第59話 霧の先、まだ見ぬ牙の気配
少しずつ雪国の世界に慣れ始めたシアンとロアス。
今回はボスへ至る“道”を、探索していきます。
新たな気配と、小さな選択が物語を進めていきます。
朝の村には、吹雪の名残がうっすらと残っていた。
凍てついた窓ガラスの向こうに広がる世界は、夜よりも静かに、白く閉ざされている。
「じゃあ、行ってみようか」
シアンがロアスの頭をそっと撫でてから、宿を出た。
目的地は、北東――《氷眠の洞》へ向かうフィールドの手前まで。
ボスに挑むにはまだ早い。でも、一度“姿”だけでも見ておきたいと思った。
木々が凍り付き、風が唸るように鳴くフィールドに入ると、シアンのブーツが雪をかき分ける音だけが響く。
その後ろを、小さなロアスがしっかりとついてきていた。
「冷気、強いな……」
周囲の空気に変化がある。
システムメッセージが表示される。
【環境効果:冷気 Lv2】
・HP自動回復が無効
・移動速度微減
※火属性装備または温熱系バフで軽減可能
シアンはポーチから小瓶を取り出し、温熱効果のある《焚き火スープ》を使用する。
じんわりと身体が温まり、移動デバフが解除された。
「ふぅ……鑑定スキル、やっぱ便利だよな」
雪原には時折、スノーフォックス型のモンスターが飛び出してくる。
動きが早く、銀の毛並みが雪と同化して視認しにくい。
だが、ロアスがそのたびに俊敏に動いて足止めし、シアンが狙いを定めて一閃する。
氷柱のような牙を持つフォックスが解体されると、《冷気結晶》と《極細の氷毛皮》が手に入った。
「この毛皮……温かい料理の素材になるかも?」
シアンはすかさず鑑定スキルを使い、効果を確認する。
【極細の氷毛皮】:料理に使うと温熱効果+5%、または装備クラフト素材として使用可。
そのとき、近くから声がかかった。
「そこのプレイヤーさん、一緒に回らない? ボスまで行くなら、何人かで見ておきたくて」
見れば、同じレベル帯と思われる2人組がこちらに手を振っている。
感じは良さそうだし、悪気はなさそうだった。
でも、シアンは首を横に振った。
「ごめん。俺、ロアスと2人で行こうって決めてるんだ。……ありがとう」
ロアスがきゅっとシアンの裾を咥えて引っ張る。
まるで「いこっ」と言っているかのようで、思わず笑みがこぼれた。
「そうだな、俺たちだけのやり方で、見てこよう」
再び歩き出した雪道の先――
うっすらと霧がかかり始める。
木々の密度が濃くなり、氷の音が風に混じる。
そしてその奥、岩の割れ目のような《氷眠の洞》の入り口が、ゆっくりとその姿を現した。
「……あれが、ボスのフィールド……」
そのときだった。
地響きとともに、鋭い咆哮が雪を割って響く。
遠く、霧の向こうに――巨大な影が、ほんの一瞬だけ浮かび上がった。
長い尻尾、うねる毛並み、鋭い牙。そして氷のように青白い瞳。
「……霜牙の魔狼……」
その姿を見た瞬間、シアンはただ、足を止めていた。
心の奥に、湧き上がる感情は――恐れでも、興奮でもない。
ただ、“見た”という事実が、身体に静かに染み込んでいく。
「……やっぱり、簡単な相手じゃなさそうだね」
シアンは踵を返し、ロアスと共に静かに来た道を戻る。
戦うべき時は、また来る。その時が来るまで、やるべきことを、ひとつずつ。
今回はフィールドの探索と、ボスとの初接触(視認)回でした。
次回はいよいよ、作戦と準備のパートに入っていきます。
次回は18時更新予定です。お楽しみに!




