第39話 その背中を、見て真似して
誰かに何かを教えているつもりがなくても、背中は誰かに見られているのかもしれない。
「……よし、次は“受け流し”の練習だ」
草原の一角、木陰の下。
モンスターの出現頻度が少ないこの場所は、訓練にはちょうどいい。
シアンは腰を落とし、足の運びと体の重心を意識してゆっくりと動く。
「相手の力を否定せず、流して──」
淡々と動くその後ろで、こっそりと真似している影がいた。
チラ、と視線を向けると、ロアスが後ろ足を揃え、小さくステップを踏んでいる。
しっぽをピンと立てて、耳も前向き。
その姿はまるで、「これで合ってるか?」と無言で訊いているようだった。
「……お前、見てたのか」
ふわっと笑ってしまった。
その動きがあまりにも健気で、一生懸命で。
「かわいいな、お前」
ぽつりと言うと、ロアスは一瞬固まり――次の瞬間、しゅんとしたように視線を逸らした。
耳の先が、ほんのり赤く染まって見えたのは気のせいじゃない。
その空気が和んだ直後、草むらがざわついた。
「来たな」
現れたのはウルフ系の中型モンスター。
包丁を構え、魔力を集中させる。
「ロアス、右を頼む」
氷の結晶が舞い、視界を遮るように広がる。
その隙に回り込み、膝を落とした。
相手の突進に合わせて重心をずらし、受け流す。
合気道由来の体術が、ここで生きた。
──ガシンッ!
ロアスの蹴りが横から決まり、モンスターが仰け反る。
すかさず追撃、氷の槍が一直線に貫いた。
《【シアン】のレベルが10になりました》
ウィンドウの文字に、ふっと息を吐く。
「よし、悪くない連携だった」
ロアスがこちらを見上げる。
その目には、どこか誇らしげな光が宿っていた。
「……そろそろ、あれだな」
シアンは遠くを見た。始まりの草原の、奥にある丘。
その先には“初級ボス”がいるエリアがある。
「挑んでみるか、ロアス」
軽く跳ねるようにロアスが応える。
その姿に、思わずシアンは口元を緩めた。
体術が形になってきたシアン。そして、ロアスとの連携にも深みが。
次回はいよいよ、ボス戦の準備回に入っていきます!
※本作は毎日18時に更新中。応援ありがとうございます!




