第58話 雪を踏む音、知らなかった世界の気配
イベントが始まり、ようやく落ち着いて雪霜の村を歩く時間ができたシアン。
村の景色を楽しみながら、次に繋がる“出会い”と“情報”が、静かに動き出します。
早朝の雪霜の村は、雪明かりに照らされ、静かでどこか幻想的だった。
軋む木製の橋を渡ると、雪の重みで折れた枝や、凍ったつららが目に入る。ロアスの足音が、粉雪の上にふんわりと重なるたび、シアンの心もほぐれていった。
「こういう時間、いいな……」
村の通りは、仮設店舗が立ち並び、プレイヤーたちで賑わい始めていた。
道端では小さな焚き火を囲むNPCが、温かい飲み物を配っている。
「おや、旅人さん。冷え込んでるでしょう。これを飲んでいきなされ」
シアンは笑顔でマグを受け取り、口元に運んだ。甘いシナモンの香りが、芯まで冷えた体を温めてくれる。
ロアスはというと、焚き火にあたって気持ちよさそうに耳をピクピクさせている。
そのとき、近くの掲示板が光を帯びた。新たに追加された《情報》ウィンドウが開く。
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【イベント情報:凍てつく森の主《霜牙の魔狼》について】
・霜牙の魔狼は、村北東の「氷眠の洞」付近に出現
・気配は非常に薄く、挑発行動または一定ポイント貢献により出現確率上昇
・寒冷耐性推奨。プレイヤー間協力により撃破報酬変化あり
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「……この村の“ボス”、やっぱりいるんだね」
ぼそりとつぶやくと、隣から別のプレイヤーが声をかけてきた。
黒いマントを羽織った青年。無口そうな目元だが、なぜか親しみやすさを感じさせた。
「霜牙の魔狼、ね。あれはただのボスじゃない。“あの場所”に近づくと、空気の色が変わる」
「空気の……色?」
青年はそれ以上言わなかったが、意味深な笑みだけを残して立ち去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、シアンは静かにログウィンドウを閉じた。
「霜牙の魔狼……」
その名が、なぜか心に引っかかった。
だが今はまだ、その扉を開けるには早い気がした。
村の路地を抜けると、雪を削ったような小道に出る。
ここは《職人の通り》。大工や鍛冶、仕立て屋など、クラフト系NPCやプレイヤーが集まる場所だった。
ふと、細い裏道に差し掛かったところで、小さな子供のような声がした。
「ねえ、お兄ちゃん! この薬草、何の効果か分かる? 私、鑑定スキル持ってないからさ!」
振り向くと、背の低い少女プレイヤーが両手いっぱいに雪原の草を抱えていた。
「えっと……じゃあ、鑑定してみるね」
シアンがスキルを発動させると、ウィンドウに「身体を温めるハーブ(料理用)」と表示された。
「わあっ、ありがとうっ! じゃあ、これで温かいスープ作れるね!」
少女は嬉しそうに駆けていった。
それを見送るシアンの横で、ロアスがぽふっと座った。
「ねえ、ロアス。なんだか……この村、あったかいね」
雪に覆われた世界で、ほんの少しだけ芽吹いたような気がした。
情報も人との出会いも、きっとこのイベントの一部。そう思えた朝だった。
村の散策、そして気になる情報と出会いが少しずつ積み重なってきました。
次回はいよいよ、“次の行動”へと繋がっていきます。
次回は18時更新予定です。お楽しみに!




