第31話 フレンドという距離
関わるつもりがなくても、世界は誰かと交わるようにできている。
これは、そんな“初めて”のひとつ。
「……で、そっちの子の名前は?」
そう尋ねたのは、先ほどからシアンに話しかけてきていた魔法職の女性プレイヤー――ユイという名前だった。
「ロアス。契約したばかりだ」
「へぇ……かっこいい名前。でさ、さっきから気になってたんだけど、君さ、チャット機能って使ってる?」
「……チャット?」
シアンは首を傾げる。
街並みの空気を感じながら、今ベンチに座っているのは、自分と、ユイと、彼女の相方である前衛プレイヤー・レント。
「まさか……システムチャットも知らないの? ステータスウィンドゥの右下の“会話”マーク。そこ押せば、フレンド登録した人とはDMみたいにやり取りできるんだよ」
「……そういう機能も、あるのか」
「もしかして、ステータス画面とかあまり見てない?」
「必要な時しか見ない。戦闘とか……料理するときとか」
「うわー、本当にスローライフ系の人だ。いや、悪くないよ? でも、知らないと損する機能も多いし……ほら、試しにフレンド登録してみない?」
ユイが目の前で画面を操作しながら、軽く手を差し出すような動作をする。
同時に、シアンの視界に――
【ユイからフレンド申請が届きました】
というシステム表示が浮かんだ。
「……ああ」
確認ボタンを押すと、小さな“ピコン”という音と共に、ロアスが尻尾をひと振りした。
「おー! 成立! これでチャット使えるよ。今、送るね」
ほんの数秒後、シアンの視界に新しいウィンドウが開いた。
【ユイ:よろしくね!】
「……画面内に、メッセージ……?」
「うん。これがチャット。いちいち声出さなくてもやり取りできるし、プレイヤー同士の連携にも便利だよ。あと、リアルじゃ話しづらいこともこっちで言えるしね」
ユイの言葉に、シアンは静かに頷いた。
便利な機能……なのに、なぜか、自分の中に小さな戸惑いが残る。
それは、きっと――「誰かと繋がること」に、まだ慣れていないからだ。
「……ありがとう。助かった」
短くそう言うと、ユイはにこっと笑い、レントは「なんか面白いやつだな」と小声でつぶやいた。
この瞬間、彼の中で何かが変わり始めていた。
情報交換という形を取りながら、他者との接点がひとつ――“繋がった”。
知らなかった機能を知ることで、知らなかった人と繋がる。
それが新しい物語のきっかけになるのだと、今はまだ知らない。
明日の更新はお休みさせて頂きます。




