かったろう。中に入るがいい」
勧められるままに小屋へ入ると、予想外に暖かく整えられた室内が広がっていた。
石造りの炉に火が灯り、壁には剥製や古びた道具が並ぶ。
老人はゆっくりと椅子に座り、湯気の立つ木のカップを手渡してきた。
中身は、薬草を煮出したようなほろ苦い香りのするお茶だった。
「……お主ら、あの“咆哮”を聞いたのか?」
静かに問いかけられたその声に、シアンは小さくうなずいた。
「……霜牙の魔狼ですよね。見ました、少しだけ」
すると老人は火の前に目を落とし、語り始めた。
「あやつは今、怒っておるのじゃ。いや……守っておる、と言うべきかの」
「……守る?」
「そう。あやつの咆哮は、卵を守るためのものじゃ。……この世界ではな、魔狼も“卵”から産まれる。しかも、産み落としてからの数日は、最も敏感になっておる」
言葉に詰まったシアンの肩の上で、ロアスが耳をぴくりと動かす。
「人間が近づけば、威嚇する。たとえ善意であろうと、な。……だが、これだけは覚えておけ。霜牙の魔狼は、元より無闇に人を襲う存在ではない」
「……じゃあ、今無理に倒そうとするのは……」
シアンの手が、無意識にロアスの背に触れる。
「……その卵ごと、壊すことになるかもしれんのう」
小さな炉の火が、しゅん……と音を立てて燃える。
静寂の中で、シアンは深く息を吸った。
「……俺、ボスは倒しません。霜牙の魔狼は、今はただの親なんですね」
「ふむ。……そう言うと思うた」
老人は満足そうに笑みを浮かべた。
その一瞬、《???》だった名前が《老猟師ヴァイス》へと変わる演出が入り、
同時にクエストウィンドウが静かに開かれた。
【クエスト:「静かなる牙を守れ」】
目的:霜牙の魔狼を刺激せず、卵の無事を確認したままエリアを離れる(※非戦闘)
報酬:イベントポイント、称号「静かなる歩み手」など
シアンはそのまま、小さく微笑みながらウィンドウを閉じた。
「ロアス、やること、決まったな」
小さな白い幻獣が、しっぽをふるふると揺らして答えた。
今回はシアンの選択が未来を変えるかもしれない、静かな決意の回でした。
次回は村に戻って、その選択を行動に移していきます。
次回は18時更新予定です。どうぞお楽しみに!




